「この後、ちょっと飲みに行きません?」
「はーい、始まりました!『麻雀ワンダラーズ公式生放送』のお時間です!MCを務めますのは、阿佐田ヒナタ役、声優の喜嶋弓子でーす!そしてっ」
「麻雀ワンダラーズの広報を務めております、ボトムファクトリアの霜里雅広です。よろしくお願いします」
「ここまでがレギュラー、そして本日のゲストは現実世界から一名、そしてバーチャルの世界から二名にお越しいただいてます!」
「えー、三度目の参加になります。プロ雀士兼TryTuberの土佐道彦です」
「こんちゃーっす!崖っぷち系Vtuberの雀羅でーす!今回、『雀』の字繋がりで呼ばれたって聞いたんですけどマジっすか?!」
「初めまして。Vtuber事務所、Re:BIRTH UNIONより参りました。正時廻叉と申します。今回、新キャラクターのボイスを担当させて頂いた御縁から、こうして出演させて頂いております。よろしくお願い致します」
「以上の五人でお送りいたしまーす!あと雀羅さんのオファーの理由は、別の麻雀ゲームでのたうち回ってる姿が好印象だったとのことでーす!」
「ええ!?」
《ゆーみん!ゆーみん!》
《来たー!!!》
《霜さん今日は顔色良さそうでよかった》
《不具合発生からの大メンテやらかした後の時、ヤベー顔してたもんな》
《土佐せんせー、もう準レギュラーやんけ》
《雀羅ー!!》
《とうとうVtuber出てくるのか。いや、まぁワンダやってる人増えてるのもあるけど》
《こっちの人は知らないけど、めっちゃいい声なのはわかる》
《え、マジで同じ人?めっちゃドス効いた声してたぞ、新キャラ》
《草》
《想像以上に雑な理由で草》
《このメンツで対局やるの楽しみ過ぎるんだが》
※※※
『麻雀ワンダラーズ』はとある麻雀小説をモチーフにしたネット対戦型の麻雀アプリだ。基本的なネット対戦機能、フレンド対戦だけでなくストーリーモードがある点と、ゲーム内通貨を賭けたギャンブルマッチがある事が特徴である。CPUとの対戦だからこそ出来る明確な『運の偏り』や『特殊能力』を活かした外連味に溢れたストーリー展開は麻雀漫画の愛好家からも評価を得ている他、ちょっとしたアイテムの購入にしか使えないゲーム内通貨の価値が非常に高い点が他のアプリとの差別化に繋がっていた。
「と言う訳で、新規ストーリー『魔城の主、地獄の門番』編のPVを改めてご覧いただきました!それではストーリーとキャラクター紹介画像がこちらになります!せっかくなので声を担当された正時さんに読んで頂けますでしょうか」
「では、僭越ながら……」
小さく咳払いを一つ、普段の声からトーンを二段ほど下げた声を出すための調整を行って目の前の台本に目を通す。アクセントのポイントや、強調すべき部分のメモやト書きがビッシリと入っているが、練習を重ねた甲斐あってか本文自体はほぼ暗唱出来るようになっている。
「……雀士達が集う街、不塔市。その中心にあるホテルには一つの噂が流れていた。最上階、スイートルームに巣食う壮年の雀鬼が居る、と――。数多の雀士達が敗れ去り、無事に帰って来た者は限られていた。大敗を喫したものは、街から姿を消す――そして、勝利した者は更なる麻雀の高みへと誘われる――という噂だった」
《おおおおお……》
《これまでのライバル雀士とは毛色が違う感出てる》
《門番に使っていいキャラじゃない》
《対象年齢15歳以上の理由がギャンブル要素だけでなくストーリーにまで……》
「ある日、主人公は阿佐田ヒナタと共に一通の手紙を受け取る。これまでの戦いを聞きつけた魔城の主からの、招待状だった。覚悟を決め、ホテル最上階のスイートルームに足を踏み入れると、同じく招待状を受け取った野上ケン、そして門番を自称する壮年の男――飛墨が待ち構えていた」
《麻雀漫画だなぁ……》
《ケンとの再戦待ってた》
《名字もなく、ただ飛墨って名前なのが裏の人間っぽさ増してる》
「飛墨……年齢不詳、推定四十代後半から五十代前半の男。トレンチコートとスーツ姿、門番を自称する雀鬼。不塔市で名を上げた雀士を招待し、更なる高みか、地獄の底へと連れて行く水先案内人。穏やかな性格ではあるが、勝負の熱で脳を焼かれていると嘯き、速攻と堅守を使い分ける老練の打ち手である。彼に負けた者の末路と、彼に勝利した者の行き先は誰も知らない――」
台本を読み切ると、共演者から拍手の音がした。廻叉は安堵し、マイクに乗らないように小さく息を吐いた。
「ありがとうございましたー!流石役者さん、お上手でしたね!」
「すっげぇなぁ……え、俺と同じVtuberなのに方向性が違い過ぎて俺が場違いになって来たんですけど!?」
「恐縮です。練習してきた甲斐がありました」
「普段はゲーム実況ならぬゲーム朗読をされていらっしゃるんですよね、廻叉さんは。実はうちのスタッフがそれを見て『この中高年の声を使いたい』っていう切っ掛けで飛墨役でオファーさせてもらったんです」
「有難いことです。演技幅を広げる特訓の意味も込めてのゲーム朗読が、思った以上に別の仕事に繋がっているので……そうですね、これからも続けていきますのでご興味がありましたらチャンネル登録の程、よろしくお願い致します」
《888888888888》
《もっと棒読み感あるのかと思ったら、なんかこう手慣れてるな》
《初見だが顔が良くて、礼儀正しくて、演技が上手いという点で好感度ポイント高いな》
《だが彼女持ちだ。お相手は後輩のお嬢様Vtuberだ》
《貴様が俺の敵か、正時廻叉……!》
《草》
《爆速掌返し》
《そうか、V界隈では広まってても雀ダラ界隈の人は初耳だよな、執事とお嬢の話》
《ゲーム朗読とは》
《台詞のセルフフルボイス化やで》
《宣伝も欠かさない企業勢の鑑》
※※※
その後、イベントやキャンペーンなどに関するお知らせと廻叉、雀羅、喜嶋、土佐での麻雀対局があり、生放送は終了した。特に大きな見せ場は無かった物の廻叉が守備重視の打ち筋をプロから褒められる場面や、じりじりと点数を失った雀羅の悲鳴が響き渡るなど、視聴者視点では楽しめる内容となっていた。
スタジオでの生放送ということもあり、廻叉がそれぞれのメンバーの楽屋へと挨拶を終えて帰ろうとするタイミングで後ろから声を掛ける声があった。
「あの、廻叉さん。この後、ちょっと飲みに行きません?」
「はい構いません、というかむしろ嬉しいのですけど……その、外ではなんとお呼びすれば?」
「外で飲むときはクラって呼んでもらってます。俺は廻叉さんの事なんて呼べばいいですかね?あ、本名とか晒したくないとかだったら適当に先輩とか言いますよ。デビューも年齢も俺のが下っすよね、たぶん」
「そう、ですね。なら先輩呼びでお願いします。自分はクラくんって呼びますよ、外では」
突然の誘いではあったが、こうして直接飲みに誘ってくれる後輩というのが新鮮だったのか、廻叉は迷わず承諾する。以前に龍真らと行った個室居酒屋に予約を取り、念のため会社にも雀羅と会食をする旨を伝えた。その様をまじまじと雀羅は眺めていた。
「……どうしました?」
「いや、誰かと飲みに行くのにちゃんと会社に連絡入れてるのが凄ぇなぁって」
「身バレ対策という点で、万が一の時に備えてって話ですよ。私……ああ、もういいか。俺ら男性陣はメッセージで残せば大丈夫だけど、女性陣は割と細かく聞かれる事が多いかな」
「はぇ~……企業勢って大変だぁ。ってか、普段は俺って言うんですね」
「意識しないと私って言っちゃうけどね。まぁ、その辺の話も込みで色々話そうか」
※※※
「俺も3D使いたいんですよ、本当に。でも、パソコンのスペック考えたらまずそっちからだし、部屋でやるには引っ越しも必須だしで、一つ何か出来るようになったと思うと、別の何かが足りないって事にすぐ気付いてもうてんやわんやなんですよ」
「そればかりは、地道にやっていくしかないかなぁ。3Dはデータさえ残っていれば大きいイベントなんかにも呼ばれて、そこで使えるから悪い買い物ではなかったと思うよ。使う場所って意味では、郊外にスタジオ作ったウチの事務所とかは本当に英断だったのかもなぁ……車じゃないと辛い場所だから、3D使う日は一日潰すスケジュールにしなきゃいけないのが問題だけど」
「それだと確かに気楽には使えないっすよね……あれ?ってか、ステラさんって俺がデビューする前からPVで普通に3Dだったじゃないですか。あれ、どうやったんすか?」
「狭いスペースで立って収録してたよ。だから昔のPV、ほぼ動きが無い」
「言われてみりゃそうだわ……!だから18年のカウントダウンでガンガンに動いてるの見てビビったんだ」
個室というある程度プライバシーが守られた環境とはいえ、食事と酒が進めば話は深いところへと入っていった。特に、雀羅からはVtuberとしての悩み相談や企業所属者への素朴な疑問などが山の様に出てきた。廻叉はそれを心から楽しみながら応えていく。
Vtuberとしてのキャリアは廻叉の方が半年ほど長く、実年齢では廻叉の方が2歳年上である。それもあってか、雀羅のようなキャリアも年齢も程近い後輩という存在は周りにはなかなか居なかった。Re:BIRTH UNIONでの後輩の方が年齢差もあり、四谷は仲は良いが元々動画投稿者としてのキャリアがあった為に相談を受ける機会は少なく、ユリアとは既に先輩後輩という間柄ではない。四期生も、彼らからすれば直の先輩は三期生の二人だからこそ、二期生である廻叉とはまだ距離感が縮まり切っては居ない。機会さえあれば、リンネ辺りが一気に詰めてくるが、今のところはまだ二つ上の先輩という距離感だった。
「そっか、クラくんはあのカウントダウンの直撃世代か」
「そうっすよ。12月頭にデビューして、すぐに歌動画撮って送りましたよ。あんなデカいイベントに、数十秒でも出れたって感激が凄かったっす」
「確かにね……未だにアーカイブ見返すよ、俺。あれだけの規模は、本当に数年に一度単位だろうね」
「19年の時は、ライブ中心でNDXのメンバーも居なかったから、ちょっと蚊帳の外って感じになっちゃいましたね……いや、俺があの域まで達してねぇのが悪いんすけど……」
「NDXもあの時期、向こうで色々あったみたいだからね。大手のIT企業から買収を持ちかけられたとかなんとか。結局、NDXきっかけでVtuberにド嵌りした別の企業の社長さんに子会社化してもらうことで活動の場を守られたとか……俺らが知ってるの、子会社入りしたニュースだけだから、どこまで本当なのかはわからないんだよね……」
「どっちにしたって規模がデカすぎて夢物語もいいとこっすよ……」
お互いに年齢も近く、共通項が多ければ話は無限に続いていく。雀羅からすれば、今まで接点のなかったRe:BIRTH UNIONという事務所に関する話は興味をそそられる話ばかりだった。廻叉からすれば、個人勢特有の悩みや面白さを伝え聞くことは勉強になる事ばかりだった。
「コレ、マジもマジな話なんですけど……個人勢って、これからどうすりゃいいって思います?」
個人勢筆頭とも言われる男性Vtuber・雀羅の本気の質問は、深夜0時を回った頃の話だった。
キャリアも年齢も廻叉より下だけど、チャンネル登録者数では雀羅の方が上です。
NDX絡みは深掘りしませんが、アメリカで超技術やってたら絶対そういう話はあっただろうという推測の下で書きました。その辺の話をやり始めると本格的にこの話のジャンルが変わります。
ご意見ご感想の程、よろしくお願い致します。
拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。