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「財布の紐と見通しが甘い男」

大変長らくお待たせして申し訳ありません。作業がひと段落付きましたので更新致します。

また更新間隔が空く場合は改めて連絡致します。

 高級ホテルの最上階、スイートルーム。そして、そこに似つかわしくない麻雀卓があった。


 向かって左――即ち上家には、自分と共に戦ってきた少女が緊張を隠し切れない表情で卓を睨んでいる。


 向かって右――即ち下家には、自分と何度も激闘を繰り広げた青年が目を閉じて闘いの始まりを待っている。


 そして対面――トレンチコートを肩から掛けた、マフィアのボスのような貫録を持つ壮年の男が笑みを浮かべてこちらを見ている。


 外見通りの低い声で、外見からは想像できないほど穏やかに、男は呟いた。


「若いね。その若さがあればこそ、君達はここまで辿り着いてしまったのかもしれないな」


 その声は、羨むようでもあった。その声は、憐れむようでもあった。


「だが、此処から先は麻雀に魂を焼かれた鬼の棲家。金だけでなく、地位も、名誉も、命すらも奪い合う地獄」


 少女が息を呑んだ。青年は覚悟を決めた顔で、こちらを睨む。


「“私”はこの地獄で、決して短くない時を過ごしてきた」


 男は、やはり穏やかに、しかし狂気を孕んだ声で告げる。


「まぁそんなに緊張せずともいい……今すぐに席を立って逃げるか、私に勝てば無事に帰れるのだから」


 男が雀卓の中央に手を伸ばす。カラカラ、とサイコロが二つ転がる音がした。


「賽は投げられた。さて、自己紹介が遅れたね」


 あくまでも穏やかに、男は笑った。


「“俺”の名は、飛墨(ひずみ)――地獄の底で歪みに歪んだ麻雀打ちだ。掛かってこい、若造共」





※※※




「うっわ、渋いキャラ担当しとんなぁ。こういうタイプのキャラ、普通やったら大御所の声優さんがやるもんちゃうの?」

「おい、お前生放送中に麻雀ワンダーリングの告知動画見てんじゃねぇよ」

「基本的に新人から若手の声優の方を使われる方針らしいですよ。このタイトルを初期の代表作にしてほしい、というのが先方の方針らしく」


《うっひょおおおおおおお》

《ゲーム朗読で全キャラやってるだけあって、強キャラおじさんに違和感が無いの素晴らしい》

《ワンダリの声優さん、マジで若手のホープいっぱいで青田買い声優ヲタからも熱視線が飛んでるぞ》

《とはいえ、Vtuberにオファーするってのも珍しい話ではある》


「どういう経緯でオファーされたんとか、話してほしいんやけど」

「それは後日公式の生放送にゲスト参加が決まっていますのでその際に」

「勿体ぶるなぁ、おい。まぁそれならそれで当日までのお楽しみって事にしとくか」

「よぉ考えたら、Vtuber基本ええ声の持ち主多いから声優って方向に仕事伸ばせるわなぁ。盲点やったわ」

「ボイス販売などである程度演技の素養がある方も少なからずいらっしゃいますからね。私もそうですが」

「俺、ボイス苦手だわ。廻叉の演技指導なかったら何度NG出してるかわかりゃしねぇよ。EVILの時とか地獄のようなスパルタだったぞ、マジで」


《くっ、公式生放送いつだっけか。ちょっと調べてくる》

《今話せないのかよ!》

《Vtuberで声優仕事してる人、結構いるよな実は》

《ゲームアプリとのコラボ案件も割と増えててビビる。メインは大手だけど》

《ボイスは沼》

《EVILシリーズの時の龍真マジ頑張ってたもんな》


「前の話に戻るけど、やっぱ長いことVtuberやってくんやったら出来る事は多いに越したことはないんやろな。俺かてFPSを本意気入れて始めへんかったら、どっかで頭打ちになっとった気ぃするわ。そんでズルズルとモチベ下がって引退……いや、引退どころか自然消滅しっとたかもわからん」

「個人でやっていた時期が長いノヴァさんが言うと、説得力がありますね」

「実際問題、半年以上動画も配信も無いままの個人勢Vtuber、相当増えてるらしいからな。逆に個人勢のトップ層は程度の差こそあれど、なんでもやれるメンツばっかりだろ?ゲーム、歌、トーク、地獄耐久」

「地獄耐久がVtuberの義務みたいになっているのは如何なものかと」

「黎明期の伝統って奴やな……」


《一つに特化するとそれで伸びなかったときのダメージとんでもないだろうしな》

《ノヴァニキも苦労してきたんだなって分かる》

《おいやめろ龍真、それでも一縷の望みを持ってチャンネル登録したままの個人勢が何人も居るんだ》

《個人のトップ層……男なら雀羅、女なら竹取カグラあたりか?》

《ジャクやん好き。カグラちゃまもっと好き》

《草》

《耐久は義務じゃない、権利だ》

《行使すんな、そんな権利》


「コメントにもありましたが、雀羅(じゃくら)さん今度の麻雀ワンダラーズの公式配信でご一緒するんですよね。初めてお会いするので楽しみです」

「あー、そういえば何気に接点無かったんだよな、廻叉と雀羅。絶対気が合うと思うぞ」

「最近、大枚はたいて3Dアバター作ったけど、動かすにはパソコンのスペック足らへんくて外付けHDDで埃被っとるらしいやん」

「相変わらず財布の紐と見通しが甘い男だな……」


《楽しみだけど不安だ》

《気が合うというか、色んな意味で真逆だから無茶苦茶噛み合うかひたすら噛み合わないかの二択》

《草》

《個人勢屈指の成功者なのにいつも金が無いんだよな……》


「……若干の不安がある事は否定できませんが、大丈夫でしょう。恐らく。直接お話をしたことが無いだけで、配信のアーカイブや切り抜きなどでお人柄は存じておりますので」

「存じとっても大丈夫って断言はせぇへんのやな」

「まぁお前なら何とかなる。ただ一言だけアドバイス。お前がツッコミだぞ」

「でしたら大丈夫ですね。このラジオで龍真さんというボケに付き合ってきた経験は伊達ではありません」

「それ、漫才師の役割としてのボケって事やんな?まさか罵倒としてのクソボケ野郎って意味とちゃうやろ?」

「おいノヴァてめぇ。何笑いながら聞いてんだよ」

「ご想像にお任せします」

「否定しろぉ!!もし後者だったらって疑念を残すんじゃねぇよ!!」




※※※




 個人運営のVtuber、雀羅。2018年末にひっそりとデビューし、その後数ヶ月で運転資金の危機を自白。アルバイトと毎日の配信を根性だけで両立する様が一部から注目されジワジワと登録者数と知名度を伸ばしていった。最終的に配信中に疲れから熟睡、起きると同時にバイトに遅刻すると大騒ぎして配信を付けたまま出勤するという伝説を残す。


 収益化を達成して専業となってからは、所々の配信で笑いの神に愛されているとしか思えない展開やハプニングに襲われる事から切り抜きなどで人気を博し、コラボも増えて気が付けば個人運営の男性Vtuberとしてはトップ層になっていた。


「頼むよぉ……!!これ逃したらマジで終わるんだよぉ……!!!」


 迷彩柄のウインドブレーカーに身を包んだ金髪碧眼の青年が、もはや涙声で懇願していた。案件を貰ったことで始めた麻雀ワンダラーズのレーティング戦に挑んでいるが戦況は芳しくない。初戦で二着を取った以外は全て三着と四着という、絶不調とも言うべき状況に陥っていた。

 この対局においても、現在最下位のまま南四局――即ち、最後の一局まで来てしまっていた。


「中だ、あと二枚ある、あと二枚のどっちか掴めばいいんだよぉ……!!」


《草》

《国士無双来るか?》

《やれ雀羅!!お前ならいけるぞ!!》

《降格寸前で役満テンパイとか相変わらず持ってるなぁお前》


 大逆転の一手である役満・国士無双。残り二枚の待ち牌を求めて雀羅が嘆きと叫びを発し続けていた。


 しかし、無情にも他家からツモ上がりの声が上がった。


「んなあああああああああああ!!!!!なんでそうなるんだよぉおおおお!!!寄りによってそこで待つなよおおおおおお!!!!!!」


《草》

《中単騎のチートイwwww》

《雀羅くん、初級落ちおめでとう!!》

《無様だねぇ(愉悦顔)》

《ジャクやんの悲鳴からでしか摂取できない栄養素がある》


 麻雀ワンダラーズというゲームは単純な成績から付けられるレーティング戦と、ゲーム内マネーを賭けたギャンブルマッチがある。雀羅が挑んでいたのはレーティング戦だったが、不運に不運が重なった結果、一番下のランクへの降格が決定した。


「はぁ……なんでどうしてこうなるんだよぉ!俺だってさぁ、麻雀は好きなんだよ。麻雀が俺のことを嫌いなんだよ!」


《致命的じゃねぇか》

《もうすぐ公式配信のゲストなのに大丈夫か?》

《こんな目に遭ってもアプリそのものや麻雀そのものへの悪態付かないのは評価に値する》

《(性格は)いい奴だけど(運が)悪い奴》


「いやさあ、公式配信出る以上はやり込んでおきたいじゃんかぁ。どうせならレーティングだけでも上級か、その上の玄人まで行きたかったんだよ……俺、やれるぜってとこ見せたいじゃんかぁ」


 ゲームのロビー画面を映したまま雀羅は項垂れる。公式配信へのゲスト出演に際して、題材であるゲームをやり込むのが雀羅のスタイルではあったが、そのモチベーションは基本的に『出来るところを見せたい』というシンプルな承認欲求にあった。

 自転車操業時代を乗り越えてきた過去が案件への貪欲さと真剣さを生み出してはいたが、運が絡む以上結果が付いてくるとは限らない。そして、雀羅という男は明らかに運が悪い男だった。


《邪念で草》

《むしろその沈み切った戦績グラフ見せた方がアピールになるぞ》

《ギャンブルモードの方は手を出してないの?》

《公式放送明けのアプデでストーリーと新雀荘出てくるはずだから、それを見越しての温存じゃね?高レート卓が無限に増え続けていくの恐怖でしかないんだが》


「お前らもうちょっと俺を労われぇ!!チクショウ、わかってんだよ、俺が酷い目に遭うところがお目当てってのはさぁ。くっそ、こうなったら公式放送で俺の雄姿を見てもらって!そんでこう、なんだ、Vtuberのダメンズ代表の汚名を晴らす!」


《わかっとるやないけ》

《草》

《そうだね、がんばれー》

《できるできるおまえならできる》

《完全に聞き流してて草》

《Vtuber男子しっかり者No.1候補の執事さんとコレが共演すんの、今から不安》


 雀羅のファン層は彼が酷い目に遭って七転八倒する様を見たい男性ファンと、放っておいたら野垂れ死にしかねない危うさに母性本能を刺激された女性ファンである。ファンの年齢層は広いが、彼に対する認識はほぼ同じだった。


「執事さん……あー、新キャラの声の人ね!いやーVtuberも活躍の幅広がってるよねぇ。ゲームアプリとはいえ、ちゃんと声優さんとして呼ばれてんだもん。羨ましいっちゃ羨ましいけど、たぶん俺じゃ無理だからそこはシンプルにリスペクトしてるわ。たぶん、雀羅としてキャラ実装されましたって言われても超棒読みになると思うわ、ボイスとか。超楽しみだわ。俺みたいな個人勢、こういう形で交友関係広げていかねぇとマジで先がねぇからね!人見知りとか言ってる場合じゃねえんだよぉ!」


《リバユニのユニコーン撲滅に一役買ってくれた執事さんかw》

《オファーなのか、オーディション受けたのか聞けるかもね》

《雀羅は一度サンプルで出したボイスが最悪の出来だったもんなw》

《おう、あんまり先方さんに迷惑掛けんなよ。執事さんだけじゃなくて、声優さんとかプロ雀士さんとかアプリのプロデューサーとかも出るんだからな》

麻雀用語に関しては分からない場合はフィーリングで読んでいただけると幸いです。


ご意見ご感想の程、よろしくお願い致します。

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[一言] 七対子はね・・・ダメですよ・・・ 流れも何も無いあんな手邪道ですよ・・・!!(読む直前に七対子に連続で引っかかった人間の顔)
[一言] なぜか知らんけど! 新キャラの個人勢筆頭から福本作品の声がするぅ…! てめぇピンチ通り越して死線潜ったあとにやっと覚醒する奴!絶対!
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