「私たち発案じゃないです」
「バーチャルの世界だからこそ、着れる格好って、あるよね……!自分のデザインを落とし込んでもらったので個人的には納得の出来。どう?」
《うわキツ……(愛の鞭)》
《カーチャン無理すんな》
《一児の母の姿か……?これが……?》
《いや、可愛いは可愛いんだよ。でも、普段の母ちゃん知ってるせいで脳がバグるんだよ》
《青色基調のセーラー服は流石にギャルゲーの世界観なんよ》
「お前たちさぁ……!こういう時くらい素直に褒めなさい!」
魚住キンメの新衣装はパステルブルーを基調にしたセーラー服風の衣装だった。学生服ではなくカジュアルな私服、という扱いではあるが見た目は完全に学生気分であった。
視聴者からの評判は概ね好評であったが、キンメ自身の普段の配信やSNSの投稿などから一児の母であり、主婦という印象も強いことから「似合ってるし可愛いけど、ちょっと……」というお茶を濁した感想が頻繁に見られた。
「ま、いいけどねー。旦那と娘は褒めてくれたから!旦那の分の学生服も作る?って聞いたらやんわりと断られたけど」
《結局家族惚気に落ち着くんよね》
《娘ちゃん、色んな意味でたくましいカーチャン持ってんなぁ……》
《リバユニ2期生、どっちも惚気がメインコンテンツ説》
《草》
《執事はたまに惚気る程度だろ。その分、威力が高いが》
※※※
「一応、今のところリバユニ内でゲーマーと言えば僕って事でね。FPS系のゲーム配信も多いって事で、サイバーパンク風バトルスーツにしてみました。いやー、僕の凝り性出ちゃったね」
黒基調にダークグリーンの差し色の戦闘服姿で小泉四谷は楽し気に新しい衣装を視聴者へと披露していた。胸元には勲章風にデザインされた『眼』のブローチ、他にもサイバーパンク作品に登場する銃をイメージしたメカニカルライフルを背負うなど、オプションも充実しておりイラストレーターと四谷本人のこだわりが反映された衣装となっていた。
《おおー、かっけぇじゃん》
《いい!》
《FPSで和装だとちょっと浮いてたの、微妙に気にしてたもんな》
《まぁもっと浮いてるのがザラに居るのがVtuber業界な訳だが》
《喋ると目が光るだけのモアイ像のVtuberとか居るしな。低予算の極みみたいな奴だったけど、普通にFPSは上手くて笑ったわ》
《DJDの揃いの戦闘服に喰い付いてたのはガチであったか》
「そりゃあね、僕だってホラー系がメインコンテンツだってことは重々承知だよ。でもさぁ、男の子ならこういうカッコいい戦闘用の服とか好きでしょ?ほら、このグリーンの部分とか光るんだぜ?動作が重くなるから多用出来ないんだけど」
《草》
《闇の住人がキラッキラしとる》
《微妙に動きがカクついてる辺り、本当に重いんだな、その機能》
そう言うと、服のダークグリーンの部分がネオングリーンに点滅するという謎の機能をも惜しげなく披露する。なお、見た目が派手で綺麗であること以外にメリットはなく、デメリットとして2Dアバターの動作が極端に重くなるという百害あって0.5利程しかない機能だった。それだけのデメリットを抱えながらも、この機能が実装された理由はただ一つ。『光るのはカッコいい』という四谷とイラストレーターの意見の一致であった。
「この格好をしたからには僕ももっとFPS上手くならないとなぁ。FPS上手い都市伝説の妖怪ってなんだよ、って話だけど」
※※※
石楠花ユリアの新衣装お披露目配信は、雑談配信のフォーマットで行われた。サムネイルにシルエットを出さず、敢えて視聴者に内容を予測させない形にしていた。単純なネタバレ回避策ではあるが、ユリアが新衣装を初めて見た時の新鮮な驚きと喜びをファンにも受け取ってほしいという思いがあった。
「そんな訳で、今日は新衣装なんですけど……実は、私から直接、こういう衣装が良い、っていうリクエストはしてなくて。その、今の衣装と、ハロウィンの時の衣装がそれぞれあって……どちらも凄く気に入っているので、九重ヒカルママに『ママが私に着せたい服をデザインしてください』って、お願いしました」
《ほうほう》
《ある意味丸投げではあるけど、お嬢の場合信頼してるからこそって気もする》
《ならば九重ママがバニーとかマイクロビキニとか逆バニーとかを描く可能性もあるんだな!?けしからんな!頼んだぞ!》
《何を着ても似合うと思うし、何を着ても似合うって断言する男が一人は居るからな》
《とりあえず不埒者をミューブロしとくか》
《せやな》
《せやせや》
《相変わらず無駄に統制取れたSPどもめ》
イラストレーターにフリーハンドを渡したことに対する反応こそ様々ではあったが、少なくともネタになりそうなコメディ衣装や、TryTubeでのBANの危険水域に達するような際どい衣装ではないだろう、というのが大多数の共通見解であった。尤も、Vtuber界隈でも数少ない『真・清楚』と呼ばれる枠組みに入っているユリアにその手の衣装を実装した場合、間違いなく炎上沙汰になるのは、文字通り火を見るよりも明らかであった。
「と、という訳で着替えてきます!ちょっと駆け足だけど、その、この後に廻叉さんの新衣装もありますから!時間押したら、大変……!」
そう言い残して、画面が待機画面に切り替わる。チャット欄のコメントは総じて微笑ましい物を見る顔が浮かぶようなコメントが並んでいた。未だに、或いは当然ネガティブなコメントを残す者も居るが、歴戦のモデレーター達の手によって非表示・ブロック処理されていた。
「えっと、こう、でしたっけ?……お待たせ、しました、これが私の新しい衣装です!」
《落ち着け》
《見えへん》
《蓋絵取れてないよー》
《草》
《急いで慌ててポンかますの、ずっと変わらなくて和む》
「え?あ、こうですね!すいません!」
《うおおおおおおおおおおお!!!》
《足元から見せるとか焦らし無しで草。しっかしかわえええええ!!!》
《清楚。清楚ってか、大和撫子》
《和装で来たか!!》
《全体像よ!全体像を見せてちょうだい!!》
《まとめた髪も新鮮……やっべ、クッソ可愛い……》
《いい意味で時代劇の町娘感。これは看板娘ですわ》
「全体像、ですか?えーっと、こうして……カメラ位置調整しました、ど、どうでしょうか?」
淡い紫色をベースにした、小袖と呼ばれるタイプの着物をイメージした衣装に身を包んだ石楠花ユリアの姿が大写しになるとコメント欄の勢いはさらに加速した。そのコメントにもあった通り、時代劇に出てくる町娘の着物を参考にしているらしく、礼服のような固さのない衣装になっていた。肩から掛けた羽織はシックな黒となっているのがアクセントになっている。
「えっと、ヒカルママからのコメント……えええ……」
《どうした?》
《なんかヤバい事読ませようとしてる?》
《九重さん、SNSとかで見る限り割と真っ当な人だから大丈夫だとは思うが……》
「よ、読みます……『最初は白無垢にしようかと思ったけど、リバユニのスタッフさんや色んな人に気が早いって窘められました。でも、和装にしたいとは思ってたので普段の綺麗系な感じとはイメージを変えて、可愛い系の着物にしました。気に入ってくれると嬉しいな』……だ、そうです。ありがとうございます……!でも、白無垢は、その……!!」
《草》
《ママ?》
《娘に彼氏が出来てテンション上がる母の図》
《微笑ましいにも程がある》
「えっと、まだ続きが……『まぁユリアちゃんはウェディングドレス派の可能性もあるから!あかん、ダメだテンション上がって来た描いてくる』……は、う……!!」
半ばコメントと言うよりもリビドーの発露のようなコメントを読まされたユリアの狼狽は、しばらくの間続くことになった。
※※※
「さて、そういう訳で私の新衣装お披露目配信へようこそ。五分押しでの開始となりましたね。先ほど、ユリアお嬢様から物凄い勢いで謝り倒されました。全然気にしていないと伝えはしたのですが」
正時廻叉のお披露目配信も、普段の雑談配信と同様のフォーマットで開始した。開始直前にDirecTalkerで全力の謝罪を受けた旨をさらりと暴露しつつ、特別感のないトークを展開する。
「さて、私としてはこのまま近況報告雑談を続けるのも吝かではありませんが、早く新衣装が見たい人たちの方が大多数でしょうね。それでは準備に向かいますので暫しご歓談を」
《はよ。新衣装はよ》
《立ち絵すらないサムネだったせいでマジで予想が出来ない》
《まさか桐箪笥の写真に『新衣装配信』の雑なロゴとは思わなかった》
《時々、とんでもない手抜きサムネぶち込んでくるよな、執事》
《写真一枚に文字だけのパターンが結構あるんだよな。何をするかはわかるんだけど、文面以上の情報は一切ないという》
《草》
今回の配信のサムネイルを待機画面にして、廻叉が席を外す。リスナー達は新衣装の予想よりも、あまりにも適当に作られたサムネイルの話で持ち切りであった。正時廻叉の手抜きサムネは、文字通り最短の時間と最短の手間で作成されている。フリー素材の写真と、無料のフォントを掛け合わせた雑サムネシリーズは切り抜き動画まで作られている。
「……それではお待たせいたしました。いきなり登場致しますので皆様も心の御準備を。それと、先に言っておくべきことが一つ」
待機画面のまま、廻叉の声が響いた。注意喚起とも違う、どこか困惑したような声色であった。
「私たちの発案じゃないです。それでは、待機画面から戻ります」
《どういうこった?》
《私の、じゃなくて私たち、とな》
《!?》
《うおおおおおおおおお!!!》
《きゃああああああああああああああああああ》
《え、仮面無しでちゃんと顔がある?!》
《和服ー!!!書生風ー!!!!!!》
《(瀕死)》
《う゛っ……(即死)》
「……MEME様謹製の、書生衣装です。何らかの力で、仮面の下の顔も作っていただけたようです。如何ですか?」
書生、という言葉の通りの和装だった。黒をベースにしたモノクロームカラーの和服に、インナーカラーに紫をあしらっている。そして、トレードマークである仮面がない。『人間の顔』の正時廻叉がそこに居た。
「カジュアルにもフォーマルにも対応できるオフ服、というリクエストにMEMEさんがまさか和服を選ばれるとは思いませんでした。まぁ普段の執事としての服が洋服なので、対照的なところに落ち着いたのでしょうが……ユリアさんも、和装なんです」
《しかし顔がいいな、こいつ……》
《文豪感がある》
《生活スキルの塊のような男が着る生活力を持たない男の衣装が私を狂わせる……》
《そういえば……!》
《お嬢も着物だわ!?》
《お揃いか?!お揃っちか!!》
「それが先ほど言った、私たち発案じゃない、という事なのです。どうやらMEMEさんと九重さんが示し合わせて同じジャンルの服にしよう、と」
これを聞かされたのは、配信開始直前であった。ネタバレ防止、情報流出の防止から、それぞれ自分の新衣装以外の情報を所属Vtuberは持っていなかった。廻叉がユリアの新衣装配信を見た時に、同じ和装である事に気付き、ネタ被りかと心配したタイミングでMEMEからの連絡だった。
『九重さんと共謀して、コーデ合わせちゃった☆』
この野郎、と正時廻叉は思った。嬉しくない訳ではない、むしろ大喜びであるし小躍りでもして構わないくらいではあったが、それを自身の配信直前に伝えてきたことが問題だった。後日、問い詰めるとしよう、と心に決めた。
「ちなみに顔ですが、一応取り外しも可能です」
《ぎゃあああああああああ》
《突然機械フェイス披露すなや!!!》
《パカッて、顔が、パカッて……》
《あらゆる方向性で心臓に悪いです》
《明治大正ロマンが明治大正クトゥルフに……》
《一応で取り外して良いパーツではないんだよ?》
「……それで、ですね。MEMEさんと九重さんのこだわった共謀ポイントというのが、先ほどDirecTalkerで送られてきまして」
《ん?》
《口ごもるとは珍しい》
《狂暴?》
《共謀、だろ。たぶん》
《二人分って事は、お嬢の衣装にも関わってるのかな》
言い辛い、或いは若干の照れがある。そんな雰囲気の声色で、自分の横に石楠花ユリアの立ち絵を表示した。コメント欄が沸き立つが、廻叉の咳払いで一時的に収まる。
「ご覧の様に、まぁお互いに和装な訳ですが……私のメインで使われている色が黒で、差し色に紫が使われています。逆に、ユリアお嬢様のメインの色は紫。羽織に使われている色が黒です」
《ふむふむ》
《イメージカラーやね、黒》
《あっ(察し)》
《おやおやおや》
「……お互いのイメージカラーを差し色に、しています。完全に、MEMEさんと九重さんの共謀です……いや、嬉しいんですが、その、露骨過ぎる気がするんですがどうなんでしょうか」
ニヤニヤしながら送って来たと思われる『こだわりポイント』について解説すると、珍しく感情がわかりやすく漏れ出しながらコメント欄へと問いかけたが、その解答はただの狂喜乱舞であった。
《ひゃああああああああ!!》
《ママたちGJ!!マジでそういうの、そういうのだよ!!》
《うひょひょうひょう!!》
《ほーう、そんな反応執事しちゃうー?ほうほーう?(煽)》
《うおおおおおおおおおおおおおおおお》
《ウッホッホ》
《たまらん》
《最高かよ……》
《なんかゴリラ居るぞ?》
《今のこの場は男女カプ大好きアニマルのサファリパークだからな。そりゃゴリラくらい居るだろ》
いやー、楽しかった(満足気)
業務連絡ですが、本格的に書籍化作業の方が始まりそうです。連載自体が一週間~十日前後の不定期になる可能性が御座います。ご了承頂けますと幸いです。
もし休載のお知らせがあった場合、「ああ、なんか切羽詰まってやがるな」とお考え下さい。
ご意見ご感想の程、お待ちしております。




