「顔とスタイルの良い男にダサい服装をさせたいという願望がある」
「そんな訳で、久々の新衣装の発表があった訳ですが……流石に三期生まで、ということで」
「私たち、今まで一番最初の衣装とハロウィン衣装だけでしたからね……」
「ユリアさん、あの衣装使いました?私は、ゲーム朗読実況の際に何度か使いましたが」
「ええと……あまり使ったことがないかもです」
《情報整理助かる。公式アカウントのSNS、つい見逃しちゃうんだよなぁ》
《マジ楽しみ》
《ペアルックか?ペアルックだな?(圧)》
《そういえばリバユニって新衣装が企画でやったアレだけだったのか。普段着に見慣れ過ぎてて気付かんかったわ》
途中参加途中退室OKの雑談企画『リバユニの休憩室』、今日の担当は正時廻叉だった。
三日月龍真とのライトヘビー級ラジオでは歯に衣着せぬ発言と、適当な態度が目立つ廻叉ではあるが普段の雑談配信ではテーマトークをしっかりと行うタイプの配信者だ。今日のメインの議題は公式より発表された所属タレントの衣装追加に関する話だった。
いつの間にか通話に参加していた石楠花ユリアと共に、前回の新衣装――正確に言えばイベント合わせの衣装を持て余している現状について憂慮していた。
「ステラ様ですら『舞台衣装しかないのはちょっとなぁ』という風に仰られてましたからね。実際には新衣装の話自体はずっと進んではいたのですが、それ以上にお仕事や収録が入ってしまっていたようで」
「確かに、配信するところを見るよりも歌の収録してるところを見る方が多かったですね」
「龍真さんは普段から私服に近い衣装ですし、現在の衣装に拘りというか、愛着を持っているようですから然程乗り気ではなかったように思えます。最終的にファンサービスの一環、ということで納得されたみたいです」
「あ、白羽さんはこないだ一緒に練習配信した時に『部屋着は欲しい』って言ってましたから……もしかしたら、そういう新衣装かもしれませんね。キンメさんは自分でも描ける方なので、どうなるか気になります」
《わかる。衣装一種類だと、配信の内容次第で結構浮くんだよな》
《フォーマルとカジュアルで一着ずつあると便利よね》
《ハロウィン衣装、カッコいいけど本当にハロウィンくらいしか使う場がなかったもんな……w》
《龍真が無頓着なの解釈一致》
《丑倉、普段はパンツスタイルのスーツだから部屋着が可愛かったらギャップで死ぬかもしれん》
《キンメママも新しい衣装見たいわぁ……これで割烹着とかだったら笑ったらいいのか泣いたらいいのかわからん》
「それで、まぁ我々もっていう話ではあるのですが」
「えっと……廻叉さんは、もう希望とか出されたんですか?」
「まぁ強いて言うならばカジュアルな場にも、フォーマルな場にも合わせられる服を発注しました。今のこの執事服、早い話が仕事着ですからね。私自身は執事服だけでも良かったのですが……もし作るなら、オフ感のある衣装をというのは私とMEMEさんの統一見解でした」
「MEMEさん、SNSで『廻叉くんの説得に成功』って書き込まれてましたけど、あれってそういう意味だったんですね……」
廻叉は自身の執事服のイメージが強いことは重々承知であり、むしろ衣装を変えない方がイメージ戦略として正しいのではないか、という思いもあった。実際、イラストレーターであり廻叉の担当であるMEMEにも一度は断りを入れるつもりで連絡を取ったこともあった。
ところが、MEMEからの説得というか半ば懇願に近い形で頼み込まれ、結果的に廻叉は首を縦に振った。熱意に負けたのもあるし、龍真同様にファンサービスという点もある。
「元々、色んな腹案を考えていたようなので、それを無下にするのも違うな、ということで……」
「ふ、服の案だけに……?」
「……………………」
「……………………」
「……………………お嬢様?」
「…………すいませんでした」
「分かっていただけて何よりです。ところでお嬢様、そんな露骨なボケをどこで学びましたか?」
「先日オーバーズの皆さんとやったゲームコラボで、灼天童子さんから『ボケを拾われないのは辛いんじゃぞ、お嬢先輩!』と……そこから、皆さんが唐突に言ったダジャレを私が拾う、っていうのをやってて」
「なんですか、その地獄のような千本ノックは」
《……ん?》
《お嬢?》
《草》
《※ご覧の配信は正常ですが、あまり見ないタイプの事故が起こっています》
《あ、折れた》
《唐突なお嬢様呼びはいかんぞ、私たちの心臓が急加速を始める》
《あいつらか……w》
《悪乗り集団オーバーズ》
※※※
数日後、まず手始めにステラ・フリークスの新衣装が発表された。ライブTシャツにウインドブレーカー、ジーンズという、一見すると歌手と言うよりもフェスのスタッフのような衣装ではあったが、普段のミステリアスな雰囲気とは真逆の親しみやすさとギャップから、全体的には好評であった。
「ふふ、事務所のみんなの頼れるお姉さん感は出てるだろう?」
という言葉に対しては、ファンの反応は芳しくなかったが。
《妹》
《圧倒的後輩感》
《女子勢で一番身長低い子が何か言っとる》
《やっぱあのローブで威厳八割増しだったんだよ》
《かわいい》
《かわいい》
《#STELLA_is_CUTE》
※※※
丑倉白羽は本人の希望通りの部屋着の実装となった。白系のフリース素材のパーカーやハーフパンツなど、白羽が普段使いしているものを参考にしたという風にお披露目配信では話していた。
それだけでなく小物類が増えており、ヘアバンドやブルーライトカットの眼鏡など、プライベート感あふれる仕上がりになっていた。
「いいでしょ、このパーカー。手触りが良いんだよね、このフードのあたりとか」
《手触り……!》
《なんか有名なメーカーだっけ。なんかアイスっぽい名前の》
《なんかマジで私室をのぞき見してるみたいでヤバい》
《普段の白シャツで押さえつけられてたのが解放されて柔らかそうで最高ですね!最高です!》
《なんかリビドー抑えきれてない奴がちらほら居るんだが》
《まぁ本人が気にしてないってか分かっててやってるみたいだし……ってか揺らすな揺らすな。BANされるぞ》
若干、通報のラインを割っているコメントが散見されたがそれ以上の混乱もなく、白羽の新衣装お披露目は無事に終わった。なお、白羽自ら胸元をアップにしたうえで動きを付けた事で収益化停止の警告が来るのは数日後の話である。本人曰く「ファンサービスがあふれた」との供述を残す。
※※※
「お前らさぁ、人のスーツ姿見て二言目にはホストだのヤクザだの、他に言うべきことがあるんじゃねぇのか?」
三日月龍真の新衣装は黒のスーツに赤のシャツ、というどちらかと言えばフォーマル寄りのものだった。髪型も衣装に合わせてセットされている。無論、コメント欄も「似合う」であったり、「カッコいい」という声も多数あったが、それ以上に龍真のボヤキのような内容も多かった。
《だってカタギじゃねぇもん、目つき》
《普段の衣装は草吸ってそうだけど、こっちだと草売り捌いてそう》
《よっ、若頭!》
《売上自体は中位くらいだけど、裏でルール破ったホスト〆る役割担ってそう》
《ハットとグラサン付けたらマフィアとして完成する奴やんけ》
「納得出来る意見ばかりなのが納得いかねぇなあ……!」
その後、コメント欄に現れたバーチャルサイファーの面々を通話に呼びつけて突発ラップバトルが発生、話の流れからバーチャルとリアルの区別なき服飾センスディスり合いバトルという「ただただ大人げない上に生産性がないバトル(by.MC備前)」が繰り広げられた。
※※※
「どうもー、イラストレーターのMEMEです。久々の作業以外の配信なんだけども、今日はうちの子に来てもらってます」
「こんばんは。Re:BIRTH UNION所属Vtuber、正時廻叉です。今日は雑談配信のゲスト……という風に聞いてきているのですが」
《こんばんはー》
《おお、執事さんだ!》
《リア充執事だ!》
《案の定何も聞かされていないんだな》
《MEMEニキ、絵柄の繊細さと引き換えにガサツになった人だからね、仕方ないね》
休憩所配信で新衣装の話をして、0期生&1期生の三人が新衣装お披露目配信を行った数日後、廻叉は担当イラストレーターであるMEMEからの依頼で彼の配信に出演していた。たまたま予定が空いていた日だったので二つ返事で了承したが、具体的なトークテーマなどを廻叉は知らないままこの場に居た。
「いや、今ちょうどリバユニさんとこの新衣装の流れがあるじゃんね。この場で廻叉くんのをお披露目、とはいかないけど『ボツ衣装の供養』くらいはやりたくてさ。せっかくだから、もしかしたらこれらを着るかもしれなかった廻叉君の意見も聞きたいなあ、と」
「ラフだけでも相当数のアイディアを送ってこられていたという風には伺ってますが……」
「そうそう。ラフってのは、言ってみれば一次選考な訳だよ。最終選考まで残った衣装は、割としっかり書き下ろしてあるから、もしかしたら今後使うこともあるかもしれない。だから出せない。なので、一発アウトだった衣装を見て行こうかなって」
「この時点で『ああ、だいぶネタ寄りの服なんだな』というのが想像できました」
「察しが良くて助かるよ。じゃあ、見て行こうか。まず一枚目」
《おおおおおおおお!》
《なんか面白そうな企画来た!》
《一発アウトは草》
《それ聞いて執事さんの声色が明らかに曇って草》
《ネタに付き合わされるんだな、って感じが出ちゃってる》
《おい!>一枚目》
《草》
《もう草》
半ば殴り書きの様に描かれた一枚目のイラストは、彼自身の根源でもある柱時計をモチーフにした衣装だった。というよりも、柱時計の盤面から死んだ目の執事が顔を出し、手足も同様に柱時計の側面と底面から出ているという衣装――というより、着ぐるみであった。
「デフォルメの落書きとしてならともかく、これを新衣装の草案として提出する度胸に恐れ入ります」
「いやー、調べたらファンアートで似たようなのが結構な数見つかってさぁ。ネタ被りはいかんな、と。じゃあ、二枚目」
《うおおおおおおおおおおおおおおおおおお》
《MEMEニキ、これ新衣装にしなくてもいいから清書してくれ後生ですからお願いします》
《エイプリルフールの一発ネタならともかく、恒常衣装でこれはちょっと……》
《ああっ、執事さんが深い溜息を!》
二枚目のイラストは、先ほどよりは普段の頭身に近い形で描かれている。視聴者からの反応も上々ではあったが、当の廻叉が思わず溜息を零すほどのイラストだった。これを案の一つとして大真面目に持ってきたMEMEに対する呆れなのか、或いはこれを着る事にならなかった事への安堵か。
「えー。そんなにダメかね、メイド服」
「私、唯一演技できないのが女性なんですが。頑張っても、子供向けアニメに出てくる典型的ニューハーフキャラが関の山です」
「むしろ今の声色、口調のままこの服とこの見た目だから良いんじゃないか。まぁでもメイドっていうコンセプト自体がキンメさんと被ってるからボツだよね」
「ネタ被りが一番の理由なんですね」
「そりゃオリジナリティが大事な業界だもん。で、三枚目がこちら」
《草》
《MEMEニキだもんね、そりゃやるよね》
《 恒 例 行 事 》
《MEMEニキさぁ……なんでそんな芋ジャージ好きなん?》
《バケツとモップ、三角巾とマスクのフルアーマー掃除のお兄さん仕様で草》
三枚目は簡単ではあるがカラー付きのイラストだった。小豆色単色に白のラインが入ったジャージ、俗に言う『芋ジャージ』姿の正時廻叉がそこには映っていた。コメントにもあった通り、水回りの掃除の真っ最中のような姿であった。
「……MEMEさん、色んなキャラに芋ジャージ着せてますよね。特に、男性キャラ」
「着せてるね」
「作画コストの削減が理由、ですか?」
「いや、違う。俺はね……顔とスタイルの良い男にダサい服装をさせたいという願望がある……!」
「何を力強く宣言されているのですか、貴方は」
この後も、なぜか芋ジャージ姿の正時廻叉のイラストが大量に披露され、それに対して廻叉がいちいちツッコミを入れて回るという漫才のような配信となった。なお、この日に披露されたMEMEによるラフイラスト集はSNS上でアップロードされ、それなりのバズを記録した。
次回、残りの面々の新衣装お披露目となります。
ご意見ご感想の程、お待ちしております。