「『NEXT STREAM』の名物企画、Vtuberデータファイル」
The SINESの3Dお披露目から数日後。正時廻叉は、WEBコンテンツ情報サイト『NEXT STREAM』所属ライターである玉露屋縁との通話打ち合わせを行っていた。
内容は『Vtuberデータファイル』という不定期連載企画に関するものだった。
「勿論存じ上げています。Vtuberの詳細なデータを深堀する連載ですよね。リバユニからはステラ様が割と初期に取り上げられていたかと」
「ああ、知っていてくださいましたか。それで、他の方の掲載後にはなるのですが廻叉さんを登場させたい、というお話でして。それで、現時点での仮版のページのファイルをお渡ししますので間違い等があれば指摘して頂ければ、と。締め切りは……そうですね、今月末までを目安でお願い致します」
「それは構いませんが……その、私の予定もまだ未定でして。SINESの3Dお披露目以降は割と落ち着いた進行ではあるのですが、急遽の案件なり企画なりが入ってしまうと締め切り日に間に合わない事もあります。それでもよろしければ」
「ああ、全然大丈夫ですよ!この企画、候補者数十名単位である程度まとめて作ってあるんです。その上で、校正確認が終わった人から順番に掲載する、という形式でして……」
「……まさか、不定期連載である理由は」
「……お察しの通り、締め切りを超過する方が多数いらっしゃったんです……なので、最近では明確な〆切は設けなくなりました。なので先ほどの今月末という締め切りも普通に破っていただいて結構です」
「……なるほど。いや、流石に破る事はしないようにしますが」
Vtuberを十人呼べば五人は遅刻する、という噂がまかり通ってしまう程度には時間や締め切りにルーズな者も目立つ界隈。締め切りを目安程度と割り切って完成順に連載、というのは早い段階からVtuberの記事を多数上げているNEXT STREAMだからこそ出来る荒業であった。
「深掘りするとはいえ、やっている事はVtuberさんの企画でもよくある『〇〇の質問』に近い形式ですから、時間のある時に回答して頂ければ。あと、公式プロフィールなどから拾ったデータはこちらで入力済みですので誤記がありましたら御指摘お願い致します」
「了解しました。ところで、玉露屋さん……まさかウチの事務所から延滞者は」
「龍真さんと白羽さんです。キンメさんは多忙で辞退されました」
「一期生の二人には私からキツく言い聞かせておきます」
「助かります」
※※※
「さて、それじゃやるかぁ……」
玉露屋との通話を終え、SNSのダイレクトメッセージで龍真&白羽のズボラ一期生コンビ(by 魚住キンメ)に締め切り超過の注意を送った後、改めて自分の『データファイル』を開いた。既にある程度埋まっている項目もあるが、そこに自分なりの補足情報も書き込んでいく。
【名前:正時廻叉】
【性別:男性】
【年齢:不明】
【誕生日:6/10】
【血液型:無し。強いて言うならば機械油】
【身長/体重:177cm/データ無し】
【デビュー:2018年06月15日】
【チャンネル登録者数:約10万人(2020年4月現在)】
【主な活動内容:演劇、朗読を中心として多種多様な配信を行っている】
【デザイナー:MEME】
【主なファンネーム:ゲスト、来客者(旧:ご主人様候補)】
【趣味:読書、音楽鑑賞、美術館・科学館巡り】
【経歴:元・柱時計、元・執事見習い、元・舞台俳優(STELLA is EVIL並びに正時廻叉3Dお披露目参照)】
【服装:主に執事服、ファンタジー系ゲーム配信時にハロウィン衣装】
【好きな食べ物:日本蕎麦、青魚】
【苦手な食べ物:辛い物全般(市販の辛口が限度)】
【座右の銘:身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】
「……なんか、色んな人が締め切りオーバーする理由が若干分かった気がする」
プロフィールデータ集を埋める作業をようやく終わらせ、改めて眺める。想定した以上に項目数があり、この後はエピソードを聞くアンケート形式の項目も待ち構えている。これだけの数があり、尚且つ過去の配信や動画内での言動と可能な限り矛盾なく記入することを考えると、筆が止まってしまう者が少なからず存在するのも頷ける話ではあった。自身の仕事量と、回答への労力とを天秤に掛けて辞退することを選んだ魚住キンメの先見性と客観性の高さが露わになった形だ。
「それはそれとして、一期生の二人には早く書いてもらわないとなあ……流石にステラ様の次に一期生飛ばして俺が掲載は、俺自身が気になるし……」
配信をせず一日を作業に充てる日ということもあり、正時廻叉としてではなく意識的に境正辰として振舞って独り言を呟いた。内心、意識しなければ境正辰としての人格や喋り方を忘れそうになっている自分には気付いているが、これは最早職業病のようなものだろう。Vtuberとは言ってみれば、一生続くドラマの出演者として表舞台に立っているような物だと認識していた。正時廻叉として過ごす時間が長ければ、多かれ少なかれ境正辰を侵食するのは仕方のないことである――とは思っていても、同期であるキンメや恋人である石楠花ユリア――この場合は、三摺木弓奈がそれを良しとはしない。
「他の人がある程度ロールプレイを妥協するのも、仕方のないことなのかもな。演技のバックボーンがある俺ですら影響受けるのに……」
過ぎたるは猶及ばざるが如し、という言葉もある通りVtuberの引退理由にオーバーワークを由来とする肉体的、精神的な不調がある。登録者数や再生数を伸ばす為に毎日の動画投稿を自身に義務付けたり、キャラクター付けを極端にした結果キャパシティを越えてしまうパターンを廻叉はいくつか見てきている。その全員がここ一年でデビューしたVtuberというのが気に掛かっていた。
「界隈が発展すればそういう事もある、とは分かってるけどなぁ」
2018年デビューが中堅・ベテランと呼ばれるようになり、廻叉自身にも後輩が多数存在している。それはRe:BIRTH UNIONだけに限った話ではなく、他事務所や個人運営も同様だった。中には正時廻叉を推しであると公言するファン上がりのVtuberも居た。年を経るごとに勢いを増しながら拡張し続ける界隈に新たに乗り込むVtuberは増え続ける一方だ。その代償として、自ら降りる者や振り落とされる者も増えてきている。
「そういうところは普通に芸能界だよなぁ……」
自分がかつて居た劇団でも、こうした淘汰があった事を思い出しながら残りのエピソードアンケートへの回答の為に自分の配信を見返しつつ記入する作業に戻った。
※※※
【あなた自身の最大のアピールポイントは?】
「演技力です。お陰様で他のVtuberさんの朗読劇や演技企画、声優としてのお仕事などにも呼んで頂いております」
【最近のマイブームは?】
「先ほどの趣味の欄にも書きましたが、美術館や科学館に行くことです。知識欲や好奇心を満たすことの楽しさに気付きました。始めた切っ掛けは運動不足解消のための散歩だったのですが、今ではすっかりハマってしまいました」
【自分の配信で一番印象深い物は?】
「回数が多い、というのもありますが三日月龍真さんと定期放送している『ライトヘビー級ラジオ』です。良くも悪くも私の代表番組ですからね。石楠花ユリアさんとの交際を宣言した配信は私のチャンネルではなく公式チャンネルですので除外しました」
【自分の配信で一番失敗したと思う事は?】
「初配信を予定より十数分早く切り上げてしまった事です。予定していた挨拶やトークテーマを淡々と消化してしまい、何をするべきか思い浮かばなかったのが原因でした。今であれば、もう少しやりようがあったと思います」
【他のVtuberさんから言われた印象的な一言は?】
「デビューしてから今日までずっと言われるのが『もっと怖い人だと思ってました』ですね。まぁ、普段の態度が態度なので仕方ない話ではあります。あと、最近では『ユリアさんとの仲は順調ですか?』も言われますね」
【百万円を渡されたらどう使う?】
「まず非課税かどうかを確認して、話はそれからです」
【人生で一番読み返している本は?】
「中島敦の作品集ですね。山月記が有名ではありますが、個人的には悟浄出世が一番好きです」
【自分を動物に例えると?】
「執事、という職業柄もありますが犬に近いかと思います。犬種までは想定したことがないのですが、流石にチワワやトイプードルでは無いな、と。何にせよ、大型犬ですね」
【今後、Vtuberになろうと思っている人に一言】
「まず自分が楽しめているかどうか、を重視してください。視聴者の方は、楽しさに敏感です。チャンネル登録者数や再生数を伸ばすことも大事ですが、それを優先しすぎるとVtuberという活動自体が楽しくなくなってしまい、いずれモチベーションを失うか、あなたの肉体又は精神のキャパシティを超えます。とはいえ、数字が付いてこなくてもそれはそれでモチベーションが下がるので、バランスよく頑張ってください。私はバランスを取ってやっているつもりです」
【ファンの方に一言】
「今後ともよろしくお願い致します」
※※※
「……すいません、一日遅れました……」
「廻叉さんのそういう声、初めて聴きますね。でも、事前に遅れる旨は伝えて頂きましたから大丈夫ですよ。ただ、廻叉さんはこういうアンケートにも即答できる印象を持っていたので、ちょっとビックリはしましたが」
翌月。配信の合間合間に推敲を重ねていた結果、締め切り日である月末を一日とはいえ超過した廻叉が神妙な様子で玉露屋縁に謝罪の言葉を述べていた。玉露屋も苦笑いを浮かべつつも、少し驚いている様子ではあった。
「……Vtuberになろうとする人への一言、がどうしても決めきれませんでした。本当にこの答えであっているだろうか、と」
「なるほど。割とここで悩む人は多いので、納得です」
「無責任なことを言いたくはないですし、かといって厳しいだけの話をされても面白くないでしょうから。どう書くべきか悩んで両論併記に逃げました」
ため息交じりに廻叉が呟く。数々の回答を見て来た玉露屋からすれば、そこまで真剣に考えてくれるだけでも有難い話だった。もっとシンプルな励ましやエールで答える者の方が大多数の質問に、真面目に向き合う廻叉の人柄が滲んでいる長文だった。
「そういえば、龍真さんと白羽さんからも回答貰えましたよ。二人とも『廻叉にせっつかれた』って言ってました。お陰で、私ども編集サイドとしては助かりました。ありがとうございます」
「ああ、いえ。そんな大したことはしていません。……お二人は、私が悩んだ質問にはなんと?」
「……あー、二人ともらしさが出てる答えでしたよ。龍真さんは『思った通りにいかなくても投げ出すな』、白羽さんは『なんやかんやで楽しいから気軽に始めて気軽に辞めて気軽に復活すればいいと思う。引退とかをみんな重く考えすぎだよね』と。白羽さんに至っては、解散と再結成と活動休止と活動再開を繰り返してるバンドの名前をいくつか書いていたのですが……その、流石に編集の権限でカットしました」
「白羽さんには私からキツく言い聞かせておきます」
「助かります」
今後、仕事などで更新が難しい時はプロフィールとアンケートだけを乗せるパターンで投稿するかもしれません。今回の話の地の文や会話文を抜いた別キャラバージョンですね。
勿論、普通に更新できるのがベストではあります。
ご意見ご感想の程、よろしくお願い致します。