「The SINES 3D Live ShowCase -4-」
中途半端に照明が灯った舞台に、緋崎朱音、月詠凪、逆巻リンネが座り込んでいた。演出で照明を落としているというよりも、開演前か閉演後のような雰囲気に近い。三人が椅子も使わず、床に直接座り込んでいることも、そのような雰囲気を後押ししていた。
「しかし、選ぶ曲が暗いね私たち!なんなら演出も私たちっぽい感じではあるけど、見ようによっては縁起でもない感じだよね!」
「そうかなぁ……少なくとも俺はそういうつもりじゃなかったけど……」
「いや、凪兄ちゃんのが縁起の悪さでいったら一番だったからな?あんなの見た人の九割が『身投げ』とか『飛び降り』って単語を連想するよ?あれを『背面飛び込み』という認識なのは、リアルに飛び込み競技やってた人か、凪兄ちゃんくらいだよ。百歩譲って、島に居た頃の凪兄ちゃんの友達くらいだよ」
《草》
《本番中に反省会始めるんじゃないよw》
《こいつら…w》
《不穏展開を三人連続で見せられた後なのでちょっとホッとしたのは確かだ》
《しかしこうやって三人揃ってダラダラ喋ってる時の兄弟感がSINESの魅力だよな》
「でも飛び込んだ後に呼び掛けてくれたりしたでしょ?あれ、良かったよ。俺自身、夜に飛び込むのは本当なら絶対にしないけど……今回は演出としてやったけどさ、危ないから」
「え、そうなの?」
「流石に夜の海は危険だからね。俺も本当なら一人では絶対にやらないよ。だからすぐに呼び掛けてくれて嬉しかったし、本当に助かったと思ってるよ」
「えええ……俺の声掛けそんなに重要だったの……?」
「それ以上に同行者が居る時は普通に夜の海へも飛び込んでたっていう事実にちょっと引くまであるんだけど」
「俺もちょっと引いたよ。何なの?凪兄ちゃんはスリルが必須栄養素か何かみたいな扱いなの?」
想定外の方向から二人に責められた凪は苦笑いを浮かべながら露骨に視線を逸らした。凪は自分がスリルを求めている事は重々承知しているが、それはあくまでも安全に十全な配慮を施した上でのことだ。とはいえ、その安全の基準がおそらく凪と他の人たちの間で隔絶しているのはチャット欄のコメントからも読み取れた。
《スリルジャンキーは程々にな……》
《とりあえず体が資本なんだから》
《つーか、マジで夜の海禁止!危ないって、マジで!!》
《いいぞリンネに朱音ちゃん、もっと言ってくれ。凪の奴、ブレーキはあるけど利きが甘いんだよ》
「わ、わかった。折角、こうして本格的にバーチャルの世界の住人になれたのに『怪我して動けません』は俺だって嫌だから、うん……」
「当然だよ、まったくもう。まぁそう言う俺もいつ禁呪の呪いのぶり返しが来るかわからんから健康には気を付けないといけないんだけどね!難儀な体を持ったもんだよなぁ!」
「リンネくんもその手のブラックジョークは笑っていいかわからないからやめて?私だけなの?真っ当で健全な精神を持ってるの」
「ダウト」
「アウト」
「ちょっとどういう事よ?!」
《草……いや、草じゃねぇわ》
《リンネの不健康ジョークも割と笑えねえからな?》
《朱音ちゃんも流石にガチ注意で草。でも、貴女も大概だからな》
《ソロのセトリの締めで怨念みたいな情念燃やしてたアイドルが何か言うとる》
「そもそもRe:BIRTH UNIONって事務所自体が執念と怨念から生まれる負のエネルギーを真っ当な方向へと使ってるタイプの事務所なんだからさ。俺らが自分の思いを乗せて歌ったらそりゃ暗い系の歌に偏るよ」
「リンネくん、言い方言い方」
「でも、私はちゃんと明るい曲も歌ったし!事務所のカラー的に若干闇属性なのは、私も否定はし辛いところだけど!!明確な光属性、キンメ姉さまとユリア姉さまだけだもん」
「今、少なくとも五人に流れ弾が飛んで行ったぞ朱姉ちゃん」
《草》
《それは……そうなんだが……》
《ちゃんと事務所の特色をよくわかっていて偉い(思考停止)》
《おい朱音》
《五人に流れ弾wwww》
《とんでもないクソエイムで草》
「多少の流れ弾くらい笑って避けるか手で握り潰せる人しかいないから大丈夫!」
「断言した?!」
「……でも、強い人たちだよね。なんていうのかな、年齢とかVtuberとしての歴とか、それ以上に人としての強さみたいなのを先輩たちからは感じるよね」
僅かに、舞台の照明が絞られた。同時に、座り込む三人に当たるスポットライトの光が強くなる。
「それは……うん、私も思う。多分、私が抱えてた後悔や怒りみたいなものよりも、ずっと大きなものを抱えて来て、それを今の活動に昇華させてるんだって、デビューしてから今日まで一緒に過ごしてよくわかったもん」
「俺からすれば二人も含めて人生の先輩ばっかりだけどさ。少なくとも、今日この瞬間も『Re:BIRTH UNIONを選んでよかった』って思ってるよ。何だろうな、人生には理不尽が山ほど転がってるけど乗り越えようと思えば乗り越えられるって教えてくれたのがRe:BIRTH UNIONなんだなって」
舞台の照明は完全に消えていた。真っ暗闇の中に、スポットライトに照らされた三人だけが座っていた。その様子に気付いているのか、気付いていないのか。あるいは、気付いていても気にしていないだけなのかは視聴者からは判断できなかった。
「それじゃあ、一人ずつ改めて決意表明でもしてみようか。俺は……そうだなぁ、月詠凪はVtuberのアクションスターを目指すよ。今まではなんとなく体を動かすゲームをやったりしてたけど……それだけじゃなくて、歌も演技も出来て、その上でアクションも出来るような唯一無二の存在になる」
「いやいやいや、凪兄ちゃんアクションは出来てるじゃん」
「ってことは、今後は凪くんの歌動画やダンス動画がたくさん出るって訳かぁ。楽しみにしていいんだよね?ってか、それなら私もコラボに積極的に誘うからね?」
《おおおおお!》
《凪は本当にポテンシャルの塊だから将来どうなるか本当に気になる》
《アクションスター月詠凪……ええやん……》
《意外と平坦な反応の二人》
《朱音が完全にロックオンしとる》
「そんじゃ、俺はまぁ……VtuberらしいVtuberになろうかな。やれる事は全部やる。普段の2Dアバターでの活動が俺の場合はメインになるだろうから、偉大な先達の歩いてきた道を丁寧に後追いしつつも、その上で俺らしさをどんどん出していきたいかな。まだ、俺は何にでもなれると思うからさ」
「ねぇ、その言い方だと、Vtuber以外にもなれるみたいだけど?」
「いやいやいや、何を仰るかね朱姉ちゃん。少なくとも俺はVtuberを辞める気は更々無いって。仮に何かしら、別の副業を始めるとしても本業はここだよ、ここ」
「はは、それを聞いてちょっと安心したよ。リンネくんは、俺からしたら同期だけど弟みたいなものだからさ。居なくなったら、寂しいよ」
「ははは、愛されてるなぁ、俺。っつーわけで、逆巻リンネはこれからもVtuberとして王道歩いていきますんで!」
《リンネらしいっちゃらしい方向性だな》
《実際リバユニで一番正統派なVtuberしてるもんな》
《何にでもなれる……これが若さか……!!》
《Vtuber以外にもなれる年齢だもんな……》
《朱音のツッコミに若干の焦りを感じる》
《リンネの若さで本業って定めちまうのも早計な気がしないでもないが……》
《お、てえてえか?》
《凪は人の情緒に的確なダメージを与える事言うよね?》
「それなら、私もアイドルの正道を歩くよ。正直言えば、滅茶苦茶に売れたいとかそういうのは無いの。自分が納得いくまでアイドルやりたい。その後の事はその時考えるから、緋崎朱音というアイドルを全力でやる。……それまで色々巻き込むとは思うけど、いいかな?」
「何を今更って奴だよ。なぁ、凪兄ちゃん?」
「無言でボーカルレッスンやダンスレッスンのサイトをDirecTalkerで投げてくる時点で『あ、俺ら巻き込まれるんだな』ってなったからね」
「それは、その、ごめんね……?私もほら、こう、舞い上がってた部分はあるから……」
《正道、ってのが朱音ちゃんらしさ出てるわ》
《巻き込むタイプの人はリバユニには少ないから大歓迎だよな》
《同期男子、既に巻き込まれる前提で草》
《朱音は同期の中で一番前のめりだから……》
《舞い上がってるの自覚してんの可愛いなおい》
「……それじゃあ、最後は明るい曲で締めよっか。三人とも、セットリスト考える時にこの曲を最後にしてたもんね」
「だって、これからの俺らの曲じゃん、これ」
「ちょっとダークな曲が多めではあったからね。ただ、その印象を吹き飛ばせるくらいには明るくて前向きな曲だったから俺は『この曲をラストでやろう』って思ったんだけど……なんか、二人と意見が合ってちょっと嬉しかったよ」
三人は立ち上がる。スポットライトが明滅しながらも三人を追っていた。
照らされているその足元が、ステージではなく、草原になっていた。
真っ暗だった天井は、いつの間にか星空になっていた。
「私たち、SINESはこれからも頑張っていきます!」
「俺たちを見守っててください」
「そして、俺らに付いてこい!」
三人がカメラに向けて一言ずつ呟くと同時に、東の空の向こうから太陽が昇り始めた。果ての無い草原、立ち尽くしていた三人は太陽と向き合うように振り返った。
同時に、イントロが始まった。夜明けの歌だった。そして、これから最前線へと走り出す三人に相応しい歌だった。
振り付けらしい振り付けは無かった。ただただ、全力で振り絞るように歌っていた。
SINESの、新しいスタートの歌だった。
※※※
「お疲れ様です。こちら、飲み物や軽く摘まめるもの買ってきたのでどうぞ」
「いやー、めっちゃ演出凝ってたなー。流石は俺らのリバユニ技術班!」
「いいなぁ。私も次のMVこれ位やっちゃおうかなぁ……」
3Dスタジオの撤収作業の中、スタッフパスを首からぶら下げた私服姿の正時廻叉と三日月龍真、そしてステラ・フリークスが現れた。元々配信が無かった廻叉と龍真は陣中見舞いがてら、差し入れを持っていくためにわざわざレンタカーを借りてスタジオまでやってきていた。ステラに関しては、事務所でその相談をしていたのを見て付いてきた格好である。
「SINESの三人に無駄なプレッシャーを与えたくない」という廻叉の意見が通った為、買い出しの後は車の中でスマートフォンやタブレットでSINESの3Dライブをリアルタイム視聴していた。そして、配信終了のタイミングでこうして現場へとやって来たわけである。
「それで、今日の主役の三人は控室です?」
「ええ、もうそろそろ着替えとかも終わってる頃かと」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと顔出してきますね」
廻叉がスタッフに尋ねると、控室側を指差してスタッフが答えた。飲み物やお菓子が詰まったビニール袋を片手にそちらへと向かう。龍真は別のスタッフと談笑しており、ステラは居場所を知るや否や足早に控室へと向かっていた。
「本当に後輩大好きですよね、ステラ様」
「うん、大好きだよ?正直、今回だって何らかの形で関わりたかったけど……まぁ、いつまでもリバユニ=ステラ・フリークスのイメージで停滞してたらダメだからね。新しい柱になってほしいもん、SINESの三人には」
「……自分たちは柱になれてますかね?」
「気付いたら大黒柱が六本建ってたよ。最終的にパルテノン神殿みたいになるよ」
「どれだけ柱増やすつもりですか」
「予算の許す限り」
「わぁ壮大」
具体性の欠片も無い将来像を話していながら控室の扉をノックする。こちらは女性用なので、おそらく緋崎朱音が居るはずだが、ノックをしても返答は無かった。ステラがドアを少しだけ開けて中を確認すると、首を横に振りながら「居ない」と呟いた。
「ってことは、男子用の方ですかね。……失礼します」
「…………これはこれは」
男子用の控室のドアを廻叉がノックするも、同じく返事が無かった。静かにドアを開けると、ステラがどこか楽しそうに笑いながらスマートフォンを取り出して部屋の中を撮影していた。
「寝てますね……」
「全員全力だったからね。朱音ちゃんも、わざわざこっちに居る理由は後々事情聴取だね、これは」
「帰る時間まで寝かせておきましょうか。差し入れだけ置いておきますね」
月詠凪が並べた椅子の上で俯せになって熟睡していた。
逆巻リンネがテーブルの上で大の字で寝息を立てていた。
緋崎朱音がソファに座ったまま泥の様に眠っていた。
「おやすみ、良い夢を」
ステラがそう呟いて、廻叉共々控室を後にした。
頑張った後輩たちを叩き起こして賛辞を贈るのは、流石に憚られた。
また明日から、それぞれの虚と実を交えたVtuber生活が始まる。褒めるのも、讃えるのもいつでも出来るのだから。
「新しい柱が三本とも倒れてましたね」
「廻くん、言い方」
イメージ楽曲:DAYBREAK FRONTLINE/Orangestar
一週間お休みさせて頂き、なんとか体調も回復しました。
次回は自分でも把握しきれてないキャラ設定の整理を兼ねた回にする予定です。