「The SINES 3D Live ShowCase -3-」
『質問です。あなたにとって、アイドルとは何ですか?』
《!?》
《執事!?》
《廻叉さん働き者だなぁ》
《なんかテレビの密着ドキュメンタリーっぽい入りで草》
真っ暗な舞台に、スポットライトが灯る。そこに立つ少女は、まっすぐに前を向いて迷いなく答えた。
「私にとってのアイドルとは、歌とダンスで見る者を魅了する存在です。ステージで自ら輝きを放つ事で、誰かを照らす存在です」
《おお……!?》
《哲学やね》
《アイドル論をここで語ってくるか》
《いきなり曲行くかと思ったけど、演出から入ったかぁ》
『次の質問です。あなたは何を魅せますか?』
「今まで私が積み上げてきたものを、全て」
少女は揺るがない。姿勢も、視線もブレる事はなかった。
《カッコいい……》
《可愛いだけがアイドルじゃないもんな……ってか、男性アイドルの要素もあるのか、カッコいいまで含めると》
《ブレない女は素敵だ》
『最後の質問です。これまで、あなたを応援してくれているファンの方へ、そしてこれからあなたを応援する新しいファンの方へ送る言葉は?』
「…………後悔は、させない!!だから、私を、緋崎朱音を見て!!」
《うおおおおおおおおおお!!》
《きたああああああああああああ!!》
《ちょ、このイントロ!?》
《そうだよな、アイドルならこのド定番曲やらなきゃ嘘だよな》
《合いの手の声、凪とリンネじゃねぇか!》
《正直、この曲やるなら合いの手やってくれないかなぁって思ってた。最高》
《需要分かってる感流石》
※※※
「はい、改めましてRe:BIRTH UNION四期生、TheSINESの紅一点!未来に向かって進行形アイドルの緋崎朱音です!一曲目、どうでしたか?!」
マイクを右手に持ち、カメラとその向こう側に居る視聴者へと左手を振りながら朱音は問い掛ける。反応は劇的だった。これが現実世界のライブ会場であれば、文字通り会場が揺れるであろう程のレスポンスが帰ってきていた。
「ソロ曲で、最初に歌うのはこれだって決めてました!自分の思うアイドルらしさが一番に詰まっているのと……それに、ファンのみなさんへのメッセージって意味でも!」
《泣ける》
《ステージに立ってる時は徹底してアイドルしてくれるの、プロ意識感じる》
《ガチャで呻いてるおもしれー女とアイドル朱音は別人だった……?》
「ちなみに合いの手は事前収録で、凪くんとリンネくんにお願いしました!それでは……まず、最初のコラボ!凪くん、おいでー!」
「……えーっと、どうも、さっきぶりです」
「もう髪とか服とか乾いたの?」
「髪はね。服は予備で同じ服が三着くらいあるから」
朱音の手招きに対して、凪はマイペースに歩きながら舞台の中央へと歩み寄った。直接的なコラボの回数こそ少ないが、同じ年齢の同期ということもあってか距離感はそれなりに近いが、どちらかと言えば友人故の気安さではあった。
「さて、こうして呼んだって事は分かってるよね?練習、してきた?」
「勿論。ダンスって難しいよね……気ままに動くのは得意だけど、一定の動きを体に覚え込ませるのはちょっと苦労したよ」
「リズム感は悪くないのにね。でも凪くんが好きに動いちゃうと、今度は私が付いていけないから大変!」
「ま、まぁ俺の動きは一般的じゃないって自覚はあるから……」
《おおおおデュエット!》
《意外と儚い系の歌声の凪と、明るくてパワーのある歌声の朱音、絶対合う》
《青系と赤系って意味でも合うんだよなぁ、この二人》
《SINESはどの組み合わせでもいいシンメになる……》
《まぁ凪の動きはイカれてっからな!》
《知ってる。さっき見た》
雑談交じりのトークもそこそこに、それぞれが立ち位置に立つ。
明るいイントロに合わせて二人で踊る。元々がデュエット風の曲というのもあり、パート分けは準拠されていた。振り付けは、基本的には朱音が考案しつつ凪の個性も活かせるように合わせてある
歌謡曲風のメロディに合わせて歌い踊る姿はどこか数世代前のアイドルの空気感があったが、どんな曲にも合わせられる朱音と、服装も性格もアイドルと呼ぶには若干野暮ったさの残る凪には不思議とマッチしてはいた。明星の煌めくステージ演出が曲と、月を冠する少年に相応しかった。
《あああ好きな曲ぅぅぅぅ!!!》
《一応恋愛っぽい歌詞にはなってるのに、二人に当事者感がないの凄いな》
《むしろ他人の恋愛を無責任に応援してる感もある》
《しかし凪の格好でデュエット曲歌ってると、こう、場末のスナック感が……》
《朱音アイドル衣装なだけに、変なギャップが……w》
《え、ハモり上手。朱音すげぇ》
《横移動を側転やバック転にしてんの、これアドリブなんか?》
《なんかもうカッコいいし可愛いし細かいことはもういいや二人とも最高ー!!!!!》
※※※
「ありがとうございましたー!……って、凪くんどうしたの。感極まってうずくまっちゃった?」
「……ラスサビで声ひっくり返ったのが、ちょっとショック……練習では上手く行ってたのに……」
「そ、それもライブの醍醐味だから!今度ちゃんと収録で歌ってアップする予定だから、その時ちゃんとやればいいから!ね!?」
「わかった……それじゃ、俺は戻るね……練習してくる……」
「今から!?あ、行っちゃった。と言う訳で、凪くんでしたー!みんな拍手ー!」
《888888888888888》
《ガチ凹みで草》
《気持ちは分かるけど、そういう事だってあるから、な?》
《ってか歌ってみたアップすんの嬉しい》
とぼとぼと戻っていく凪と入れ替わるように、リンネがステージへと上がっていた。凪へと手を振る朱音の後ろで、最初からそこに居たかのように手を振っていた。
「あ、リンネくん」
「やっほー。そんな訳で次は俺との曲だよね。いやー、俺があんまり動けないから代わりにボーカルレッスンめっちゃ受けたけどさぁ……大丈夫かね、俺で朱姉ちゃんと歌唱力の釣り合いとれてる?」
「それは私じゃなくて、お客さんたちがどう感じたか……だよ」
「だよなぁ。いや、ぶっちゃけまだコメントも見れてないしさっきの歌がどうだったかもわかんないから、ぶっちゃけ怖いよ。俺のソロなら俺が練習不足で済むけど、朱姉ちゃんと一緒となると足引っ張る事になるでしょ?」
「リンネくん。私ね、そんな簡単に引っ張られるような足は持ってないの」
《リンネえええええ!!》
《意味深に消えてアッサリ登場するなw》
《おっと自信なさげな発言》
《意外と繊細》
《一方で豪胆な朱音さん》
《これは姉さん。むしろ姐さん》
「そこまで言われたら、もう思いっきり寄りかかるよ?勿論、本気で歌った上で。足りない部分は朱姉ちゃんの歌唱力に全乗っかりするからね?」
「同期とはいえ、年下の弟分に頼られて無下にするほど野暮じゃないから安心して!さ、歌おう!」
「うーし、頑張ってみますかぁ!」
そう言って、二人は最初の立ち位置へと移動してカメラへと背を向けた。同時に、どこかレトロな雰囲気のあるイントロが流れる。歌詞割はやや朱音が多めではあったが、曲全体の雰囲気はむしろリンネに合わせたような形ではあった。
《おおお名曲!!》
《懐かしい……》
《タットっぽい振り付けが似合ってて良い!手と腕だけなのに雰囲気出てる!》
《リンネも十分歌上手い方だと思うぞ》
《ってか三人とも上手いのよ。朱音が頭一つ抜けてるのはあるけど》
先程とは異なり、激しいステップはほぼ無い。腕の動きを中心に、あとはそれぞれの立ち位置を変えながらの歌唱とダンスは独特の空気感を作り上げていた。
※※※
曲が終わると、リンネは特に何も言わず深々と頭を下げてからステージから降りていた。残された朱音は一人ステージの中央に残る。
スタンドマイクが一本と、緋崎朱音だけのステージだった。
「二人の同期は、私の事を凄く尊敬してくれてます。でも、私も同じで二人の事を凄く尊敬してる。むしろ、私自身は尊敬されるような存在になれているか、たまに不安になるんです」
それは、正直な気持ちの吐露だった。コメントでは、そんな弱気を否定するようなコメントが多数流れて行ったが、朱音はそれを知らない。そして、仮に見ていたとしても礼こそ言っても前言を翻すような事はしなかっただろう。
今から語る話は、自分の過去だ。いずれ、何かしらの形で動画になるかもしれない。だが、ライブと言う現在進行形の場所であるからこそ語る意味があると、朱音はそう考えた。
「私は、理想のアイドルになるためにRe:BIRTH UNIONへと入りました。つまり、私は理想になれなかった過去がある。……なんで、リアルのアイドルにならなかったのか、或いは、なれなかったのか。私が、なぜここに居るのか」
真っ直ぐと前を見据えながら、どこか遠くを見る様に言葉を紡ぐ。今までの、明るく元気でストイックな緋崎朱音ではない姿に、視聴者たちは息を呑んだ。
画面には映らない場所で、月詠凪と逆巻リンネがその姿を見守っていた。凪は彼女のバックボーンを受け止めようと、真剣な表情で。リンネは彼女の挫折を聞くのだと思い至ったのか、不安と心配を綯交ぜにしたような表情で見守っていた。
「その理由を、今から歌う曲に託したいと思います。聞いてください――」
その曲のタイトルを、呟いた。イントロがけたたましく鳴り響く中、その曲の意味を知る者たちが悲鳴を上げた。
《うわあああああああああ》
《その曲を歌う意味が重い……!!》
《え、え、なに、知らない曲だけどどういうこと?》
《あかん、これは襟を正して聴かなきゃダメなやつだ》
《端的に言うとね、夢に破れた女の子とそれを取り巻く世界の歌》
振り付けらしい振り付けも殆どないままに、マイクに向かってあらゆる感情をぶつけるように朱音は歌う。この曲の歌詞は、きっと本来であれば自分の為のものなんかではない。それでも、自分の歩んできた道は、きっとこの曲と似ていた。
歌う、歌う、歌う。怒りも、悲しみも、憎悪も、諦念も全部込めて歌う。
そこに立っていたのは、緋崎朱音であって、緋崎朱音ではなかった。
廃墟の箱庭で、迷い苦しみながら歌う一人の少女がそこにいた。
※※※
画面が待機画面へと戻ると同時に、緋崎朱音はその場に座り込んで深く深く深呼吸をした。現在の自分が出せる最も高い声を出した事による体力の消耗が想像以上だった。スタッフがタオルと水を持って走り、リンネと凪が心配そうに見守っていた。
「大丈、夫。少し休めば、大丈夫です」
半ば強がりに聞こえる言葉だったが、スタッフはその表情を見てそれが強がりでないと理解した。笑っていた。限界に近いところまで引き出してパフォーマンスをしたことに対する満足感が表情に浮かんでいた。
「最後の曲、やれます。……リンネくん、凪くん、やれる、よね?」
視線が凪とリンネへと向かった。むしろ、凪とリンネを心配するような声色と表情だった。
「ダメだと思う?そう思われてるなら、ちょっと心外だな。ね?」
凪が穏やかに笑いながらリンネへと視線を向けた。
「甘く見てもらっちゃ困るよ朱姉ちゃん。いくら体力のない俺でも、今のを見て気合が入らなかったらVtuberとして……いや、エンタメに関わる人間としてダメダメだよ」
リンネは楽しそうに笑った。
それを見て朱音も笑う。
The SINES 3Dライブショウケース、残る演目はあと一曲。
四曲の内訳は、後程ツイッターの方で貼り付けていきますね。
書籍化発表から二ヶ月ほど経っておりますが、進捗は進んでいるという点だけお伝え致します。
早く皆様に色々発表出来れば、と思っておりますので気長にお待ちくださると幸いです。
ご意見ご感想の程、お待ちしております。
【3月12日追記】
3月13日は更新をお休みさせて頂きます。本当に申し訳ありません。次回は3月20日の更新となります。