「The SINES 3D Live ShowCase -2-」
待機画面から切り替わると、そこは先程まで月詠凪が立っていた夜の海が見える堤防の突端だった。そこに居るのが月詠凪ではなく、銀髪金目で祈祷師風の衣装に身を包んだ少年である事だけが違った。その少年、逆巻リンネはカメラから背を向けてしゃがみ込み、海を覗き込んでいた。
「おーい、凪兄ちゃーん。結構な高さだったけど大丈夫?背中強打するタイプの落ち方だったけど。え?あー、無事みたいなら良かった。手ぇ貸す?え!?泳いで帰んの?!いや、波はそんな高くないけど夜の海だよ!?危なくない?あ、慣れてるから平気?うん、それじゃあ頑張って……いいのかなぁ、時期的に泳ぐ季節じゃないんじゃないの?」
《草》
《しゃがんでるとちっちゃいな、リンネ》
《小芝居入りましたー》
《凪の作った雰囲気を良い意味でぶち壊してくるなぁw》
「さて、と。改めまして、逆巻リンネでーっす。いやー、凪兄ちゃん凄いっしょ?只者じゃないんだよ、あの人。そんな人と、歌とダンスの求道者みたいな朱姉ちゃんに挟まれた俺はゆるーくやっていこうと思います」
立ち上がってカメラへと向き直ると、リンネはひらひらと手を振って見せた。装飾の少ない祈祷師風の衣装ではあるが、袖や裾がゆったりとした作りになっているのがリンネの一挙手一投足から伝わって来た。
「へへ、いいでしょ。ちょっと動くたびにゆらゆらする感じが俺もお気に入りなんだよね。っと、ここじゃわかりにくいから、いつもの俺の謎空間に移動しようか」
《可愛い》
《ひらみのある服装好き》
《はしゃいどるはしゃいどる》
両手を組んで印を結ぶ。同時に画面がゆっくりと暗転し、リンネが目を開けて右手を横に振ると『逆回りする時計』や『南を指し続けるコンパス』、『何も載っていないのにシーソーの様に揺れ続ける天秤』が浮かんだ空間へと切り替わった。
《おおおおお!!》
《演出すげぇじゃん!》
《相変わらずの不思議空間だなー……》
《本来なら一定の規則で動く物が全部逆の動きしてるの見てて不安になってくる》
「これでよし、っと。どうよ、俺の術式。伊達や酔狂で魔法使い名乗ってる訳じゃねーって事、これで分かってくれたよね?ほら、もっと俺を褒め称えて?」
《はいはい凄い凄い》
《急なガチ恋距離やめろ心臓に悪い》
《顔良いなこいつ》
《まさかの魔性ショタだったかリンネ……!》
カメラを掴んで賞賛を求める様は、高位の術師というよりもテレビカメラの前でアピールする素人のそれであったが、年齢離れしたトーク能力とは打って変わって年相応な子供のような姿は視聴者には好印象だったようだ。
「さーて、まあ例によって俺は喋るのがメインな訳だけどせっかく動きある訳だしさ。俺も色んな人の3Dお披露目配信を見て色々勉強してきたからね。何をすればいいのかは大体わかってる。尤も、それを俺のファンの使い魔諸君が求めてるかは知らないけどね。あと、使い魔って急に使ってみたけどどう?そういえばファンネーム決めてないなーって今朝思い当たって考えてみたんだけど」
《待て、落ち着け》
《アカン、普段なら聞き取れるのに視覚情報に脳のリソース割いてるせいで聞き取れん》
《初配信でもひたすらトークしてたしなぁ。配信タグとファンアートタグは流石に決めてたけど。とはいえ、使い魔はリンネらしくていいと思う。俺、蝙蝠な》
《草》
《使い魔でOK》
《初見の皆様へ:リンネのリスナー(使い魔)は奴のトークに付いて行くためにコメントが極端に短いか、奴のトークに対抗するような長文を爆速で打ち込む傾向にあります》
《使い魔好き。使い倒してほしい》
《リンちゃん動き付くとこんなに可愛いのか……!》
「そんな訳でね、色々とポーズ取って後でスクショで写真集でも作ろうかなーって企画をします。そうだなー……表紙はこんな感じでどう?」
そう言って背景の天秤の台座のあたりへと近寄ると、その場で座禅を組んで見せた。下調べをしていたらしく、両足を組む難しい形を取り、手の組み方も正しい形になっていた。そして本来ならば目を閉じて瞑想するのだが、表情はどこか不敵な笑みを浮かべていた。
「この格好が一番様になるポーズその一、って事で。和装系魔術師だからね、仏教とか神道とかの本読んでこれがいいなって。曼荼羅に出てきそうでしょ?」
《ええやん》
《足関節柔らかいな》
《素敵》
《それっぽいファンアート増えそう》
「と言う訳で、スクショタイムー。一応じっとしておくから、どんどん撮ってSNSとかで流してよ。俺も頑張ってフォトジェニックな感じになるから。それじゃ、はい、チーズ」
その瞬間、リンネは満面の笑みを浮かべて見せた。その表情のまま十秒ほど経つと、今度は静かに目を閉じる。また十秒が経って、今度は目を開けたままの無表情。ポーズは同じだが、いくつもの表情を視聴者へと提供していった。
《いいよいいよー》
《顔が……良い……!》
《3Dでここまで表情豊かなのスタッフの気合を感じる》
《もうスクショにするより動画で切り抜いた方が早い気がしてきた》
「はいおしまーい!それじゃ、次のポーズだけど……真面目なポーズやったから、今度はポップな感じで。男性アイドルのグラビアみたいな感じ?いてて、ちょっと深く足組み過ぎたかな」
若干難儀しながら座禅を崩し、リンネはそのままうつ伏せに寝転がった。事前に購入した男性アイドル誌のグラビアページを思い出しながら、カメラに視点を下げるように手振りで指示を出した。うつ伏せの体勢のまま、机に突っ伏すような腕の組み方をしてその上に顔を置いた。ぱたぱた、と軽くバタ足の様に足を動かしながら自分の意図を説明した。
「こうイメージとしてはー、そうだなー……寝てるところを観察する俺、みたいな感じ?添い寝は流石にちょっと恥ずかしいから。こんな感じであなたが起きるのを待ってました、って雰囲気出せたらいいかな。それじゃちょっとだけ画面黒くするねー。で、俺が合図出したらまた映像出してくれますか?」
リンネの指示に合わせて、画面が暗くなる。ここだけ見れば放送事故ではあるが、意図した演出の一つだ。リハーサルでは上手く出来ていたが、本番ではどうだろうか、とリンネは若干の不安を秘めたままカメラへと合図を出した。
明転と同時に、先ほど以上に近い距離のリンネの顔があった。ニコニコと微笑みながら、カメラの向こう側の視聴者を眺めていた。
「おはよ?」
《カハッ……!》
《あざ、あざといー!!!!この子あざといわ!!!》
《末恐ろしいなこいつ》
《歪まされる》
《何が怖いって、リンネってリバユニ最年少なんだよ。リバユニ最年少が照れや羞恥心を一切見せずにこれが出来ちゃってるんだよ》
「……いやー、バーチャルの世界だから出来る事だね、これ。あのね、たぶんだけど今後先輩や同期に今やったの当分擦られると思うんだよね。特に龍真先輩とか白羽先輩に死ぬほど真似される気がする。やっべ、絶対スタジオとか事務所で居眠り出来ないじゃん」
立ち上がってケラケラと笑いながらリンネは首をコキリと鳴らす。自分の顔が褒められている事は最初こそ気恥ずかしさの方が勝ってはいたが、気が付けば誉め言葉を見るたびに気を良くしていることを自覚してからは積極的にカッコいい、可愛いと言われるような態度を見せる様になっていた。
(あー、うん、姉ちゃんが言ってた麻薬的快楽ってこういう事かぁ……)
様々なポーズを取りながら、姉からの忠告を思い出す。自己顕示欲や承認欲求の怖さは、最初期からこの世界に居る姉にとっては常に隣合わせだったのだろう。
とはいえ、今日と言う晴れの舞台でくらいは良いだろう。明日から普通の自分に戻ればいい。もし戻り切れてなくても引き戻してくれる人たちが自分の周りには居るのだから。
※※※
「と言う訳で……って、今日だけで何回『と言う訳で』を使ってんだろうね、俺は。普通のトークじゃなくて、進行のためのトークが出来てないのが露呈しちゃってる感じ?まぁ反省会は後からでも出来るから今から歌のコーナー!いやー、色々迷ったんだけどね……そもそも俺が歌の素人だからちゃんと聞かせられる曲になってるかが一番不安なんだよね」
《草》
《普段のトークが出来てるだけでも十分過ぎるんだがなぁ》
《待ってました!》
《おおおおおおおおおお》
《リンネの奴、多分比較対象朱音で考えてない?舞台で歌って踊ってる相手と比べりゃ、そりゃ素人だろうよ》
オプションのヘッドセットマイクを付けて、前振りのトークを始める。いつもより喋りのテンポが速くなっているのは、人前で歌うという緊張からだろうか。オープニングの曲は三人だったからこそ、緊張せずに歌えた。だが、今回はソロだ。音を外そうが、歌詞を飛ばそうがフォローしてくれる相手はいない。
「今回、色々練習して分かったんだけど……歌、もっと上手くなりたいって思った。今後は、歌ってみたの投稿や歌枠配信も増やそうと思う。なので、今日の俺のソロは『リンネ、昔に比べて上手くなったな』って思ってもらうための第一歩って事で。勿論、本気で歌うよ。それでも、きっと努力して上手くなった未来の俺よりは、今日の俺はヘタクソだと思うから」
《うんうん》
《刺激受けてるな》
《リンネまだ若いんだから伸びしろだらけだぞ、頑張れ》
《上手くなってる前提なの良いぞ》
「それじゃあ、歌います。俺の好きな曲の中で、俺の見た目に一番合ってる曲を選びました。背景も、変えようかな」
両手で印を組み、右手を横へ振った。
一瞬の暗転と共に背景が切り替わる。
鬱蒼とした森の深く奥にある祠、朽ちかけた赤い鳥居の前に逆巻リンネは立っていた。空の色は、黄昏時。枝葉に遮られて僅かに差し込む夕日の光が、唯一のスポットライトになっていた。
そして、イントロが流れ出す。舞台と役者の雰囲気に合わせたかのような、和風のポップロック。月詠凪と同じように、特に振り付けらしい振り付けもなく、全身を使って歌うことに意識も感情も振り切るような歌い方だった。
《いい……》
《選曲、こう来たか……》
《禁呪に手を出して呪われた少年が歌うには重いって!》
《本人必死で歌ってるだけなんだろうけど、結果的に歌詞の内容と重なってとてもつらい》
《過去語りとかと照らし合わせると、神様にも人間にもなれないんだよな、リンネって……》
特殊な演出らしい演出もない。ただ、曲の雰囲気に合わせた場所の前で懸命に歌い切った。
少し息切れを起こしたのか、左手を心臓に当てて何度も何度も深呼吸をする。思った通りに歌えたという安堵と興奮。おおよそ三分半の間、神経を張り詰めていたことから来た精神的な疲労。単純に体力を使ったというのもあるだろう。心臓は、自分でも恐ろしいほどの速さで脈を打っていた。
《だ、大丈夫か?》
《凄かった!》
《魂で歌ってる感じだったもんな……よく頑張った》
《リンネってどこか体弱そうな印象あるから、こういう姿見ると本気で心配になる》
リスナーからも心配の声が多々飛び交う中で、ようやく呼吸を落ち着ける事に成功したリンネはまっすぐに立ってカメラの向こう側の視聴者へと一礼した。
そして、振り返って鳥居の向こうへと歩いていく。
鳥居を越えた瞬間に、逆巻リンネの姿は解ける様に消えていた。
《おおおおおお!?》
《あああ……これ、絶対EVIL系の仕込みだよ……さっきの凪のも絶対そうだ……》
《鳥居の向こうは別の世界、ってのはよくある設定ではあるが、あの曲の後にこの演出はお辛いポイント高いですよ、これは……》
《SINES男子二人、なんでこう儚い系の消え方するの?俺らの情緒をどうする気?》
《これ、トリを朱音にしたの大正解だわ。変化球の終わり方を男子勢がやった以上、朱音は間違いなくド真ん中にストレート投げてくれる》
《いやー……SINES凄いわ。箱推しになりそう》
視聴者たちの様々な反応が乱れ飛ぶ中、画面は静かに暗転していた。そして、次の演目が映し出されていた。
『NEXT......緋崎朱音、スペシャルLIVE』
イメージ楽曲は「懺悔参り/羽生まゐご」です。和風伝奇感のある楽曲を、という感じで。
四谷がホラーの権化だとすると、リンネはノベルゲームの世界から出てきたような子、という感じで住み分けしています。
あと四谷はリンネがやるようなファンサをしないという違いも。
某姉「うちの弟があざとい件について」
ご意見ご感想の程、お待ちしております。