「The SINES 3D Live ShowCase -prologue-」
スタジオには椅子が三脚用意されていた。背もたれが高いという特徴を除けば、何処にでもあるような椅子だった。モニターを通してみると、その椅子は自分たちの物だと認識できた。
「あと十五分もないなぁ。もう、準備は出来た?歌詞と振り付けは頭に入ってる?」
「そりゃもう。俺はちょっと振り付け少な目だしね。むしろ、ガンガンに動き回る凪兄ちゃんこそ大丈夫?」
「大丈夫。昨日のリハで、それは証明したと思ったんだけどな」
「はは、言ってみただけだって。昨日のアレみて心配するのは、むしろ失礼ってもんだよ。朱姉ちゃんだって物凄い褒めてた――ってか、大はしゃぎだったし。無茶苦茶嬉しそうだったよね。アクロバットよりも、ダンスの振り付けが完璧だったことが」
「朱音さんの本気度はずっと伝わってきてたからね。……それに、俺自身火が点く出来事もあってさ」
「えええ、凪兄ちゃんそういう気になる事は今言わないでよ!気になって歌詞飛んだらどうするのさ?」
スタッフ達が忙しなく準備に走り回る中、本番を控えた月詠凪と逆巻リンネはスタジオにセッティングされた配信用PCのモニター前に座って談笑していた。既に3Dアバターを動かすための服と機材のセッティングは済んでいる。最終リハーサルも無事に終え、後は準備が整うのを待つばかりだった。
「お待たせ。二人とも、そんなところに居たんだ」
「うん、配信画面どうなるか気にな、って、え……?」
「朱姉ちゃん遅かったね。……あー、なるほど、時間掛かる訳だ」
背後から声を掛けられた二人は雑談のテンションのまま振り返り、凪は言葉を失い、リンネはどこか納得したような顔で頷いた。
もう一人の同期、緋崎朱音がそこに居た。服装は二人と同じ、3D用の簡素な黒い服。付けられている機材も何一つ変わらない。ただ、ステージ用のメイクを施し、髪も『緋崎朱音』と同じヘアスタイルにセットされていた。
「ステージに上がる以上は、メイクもヘアメイクも完璧に。それがアイドルだから。服装はまぁ、仕方ないけど……でも、ファンのみんなに見られてるって思ったら、これくらい気合を入れて当然よ」
「流石のプロ意識。俺もメイクしてもらおっかな……おーい、凪兄ちゃんどうしたフリーズして」
「いや、その、凄く可愛い」
「……当然でしょ!アイドルたるもの、外見だって整えないと!」
ここでド直球の誉め言葉が飛んでくる辺りが凪兄ちゃんの凪兄ちゃんたる所以だよなぁ、と逆巻リンネは思った。だが、それを口にするには野暮であると気付く程度にリンネは空気が読める少年だった。言われた側の朱音もアイドルらしい振る舞いをしているが、表情は緩んでいた。
「まぁ俺らの意識の無さはともかく、もう時間だから準備行くよー」
「わ、分かってるってば!」
「リンネくんが一番落ち着いてるなぁ……」
ふと時計を見れば開始まで十分を切っていた。
※※※
画面には薄暗いステージ上に、椅子が三つ並べて置かれていた。
椅子にはそれぞれスポットライトが当たっている。まるで、主を待つように。
螺旋模様の意匠があしらわれた、銀色の椅子。
無数の花とリボンによって華やかに彩られた朱色の椅子。
青白く輝く三日月が印象的な、夜のような深い藍色の椅子。
それらが何を意味するのかは既にRe:BIRTH UNIONの動画や配信を見続けていた者にはわかり切った事だった。
『皆様、本日はThe SINES 3D Live ShowCaseにお越しくださりまして、誠にありがとうございます。開演に先立ちましていくつかの注意事項が御座います』
その声は、唐突に配信の音声に乗った。
『今回の配信に関しての切り抜き動画は、楽曲部分のみ禁止とさせて頂きます。後日、再編集した動画を現在ご覧のRe:BIRTH UNION公式チャンネル、またはSINESメンバーの個人チャンネルにアップロードする予定となっています。その為、切り抜きはトーク部分か企画部分とかその辺だけでお願いします。たぶん、SNSで僕が言った事そのまんまリバユニの公式アカウントから発表されると思いますけど、まぁ念のためにね』
《!?》
《四谷!?》
《影ナレ四谷とは。この手の仕事大体執事がやるもんだと》
『もう一点お知らせがあります。今回の配信の同時視聴実況配信がステラ・フリークスさんの個人チャンネルで行う予定です。他のRe:BIRTH UNIONメンバーも集まる予定ですので、よろしければそちらも併せてご覧ください。この後、私、石楠花ユリアと、小泉四谷さんも参加する予定です』
《おおおおおおおおお》
《お嬢!》
《三期生が影ナレ担当ってことか》
《これ、あれか。DirecTalkerで音声乗っけてるのか》
《今見て来たら本当に枠立ってた。ってか、ステラ様超楽しそうで草しか生えない》
『いやー僕らの後輩、凄い勢いでここまで来たね』
『三人とも、凄く頑張ったから……あと、スタッフさんもだけど……』
『自主的な超過労働はあんまり推奨できないけどね。何にしても、後は僕らも見守るだけ』
『うん……凄く緊張もするだろうけど、三人にはめいっぱい楽しんでほしいから……ええと、視聴者の皆さんも、どうか暖かく見守ってあげてください』
《確かに勢い凄いわ。大手の事務所並みの速度で伸びてるもん》
《凪の身体能力をこの目で見れるのが楽しみで仕方ない》
《そっか、二人にとっては初めての直の後輩だもんな》
《朱音可愛いよ朱音……》
《さっき、歌切り抜き禁止って言ってたけどもしかしてリンネや凪も歌うのか?!興奮してきたな》
『それでは、間もなく開演のお時間です』
『今しばらく、お待ちください』
その言葉を最後に、四谷とユリアの声が配信上から消える。同時に、三つの椅子を照らすスポットライトも消えた。画面は真っ暗に暗転した。
※※※
赤いスポットライトが中央の椅子を照らした。そこには、背筋を伸ばして真っ直ぐに正面を見据える緋崎朱音が座っていた。
白のスポットライトが左手の椅子を照らした。そこには気怠そうにしながら、薄らと笑みを浮かべた逆巻リンネが座っていた。
青のスポットライトが右手の椅子を照らした。そこには少しだけ居心地悪そうに、周囲の様子を伺うようにしながら月詠凪が座っていた。
ライトが消えた。一瞬の暗転。再び三色のスポットライトが椅子を照らすと、三人は立ち上がっていた。
イントロが流れ出す。センターは緋崎朱音。両サイドには月詠凪と逆巻リンネ。それぞれ手を後ろに組んだまま俯くようにして立っていた。
朱音の歌はカメラを見据えた先の更に先、もっと遠くへと届けるかのようだった。入れ替わる。リンネは少し舌足らずではあったが、大人びた幼さを帯びた声で歌った。凪は決意表明をするかのように感情を込めて歌っていた。
サビに入り三人が同時に歌う。振り付けらしい振り付けも殆どない。それぞれが思い思いに体を揺らしながら叫ぶように歌っていた。三人の新たなスタートでもあるライブの一曲目にも関わらず、別れや終演を謳う曲を持ってきた意味は三人にしかわからない。
それでも三者三様の歌唱と、間奏で挟まれたダンスが集まった視聴者を魅了するには十分すぎるほどだった。
※※※
「……はい!というわけでこんばんはー!!Re:BIRTH UNION四期生、The SINESの紅一点にしてアイドル担当!緋崎朱音でーす!!いえーい、みんな見てるー!?」
《うおおおおおおおおおおおおお》
《朱音可愛いぞ!》
《ダンスキレッキレだったなー》
《見てるよー!!》
《ファンサの動きがプロのそれ》
「そして俺がThe SINESのトーク担当。みんなの弟、最年少の逆巻リンネくんでーす。……あーちょっと息切れが早くも……」
《リンネえええええええええええええええ》
《可愛い》
《動きが年寄り臭くて草》
《明確に後半、ダンスの動き緩めてたのバレてたぞ》
「最後に。The SINESのフィジカル担当。月詠凪です。……最初の一曲、楽しんでもらえましたか?」
《カッコいい、カッコいいよ凪くん!!》
《フィジカルエリートどころかモンスターだったよ》
《何あの斜めに飛ぶような側宙》
《いつもより多く回っております》
《チャンネル登録してきた。こんな逸材がまだ居たのかよVtuber界》
《歌苦手とは何だったのか。普通に上手いじゃん》
「いやー、コメント欄が凄い勢いだね!この後はそれぞれソロの時間があるから、まだまだ楽しみにしててね!」
「しかしさぁ朱姉ちゃん……間奏の間だけとは言うけど、歌って踊るのってめっちゃキツいんだけど……俺、今までカラオケでも座って歌う派だったんだけど」
「俺は立って歌う派だったかな。周りは、暴れながら歌う派が多数だったけど」
「ふふん、でも練習以上のパフォーマンス出来てたよ、二人とも。いやー、コーチ兼リーダーとしては得意満面って感じだよ」
「あれ?いつからリーダーに?コーチは分かるよ、コーチは」
「まぁまぁ……実際、歌もダンスもド素人だった俺たちを引っ張ってくれたのは朱音さんだからさ。俺は朱音さんがリーダーで良いと思うけど、みんなはどうかな?」
《コメント速すぎてマジで読めねぇ》
《草》
《リンネは体力に難ありかw》
《暴れて歌う派 #とは》
《しれっとリーダー宣言してて草》
《納得いかないリンネで草》
《凪は緩衝材だなぁ……》
《異議なーし!!》
「と言う訳で、朱音さんが正式にリーダーって事で」
「頼むぞ朱姉ちゃんリーダー」
「うん、リンネくんから敬意を感じないのは気のせいかな?」
「気ノセイ気ノセイ」
「ちょっと何その棒読み!いつからそんな生意気な弟になっちゃったの!」
「割と初期からそういう傾向はあったよね、リンネくん。気安く軽口言える仲になったと言えばその通りだけど、まぁ親しき仲にもって言うし……」
「あっれぇ、なんか気付いたら俺が劣勢なんですけど?これだから奇数ユニットは怖いんだよなぁ!一対二の構図がすぐ出来上がっちゃうんだもんなあ!」
「仮に四人だったとしても、リンネくんがそんな感じなら一対三になってるよ」
《拍手する凪可愛い》
《一方でどうでもよさそうなリンネで草。あいつ自分がリーダーじゃない事のが重要だとか思ってるだろ》
《まーた始まったよトリオ漫才》
《なぁ、SINESって凪が居なかったらまとまらないのでは……?》
《裏リーダーは凪だよなぁ……》
「あーもう!これ以上、いつもの雑談でMC枠を使わない!ある程度余裕があるとはいえ、時間が押したらやりたい事やれなくなっちゃうからね!私とリンネくんはハケるよ!」
「っつわーけで、次のコーナーは凪兄ちゃんのソロでーす。そんじゃ、凪兄ちゃん、あとはよろしくー」
「ははは……と言う訳で、月詠凪のコーナーです。ちょっと準備があるので、一旦画面切り替えるね」
《いつもの雑談って言えるくらい、割と高頻度で三人で駄弁ってるよなぁ》
《なんだかんだで仲良いのが透けて見えるのが好き》
《ソロコーナーの時間だオラア!》
《3Dを誰より待ち望んでた凪が何を見せてくれるんだろう。さっきの曲の振り付けなんて、まだ触りも良いところだろうし楽しみだわ》
プロローグと称していきなり三人曲をやる攻めのセットリストでした。
イメージ楽曲は「リコレクションエンドロウル/ツミキ」です。
ご意見ご感想の程、お待ちしております。