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「別々の道を歩きながら、同じ場所を目指して -月詠凪の場合-」

 その日、水城渚が目を覚ましてスマートフォンを見ると、叔父に宛てたメールの返信が帰ってきていた。


『仕送りを減らす提案だけど、それは飲めないな。叔父として、一人暮らしの甥の手助けはさせてほしい。仕事柄、一緒に暮らして面倒を見れない事が本当に申し訳なく思っている。ストリーマー系の仕事に関しては詳しくないが、実質芸能人みたいなものだろう?万一仕事が上手く行かなくなった時の為の保険だと思って取っておきなさい』


 水城渚として誰かと連絡を取る機会は、明確に減っていた。Vtuber月詠凪としての生活が始まり、その関係者との連絡頻度が多くなるにつれて、現実世界での人付き合いは必要最低限になっていた。数少ない例外が、高校時代の友人たちを除くと、身元保証人であり後見人でもある叔父だった。国内外を問わず出張だらけの旅烏のような生活をしているにも関わらず、父が亡くなってからは数ヶ月間はあらゆる行政手続きや相続手続きなどを一手に引き受けてくれた、渚にとっての大恩人でもある。


 諸々の手続きに忙殺されていた叔父にとって、渚に友人宅を渡り歩く生活をさせてしまったという負い目は未だに大きいようだった。Re:BIRTH UNIONのオーディションに受かり、Vtuberとして生計を立てるようになったことを報告し、契約書の身元保証人や緊急連絡先にも名前を書いてくれた。


「……本当に、助けられながらじゃないと生きていけないんだな、俺は」


 独身である叔父にこれ以上負担を掛けたくはない渚は、一人暮らし開始後からしばらく続いていた叔父からの仕送りを減らす提案をしたが、やんわりと断られた。自分の力だけで生きていくことが難しい事は、嫌と言うほど自覚はあった。それでも、少しずつ自立したい渚にとって人の好意を受け続けるのは自己評価を下落させるのに十分な理由になっていた。


『わかった、ありがとう。いつか恩返しに使わせて』


 貰いっぱなしにはしない、と心に決める事で自己評価の下落を止めるのが今の渚に出来る唯一の手段だった。叔父へとそう返信すると、珍しく即座に返事が返って来た。


『わかった、楽しみにしている。お金の事は本当に気にするな。どうせ使う暇がない。本当に暇がない。クソがよ。渚、お前の所属してる企業に就職すれば少なくとも海外出張はないよな?国内に居れるなら多少のブラック勤務くらい平気で乗り切れるぞ。むしろ金より何よりの恩返しになるかもしれん。金も大事だが、コネも大事だな!ははははは!!』


 今の叔父が海外のどこにいて、どういう環境なのかは渚には知る由もない。だが、明らかに何らかのタガが外れかけている事だけは十全に理解出来る内容だった。叔父の無事を祈りつつ、外出の準備をする。


 3Dお披露目は二日後。今日明日は通しのリハーサルで日程が埋まっていた。




※※※




 疲れた、という言葉すら発せぬままに渚は自宅に帰ると同時にベッドへと倒れ込んだ。スタジオからの帰りにスーパー銭湯で食事と風呂を済ませたお陰で、後は着替えだけしてしまえばそのまま朝まで寝られるような疲労感と睡魔に襲われていた。自分たちが行きたいという理由だけで三人分の料金を出してくれたスタッフ達には頭が上がらない。


「二人とも、凄いなぁ……」


 リハーサルが増えた事で、同期の二人と過ごす時間も増えていたが、その度に二人の凄さに圧倒される思いが渚にはあった。無論、渚自身も身体能力で二人だけでなくスタッフからも感嘆の声を上げさせているのだが、隣の芝生はどうしても青く見えた。逆巻リンネのトーク力と愛嬌、緋崎朱音の歌唱力とプロ意識はどちらも自分に欠けているものだった。


 欠けている物ばかり数えていても仕方ないが、得るより失う方が多い人生だった。その対価が、得難い親友と面倒見の良い叔父、新しい人生を良きるための場と、尊敬できる同期であるのならば、バランスは取れているのかもしれない。


「……流石にアンチを見て笑う精神にはまだ遠いな……」


 スマートフォンのSNSアプリを開き、自身のもう一つの名で検索する。エゴサーチという文化は朱音に教えられた。九割は『月詠凪』に対して好意的であったり中立的であったりするものばかりだが、やはり否定的な意見も目にする。


『運動神経だけなら顔出ししてやれよ。リバユニの枠取るな』

『生い立ちが嘘くさい。まぁVなんて全部嘘で固めてる連中の集まりだろ』

『中二病の吹き溜まり。いい年してあんなのよくできるよなw』


 こんな意見を目にして、笑っていられる諸先輩方や同期の胆力には頭が下がる。結局のところ、まだ自分に自信を持てていない証拠なのだろう。そんな意見に、わざわざ引用で返している物を見付けてしまう。


『捨て垢アンチがほざいてらぁ。吐き出す言葉も薄っぺら。そうして一生腐っていれば感じない成功者のプレッシャー #龍真の突然ラップバトルを仕掛けようのコーナー』


 アンチアカウントにラップバトルを仕掛ける先輩の雄姿に、渚は若干引いていた。以前から時折、思い出したようにやっているがスタッフから注意を受けたばかりだったような気がする。最終的には他のラッパー系Vtuberや、リアルの世界でラップをしている人間が乗っかってアンチほったらかしのラップセッションが始まるのがオチと言えばオチであった。


「え、これって……」


 そんな玉石混合の情報の中から、とある切り抜きへのリンクを渚は発見した。月詠凪に関する切り抜きはいくつも見て来たが、このタイプは初めてだった。


『月詠凪に興味津々なVtuber達による凪トーク ※双子成分多め』


 渚は思わず首を傾げる。自分に興味を持つVtuberとは誰だろうか。サムネイルを見る限り、自分の知っている顔は同じ事務所の面々だ。魚住キンメ、正時廻叉、石楠花ユリア、小泉四谷。言ってみれば、自分の先輩ばかりだ。そして、見慣れぬ顔が三人。動画を開き、一時停止する。そして概要欄を見る。


「マテリアルの獅狼くんと、個人勢のワダツミ兄妹。獅狼くんは名前は知ってるけど、ワダツミ兄妹は初めて見るなぁ」


 興味を隠し切れず、渚は再生ボタンを押した。




※※※




《Re:BIRTH UNION:魚住キンメ》


「みんな四期生の3D楽しみだよね。私は特に凪くんの本領が見れるのが本当に楽しみでさぁ。ちょっとだけ、あの子の動きとか見たけど凄かったよ。ハードル上げちゃうみたいな言い方になるけど、絶対見た方がいいよ」


「今後、大きいイベントになればなるほど3Dのアバターがある事が大事になってくると思うんだよね。私は2Dだけでも全然活動出来るけど、凪くんや朱音ちゃんみたいなパフォーマンスは3D必須なところあるからね」



《Re:BIRTH UNION:正時廻叉》


「SINESの皆さんは……そうですね。今までの、具体的に言えば三期生までのRe:BIRTH UNIONとは少し毛色が違うように思えます。本質としては同じではあるのですが」


「だいたいEVILシリーズのせいだとは思いますが、我々の事をダーク系のVtuber事務所だと思われている方も多いと思います。そんなイメージを払拭できる三人ですよ、SINESの皆さんは」


「成長が楽しみ、という意味で言えば月詠凪さんでしょうか。リンネさん、朱音さんはある程度自分のやりたい事が明確に定まっています。凪さんは、ご自身のデビュー配信でも『自分がどうなるのか全く想像が付かない』と仰られていました。だからこそ、彼がどのようなVtuberに成長するのか楽しみなんですよ」



《Re:BIRTH UNION:石楠花ユリア》


「お茶会の時に、ちゃんとSINESのみんなとお話したんですけど……みんな、凄くハキハキと喋れて凄いなぁって。リンネくんとか、私より年下なのにしっかりしてるな、って」


「朱音ちゃんも凄く私の事慕ってくれてるけど、歌もダンスも私よりずっと上手くて尊敬できる子です。凪くんも運動神経が、それこそ私の何十倍もあって……あ、何百倍かも」


「でも、凪くんはまだちょっと自信がないみたいなことをリハーサルの時に言ってて。そういうところは、凄く共感するかな……私も、ネガティブの塊みたいな性格だから……」


「でも、あの三人が一緒なら大丈夫なんじゃないかなって、そう思いました」



《Re:BIRTH UNION:小泉四谷》


「後輩かぁ。そうだね、僕の後輩たち良い子ばっかりだよ。僕みたいな暗黒道まっしぐら系が居なくてホッとしてる。僕みたいになるな、という意味が半分。僕と被るからやめろ、が半分ね」


「凪くんとか本当にスレてないからなぁ。今後、インターネットの悪意に触れて折れたりしないか心配だけど……まぁ、インターネットの悪意を酒のツマミか御飯のお供くらいにしか思ってない人しかいない事務所だし、その部分についてはいずれ染まるよ。僕とユリアさんが証拠だよ」




《マテリアル:獅狼》



「同期で気になる奴かー。まぁマテリアルの面々だと、円渦だけは先輩っちゃ先輩だしなぁ。あくまで仲間って感じだよ。他事務所や個人勢の同期だと、まだ把握しきれてねぇけど……」


「そういえばリバユニの月詠凪!あの人、俺とほぼタメ年の男でしょ?なんか仲良くやれそうじゃね?そんで仲良くなったら……そうだな、俺がまだデビューする前から推してるユリアのお嬢様のサインを貰おう……!」


「は?『いきなり呼び捨てする奴はちょっと』?かぁー!分かってねぇなぁコメントの人!そういうのは怒られてから直せばいいんだよ!怒られてから直せば!!俺の場合最初に距離作っちまうと逆に踏み込めなくなるパターンなんだよ!!至近距離からちょっとずつ離れて調整する方が俺的にやりやすいんだよ分かったか!!」




※※※




 余りにも聞き覚えの有り過ぎる声と考え方に、渚は思わず動画を一時停止した。間違いなく、高校時代の親友の一人。しかも、Re:BIRTH UNIONへの応募を強く勧めてくれた男だった。距離の詰め方も、高校一年生で同じクラスになった時に言っていた事と一致した。更に言えば、ユリアのサインを求めている事もだ。


 いずれVtuberになって遊ぼう、というのは社交辞令だと思っていた。それが、まさか企業所属にまでなっているとは夢にも思わなかった。


「まさか、それじゃあこっちのワダツミ兄妹って」


 もしかして、の気持ちが抑えきれず、渚は再生ボタンを押す。




※※※




《個人勢双子Vtuber:ワダツミ兄妹(ワダツミ火月・美月)※うp主の推し》



「ねぇ火月お兄様。今後、私たちがバズったりしてチャンネル登録者が増えに増えたら、やってみたい事とかあるかしら?」

「おーおー。随分と気の早い話してるじゃねェか、我が妹。それより素材集めはしてんだろうなぁ」

「素材集め配信だからこそよぉ、お兄様。放っておいたら無言になっちゃって、視聴者の皆さんに見限られちゃうもの」

「まァ、な。強いて言うなら……こいつら呼んだら面白いって思われるようになりたい。視聴者の人らにも、ワダツミの双子呼べば間違いねェって思われるようになりたい、ってのが俺の今の目標だ」

「私は……そうねぇ、月の名の付くVtuberで集まれたら、なんて思ってるの。私が憧れの月影オボロさんに、あとは……そうそう、最近Re:BIRTH UNIONさんでも月の子がデビューしたじゃない?月詠凪さん」

「あー。超動ける男。俺も同時期の企業勢や個人勢のデビュー配信は穴が開くほど見たから知ってるよ。優しそうな奴だったよな。俺も仲良くしたいなァって思う相手だわ」

「年齢も同じくらいだものねぇ。凪さんだけでなく、緋崎朱音さんも。それにマテリアルの獅狼さんも同世代みたいよ?」

「なるほどなァ、その辺の世代で集まり作っても面白そうだけど……まずは俺らが釣り合うくらい伸びないとダメだろ」

「夢は大きいけど、歩幅は小さいわねぇ……あ、ごめんなさいお兄様荷物拾っておいて」

「……お前さァ。落下には気を付けろってさっきも言ったばっかりだろうがよ……」




※※※




 まさか、の予感が正解だった。親友である男女の双子だ。なんなら2Dモデルのイラストも、別の親友の女子だったし、切り抜き動画を作っているHNも、同じく親友の女子の一人がかつて使っていたものだ。完全に身内で固められた形だ。スマートフォンの連絡用アプリから、かつての親友グループにこの切り抜き動画を送る。既に自分が月詠凪だということは、そのグループ全員が知っている。


『これ、みんなが作ったんだよね?』


 その問いかけへの答えは早かった。


『気付くの遅い。っつーわけで、俺は獅狼だ。いつぞやのサインは自力で貰いに行くから待っとけよ』

『ワダツミ兄妹メインの切り抜きチャンネルのうp主です。ようやく見つけてくれてよかった』

『はぁい、ナギくん。同じ世界に来ちゃった』

『2Dアバターってこんなに労力が居るなんて思わなかった……』

『すぐに追いつくからな、渚。いや、凪って言った方がいいか。それと、3Dおめでとう。楽しみにしてる』


 まるで自分が気付くことを待っていたかのように、あっという間に返信が並んだ。


『ありがとう』


 渚は、それだけを返信して、スマートフォンの画面をオフにした。早く明日になってほしかった。もっと、自分の動きを磨き上げたかった。


 親友に恥じないパフォーマンスを作り上げたいと心から思った。

凪の親友たちをようやく明確に出せました。凪を含めて男3人と女4人。パワーバランスは当然女性側でした。そして浮いた話ゼロ。


ご意見ご感想の程、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この話、女子4人って書いてあるけど、「双子の片割れ、イラストレーター、切り抜き師」とあと誰ですか? まだ登場してないだけだったりします?
[気になる点] はやく『初めまして』をして欲しいですね……
[一言] こんなん読んだ日には泣くに決まっとるやん
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