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「別々の道を歩きながら、同じ場所を目指して -逆巻リンネの場合-」

 逆巻リンネのパーソナリティをVtuberのファンや、同業者たちは「よく喋る明るい少年」と表現することが多い。Re:BIRTH UNION四期生、The SINESの一員としてデビューが発表された当初は呪術師のような姿や逆回りの時計から正時廻叉や小泉四谷のようなミステリアスなイメージが持たれていた。

 ところが、デビューするとそのイメージは良い意味で反転した。


 曰く、「陽性と善性の塊」

 曰く、「ボケもツッコミも自在のトークモンスター」

 曰く、「俺たち、私たちの弟」


 配信上での明るさや人懐っこさ、そしてトークの流暢さから界隈全体での人気を得ることに成功していた。また、自身のアバターのデザインを行っているイラストレーターがオーバーズの筆頭である七星アリアと同じであり、アリア自身が時折『Vの弟』という表現でリンネの話題を出すことや、Re:BIRTH UNION最年少である事を公表していることで、みんなの弟的な扱いをされることも多々ある。中堅事務所の新人Vtuberとしては理想的な伸び方をしてると言えた。


 そして、まだ公にこそなっていないが七星アリアと逆巻リンネは実の姉弟であり、更に言えば逆巻リンネとラブラビリンス所属のエリザベート・レリックが同じ定時制高校に通う同級生でもある。真っ当なトークスキルと人間性で評価を伸ばしつつあるリンネであったが、良くも悪くも転がるであろう爆弾をいくつか抱えている。


 そんな爆弾に自ら接近し、自身の番組に呼びつけるという暴挙に出たVtuberが居る。



 オーバーズのオリジナルメンバー、最初の七人、七星アリアその人である。




※※※




「はーい、皆様こんばんはー。永世名誉生徒会長こと七星アリアでーす!今日の肩書は将棋のタイトル戦のニュースで聞いたフレーズを流用しました。さてさてさて、二ヶ月に一度の名物トーク企画『話したいから呼んでみた』のお時間です。あ、今日なんですけど自宅のパソコンが調子最悪なんでオーバーズのスタジオからお送りしております。ところでですね、この配信の企画書をマネージャーに出すたびに『ああ、もうそんな時期か……』みたいな顔するんですよね。毎度毎度なんでそんな顔するんですかね?」

「急なオファーだからじゃないですかね……」

「おおっと、正論は私にダメージが入るからやめましょうね。と言う訳で、今日私が話したい相手は……Vtuber的弟、Re:BIRTH UNIONの逆巻リンネくんでーす!」

「はい、皆様こんばんはー!Re:BIRTH UNION四期生、The SINESの逆巻リンネです!今日は同じママ、クオリアさんにバーチャルの肉体を錬成してもらったご縁で呼んでいただきました!えっと、俺は今日は自宅から通話で参加なんですけど、ちゃんと聞こえてますかー?」


《音質良いなと思ったらスタジオか》

《それはね、オファーを出すのがアリアでもある程度の交渉とかはスタッフ側の仕事になるからだよ》

《思い付き以外で動けない女》

《スタッフやマネージャーの苦労が目に浮かぶようだわ…》

《ん?この声は?》

《おおおおおおおお!!》

《弟くんじゃないか!》

《アリアと同じイラストレーターの人、今まで居なかったのが不思議だったけどここに来て弟が出来るとは》

《クオリアさんめっちゃ多忙らしいからな》


「いつか呼ぼうとは思ってたんだけど、今度3Dのライブが出るって事で。こういう話題になっているタイミングで呼ぶことでお互い人を呼べるって話でね」

「それは、本当にその通りで。四月にやりますんでよろしくお願いします。俺はさておき、同期の二人は凄い動ける人達なので見て損はしないと思いますよ」

「いやー、リバユニさんの新人さんがここまでフィジカルに寄るとは思わなかったですね。良くも悪くも文化系のイメージが強くて。軽音楽部、演劇部、美術部、文芸部、ピアノは……吹奏楽部のカテゴリーかな?」

「文芸部って四谷先輩っすか?」

「だって彼のホラー系、もはや文学でしょ」

「あー、確かにそうかもしれないっす。体育会系って事は朱姉ちゃんがダンス部で、凪兄ちゃんは……体操部、かな。俺のイメージだと」

「で、リンネくんは落研」

「落語わかんねぇんですけど。聞いてても、たまにわからなくなっちゃって」

「そこはまぁ勉強してけば分かるようになると思うけどなぁ」


《そういえば3Dあるんだった》

《リンネくん、緊張とか見せないの凄いね》

《リバユニ文化系部活学園パロ概念?!》

《文芸部四谷は草》

《落研wwww》

《草》

《最年少なのに大学でしか見たことない落研に放り込まれるリンネ草》




※※※




 七星アリアからのコラボ依頼に難色を示したのは他ならぬ逆巻リンネ自身であった。何せ実の姉である。姉との関係は悪くはないし、むしろ良好だ。だからこそ、うっかり血の繋がった家族である事を話してしまい、それぞれの事務所や姉に迷惑を掛けてしまう可能性を恐れた。

 方々からの説得に応じる形で今回のコラボは実現したが、決め手になったのはアリアの「多少のヘマくらいカバーする」という言葉と、同期による後押しだった。


「お姉さんの好意は受けるべきだし、意固地になって断ってギクシャクして欲しくない」という凪の言葉は思いやりに溢れていたし、「“最初の七人”に宣伝してもらえるチャンスをわざわざ逃すとか絶対ダメ!!」と両肩を掴んで前後左右に揺らしてきた朱音の言葉には頷かなければ命に関わるという直感があった。


 実際に出演して、逆巻リンネーー葉月玲一は理解した。普段の若干残念な姉である葉月明はそこには居なかった。声も態度も同じだが、別人だった。十五年以上同じ屋根の下で暮らしてきた相手をさも初対面であるかのように話しかけ、ある程度は下調べしたり自分との雑談で漏らした配信に関わる話を新鮮な反応で受け答えする様はVtuber七星アリアとして完璧な姿だった。


 気が付けば玲一も新人Vtuberの逆巻リンネとしての意識だけで会話を続ける事が出来ていた。


「そういえばさぁ、リンネくんって同期の二人の事兄ちゃん姉ちゃん付けて呼ぶよね」

「あ、はい。同期とはいえ俺より年上の二人なんで。先輩は先輩って呼んでますけど」

「よし、じゃあ今日から私の事もお姉ちゃんと呼べ!」

「なんて?」


 そんな意識を真正面から鷲掴みにして引き剝がそうとしてくる姉の姿にリンネは恐怖した。これは葉月明として喋りやすいからなのか、或いはバレてしまう前に伏線を張っておこうという事なのか。少なくともリンネを困らせたいなどと言うつまらない理由ではないハズだ。そんな事をするような人ならば『最初の七人』として名を馳せる事もなかったはずだ。


「だから、姉。アリア姉ちゃんと呼ぶことを許しましょうという話だよ。同じクオリアママの子なんだから、何もおかしくないですよね皆さん?!」

「すいません、そこでコメント欄に同意を求めるのやめてもらえませんか?ってか、アリアさんが許してもアリアさんのファンが許さないでしょ!あとオーバーズの皆さんとか!!」


《ええんやで》

《いいぞもっとやれ》

《ぶっちゃけリンネの兄ちゃん姉ちゃん呼びを聞く機会が増えるのは助かる》

《★フィリップ・ヴァイス@OVERS1804:アリアさんを姉にしたら大変なのみんな目に見えてるから心配せずとも誰もなりたがらない。頑張れ、弟くん》

《草》

《フィリ公おるやんけ》

《大暴言で草》

《でもオーバーズ所属の八割くらいは同意見だと思う》


「ほら御覧。みんな大歓迎してるんだから諦めて私を姉ちゃんと呼びなさい!あとフィリ公は今度事務所であった時にシバく。震えて眠れ」

「フィリ公ってなんでそんな呼ばれ方してるんですか、フィリップ先輩……」

「お正月の王様ゲーム大会で『誰かが解除するか本人が王様になるまで全員の飼い犬になる』を命令されて、そのまま解除もされず王様にもなれずに居た姿から忠犬フィリ公と呼ばれたことが原因だよ」

「うわぁ、気の毒……」


 コメント欄から蜘蛛の糸を探すつもりだったリンネだが、細さも長さも髪の毛程度の物しかなかった。挙句、オーバーズ所属の先輩による残念なエピソードまで聞いてしまい、リンネはもう頭を抱えるしかなかった。


「……アリア姉ちゃん、って呼べばいい?」

「ふはははは!しかし、事務所を違えた以上……今日から私を姉と思うでないぞ弟よ!」

「姉ちゃん、何の漫画読んだんだよ」




※※※




「さて、そろそろお時間になりました。という事でリンネくん、お疲れ様でした。いやー、やっぱ最年少だけあって若さというか初々しさが隠し切れないね、君は」

「そこは、まぁ仕方ないところなんで。続けているうちに俺も大人になると思いますから」


《いやー、こんだけ喋れれば十分でしょ》

《結局姉ちゃん呼びしてからの方が話がスムーズになってて草》

《リバユニ先輩評とかも聞きたかったけど、同期褒め殺しを聞けただけで今日の所は勘弁してやろう我が弟よ》

《おい、コメント欄に兄面してるのが居るぞ》

《草》

《残念だったな、もう一人の姉だ……!》

《自称兄より自称姉の方がガチ感あって怖いのだが?》


 コメント欄にもある通り、いざ七星アリアを姉と呼んで以降は大先輩を前にするような緊張感が消し飛んだのも事実である。その事実が、逆巻リンネからしてみれば上手いこと掌の上で踊らされたような気分にもなった。


「さて、最後に質問が二つあります!一つはいつも聞く定番の質問と、もう一つはその回ごとに聴きたくなった質問!という事でリンネくん。私の第一印象と、喋った後の印象を教えて?」

「ええ、難しいな……ええと、あ、ちょっと待ってください」


 リンネは葉月明の第一印象を応えそうになり、慌てて止めてから熟考する。何せ相手は実姉だ。第一印象を得た時期と物心が付いた時期はほぼ同時期になってしまうし、それは七星アリアの印象ではない。なので、Vtuber七星アリアを見た時の第一印象を必死に思い出して答えた。


「自分の興味や好奇心に凄く素直で、色んな意味で真っ直ぐな人って感じです。トークは流暢で変化球もたくさん投げれるけど、本当に伝えたいメッセージとか本音はど真ん中ストレートを投げる人」


 思い出すのは、二年前のカウントダウンフェス。七星アリアの仮面をほんの少しだけずらし、実の弟である自分にだけ向けたメッセージ。あれを目にしたのが、葉月玲一が逆巻リンネへと至る第一歩だった。


「ふふ、弟にこうも褒められると恥ずかしいなぁ。では今の印象は?」

「姉を名乗る不審者」

「ちょっと!?」


《草》

《草》

《遠慮なしの一閃で草》

《すげぇ、アリアが真っ二つに斬られたぞ》

《呪術師っぽい服装なのに居合の達人じゃん》


「ええい、コメント欄どもめ……!まぁ、いいや。なんせ青ちゃんからはシンプルに『アリアって割と不審者だよね。君の事は親友だと思っているけど、一般の方の目に入る場所でそんな感じになったら私は迷わず他人のフリするから』と言われた女、弟の罵倒なんかに負けない……!」

「姉ちゃん普段何やってんだよ……」

「それはさておき」

「本当においてる?その辺に投げ捨ててない?」

「さておき!!!最後の質問です」


《草》

《青薔薇様ド辛辣で草》

《なおVtuber関係者のみ場所では物理攻撃が飛ぶ青薔薇様》

《強引w》

《リンネくんも大概無遠慮で最高だな》




「リンネ。今、楽しい?」

「最高に生きててよかったって思えるくらい楽しい」




「……うん、それならよかった。という訳で、今日のゲストはRe:BIRTH UNION四期生、逆巻リンネくんでした!」

「ありがとうございましたー!そんじゃ、俺らの3Dお披露目見に来てねー!!」


 その日の配信を見た視聴者は、『最後の質問とそれに対する答えが、まるで本当に姉と弟のようだった』という印象を語った。


 逆巻リンネはこの日、界隈に大きく認知された。


 その切っ掛けは、間違いなく『姉』が差し出した手を取った事だった。


『弟』はいつか『姉』が困っている時に手を差し伸べようと、そう決めた。



 3D Live ShowCaseまで、あと三週間。

一週間ずつ減るカウントダウン。来週はどちらでしょうか。


さて、改めまして皆様に御報告が御座います。


拙作、「やさぐれ執事Vtuberと後輩のネガティブポンコツ令嬢Vtuberの虚実混在な配信生活」の書籍化が決定致しました!詳細につきましては情報解禁まで今しばらくお待ちください。

ここまでこれたのはVtuberの皆様、そしてなにより読者の皆様のお陰です。本当にありがとうございます。

これからも、何卒ご愛顧の程よろしくお願い致します。

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[一言] 書籍化おめでとうございます!
[一言] 書籍化おめでとうございます!
[一言] その言葉を聞いただけで泣きそう 物語の山場に向かってだんだん助走していってる感じ好き 書籍化おめです!
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