「Vtuberに時期尚早なんて言葉はない」
「しかし動き出したの早かったんだよな、実は。SINESの三人がデビューする頃には、もう3Dアバターのプロジェクト動いてたって聞いたし」
「3D班の皆様、前向きというか前のめりですから」
「……ほぼ同期の僕の感想ですけど。3Dって普段2Dアバターで配信してるVtuberにとってはある種の目標みたいなものじゃないですか。他事務所の僕が言うべきことじゃないとは思うんですけど、やっぱ少し早いんじゃないかって」
「まぁ気持ちはわからんでもないけど、あいつらの場合間違いなく3Dがあった方がやりたい事やれるタイプだったからなぁ。リンネはともかく」
「踊りたい朱音さんと、動きで魅せたい凪さんですからね。リンネさんは『あ、二人優先で。俺後回しでいいっすよー』って最初から言ってましたが」
「あ、似てる」
《本当に動き早いな》
《なぜリザードテイルのスタッフさんは自分たちの手でブラック企業への道に突き進んでいくのか》
《お、嫉妬か?》
《円渦の言いたい事も分かるが》
《これを言えるのは円渦の上昇志向故か、あるいはこのクソラジオの空気感故か》
《リンネ除外は草》
《フィジカル二人だもんなぁ、朱音と凪》
《似てるwww》
《イントネーションの模倣が完璧すぎる》
「円渦さんも3Dアバターを手に入れたいお気持ちはありますか?」
「それは勿論。それこそ、龍真さんのライブを見たのもありますし。マテリアルのメンバーも……それぞれに3Dの企画でやりたい事があるって話はするんですよ。だからこそ……羨ましいですし、悔しいです。マテリアルを大きくするために、一番必要だと思うから。でも僕からマテリアルのスタッフさんに催促するのは絶対に間違いですし」
《切り込むねぇ、執事》
《本来ならガチなインタビューとかで聞く質問だけど、さらっと突っ込んでいくねぇ》
《いいなぁ、円渦。こういうギラついた野心持ってるの少なくなってきたから新鮮だ》
《そこでスタッフの負担を考えられるの偉い》
《円渦から濃厚な中間管理職の気配を感じる》
「まぁお前ならそう思うだろうよ。セルアウト上等スタイルだったもんな。売れる為にやれる事は全部やるべきって哲学は俺は間違ってねぇと思う」
「……ありがとうございます」
「まぁこればかりは俺らが作ろうと思って作れる事じゃねぇからな。何なら、一番戸惑ってたのがSINESの三人……というか、凪か」
「ええ。この速度感で3Dアバターを作ろうという時点で、会社全体から期待されている訳ですからね。今まで配信業と縁の無かった凪さんからすれば、期待がプレッシャーに変わるのも無理のないことだと」
《昔を知る先輩が近場に居てくれるの助かるだろうなぁ》
《色々噛み締めるありがとうございますだったな》
《凪ちゃんが戸惑うの分かる》
《とはいえ、2Dからでも隠し切れない超フィジカルを直で見てるスタッフさん達が期待したくなるのもすげぇ分かる》
「朱音だけはテンションがブチ上がってたけどな」
「まぁ朱音さんは自分のやりたい事が一番ハッキリしてる人ですから。とりあえずリバユニ全員アイドル化計画は阻止したいところですが」
「なんですかその胡乱な計画」
「いや、なんか俺らのアイドル衣装だとかカバー曲だとか、それぞれ歌う組み合わせとか妄想しててな。最終的にライブのセトリまで組んでた」
「なんかもう執念とか通り越して怨念染みてません?」
《アイドル化計画……?》
《あー、妄想雑談がエスカレートし続けてたあれかw》
《胡乱て》
《草》
《それは一般リスナーがやるべきことなんよ》
《セトリどころかアリーナツアーの日程まで組んでたぞ》
《あまりにもガチな企画書っぽくなっちゃって、配信画面に「この配信はフィクションです」の注意書きが足されてたの草》
「まぁ三人は三人なりに向き合っているという事でひとつ」
「それで纏めようとするあたり、廻叉さんも大概ですよね」
「大概な奴しかいねぇよ、ウチは」
※※※
「さぁ、ついに私たちの3D!私の野望がまた一歩進むの!!」
「いや、その野望俺ら巻き込むの大前提だよね?アイドル化計画を俺に堂々と語るってどういうつもりなんだよ朱姉ちゃん。ぶっちゃけ、俺の歌もダンスも一般人レベルよ?カラオケだって『まぁ普通の人よりはちょっと上手い方なんじゃない?』ってレベルなんだけど」
「よし、まずはボーカルレッスンから入れましょう!大丈夫、リンネくんの声と滑舌があれば3Dお披露目までに商品になるボーカルが出来るようになるから!!何ならレッスン費用出すよ!?リンネくんと凪くんの分!!」
「ちょっと待って、マジで待って。トークもそうだし、そこの角に黒置くのももうちょっと待ってくれると俺が凄く助かる。なんなら時間巻き戻して最初からやるってのもワンチャンあるんじゃないかな?」
3Dアバター完成の一報を受け、たまたま配信でコラボでオセロ対決を行っていた緋崎朱音と逆巻リンネがその話題で盛り上がるのも当然と言えば当然の事だった。とはいえ、一方的にはしゃいでいるのは朱音であり、リンネはオセロの戦局が芳しくない事もあってかどこか一線を引いているような態度を見せていた。
「でも二人の声は良いんだから歌は絶対求められてると思うよ。っていうか、私は求めてるよ?リンネくんだけじゃなくて、廻叉兄さまや四谷兄さまやキンメ姉さまみたいな普段あんまり歌わない人にも求めていくよ?あとここに黒は置く」
「あああああああ!?……まぁそれはそれでいいや、この後はただただ白が黒にひっくり返っていくところを見るだけだし。ぶっちゃけマジで俺とかもアイドルにしたいの?俺自身はどっちかっていうとひたすら喋る方が本業だし、3Dあってもやる事は漫談かスタンダップコメディのどっちかだなぁって思ってたんだけどさ」
「それ、両方同じじゃない。……ええっとね、リンネくん的にアイドルの定義って何?」
「歌と踊りが上手くて顔の良い人の総称」
「身も蓋もない!?」
朱音の質問に淡々と、そして端的過ぎる回答を残すリンネに呆れたような大声を上げる朱音だった。この年下の同期は余りにも物事を雑に捉える悪癖があるように思えてならなかった。
元々アイドルをしていた朱音にとって、アイドルの定義をここまで単純化されるのは納得のいかない部分もあったからこそ、懇切丁寧にアイドル論を語る事にした。
「まぁでもそれだけだったらさ、世間一般にもたくさんいるでしょ?歌も上手い、ダンスも出来る、顔も良い。それをね、ちゃんと誰かに対する『憧れ』になるように磨き上げた人をアイドルって言うの。私の持論だけど」
「その持論長くなる?」
「長くはなるけど、オセロに負けた罰ゲームとしてちゃんと聞きなさい」
「罰ゲームかあ……じゃあ仕方ないなぁ。で、朱姉ちゃん的には俺も凪兄ちゃんも憧れになれるような素質があるって言いたいわけね?」
「勿論。私自身もそうだし、なんならRe:BIRTH UNION全員アイドルになれると思ってるの。きっと、私の理想としたものが見れるって、思ってる。だって、みんな自己研鑽に全力なんだから」
「なるほどねぇ……まぁ朱姉ちゃんがそこまで言うなら、せめて俺と凪兄ちゃんは協力しようか。凪兄ちゃんも人が良いから、たぶんその辺の話すればOKしてくれると思うけど」
「その代わり、私も凪くんとリンネくんのやりたい事には全力で協力する……いっそ、個別じゃなくて三人合同でお披露目ってのもいいかも」
二人の計画案はオセロもそっちのけで積みあがる。一方で、月詠凪は思い悩んでいた。
※※※
自室のPC、DirecTalkerにマネージャー経由で届けられた3Dアバターの完成品の画像に、胃が軋むような感覚を覚えた。面接の時は、石楠花ユリアのアバターを身に纏って好きなように暴れ回ってこそいたが、それはあくまでも面接として限られた人数にしか見せていないものだ。
月詠凪は迷う。自分のフィジカルや運動能力は、果たして本当に周囲の期待に応えるだけの物を備えているのだろうか。Vtuberとしては上位だったとしても、本職のスポーツ選手であったり、アクション俳優と比べたら。
「…………怖いな、怖い」
お披露目はまだ先の話になるであろうことは分かっている。だが、いずれ来る日が恐ろしい。
「今の俺で、足りるのかな」
不安を掻き消すように、PCの電源を落として外出の支度をする。リザードテイル社員から教えてもらった24時間営業のジムへと向かう。元々運動や筋トレは習慣化していたが、地元にはなかったスポーツジムの存在は凪にとって今やなくてならないものになった。
Vtuberとして生きていく上で悩みや不安が出来るたびに、ひたすらに体を動かすことで靄を晴らすことだけが今の月詠凪に出来ることだった。
尤も、そんな悩みすらも自分よりずっとポジティブでアクティブな同期二人の手でなぎ倒されることになるのだが、今の凪はそれを知らない。
※※※
数日後、Re:BIRTH UNION公式チャンネルに一つの動画がアップロードされた。
そのステージには十個の椅子が円を描くように並んでいた。
赤い龍。白い翼。黒い時計。青い波。紫のト音記号。緑の無数の眼。そして、豪奢な黄金の星。
Re:BIRTH UNIONの所属タレントそれぞれをイメージさせる椅子が七つ。まだ何の意匠も施されていない三つの椅子。
その内の一つが、朱色へと染まり、無数の花々とリボンによって彩られた。
その椅子の後ろに、炎の様な髪色の少女――緋崎朱音が立つ。踊るようなステップで椅子の前へと現れると、それすらも振り付けの一部であるかのように、椅子へと腰かけた。
二つ目の椅子が銀色に輝きを放ち、いくつもの螺旋模様の意匠が生まれる。
画面の端から歩いてくる祈祷師か呪い師のような姿の少年は、バスか電車の空いている座席にでも座るかのような気軽さでその椅子へと腰を下ろした。
三つ目の椅子は、深い藍色に変化した。そして、青白く輝く半月の意匠が現れた。
足音が一つ。その椅子の後ろから現れた青年は、肘掛に手を当てるとそこを支点にして、くるりと側転をしてみせた。何でもない事の様に着地すると、黄色と青のオッドアイを妖しく光らせて微笑み、椅子へと腰を下ろした。
『The SINES』
『3D Live ShowCase』
『Coming Soon』
椅子の色に普通に迷ったのは内緒です。
ご意見ご感想の程、お待ちしております。