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「機械の体を持つ者たちの、心を込めた歌」

【お知らせ】

12月26日の更新が難しいため、12月19日が年内最後の更新となります。理由としては親不知抜歯手術がある事と、土曜日まで出勤があり執筆時間が取れない可能性が極めて高い為です。年始は1月2日に更新予定です。よろしくお願いします。

 New Dimension Xが設立されておおよそ一年。アメリカでのVtuber活動はある程度の認知を得ているが、新メンバーが入らない事や顔出しで活動するTryTuberの勢力が強すぎる事から設立初期ほどの話題性が薄れている。とはいえ、3D技術やバーチャル空間の構築に関しては日本のVtuber企業を上回る勢いで進化し続けていた。

 これは日本のVtuberがどちらかと言えばタレント寄りの活動方針が多いことと、New Dimension XにはGAMMA02という不世出のエンジニアが存在している事が大きかった。ドネート機能以外での単純な収入では恐らく世界一である、某世界的IT企業からの引き抜きの話を蹴った、という噂が日米問わず流れており、彼らが最も有名なVtuber事務所となるのは最早時間の問題と言えた。


「時刻は15時となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか?正時廻叉です。今回は私が休憩室の主となっております。よろしくお願いいたします」


《おー、久々の雑談枠》

《すっかりリバユニの定番枠になったな、休憩室》

《ゆるトークでしか取れない栄養素がある》


「とはいえ、平日の真昼間ですからね。私しか居ない、という可能性も十分にあります。私もここしばらくは午後に収録がある日が多かったのもありますし。随分と長時間、録音スタジオに居たような気がします」


 Re:BIRTH UNIONの立ち位置は、日本における少数精鋭型Vtuber事務所の成功例と言える。オーバーズやにゅーろねっとわーくが拡大路線を取り、それぞれに新規のVtuberが多数デビューしている。エレメンタルはどちらかといえば中間型であり、男女でレーベルこそ分けているが基本的には垣根のない活動を行っている。


 正時廻叉は業界全体の活性化に関して考える事は少ない。Re:BIRTH UNION全体の傾向でもあるが、活動方針が自己研鑽に寄っている。だからこそ、自分が大きな流れの中に居るという自覚が限りなく薄かった。


「先日予告された通り、NDXのVoid04さんと楽曲コラボを行う事になりました。曲名などは今のところは伏せております。これは、先方の意向ですのでご了承ください。ちなみにこちらも先方からの提案で、二曲出します。私のチャンネルと、NDXさんのチャンネルですね」


《おおお、マジか!!》

《メインチャンネルじゃないのが残念だけど、サブチャンネルのが俺らになじみのあるVtuber活動してるからなぁ》

《メインは余りにも未来志向過ぎてな……ナユガンはマジで未来を生きてる。オズ組も付いていけてるの凄いけども》

《伝説のドロシー2KO事件もサブチャンネルだしなw》

《日本語訳切り抜きの人が速攻で上げてて草だった》


 New Dimension X、Void04との歌動画コラボへの反響が想定以上に大きかった事にも、廻叉は首を傾げるばかりであった。個人チャンネルを持たないにしても、メイン・サブを合わせて50万を超える登録者数を抱えるアメリカ最大にして唯一のVtuber事務所とのコラボである以上、ある程度は話題になるとは思っていたが、ファンだけでなく同業者たる日本のVtuber達から驚きの声が多数上がったのは予想外だった。


「ヴォイドさんとコラボするのは、私が日本のVtuberでは初めてらしいですね。通訳の方を介してですが、打ち合わせをさせて頂いた時にそう語っていらっしゃいました。私が機械の体を持っている事でシンパシーを感じてくださったそうです」

「ふふふ、つまりは私のお陰だね?」

「ステラ様、挨拶より先に自画自賛はどうかと思います。あ、立ち絵用意しますので自己紹介をお願いします」

「やぁみんな。自分で枠は取らないくせに休憩所雑談があるとすぐにやってくるステラ・フリークスだよ。休憩所が出来てから、威厳やカリスマが減ってると大評判のようだね」

「休憩所シリーズ皆勤賞ですからね。何でしたら、一番暇してるまで言われてますよ」

「まぁこれまでフル稼働だったからね。私だって疲れを感じる程度の人間性はある」


《出たわね》

《ステラさまちーっす》

《もう誰も驚きもしないの草しか生えない》

《こないだなんて龍真が枠閉じる寸前に現れた挙句、ゴネるわスネるわして三時間延長させたからな》

《最近気付いたんだがステラ様って実はただの可愛い娘さんなのでは?》

《割と妹気質ぞ》

《ファンアートがカリスマ全開のとマスコット化の二択だからな》

《EVILとはいったい何だったのか》


 正時廻叉を含め、Re:BIRTH UNIONの面々が動じない理由は0期生にして事務所の大看板であるステラ・フリークスの存在にあった。絶大な歌唱力と、そのパフォーマンスからカリスマ性と神秘性を帯びた歌姫であるが、休憩所雑談が定番企画となって以来、彼女はその全てに顔を出している。

 そもそも初回である逆巻リンネの配信にも開始数分で現れた事から、その兆候は見て取れていた。とはいえ、初回は「どういう企画であるか」を説明するために彼女が登板したのだという見解が大多数を占めていた。二回目、三回目と続く中で毎回のように彼女が現れる様になり、視聴者は気付いた。


 ――さてはこの歌姫、後輩と話したいだけだな?


 その気付きが真実だと証明されたのが、コメントにある通りの三時間延長事件である。


『やだ、せっかく来たんだから喋りたい』

『龍くん、なんでそんな冷たいのさ』

『やーだー、お話ししようよー』

『私の事きらい?』


 あざといを通り越して幼児退行しているとまで言わしめ、お手本のようなゴネ得を見せた事で彼女が遠い存在ではないという事に視聴者が認識するようになったのは、幸か不幸か――今のところ、正時廻叉には判断の付かない出来事であった。


「デジタル配信アルバムの収録、まだ続いているのでしょう?」

「まぁね。少しずつではあるが、我々Vtuberの配信楽曲が様々なランキングに載るようになっている。私とて、上位を狙う野心はあるさ」

「野心、という意味では私は若干薄いかもしれません。むしろ作品に『これ以上手を加えられない』というレベルにしたいという欲はありますが」

「君らしいね。私たちらしい、の方が正しいかな?」

「色々とやり続けているうちに、課題と言うのはいくらでも探せますから。今回も、英会話能力の無さを実感しました。通訳を買って出て頂いたガンマさんやNDXの日本人スタッフの方には足を向けて寝られません。今度英会話教室にも通おうかと画策しております」

「ゲームで言うところのスキルツリーをどこまでも伸ばしたがるタイプだね、君は」


《個人配信や企画をやらなくなった代わりに休憩所の主と化したステラ様》

《Vtuber楽曲の配信、普通に上位に載ったりするしなぁ》

《でも朝の情報番組のランキングでは載ってもスルーされる傾向がががが》

《なに、昔のアニソンが通った道だ。いずれ無視できなくなる》

《野心の方向性が違うだけで、リバユニギラギラしてっからなぁ》

《お、おう》

《ヴォイドもSNSでガンマに通訳頼んだって言ってたからマジなんだろうな》

《器用貧乏どころか器用全能でも目指すのか、執事は》

《執事に嫉妬してるアンチが何も言えなくなるまでスペックを伸ばし続けろ》

《人生とかいうクソゲーのやり込み勢》




※※※




『やぁ。私だよ。Void04だ。今回は簡単なビデオメッセージになる。何の話かと言えば、日本のVtuberであるミスター廻叉との楽曲の投稿日時が正式に決まった事を伝えに来た』


 正時廻叉が休憩所で自己研鑽についてステラ・フリークスと語っていた数日後。New Dimension XサブチャンネルにおいてVoid04からの短いメッセージが投稿された。


『結論から言おう。この動画の投稿後から、三十分後だ。同時に、ミスター廻叉のチャンネルにも、私とのコラボ楽曲動画がアップロードされる。もっとも、どちらもカバー曲だけれども』


『ミスター廻叉は極めて紳士的だった。そして、私の想像した以上にクオリティアップに対して貪欲だった。私も相当に頑張ったんだが、むしろ全然足りていなかったのではないかと未だに不安になってくる。彼は素晴らしいクリエイターだよ』


 何度も頷きながらVoid04は正時廻叉を褒め讃える。アメリカでは知名度のほぼ無いであろう日本の、それも中堅事務所の中堅とも言える存在に対する興味を持ったのはアメリカ側のVtuberファンであろう。


 そこまで言うのならば、という思いでアメリカの視聴者は動画のアップロードを待った。




※※※




 New Dimension Xサブチャンネルにアップロードされた動画のサムネイルは、二人が向き合っている様子を描いたイラストだった。


 どちらも機械の顔を露わにした姿で、感情も表情も読み取れない姿で立ち尽くしていた。


 肝心の楽曲は洋楽の大ヒット曲であり、タイトルと原曲を歌ったアーティストの時点で「この二人ならばこれだろう」という納得する曲だった。


 動画の作りもシンプルで機能的な物だった。歌詞が浮かび、それぞれが歌っている間だけ、機械の体の一部が発光するというギミック。動画のシンプルさとは裏腹に加工した歌声が複雑に絡み合う楽曲は大きな衝撃を界隈に与えた。また、加工が施されているとはいえ正時廻叉の英語の発音が上手かったと海外のファンから高評価を得ることになった。




 一方で、正時廻叉のチャンネルにアップロードされたのは同じように向かい合わせの二人の姿のイラストをサムネイルにしたものだった。ただし、廻叉の顔が仮面の無い、人間の体を残した部分になっていた。そして、二人とも花束を抱えているのが印象的だった。


 ハモりというよりはユニゾンに近い歌い方で、MIX時における加工も最低限に抑えられていた楽曲は二人の感情や人間性を伝えるには十分すぎる歌声だった。


 Void04の所々拙さの見え隠れする日本語も、ある種のアクセントとして日本のVtuberファンからも好印象をもって受け入れられた。



 楽曲投稿後、正時廻叉のチャンネル登録者数は数千ほど伸びていた。


 Re:BIRTH UNIONが、アメリカのVtuberファンに認知される最初の切っ掛けを作ったのは間違いなく正時廻叉であったと、のちにVtuberファンや有識者は語る事になる。

イメージソング1『Harder, Better, Faster, Stronger/Daft Punk』

イメージソング2『flos/R Sound Design feat.初音ミク』


結果的に今年の投稿収めとなりました。今年一年、応援してくださりありがとうございます。

ご意見ご感想の程、お待ちしております。感想返信こそ滞っておりますが、全て目を通させていただいております。

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― 新着の感想 ―
[一言] Flosだー。
[良い点] 国境を越えて広がる同業者から執事への熱い信頼 [気になる点] 作者様の体調 抜歯手術にお仕事の忙しさもですが冷え込みもどんどん強烈になっていますので [一言] 廻叉さんが無事英会話能力を修…
[良い点] 機械の身体なら、「千年の独奏歌」とか歌って欲しさあるな
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