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「通話面談と記念企画(3)」

気が付けばブックマーク数が250を超えておりました。遅ればせながら御礼申し上げます。


今回で面接編は終了となります。キリの良い部分で切った為、少し短めとなっております。

 三摺木弓奈は、ここで不採用になってもいいと思っていた。むしろ、ただピアノを弾いただけの動画で最初の選考を突破した事すら、彼女にとっては理解できない現実だった。きっと、自分より上手くピアノが弾けて歌も上手くて動画の作りも凝っている人がいるはずだと、彼女は本気で思い込んでいた。


 だからこそ、通話面談に進んだという事実を漸く受け入れた彼女は一つの決断をする。応募フォームの志望動機に書かなかった、正時廻叉の悩み相談で救われた話をしようと思った。本人に直接御礼を言って、それで落ちるなら落ちたで構わないと思った。生まれ変わりたいという気持ちは本気だ。本気でRe:BIRTH UNIONに入って、自分の人生をもう一度始めたいと思った。だが、時が経てば経つほどに、自分に対する不信感ばかりが山積みになっていた。


「応募フォームに書いてしまうと、それだけを理由にしているようで……廻叉さんの力で合格しようとしているようで、嫌でした。ですが、直接こうしてお話が出来る機会に恵まれた以上、どうしても、お礼が言いたくなったんです」


 スタッフも、Re:BIRTH UNIONのメンバーも黙って彼女の言葉を聞いていた。先ほどまでのたどたどしさや、緊張はどこにも見えなかった。


「廻叉さん。あの日、私のメールを読んでくれて、私の悩みに真摯に向き合ってくれて、本当にありがとうございました。……私より、凄い人はたくさんいるだろうって思います。私より、Re:BIRTH UNIONに入るべき人はたくさんいると思ってます。でも、私が生まれ変わるなら……廻叉さんの居るRe:BIRTH UNIONがいいと思いました」


 誰かが息を呑む声が聞こえた。誰かが嗚咽を漏らしたのが聞こえた。廻叉は、一言一句逃さぬように、彼女の言葉に集中していた。


「廻叉さんの前で、あの悩んでいた不登校の女の子が、居場所が無いと言っていた私が、ちゃんと居場所を見つけましたって、私はここで生きていますって言えたら……きっとそれが、廻叉さんへの一番の恩返しになるんじゃないか、って思いました」


 一瞬だけ間を置いて、彼女は自分が持つ感謝の思いをありったけ込めて、言葉を発する。



「全部、全部、廻叉さんのおかげです。廻叉さん、私を救ってくれて、ありがとうございました」



「……三摺木さん。覚えています。貴女が送ったメールも、私がどう答えたのかも。すぐに思い出せるくらい、貴女からのメールは印象に残っていました」


 スタッフたちが話始める前に、廻叉が静かに語り掛ける。誰も口を挟むことが出来なかった。


「居場所はいくつあってもいい、と私は言いました。その中で、貴女は此処を、Re:BIRTH UNIONを選んだ。選びたいと思ってくれた。その事を、私はRe:BIRTH UNION所属のVtuberとして、心から嬉しく思っています」


 感情の色を一切出していないが、ゆっくりと、語り掛けるような口調からは、正時廻叉と、その内面にある境正辰としての思いが滲み出ているようだった。その言葉を受けた弓奈は――今までの努力が報われたような気持ちになった。同時に、落ちても構わないという想いが薄れ、やはり彼の目の届く場所で、自分らしく生きている姿を見て貰いたいという気持ちが溢れ出てくるのを感じていた。


「私を含めた、今この場にいるRe:BIRTH UNION所属のメンバーには合否の決定権はありません。ですが、私は――」


 念のために、長谷部へと直接テキストメッセージを送る。少し踏み込んだ発言をしてもいいか、という許可を得るためにだ。返事はすぐだった。英字で、2文字。「OK」と。



「私は、三摺木さんが私達の仲間になってくれたら、と思っています」



 いつもの配信と変わらない、無感情で無機質で、おそらくは無表情で言われた言葉が、弓奈は溢れ出てくる涙を止める事が出来ず、マイクをミュートにするのも間に合わず、声を上げて泣いた。長谷部から「落ち着くまでお待ちします」という短い言葉が告げられる。端的だが、気遣ってくれたのだろう、と思った。


「っ、ぁ……!ありがとう、ございます……!!」

「あああ……もう、ダメ、泣いちゃう、あたし泣いちゃう……!!」

「執事ぃ……!ズルいわ……!それはカッコ良過ぎるだろうよ……!!」

「もうドラマだねドラマ。金曜24時45分スタートのドラマだよ」

「深夜帯扱いはおやめください。……三摺木さん、面接はまだ途中ですが、再開しても?」


 ようやく、弓奈がまともに返事をするタイミングで、キンメが完全に陥落した。それを誤魔化すように、龍真が涙声を隠すように廻叉を茶化し、白羽はシンプルに茶化した。廻叉は最もツッコミ所しかない発言をした白羽の発言を雑に切って捨てて、弓奈へと確認を取った。


「は、はい……!大丈夫、です……!」

「かしこまりました。それでは、長谷部さん、宮瀬さん。よろしくお願いします」

「はい。それでは次の質問ですが――」


 その後の弓奈の受け答えは、必ず合格して見せるという熱意が伝わって来るような態度で一貫していた。



 ※※※



 弓奈が退室後、緊張の糸が切れたのかその場にいるほぼ全員が大きく息を吐いた。


「濃かった、最後濃かったですね長谷部さん……!」


 宮瀬が口火を切る。明らかに疲れの滲んだ声だが、どこか興奮しているのが見て取れた。


「正直に言えば、理想的過ぎる志望動機でしたね……確かに、それならばRe:BIRTH UNION以外は考えられないでしょう」

「きっと、凄く頑張ったんだと思う。あたし個人としても、あの子は応援したい」


 最も気を張り続けていた長谷部の感嘆するような声に続き、キンメが決定権がないにも関わらず弓奈へと完全に感情移入していた。龍真、白羽も同じく三摺木弓奈という少女に対する好感度が間違いなく上がっているかのように、先程の面接の感想を交わしている。一人、正時廻叉だけが黙ったままだった。


「廻叉くん?」


 同期であるキンメが声を掛けても、返事がない。


「……俺は」


 その声は、正時廻叉でありながら、()()()()()()()()()()


「俺は、配信で誰かを楽しませることが出来れば、それで良かったんです」


 その声は、正時廻叉の仮面が剥がれ落ちた、境正辰の声だった。誰が聞いても分かるほどの涙声で、彼は呟いていた。


「俺、救ってもらったなんて、そんな凄い事、したつもりはないんですよ」

「でも、嬉しくて仕方ねぇんだろ?泣いちまうくらい」

「人生で一番嬉しいまでありますよ……」


 最終的に3人が泣くという、波乱の通話面接はようやく幕を閉じた。



「それでは引き続き今夜行われます正時廻叉チャンネル登録者数5000突破記念リレー凸待ちの打ち合わせに入りますから、廻叉さんと龍真さんはこっちの通話チャンネルに移動してくださいね。あ、長谷部さんと岸川さんは別業務がありますので、白羽さんキンメさんは通話抜けて頂いて結構です。お疲れ様でしたー」

「宮瀬さん、もうちょっとくらい浸らせてくれません……?」


 そして閉じたと同時に別の幕が開いたため、境正辰の涙はこれ以上の出演を許されなかった。



 ※※※



 正時廻叉の記念配信が行われている最中、株式会社リザードテイル本社ミーティング室には4人の男女が集っていた。テーブルの上には、プリントアウトした応募フォームの記載内容と、今日行われた通話面接の内容を録音した音声ファイルを再生するためのタブレット端末が置かれている。


「実際に話してみた感じですと……単純に弊社に足りない戦力を埋めるという点であれば、1番の方ですね。動画作成のスキル持ちはやはり強いです。今まではゲーム実況動画だけでしたが、お話をするにつれて音楽PVの作成にも興味を示してくれたのは幸いでした。彼自身が歌う事には、若干及び腰でしたが需要があるならば答えたい、という風に仰ってくれましたね。好青年らしさの中に、前向きな貪欲さがあったと感じました」

「ふむ、ではこの2番さんと3番さんは()()()()()()的には、無し?」

「社長、友達感覚はいつになったら抜けるんですか?公私混同は厳禁です」


 リザードテイル人事・総務部社員、長谷部由紀子(はせべゆきこ)が学生時代の感覚を未だに引き摺っている社長・一宮羚児(いちのみやれいじ)へと苦言を呈する。それを見て、Re:BIRTH UNION統括マネージャーの佐伯が苦笑いを浮かべて話の筋を戻す。


「どちらも配信経験者ではあるんですけどね、2番さんも3番さんも。ただ、ウチの社風とは合わない感じはあります。むしろ、この2人はそれこそ『オーバーズ』さんや『にゅーろねっとわーく』さんでこそ輝くタイプの人材だと思いますね」


 佐伯は2人のトーク力やキャラクター性を評価しつつも、社風とのミスマッチを理由に最終選考候補から外す事を明言した。


「うん、Re:BIRTH UNIONは、そしてリザードテイルは再起・再出発の場所。酷い言い方をすれば、人生の敗者復活戦を死に物狂いで戦える人を求めてる事務所であり、企業だからね。同業他社と比べたら闇と業が深いからこそ、合わない人を入れてしまうのは互いにとって不幸な事さ」


 どこか芝居がかったような、大仰な物言いで2人分の資料を裏返す、メガネを掛けた小柄な女性。リザードテイルの看板にして、Re:BIRTH UNIONの0期生。ステラ・フリークスこと、星野要は4枚目の資料と、面談の録音を聞きながら楽し気に笑う。


「実にいいね、この子は。不登校を脱して、一念発起してオーディションに送る切っ掛けが廻くんだなんて、最高にウチ向きじゃないか。残念なのは、仮に彼女がデビューしてもこの話を喧伝できない事だね。デビュー前にメールとはいえやり取りがあった人が合格してるとなると、無駄な邪推を生みかねない」

「では、1番さんと4番さんは最終選考進出候補という事で。しかし背景が重い子ばかり集まって来るなぁ……」

「社長の背景が一番重いでしょ」

「類友という奴です」


 ちょっとしたボヤキを見逃されず社員に切って捨てられた社長が乾いた笑いを浮かべて項垂れる。そんな様子を見ながら要は変わらずに楽しそうに笑っていた。


「それがウチの社風なんだ。結果的に重い子が集まってこようとね。一度負けた者の執念というのを、V界隈を通して沢山の人に教えてあげようじゃないか。年末には大きい企画もあるし、それに廻くんからは彼のストーリー動画で最高に面白そうな提案を、少し前に受けているからね。いやはや、彼は役者だけでなく脚本家の才能もありそうだ」

「ああ、こないだの企画書ですか……なんなら断られる前提で送ったらしくて、ステラさんが乗ったのに廻叉くん驚いてましたよ」

「星野要への依頼だとしたら断ってたけど、()()()()()()()()()()()()()なら乗るに決まっているじゃないか。彼は私の事をよく見ているよ。正確には、私が界隈からどう見られているかをよく知っている、というべきかな?まぁ、まだ動画の1フレーム目すら出来ていないんだ。当の廻叉くんは今頃リレー凸待ちで界隈の洗礼を受けているころだろうさ」


 現在配信中の正時廻叉に思いを馳せ、星野要、否、ステラ・フリークスは小さく笑う。誰がどの順番で廻叉の配信にやってくるか、事前に報告を受けている社長、佐伯、長谷部は苦笑いを浮かべ、心の中で正時廻叉の無事を祈る事しか出来なかった。

ようやくタイトルの二人を会話させる事が出来ました。

そしてステラ・フリークスの回を重ねるごとに黒幕感が増しております。何故でしょうか。

シリアスさんが有給休暇に入られたため、次回の凸待ちは久々の会話とコメントのみ回です。

面談で泣いた数時間後にV界隈のやべー奴らが順繰りで襲い掛かって来る廻叉の明日はどっちだ。


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[一言] 最新話までよみました! 本当に17話好き。泣いた
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