「キッチンは思った以上の戦場でした(by.石楠花ユリア) 前編」
「二月十四日は何の日か、皆様はよくご存じだと思われます。我が国においては、女性が男性にチョコレートを贈り愛情を伝える日とされています。ごく一部では『ああ!?平日だよ平日!!』という叫びが飛び交う日でもありますが、この日オーバーズ・特設スタジオに集った四人はそれぞれの目的を持ってお菓子作りに挑みます――」
オーバーズの若手メンバーである音無ミクロの流暢なトークからその動画は始まった。雛菊ゆい主催によるお菓子作りオフコラボの様子を現場の音声を流しつつ、別室にてモニタリングしている実況屋を自称する音無ミクロが実況を、オーバーズ屈指の料理上手である式夢弁天が解説を行う――と言えば聞こえはいいが、実際にはあらゆるテレビ番組フォーマットをオマージュしたキメラ系バラエティである。
「オーバーズ所属、『ミス完璧超人』雛菊ゆい!同じくオーバーズ所属、『大雑把という概念の擬人化』鈴城音色!Re:BIRTH UNION所属、『現在進行形少女漫画のヒロイン』石楠花ユリア!同じくRe:BIRTH UNION所属、『貪欲系アイドル』緋崎朱音!!実況は私、音無ミクロ。解説は『和食を作る動画でバズる女』こと式夢弁天さんです。よろしくお願いします」
「こんばんわぁ。エセ京都弁でおなじみの式夢弁天やで?最近エセ京都弁どころか雑関西弁でええんちゃうかなぁって指摘が多いねんけど、音無はんはそう思うん?」
「まぁご本人が喋りやすければヨシの方向でお願い致します!」
「今更なんやけどねぇ、ウチの言葉遣いが正確な京都弁とか関西弁やないなんて。まぁ今日はいつもの音色はんの矯正企画やろ?」
「はい。前回の朝食作りは……私がデビュー前だったのですが、今回からこのように動画になった
原因があったとか無かったとか……」
音無ミクロがオーバーズでデビューする以前に行われたオフコラボスタジオお泊り企画の一つとして行われた女子力アップ配信。テーマは朝食作りであったが、元々女子力が希薄な鈴城音色が寝起きの状態だった為に過去最大の事故が起きた事で有名であった。
「……せやね、ウチも配信見てたんやけど……米炊いてお粥になるんはまだわかるんよ。実質重湯になるってどんだけ水入れたんやろなぁって……」
「逆に味噌汁の方は顆粒出汁と味噌を入れ過ぎて滅茶苦茶に塩辛くなってたらしいですね。元々色々と入れ過ぎるタイプですからね、鈴城さんは……」
「今回お菓子作りやろ?正確な計量しないと百パーセント失敗するんやけど、大丈夫やろか……」
「ま、まぁ今回は初の他事務所からのゲストもいらっしゃいますし!お二人が料理上手寄りである事を祈りましょう!」
「せやね……そういえば、音無はんリバユニの推薦書貰ってオーバーズに来たんやろ?朱音はんとは同じオーディションやったんよね?」
「そうですけど、その辺の話は伺えなかったんですよね。とはいえ、ここは期待してみましょう。それでは、VTRスタート!!」
【 再 生 】
「おはようございまーす!オーバーズ所属の、雛菊ゆいでーす!今回は動画だよ!元々は配信だったんだけど……前回がね、まぁちょっとした事故?惨事?……とにかく、動画です!」
「はい……動画になった原因を作った女、鈴城音色です。大丈夫?私にお菓子作りをしろって、事故らせろって言ってるのと同義だよ?」
「ええと……お二人と、お二人の視聴者の皆さん、初めまして。Re:BIRTH UNIONの石楠花ユリアです」
「はーい同じく初めまして!Re:BIRTH UNIONのアイドルこと、緋崎朱音です!それではまず、お近付きの印に一曲!」
「待って……!飛ばし過ぎないで、って言ったよね……?!」
【 停 止 】
「さぁ初手からアクセル全開であります!緋崎朱音さん、初コラボの相手の前では必ず一曲披露しようとする癖が発動しました!」
「元気いっぱいでええなぁ。今までのリバユニさんのイメージとはちょっとちゃう感じやもんねぇ」
「ご覧の皆様はこの動画のシステムがお分かりいただけたかと思われます!」
「企画に携わった人ら、地上波のバラエティめっちゃ好きなんやなぁって」
【 再 生 】
「さて、今日作るのは……私が自ら検索して見つけたチョコマーブルパウンドケーキです!」
「ケーキ……そ、そんなプロが作るようなものを……」
「お、落ち着いてください、音色さん……!」
「そうですよ。ホットケーキの延長線です!」
「それはそれで違うと思うよ、朱音ちゃん……」
【 停 止 】
「初手から音色さんが大混乱しておりますが、いかがでしょうか式夢さん」
「まぁパウンドケーキ自体は同じ分量の材料混ぜて焼くっていうシンプルなお菓子やけど……いきなり尻込みしてはるもんなぁ、音色はん」
「このメンバーでツッコミを一手に担っているのが石楠花さんという形になっています。雛菊さんは準備に集中してしまっていますね、この感じ」
「多分、視聴者のみんなもウチらと同じ気持ちやと思うよ。ユリアはん、頑張ってくれって」
【 再 生 】
「……はいっ!という訳でオーブンの予熱や型紙の準備などは出来ました!露骨な編集点ってのは分かってるけど、そこら辺は後々で実況と言う名のガヤを入れてくれる音無くんと弁天ちゃんに任せるとして……」
「チョコの準備、ですね。湯煎して溶かすわけなんですけど……音色さん、ストップ、ストップです!」
「え?ああっ、朱音ちゃん!?」
「はい、没収ですー。音色さん、今チョコレートをお湯に直で入れようとしましたよね?」
「なんで?お湯で溶かすんだよね?」
「あのね、音色ちゃん。湯煎っていうのは、別の容器に入れた具材をお湯で温めるの……」
「なので、お湯にチョコレート入れるのは、×です……!」
【 停 止 】
「Re:BIRTH UNIONの見事なコンビネーションで初手大失敗を見事に封じました!」
「視聴者のみんなには2Dアバターしか見えへんかもやけど、ウチらは実際の調理風景を見とるからね……お湯張った鍋にユリアはんが速攻で蓋して、朱音はんが音色はんからチョコ没収……ビックリするほど手際のよい阻止やったね……」
「鍋自体を持ち上げる、ではなく蓋をしたのはファインプレーでしたね。下手に持ち上げてたら企画どころか両事務所が事態収拾に動く羽目になってましたね」
【 再 生 】
「ユリア姉さまー、慎重なのはいいんですけど粉振るうのそんなにゆっくりしなくてもいいんじゃないです?」
「え、でもオーバーズさんの事務所だし、汚したらダメかなって……」
「あはは、良い子だなぁユリアちゃんは。大丈夫、汚れたら掃除すればいいんだし、音色ちゃんの方見てごらん?」
「ゲッホ、ゲホ……!なんでこんなに飛ぶの……ックショイ!!!」
「うわぁ……」「うわぁ……」
【 停 止 】
「粉を振るうだけであそこまで飛び散りますかね?」
「ユリアはんはそーっとやりすぎて全然粉が篩から落ちてけぇへんなぁ」
「ぶっちゃけ新人の自分でも分かるくらい、うちの事務所なんて適当に使われてるんですけどねぇ。もう、育ちの良さが言動から溢れ出てます」
「それにしてもなぁ……姉さま呼び、ええなぁ……」
「そこですか、注目するところ」
※※※
実況付きの動画を眺めながら、正時廻叉は苦笑いを浮かべる。直接その現場を見た訳ではないが、目に浮かぶようとはこの事だろう。尤も、彼女が収録を行った日の夜に通話である程度何を行っていたか、どんな話をしていたかを伝え聞いては居る。
今のところ、女子会らしい会話はしていないが、それらは別編集で雛菊ゆいのチャンネルで投稿されるとの事である。出来ればそちらは聞かないでほしい、というユリアからの嘆願があったが、笑顔で拒否してある。
オーバーズの女子勢とRe:BIRTH UNIONの女子勢のお菓子作りがどういう結末に至ったかは若干気になるが、個人的には自分に渡されたものが十分口に合う出来だったので満足している。自分の好みに合わせてビターチョコを使ってくれている心遣いが嬉しくもあった。
しかし、打ち合わせの時間となれば、そちらを優先せねばならない。廻叉は名残惜しそうに動画の再生を一時停止し、指定されていたDirecTalkerの通話チャンネルへと入った。
「お待たせしました。そしてお久しぶりです、ガンマさん」
「お久しぶり。日本で、色々と話題になったらしいね、廻叉くん」
「お褒めに預かりまして」
「あはは。今回は悪いね、こっちの時間に合わせてもらっちゃって」
「いえ、この時間なら私も起きていますし、基本的には何もしない時間帯ですし」
「それは助かったよ。……ちょっと待ってね」
ミュートされて十数秒ほどすると、チャンネル内に新しい人物が入室した。そして、その人物が正時廻叉へと楽曲コラボの依頼を投げた張本人だ。
『ああ、すまない。ボイスチェンジャーの調子がなぜか悪くてね』
『全く、しっかりしてくれよヴォイド』
『あー……初めまして。正時廻叉です』
『初めまして。私はヴォイド04……お会いできて光栄だよ、廻叉さん』
『……ええ、と、ありがとう』
「あれ、廻叉くん英語出来たっけ?」
「いえ、挨拶くらいです」
「あ。それじゃあ俺が通訳するんで」
大体の事は出来ると言われている正時廻叉ではあるが、英会話は流石に専門外だった。
若干短くなりましたが、切りどころがここくらいしかありませんでした。
ご意見ご感想の程、お待ちしております。