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「甘さ控えめなバレンタイン前日と、当日」

「そ、そんなわけで……作ってきました……!」

「ありがとうございます。では、お茶を淹れましょうか」


 2月13日。株式会社リザードテイルのミーティングルーム。対面の席に座った石楠花ユリアが、パステルカラーのラッピングのされた箱を差し出すと、正時廻叉は笑顔でそれを受け取り給湯室へと向かった。閉めていたはずの扉が半開きになり、例の如くトーテムポールが出来上がっていた。


「皆さんも飲まれますか?これは私のですからあげませんが」

「いい性格してんなぁ、知ってたけど。馬に蹴られて死にたかねぇよ」

「初々しさから一足飛びで熟年夫婦みたいな空気出すのやめよ?」

「廻くんとユリちゃんを見てれば、ブラックコーヒーがあれば十分だよ」

「むしろエスプレッソでも行けそうっすよね」

「なんで私まで……」


 下から三日月龍真、丑倉白羽、ステラ・フリークス、逆巻リンネ、エリザベート・レリックの順で積み上げられたトーテムポールはそれぞれが好き勝手に言い放つ。尤も、丑倉白羽とのギター練習配信の為に初めて事務所に訪れていたエリザベートだけは、この状況に困惑しきっていたが。


「ふふ、まぁこれが社風の違いという奴だよ。ところでユリちゃん。それが例のヒナ達の動画企画で作って来たものかな?」

「は、はい。割と、上手に出来たかなって思ってます……!」

「おー、気合入ってるなあ。それにしてもこの時間に帰ってきてるって事は集合時間だいぶ早かったの?」

「朝の10時から集合で……終わったのが14時頃でしたから。マネージャーさんに連絡したら、ちょうど事務所にいらっしゃるって聞いて……」

「あー、俺らのラジオ今回スタジオでやるんだわ。回線の調子が悪すぎてスタジオ使うからどうせなら一緒にスタジオ入ろうぜって廻叉に言ったから」

「……あれ?一緒に行った朱姉ちゃんは?」

「その……雛菊さん発案で、『凸待ちしてスタジオに来たライバーに余り分とか失敗作を押し付けよう!』って作戦に参加してます。本編動画が明日に出すのが難しいから、予告代わりに配信をやろうって」

「押し付けるの、失敗作限定な辺りタチ悪いわね……」


 基本夜型の生活をする者が多いVtuberにおいて、雛菊ゆい主催によるお菓子作り企画の午前集合となっていた。幸いにも遅刻者はおらず大なり小なりのハプニングこそあったがそれぞれが成功作を持って帰り、あとは編集作業を残すのみとなっている。結果的にバレンタインデー当日から少し遅れての動画投稿にはなるのが残念だと雛菊は語っていたが、ならばという事で当日に出せそうな企画を考えて料理動画の予告編にしてしまおう、という考えを出せる辺りは、流石のオリジナルメンバーだと緋崎朱音は感心しきりだった。


 真の目的は鈴城音色による失敗作の処理ではあったが、そんな失敗作ですら心底から欲している男性ライバーが数名いる為企画倒れにはならないだろう、と笑顔で語る雛菊ゆいの姿は少し怖かった、と石楠花ユリアは後に語る。


「……ユリアは参加しなかったの?」

「えっと、明日アップする歌動画のチェックがあったのと……その、早く廻叉さんに渡してあげなさいって鈴城さんから言われて……」

「執事さーん、私もブラックコーヒーお願い出来る?」

「かしこまりました」


 エリザベート・レリックは照れながらも笑みを隠し切れない友人の姿を見て、蜂蜜を一気飲みした後のような表情で執事へと注文を付けた。




※※※




「この中に一人、バレンタインデーを謳歌してる奴が居るんだが誰かわかるか?あ、どうも三日月龍真です」

「私です。正時廻叉です。久々のライトヘビー級ラジオな訳ですが、どういう始まり方ですか」

「そりゃもう、今話題のカップルの片割れをここぞとばかりにイジり倒そうっていう心意気だよ」

「話題にした張本人で禊配信までやった人の言い分がそれですか」

「その件に付いては本当に申し訳なかったと思っている。でもイジらない選択をするほど、俺は大人じゃないんだよ」

「もう一回燃えますよ?まぁ私とユリアさんがある程度許しているので、皆様はご安心ください」


《草》

《初手から酷いw》

《羨ましいのう……》

《全く懲りない、悪びれない》

《まぁ執事もお嬢もある程度ネタにされる事は覚悟してただろうしな。身内が一番好き勝手やってるのは……まぁ、距離の近さ故という事で……》


「つーわけでね。明日は世間でいうところのバレンタインデーな訳だが」

「私に関してはもう言わずもがなですが、龍真さんはどうなんですか?ラッパーは最近女性人気も高いとお聞きしますが」

「そりゃモテる奴はモテるけどなぁ。イルダリ……ああ、今はマテリアルの円渦か。あいつ、顔なのか声質なのかはわからんけど、配信の男女比率女性のが多いんだとさ」

「老舗であるエレメンタルさんが満を持して送り出した男性Vtuberグループですからね。女性ファンの方が入りやすい環境ではあったかもしれませんが、円渦さんの躍進には驚かされました」

「バーチャルサイファー勢で一番モテてたからな、円渦。二番手が備前で、三番手がカサノヴァじゃねぇかな。俺とダルマリアッチとFENIXXの女性人気の無さは凄いぞ」

「せめて過去形で聞きたかったです、その話」


《執事の反撃!》

《おお、珍しい名前が》

《円渦くん好き》

《マテリアル、地に足の着いた活動してていいぞ。見ろ(圧)》

《明日は晴清がバレンタインの悲劇エピソード募集して傷を舐め合うらしい》

《草》


「いや、まぁ実際女性人気無いからな。明日は辛い一日になりそうだなぁ、ダルにフェニよぉ!俺は最低限事務所の面々から義理チョコ貰えるからなぁ!」

「義理も義理なチョコでここまでマウントを取る人、初めて見ました」

「うるせぇ!マウントと親不知は取れる時に取れって言うだろうが!」

「初耳です」


《★VIRTUAL-MC FENIXX CHANNEL:首から上が鳥の俺は一般の好みからは外れるからセーフ。人間なのにモテない龍真とダルはアウト》

《★ダルマリアッチ@Vtuber:SNSのDMでは隠れデブ専女子からのラブコールがあるんだぜ?隠れるな、表に出ろ》

《草》

《こいつら……》

《Vtuberを代表するクルーの姿がこれか?》

《★関西Vラッパー・MCカサノヴァ:上見んと下見とるからモテへんのや》

《(喀血)》

《やめてくれノヴァニキ。その言葉は俺に効く》


「……それはさておき」

「置くんですか、この状態で」

「さておき!!廻叉よ、需要と供給って言葉は勿論知っているな?」

「勿論知っていますが」

「よし、今日は非モテ話や修羅場話で視聴者を微妙な気分にしたいと思ったところだが、むしろお前とお嬢の日常をサラっと話せ。俺は今のうちにコーヒー淹れてくる」

「じゃあ、私の分もお願いします。ああ、言い忘れてましたが今回はスタジオでの配信です。オフコラボといえばその通りなのですが、さほど珍しくも無ければ有難みも無いのでお伝えするのが遅れておりました」

「有難がれよ!執事にコーヒー淹れてやってんだぞ!先輩が!」

「そうは仰いますが内心はどうですか?」

「気の利く先輩として好感度アップ!」

「お分かりですね、皆様。龍真さんのこういうところです」


《ラッパーにあるまじき強引過ぎる話題逸らし》

《おおおおおおおおおおおおおおお》

《ちょっと待て心の準備が》

《私の分もお願いを執事が言うとちょっと笑う》

《あー、声の感じ的にやっぱりオフコラボか》

《実際特に有難みは無いな……普段通りだもんな……》

《好感度アップを口にした瞬間下がるんよ》


「ほらよ。と言う訳で、最近どうよ?」

「普通に仲良くはしていますよ。最近では色んな事務所の女性Vtuberの方からコラボ依頼がくるらしいです」

「コイバナに飢えてんなぁ、女性V……」

「まあユリアさんが困らない程度ならば、コラボはしていいと思っていますが。私が束縛して彼女の交友関係を狭めるのは違うと思いますし」

「でも男からのコラボの誘いがあったら?」

「抱き合わせ販売の感覚で私が付いてくるだけですが?」

「それは束縛と何が違うんだよ」

「束縛ではありません。過保護です」

「……自覚があるならいいんだけどな。お嬢の場合、お前に保護されてるの嬉しそうだし」


《ユリアお嬢、モテモテ(ただし女性に)》

《またユリガスキー殿がニッコリしちゃう》

《彼女の交友関係にも気を配れる彼氏の鑑》

《草》

《草》

《執事が我を出してきて草》

《過保護だな、うん……》


「で、そんなお嬢からチョコも貰って。明日は曲も出すんだっけか」

「ええ。SNSで予告してましたね。ただ、私も今回は何を歌うか知らされていないんですよね」

「へぇ……とはいえ、バレンタインデーに恋する少女が歌う曲だろ?視聴者もだけど、お前も覚悟決めておいた方がいいんじゃないか?」

「何を仰いますか。全部受け止めて見せますよ」


《それそれ》

《楽しみだけど執事にも知らせない曲ってもう絶対にヤバい奴じゃん》

《曲の幅も広がってきてるからマジで予想できねぇ》

《言うたな?》

《執事がお嬢の曲聞いて悶絶キュン死するファンアートください》




※※※




 翌日。


 バレンタインデーである2月14日の夜、石楠花ユリアのチャンネルに一本の歌動画がアップロードされた。


 ピアノ伴奏と、ソロでの歌唱。動画は歌詞以外は一枚絵という極力シンプルに仕上がった動画ではあった。


 だが、その内容は「恋を自覚した少女」をテーマにした曲だった。


 自分自身の思いを確かめる様な歌声と、寄り添うようなピアノの演奏。


 イラストに描かれていたのは、ラッピングされたお菓子を手に微笑む石楠花ユリア。


 その視線の先に誰が居るのかは、その動画を見たVtuberファンであれば察するのは容易かった。




※※※




 動画公開から数分後、正時廻叉はSNSでこう呟いた。



『幸せです』



 それに対し、石楠花ユリアはこう返信した。



『私もです』

イメージソング『恋のうた feat.由崎司/Yunomi』


この楽曲の発売日は作中の時系列より半年以上先ですが、あくまでもイメージソングですのでご了承ください。


ご意見ご感想の程、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1人4文字、2人でたった8文字のやりとりで大量の同業者・視聴者の目とか脳とかを光で焼き尽くしてそうな執事とユリア嬢 魔窟の主のお三方は同時視聴反応の最後みたいなことになってそうです [気に…
[良い点] 尊い… 幸せですはだめでしょ…私もですはずるでしょ…
[良い点] 唐突に光属性の核爆弾打ち込まないでください…(瀕死) [一言] あまりにも最高過ぎます!4文字ずつの会話の破壊力がやばい!!!一番好き!神!ああああああああぁぁぁ最高!!!
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