「それぞれの二月」
先週はお休みを頂きご迷惑をお掛けしました。
文字数が若干減る可能性がありますが、可能な限り頑張りますのでよろしくお願い致します。
2020年の2月に入り、Re:BIRTH UNIONが複数人による連続舌禍からの所属タレント同士による交際宣言などで界隈を良くも悪くも賑わせた騒動から一ヶ月が経ち、Vtuber界隈はある程度の落ち着きを取り戻していた。正時廻叉と石楠花ユリアはそれぞれの活動も再開し、時折SNSで距離感の近いやり取りを見せるなどをしており、視聴者や一部Vtuber達の情緒を激しく乱すなどしていた。
しかし、それだけでは収まりの効かない面々が石楠花ユリアへとあるオファーを投げた。
「オフコラボ、ですか?」
騒動以降、それぞれ個別に付けられたマネージャーからの連絡にユリアは疑問符を浮かべる。
『はい。主催はオーバーズの雛菊ゆいさんですね。企画書がこちらなんですが……私たち、会社側の人間としては問題の無い内容だと思っています。あとは、ユリアさんが出来るかどうか、です』
「出来る、というと……?」
『お菓子作りです』
女性マネージャーからの端的な答えを聞くと同時に、送られてきたPDFファイルを開くと『バレンタイン企画・みんなでお菓子作りをしてVtuber界隈の平均女子力を上げようの会(実況:音無ミクロ 解説:式夢弁天)』という、雛菊ゆいらしさとオーバーズらしさに溢れた企画内容があった。なお、配信ではなく動画形式である。また、調理風景は別のカメラで撮影しつつ別室でモニタリングしつつ音無ミクロと式夢弁天が実況解説と言う名のツッコミを入れる形式のようだ。
「……お菓子作りは、その……ホットケーキミックス使って、焼くだけならなんとか……」
『……どうします?一応、雛菊さんは料理上手ですし、その資料にもある通り最悪私が何とかすると書かれていますが……』
「ええと……やってみたい、です。生配信だったらもっと、悩んだと思うんですけど……動画なら、本当にダメなところはカットしてくれると思いますし。それに……」
企画書の出演者欄に目を向けると、そこには発案者である雛菊ゆい、オーバーズのベテランである鈴城音色、そしてRe:BIRTH UNIONの石楠花ユリア、緋崎朱音となっていた。この手の企画は今回から始まった事ではなく、既に数回程行われておりいずれも好評を博している。
料理も仕切りも最上位クラスと名高い雛菊ゆいに、女子力と呼ばれるものが基本的に欠落している鈴城音色の二人は女子力系企画のレギュラーメンバーであり、そこにゲストを招くパターンが大半だ。
以前までは生放送で行われていたが、クリスマス回が品数とゲストの多さから長時間配信となってしまい、本放送の再生数よりも切り抜きの再生数の方が伸びるという事態になってしまっていた。ならば、と今回はテストケースとして事前収録・さらにオーバーズ所属タレントによる実況解説を付けるバージョンも同時に投稿するという新たな試みが行われる。
「朱音ちゃん、今回が初の外部でのコラボですよね。だから、先輩らしく引っ張りたいな、って」
『いい心掛けだと思います。で、本音は?』
「その、元々廻叉さんの為に作ろうと思ってたので……でも、ソロで料理配信ってどうやればいいか思いつかなくて……」
『そもそも料理配信せずにプライベートで作るという観点が抜け落ちてる辺り、ユリアさんもVtuberとしての考え方に染まってきてますね』
「そ、そうでしょうか……?」
『困惑してる反面ちょっと嬉しそうなのが声に出てますよ』
※※※
「どうもー、逆巻リンネですけどね。今回から雑談にちょっとしたアクセントを、って事で通した企画がありまして。それがタイトルにもある『リバユニの休憩室』って奴なんですけれども」
逆巻リンネが一つの企画書をマネージャー経由で提出したのは、Re:BIRTH UNIONの謝罪会見が行われる少し前になる。元々、雑談をメインに活動していたリンネは自分がコラボを行う機会が極端に少ないことに気付いていた。同期の緋崎朱音、月詠凪との関係は良好も良好と言えたが活動内容の違いからなかなかコラボが出来ずじまいだった。そもそもRe:BIRTH UNIONという事務所全体のカラーとして大きな企画を除けば個人活動を中心にしている事務所だった。
もっと言えば、Vtuber全体傾向としてゲームを介在しない雑談コラボというのは減少傾向にあった。定期的に行われるラジオや、割と大きな企画で何らかのテーマがある場合を除けば、単なる雑談コラボはあまり見かけない。ならば、という事で気軽に雑談でコラボが出来るようにと考えたのが休憩室という企画である。
「まぁ企画というほど大したものでもないんですけどね。配信のタイトルに『リバユニの休憩室』って書いておいたら出入り自由ってだけの話なんですよ。同じ名前の部屋をDirecTalkerに建てておいたんで、配信始めるほどでもないけどなんか喋りたいって人がフラっと現れるようにしてあります。それこそオフィスの休憩室みたいに好きなタイミングで入ってきて満足したら帰る、みたいな?その場合、休憩室にずっと居座っている俺が一番厄介なんだけどね!あっはっは!!……はい、やっていきまーす」
大元を辿れば雑談相手が欲しかっただけのリンネによる思い付きではあるが、今後Re:BIRTH UNIONのメンバーが雑談を行う際に時折『リバユニの休憩室』を付けておく文化がなんとなく生まれた。勿論、完全に一人で喋る雑談配信もあったので上手く住み分けが出来たとも言える。
「で、まぁ俺も友達欲しくてVtuberやってるわけだからさぁ。最終的には別の企業の人とか個人でやってる人も呼べるようになると嬉しいんだけど、流石にそれは別でなんか企画立てた方がいいよねぇ。ま、あくまで休憩室はリバユニ内部でのコミュニケーション増やすためって感じで一つ。今後、俺にも後輩が出来たりするだろうしね」
「へぇ、中々考えているんだね」
「そりゃあもう。リバユニ、もっと気楽にコラボしていいと思うんですよねぇ。かといって一番コラボしやすいジャンルだとゲームだけど、俺らの中にゲームにガッツリのめり込んでいる人っていないじゃないっすか。まぁ四谷先輩はどっちかってーとオーバーズさんとゲームコラボ多いし、ユリア先輩はにゅーろのシャロン先輩と企画でコラボはしてますけど。それぞれのジャンル特化型多いから、普通に駄弁るくらいは日常風景に落とし込みたいって思った訳で」
「なるほどね。君の屈託のなさは最年少だから、というだけではなく君自身の資質なんだろうね」
「愛され系の弟枠をオーバーズのパンドラ先輩と争ってるって巷じゃ評判ですからね。あ、お名前どうぞー。あと、表示用の立ち絵くれると助かりますー」
「やぁ、ステラ・フリークスだよ。あと立ち絵の方はDirecTalkerからダウンロードしてくれるかな?今送ったから」
「あざーっす」
《面白そう》
《ん?》
《あれ、この声》
《!?》
《ステラ様!?》
《立場ある人ほどフッ軽なのなんなの》
《動じないリンネも何なんだよ》
※※※
「お疲れさまでした。……ホワイトデーボイスがレシピ読み上げ動画でいいのでしょうか」
「まぁ良いんじゃない?廻叉くんが所謂普通のホワイトデーボイス出したら、ある意味浮気になるし」
「そっか、先輩の場合そういう感じになっちゃうんですね……」
シーズンボイス収録は基本的にはそれぞれが空いた時間に行うのが通例になっているが、四期生である月詠凪が初めてのボイス収録という事で先輩の立会を希望したのが事の始まりだった。とはいえ、魚住キンメは『貰えなかった息子に母チョコをぞんざいに渡す』というネタ寄りの作品であり、正時廻叉のそれは『お返し用のチョコチップクッキーのレシピ読み上げ』というシステムボイス路線のそれであった為、おそらく凪には何一つ参考にならない内容であった。
「実際、私に正統派の恋愛ゲーム系ボイスを求める方は少なからずいるとは認識してますが、事実を公表した後にその手のボイスを出されてもファンの方も困るでしょうし」
「その辺は、配偶者と言うか相手が居る身からしたらそうなっちゃうよね。一期生の二人やユリアちゃんはボイスよりもカバー曲とかで季節イベント消化してるし。四谷くんは……」
「……節分も立派な二月のイベントだとは思うんですけど……」
キンメと凪が若干現実から目を背ける様に視線を泳がせた。先日、小泉四谷はオーバーズのスタジオに呼び出され、『自称する年齢分の入り豆&長さメートル級の恵方巻 VS 鬼とか悪魔とかなんかそれ系のVtuber』という企画に参加していた。実況の音無ミクロと解説と言う名のガヤであるフィリップ・ヴァイスが囃し立てる中で無言フードバトルが執り行われた結果、オーバーズの新人二人とRe:BIRTH UNIONの若手が謎の友情を結ぶという謎の展開が生まれていた。
「灼天童子さんとアリステラ・アスモデウスさんでしたっけ。今年に入ってデビューされた、鬼と悪魔のお二人」
「そうそう。不遜で傲慢っぽい喋り方してた結果、SNSでの売り言葉に買い言葉でフィリップ君の芸人企画に巻き込まれた子たち」
「そこからさらに巻き込まれたんですね、四谷さん……」
「タイトルから鑑みるに『なんかそれ系』扱いですからね」
「男女同期コンビの機微を知る先輩枠として呼ばれたって言ってたよ。まんまと騙されたわけだけど」
SNSに放たれた小泉四谷の呪詛を思い返しながら苦笑いを浮かべる二期生の二人に、いつかは自分も何かしらに巻き込まれるのかもしれないと月詠凪は恐怖した。
「まぁ、凪さんは3Dが完成してからが本番ですからね。きっと様々な無茶企画に呼ばれる事でしょう」
「え、やだ、怖い……」
「まぁそうやって体を張る事が楽しくなってきたらVtuberに染まって来た証だから。で、廻叉君もお誘いが来てるんだっけ?」
「ええ。意外なところから」
話を向けられた廻叉がスマートフォンを取り出す。SNSの画面にはとあるVtuberの書き込みが残されていた。
『I sent a love letter to Japanese Vtuber.』
訳すれば『日本のVtuberにラブレターを送った』という、解釈の仕方によってはあらゆる意味がありそうな言葉だった。
「え、これって……」
「そう。NDXの人」
「VOID 04さん、ですね。レトロなロボットVtuberですが、NDXのガンマさん、ナユタさんを除く三人のモチーフがオズの魔法使いという事もあって、『ウッドマン』なんて呼び名もある見たいですがヴォイド、の方が短いので定着してないみたいです」
アイコンやヘッダーのイラストを確認すれば、昔の漫画に出てくるようなロボットであることは見た通りだ。一方の廻叉は仮面を外せば機械の内面が露わになる。
「機械の体を持つ者同士で、何か歌をやろうというお誘いがありました。勿論、受けるつもりですので、お楽しみに」
驚きを隠しきれない凪へと、廻叉はそう言って微笑んだ。
余談。作中には出ていませんが、オーバーズの新規デビュー者はもっとたくさんいます。
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