『禊』
「この度は我々二人の軽率な発言で、多数の皆様に、そして何より後輩である正時廻叉、石楠花ユリアの二人に多大なるご迷惑をお掛けしたことを、心よりお詫び申し上げます」
「今後は二度とこのような事が無いように、先輩たる立場として丑倉……失礼、私たち二人も気を引き締め直して、Re:BIRTH UNION並びにVtuber業界にお詫びと恩返しをしていきたいと思います」
「本当に、申し訳ありませんでした」
白い背景の中、三日月龍真と丑倉白羽が深々と頭を下げた。
「さて、私は今回本当に蚊帳の外だった。気が付けば炎上沙汰が広がり、会見が行われていた。Re:BIRTH UNIONの一期生たる二人がやってしまった事は、その先輩である私にも先輩としての責任がある」
頭を下げたままの二人の後ろから、ステラ・フリークスは突然その場に現れた。そして、同じように頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
《ステラ様は今回はマジで何にもしてないんだよな……》
《この三人が神妙に謝ってるの、事の重大さが増してくる感じがするよ》
《廻叉とユリアはもう許してるとは言ったが》
数十秒以上は頭を下げていた三人だったが、ステラが頭を上げて二人にも前を向くように促す。
そして、一歩前に出る様に促した。
そこには、3Dで再現された粗めの足ツボマットが敷かれていた。
視聴者には見える余地はないが、スタジオにも同様の物が敷かれている。
《おい》
《草》
《あーそういうノリの回ね、理解した》
《こいつら……w》
「幸いにも、廻くんとユリちゃんは君たちを許すことにしている。そして、君たちがやったことは幸か不幸か身内だけで済んでいる。……まぁ私も身内であることに甘えて口を滑らせた事もあるから、あまり偉そうに言える立場ではない」
しかし、ステラ・フリークスはニコリと微笑んだ。
「でもこの配信はこの二人が文面謝罪だけじゃ足りない気がするって言いだしたのが切っ掛けだし、その上で二人の禊を実行して見届けるのは私が最適だったから多少偉そうにするのは仕方ないと思うんだけど、どうだろう?」
「あぐあああああああ!!!!」
「ひいいいいいいいい!!!!」
ステラの半ば開き直り染みた演説は、足ツボマットの刺激によって大ダメージを受けた龍真と白羽の悲鳴によって掻き消された。
《草》
《やっぱり芸人根性が暴走しただけじゃねーか!》
《※Vtuber界隈でも歌唱力上位勢の集まりです》
《関西Vラッパー・MCカサノヴァ:アホやな》
《★魚住キンメ@ReU2期生:アホなんよ。それと、ノヴァくん★付けとくねー》
《★関西Vラッパー・MCカサノヴァ:あ、おおきに》
ステラが言うように、この配信の数時間前に正式な文面でSNS並びに公式サイト上に一期生二名の謝罪文が掲示されていた。普段の二人を知る者であれば驚くほどに丁寧で真摯な謝罪文に驚かされた。それに対し被害を受けた側である廻叉とユリアが謝罪を受け入れた為、Re:BIRTH UNION内部における決着はこれで付いていた。
ただ、それだけで済ませたくなかったのは先輩としての意地と、Vtuberとしてのエンタメ気質だったのは間違いない。
こうして、公式チャンネルでの3Dコラボ配信は行われる事になった。
タイトルは、漢字で一文字。
『禊』である。
※※※
「そういえば廻叉さん、見なくていいんですか?例の禊」
「私とユリアさんは、もうあの二人の事は許していますからね。禊を行う必要はない、と言ったのですが」
「ですが?」
「『きちんと俺たちが痛い目に遭う事で視聴者を納得させたい』と龍真さんから面と向かって言われましたから。それならば、無理に止める必要もありません」
「まぁ僕としてはACTの練習付き合ってもらえてありがたいんですが。それでも先輩たちの禊を見届けるべきじゃないですかね」
「本日配信休みのユリアさんが見届けてくださっています。たぶん」
《例の禊て》
《パワーワードで草》
《あの二人もこういうネタ好きだよなぁ》
Re:BIRTH UNION一期生が足ツボに苦しめられている頃、正時廻叉は小泉四谷のACT HEROES配信のゲストとしてタッグモードで練習に付き合っていた。タッグモードでの小規模大会に参加するとの事で、本来の相方であるオーバーズのクロム・クリュサオルの代打としての参加だった。
一方で石楠花ユリアは完全オフ日だった。恐らくは禊配信を一視聴者として楽しんでいるとは思うが、彼女の性格から考えれば笑うより心配の方が先立ちそうではあった。もしくは、一期生禊配信を忘れてピアノの練習をしている可能性もあるが。
「まぁお二人が仲良さそうで何よりですよ。なんとなく、廻叉さんとユリアさんなら大丈夫だろうっていう謎の安心感があるんですよね」
「お褒めに預かりまして」
「これはマジで褒めてますよ。賛否両論はそりゃあるでしょうけど、俺は廻叉さん達を良く知ってるから、感覚で大丈夫だって分かるんですよね」
「信頼を裏切らぬ様に振舞わなくてはいけませんね」
「本当そうですよ。視聴者どころか、Vtuberのみんなも超注目してるカップルなんだから」
「ほう?」
「例の会見見たVtuberの反応シリーズ、どれだけアップされてると思ってるんですか」
「……後で確認します」
《執事の人間性に対する業界の厚い信頼》
《リバユニ人間のが少ないのになw》
《草》
《切り抜き師が「全部は無理」ってSNSでボヤいてて草》
《見る側も全部は無理なレベルで増えてる》
※※※
「えー、それで我々は何を付けられてるの?」
足ツボマット上での縄跳びという『新手の拷問(byチャットに居たMCカサノヴァ)』を終えて、両手と両足に謎のケーブルが伸びている状態で椅子に座らされた龍真と白羽が怪訝そうに尋ねると、手に持ったスイッチを画面に見せつける様にしながらステラは微笑んだ。表情変化の種類は日に日に増えているのか、普通の笑顔ではなくあからさまにサディスティックな喜びに満ちたタイプの笑顔だった。
「低周波治療器」
「テレビでよく見る奴だ……!!」
「健康になるという名目でコンプライアンスを突破してる奴だ……!」
「そうだね、君達には心身ともに健康で健全で居てほしいという私たちの切なる願いを込めた低周波治療器だ」
《 い つ も の 》
《親の部屋でよく見たアイツ》
《白羽wwww》
《コンプライアンス守りつつ芸人にダメージを与える便利機械》
そう言ってステラがスイッチを押すと同時に、二人は悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。この為にテレビ局に取材に行き、遠隔操作の仕組みを確認してきたディレクターがほくそ笑む顔を見てステラは満足げに頷く。
「ここからいくつかの質問をしようと思う。そして、視聴者の諸君には見えないが……スタッフが三名我々を見ている。質問に対する回答が会社的に問題なしと判断すれば白い旗、アウトだと判断すれば赤い旗を掲げる」
「それで、赤が多かったらスイッチが入れられるって事ですかぁ……?」
息も絶え絶えな白羽が確認する。判定員が三人であるならば二人が白を揚げればいい。正直に答えたとしても、二人が白であればセーフだという認識だった。龍真も同意見なのか、何度も頷いている。
「ところでね。この装置は四段階あるんだ。切・弱・中・強」
スイッチをカメラに見せる様にしてステラが嗤う。
「赤の数だけ、強くなる。一つなら弱、二つなら中、三つなら強だ。……まさか、全員一致の赤判定を貰うような事はないだろうね?」
「はああ?!ちょっと待てよステラ!俺らが全員白なんて貰えるような事言う訳ないだろ!!」
最早開き直り以外の何でもない抗議を龍真がしたと同時に、画面に横長のワイプが出来た。同時に、実写の赤旗が三つ上がった。
「あああああああ?!!!!」
「いたたったあったああああ!!!!なんで私までえええええええ!!!!!!」
《草》
《最高かよ》
《白羽の揺れ、すげぇ》
《実写のワイプは草。スタッフさんお疲れ様です》
容赦なき『強』にのたうち回る二人にステラとスタッフの笑いがスタジオに響く。時間にして十秒にも満たない時間にも関わらず、そのダメージは龍真の体力を奪い、白羽の心を折った。
「さて、第一問。廻くんとユリちゃんに謝って許されたわけだけど、何かお詫びの品を送るとしたら?白ちゃんから行こうか。ここからは個別だからね」
「……えっと、旅行券……」
「その心は?」
「二人だけの時間を作ってあげたいのもあるし、それ以上に二人の旅行エピが聞きたい……!!」
「ふむ。二人の為を思いつつ、自身の需要も満たすと。では判定に行ってみようか」
『白』
『白』
『白』
《おおおおお》
《まあ丁度いいところ選んだな》
《旅行エピは俺らも聞きたい》
「よし……!!」
「日和やがって……!」
「では、龍くんの回答は?」
「旅行でも普段でも使える奴だろ。もう廻叉には渡したけどな」
「へぇ、何を?」
「コンド――ああああああああああ!!!!!!!!!」
『赤』
『赤』
『赤』
《草》
《残当》
《思っても言わないのが大人だぞ龍真》
《★関西Vラッパー・MCカサノヴァ:アホやな、こいつ》
龍真が言い終わる前には、赤旗が勢いよく掲げられていた。悲鳴と椅子が転がる音が響く中、ステラが絶対零度の視線を芋虫のごとく這いずる龍真へと向けていた。一方の白羽は大爆笑だった。
「龍くん、デリカシーって知ってるかい?」
「あば、あばああああ……!」
「正直笑ったけど、全部赤なのはもう仕方ないよ。丑倉があっちに座ってても赤出すもん」
「龍が地を這う虫になる姿なんか、見たくなかったよ。さて、第二問」
「今後、同じようにカップルになるVtuberが居たとしたらどうアドバイスする?で龍くんから」
「……まぁ、好きにしろよとしか。極論、誰が誰と付き合っても良いんじゃねぇの?結婚とかまで行くか、速攻で別れるかはそれぞれだろ。とりあえず揉め事起こしたりすんなよとだけ」
『白』
『白』
『赤』
「おおおおぅ……!これくらいなら耐えれる……ってか、先に強喰らったせいでちょっと慣れちゃったよ……」
「ちょっと投げやりすぎ、が赤の理由みたいだね。それで、白ちゃんはどうかな?」
「そこは自由であってほしいよね。トラブルを回避したいなら恋愛しないのが一番安全だけど、それで止まるような想いならそこまでだし。まぁ、ウチの廻叉くんやユリアちゃんくらい真剣に考えた末の結論でもないなら、オススメしないかな。付き合う時の動機が軽ければ軽いほど、後で重くなるよ?」
『白』
『白』
『白』
「やったー!連続白だー!」
「ちなみに軽く付き合った結果どうなったか、というを知っているのかな?」
「いやー、この場でギリ言えるのだとライブハウスの楽屋でヤってるのがスタッフにバレて、オマケにそれが浮気だったせいで演奏する場と彼女両方なくした奴が居るって話くらい?」
『赤』
『赤』
『赤』
《wwwwwwwwwwwwwww》
《ダメだこいつら》
《ドリフトで下ネタルートに持ち込むのやめーや》
《ギリ言っちゃアカンほうのネタで草》
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?な゛ん゛でええええええええ!!!??」
「残念でもないし当然の結果だと思うよ?」
「ギリセーフ判定でその話が出てくるってお前がアウトにした話はどんだけエグいんだよ」
水揚げ直後のエビの様に床で跳ねまわる白羽を龍真とステラは呆れた眼で眺めていた。元々、この手の話を良く知っているのが白羽ではあったが、判定が行われる場だという認識が今一つ薄かったようである。あるいは、最初の質問で白の判定を貰ったことが油断を生んだのかもしれなかった。
「最後の質問……というか、お願いかな。我が愛すべき後輩の交際にエールを送ってくれないか?」
「まぁこれも前に言ったけど、廻叉もユリアも何だかんだクソ真面目なとこがあるから、心配はしてねぇよ。ああ、でもお互いに気を使って言うべきことすら飲み込んで擦れ違う、みたいなことだけにはなるなよ。お前らが別れるとしたら、絶対そういうのの積み重ねだ」
「なんにしても、幸せになってくれれば丑倉的には満足かな。なんていうか、収まるべきところに収まった感じはあるんだよね。カッコつけた言い方すれば運命みたいな?だから、最後まで二人で居てほしいよ」
「それじゃあ私からも。まぁ、私からは一言だけだよ。君達なら大丈夫だ」
後輩同士のカップルにそれぞれのスタンスでメッセージを送り、禊配信は無事に終わった。なお、〆の挨拶の直後に再度スイッチが入れられて崩れ落ちる龍真と白羽で配信は終了した。
《★魚住キンメ@ReU2期生:この子たちは本当にもう……》
《草》
《配信時間短いけど満足度は無駄に高かったな》
《よし、それじゃ心起きなく廻ユリ切り抜き巡ってくる》
次回、切り抜き回です。ほぼ地の文無しです。前後編になるかも。
(おまけ)
リバユニのVtuberとしての外見は各自の初登場にあるのですが、リバユニ勢だけここでまとめておきます。
もし文中との矛盾があった場合はこちらのあとがきを修正しますのでご指摘お願いします。
廻叉:執事服、オペラ座の怪人と同じデザインの仮面、黒髪・ミディアム、黒目
ユリア:白のワンピース、薄紫の髪・ストレートのロング、青の目
ステラ:深い青色の髪・ショートボブ、金色の目、魔術師のようなローブ姿
龍真:赤髪・短めツンツン髪、赤目・爬虫類の目、オーバーサイズのパーカー&カーゴパンツ
白羽:黒髪に白エクステ・ショート、男性用黒モッズスーツ・ノーネクタイ
キンメ:青髪・ゆるウェーブロング、クラシックなメイド服
四谷:茶髪・ふわふわ系ミディアム、目の色不定、和装、キツネ面風メイク
朱音:赤髪・ツインテール、黒とブロンズのアイドル風衣装
凪:黒髪・無造作ヘア、黄色と深い青色のオッドアイ、派手な柄シャツ、水色の勾玉ネックレス
リンネ:銀髪・サラサラ前髪ぱっつん系、金目、祈祷師風の衣装・白メイン、差し色紫