「虚実混在な二人(後編)」
「見てください、ユリアさん。これまでに見たことがない勢いでコメントが流れていきますよ」
「め、目で追えないです……!」
交際宣言を行った正時廻叉と石楠花ユリアは、手元のモニターに映る配信コメントの激流を眺めていた。自然と肩を寄せ合う姿を見せる事になり、それが原因でまた更なる加速を生んでいるのだが、二人はそこには気付いていなかった。
何せ、前例のない出来事である。既婚者、或いは交際相手が居る事を明言しているVtuberは少なからず存在しているが、Vtuber同士かつ同じ事務所の同僚となると前代未聞だった。それを隠し立てせずに、最も注目の集まっている場で堂々と発表した影響は、現在のコメントの速さだけに留まらなかった。
「そして凄い勢いで同時接続が増えていますね。社長が話していた時の倍近くありますよ」
「ええ……そこまでの、事なんですか……?」
「そこまでの事でしょうね。気付けばユリアさんはVtuberを代表する清楚でした。そんな貴女がよりによって同僚と交際なんてなれば……ああ、案の定怨嗟のコメントが消しきれずに流れてますね。裏切者というか、そもそも裏切られる立場じゃないでしょう、あなた」
「あ、はは……あの、私の事好きでいてくれる皆さん、ごめんなさい。ファンの皆さんは大切だけど……好きなのは、廻叉さん、だけ、です……」
堂々と言い切ろうとして、照れと羞恥で急減速する姿にコメント欄は阿鼻叫喚と狂喜乱舞の同時発生による混沌に包まれた。高評価と低評価はマッチレースさながらの伸びを見せ、公式チャンネル並びに正時廻叉、石楠花ユリアのチャンネル登録者数は解除を上回る勢いで登録者数が伸びて行った。
「私もユリアさんが好きですよ。……正直に言えば、最初はこうなるとは思っていませんでしたし、こうなってはいけないと思っていました」
「それは、私も……」
「そんなところまで同じだったから、私も腹を括って貴女が好きであると伝える事が出来たのかもしれないですね」
「まが、真顔でっ、言わないでくださいっ……!」
《イチャ付きやがって……!!》
《こんな形で感情豊かな執事見るとはな……》
《草》
《SNSで神絵師が凄い勢いで廻ユリ絵を描き始めてる……!!》
《【悲報】氷室オニキス、配信中に鼻血。コラボを早退》
《いいなぁ……なんか……いいなぁ……》
※※※
「えー、どうも。旭洸次郎です。この配信は、俺の所属事務所並びにRe:BIRTH UNION運営企業であるリザードテイルさんの許可を得た上での配信となっています」
旭洸次郎によるスマートフォンを利用したSNSライブ配信は、そのような挨拶から始まった。そもそもこうした形で配信を開始した理由として、現在TryTubeで行われている正時廻叉への糾弾が的外れである旨を逆告発する為であった。告発者E、そして正時廻叉が同じ劇団の所属であった事。廻叉を客演に呼んだ際に直接顔を合わせ、後輩であると気付いたが本人の活動内容を汲み黙っていたこと。
「彼が3Dお披露目であったり、EVILシリーズで自身の過去を断片的とは言え明示したからこそ、俺がこうしてこの場を作った訳なんだけど……こうして俺が話すこと自体が、彼の出自の一つを確定させてしまう事になる。なので事前に両事務所に許可を貰ったんだ。改めて、ありがとうございます」
そう言って頭を下げた。特に、自身の所属事務所からは物凄い難色を示された。とはいえ、可愛がっていた後輩の窮地に何もしないでいるのは我慢ならなかった。これを見過ごしてしまうと、劇団を一人で抜けた時の後悔を繰り返すような気がした。
「端的に申し上げます。正時廻叉氏と宇羅霧クロス氏の配信に出演しているE氏は、私の劇団所属時代の後輩であり……Eの言っている事は全くの事実無根です。確かに、当時の廻叉氏の魂のベースになった彼は、どちらかといえば仲間意識よりも自身の技量を高めることを重視するタイプでしたが、彼の言うような冷血漢でもないし理由なく他人を見捨てたり蹴落とすようなタイプではない」
表面的には冷静さを保ちながら、カメラを睨む視線には隠し切れない怒りが滲み出ていた。
「それは、君の事だろう。なぁ、Eくん」
※※※
宇羅霧クロスというVtuberについて検索すると、ありとあらゆる悪評がSNSから匿名掲示板まで含めて山の様に出てくることで知られている。
曰く、『自分の手を汚さない一番タチが悪いタイプ』
曰く、『デスゲームの会場設営担当者』
曰く、『こいつを信用するような告発者の事が信用出来るわけねぇだろ』
曰く、『厚顔無恥の擬人化』
曰く、『小物同士の潰し合いを誘発する小物』
曰く、『死ねカス』
このような悪評を直接的にも間接的にも目にしているにも関わらず、宇羅霧クロスは一切顧みる事などない。反省はしているつもりではあるが、後悔は一切しない。
「うんうん。Eさん、この旭さんの証言が正しいなら、あなた逆恨みと嫌がらせが目的で俺のところに話を持ち込んだってことですよね?ちょっと俺としても、Eさん擁護は難しいですよ、これ。何せ、Vtuberの事務所だけでなく芸能事務所まで動くレベルだ。客観的に見て、旭さんの証言の方が正しく見えるに決まっている」
『な、なんで。なんであんたが俺を糾弾するんだよ!?おかしいだろ!!』
「え?俺は別に誰の味方もしてないですよ?そもそも、俺はVtuber界でもトップクラスの嫌われ者ですし。EさんV界隈詳しくないみたいっすけど、超絶嫌われ者の俺のところになんでこの手のタレコミが多いかわかりますか?」
『そんなの、お前がゴシップVtuberだからだろ!?ゴシップネタで再生数と登録者数稼いでる奴が何言ってやがる?!』
「はいちょっと違いまーす。ゴシップで登録者が伸びたから今はそれを専門にしてるけど、それだけなら俺を頼る必要はない。他にも居るしね、ゴシップ屋のVとか。なのに、なんで俺にはタレコミが絶えないのか。なんで俺の配信で、俺のチャンネルで暴露をしたがるのか。今回初見さんも多いみたいだしちゃんと説明しときますか」
Eが焦りから、悪態交じりに宇羅霧へと怒鳴り散らす。だが、宇羅霧はヘラヘラと笑いながら応えた。コメント欄が宇羅霧とEの両方への罵倒が大量に流れるのを見て、宇羅霧は2Dモデルの表情の限界まで、顔をニヤケさせた。
「俺なら一緒に燃えても良心が痛まないからだよ。一人で暴露をするのは、怖い。でも、言いたい。そうだ、宇羅霧なら場を作ってくれるし適当に相槌打てる程度には話も出来て自分も喋りやすい。それにもし炎上しても、そのチャンネルは自分のではなく宇羅霧のだから自分にはダメージがない」
ケタケタと薄気味悪い笑いを浮かべ。朗々と述べる。
「そして俺は炎上巻き添えで知名度が増える!チャンネルをBANされるか、俺自身が刺されて死ぬかするまでは辞める気無し!」
『お前、告発者を守ろうとか、そういうのは……』
「あるわけないじゃん。個人間の揉め事なんて基本喧嘩両成敗だよ。一般企業の内部告発と一緒にしないでくれます?あと、俺は割と常識人だからね。酷いことされたって聞けば同情するし、嘘を吐かれたら怒るよ。そう、俺自身はとても常識人――あ、切断して逃げた」
《ふざけんなよこいつら》
《クソ野郎とカス野郎の罵り合いで草》
《ただのサイコパス》
《ROMるだけにしときたかったけど我慢できねぇ。宇羅霧、お前狂ってるよ》
《とりあえずEも逆ギレしてないで説明しろ》
《執事とお嬢は交際宣言して堂々とイチャイチャしてるし、旭は男気見せて株上がってるし、宇羅霧は美味しいネタがより美味しくなってるし、Eだけが大損こいとるな》
《自分を常識人だと本気で思ってる所が最悪過ぎるんだよ、コイツ》
《草》
《逃げたwwwwww》
「……えー、そんな訳で今日の配信終わりまーす。チャンネル登録又はブロック、高評価もしくは低評価、各種コメントよろしくお願いしまーす。次回の『宇羅霧クロスの焼却炉チャンネル』をお楽しみに!」
※※※
「ちょっとさぁ……お姉ちゃん情報量が多くて追いつけないんだけど」
「俺もだよ俺も。えーっと、まず告発配信があって謝罪会見&交際会見があって、旭さんの逆告発配信があって……」
「交際会見はしてないでしょ。交際宣言したあと、ひたすらコメント見ながら自然体でイチャイチャしてるだけの二人が映ってただけでしょ、あれ」
「コメント欄がジェットコースターにでも乗ってるのかってレベルで色んな種類の悲鳴が飛び交ってたよね。これ、漫画家とか小説家の人に『悲鳴サンプルリスト』って渡したら感謝されるまであるかも」
逆巻リンネと七星アリアの姉弟は、なし崩し的に逆巻リンネの部屋でRe:BIRTH UNION公式の配信、宇羅霧クロスの配信、旭洸次郎の配信を三窓同時視聴を行っていた。その内の二つの配信が終わると、与えられた大量の情報を咀嚼するように雑談を始めた。
正時廻叉・石楠花ユリアの直属の後輩であるリンネからすれば、二人が幸せであればOKくらいの感覚で居たが、どこか難しい顔をする姉に怪訝な表情を浮かべた。
「どうしたの姉ちゃん。なんか問題あるの?」
「いや、あの二人はいいんだけどさぁ。執事さんはVtuber界でもトップクラスのしっかり者で常識人だし、ユリアちゃんはVtuberのほぼ全員が認める真・清楚だし。あの二人がお付き合いしてます、って公表するのはむしろ安心感すらあるんだけど」
うーん、とわざとらしい唸り声をあげてアリアが俯いた。一つの事務所の大看板を背負う人間だからこその、悩みがそこにあった。
「この二人に影響されて、安易に付き合って別れてとかが増えたらちょっとキツいなーって……オーバーズも男女混合で、それも大人数だから……」
「あー……俺が知ってるだけでも男女でてぇてぇしてるコンビ、三組四組くらい居るもんねぇ」
「別れた上で引退だ卒業だーってなったらどうしよう。もう盛大にネタにするしか……!」
「やめたげて?」
この姉ならばやりかねないし、あの事務所ならば乗りかねないという危惧がリンネにはあった。「離別ネタを斬れる子、居たっけ……」という不穏過ぎる言葉を発しながら自室に戻る姉を見送ると、私用のスマートフォンに通知があった。
『おめでとうって伝えておいて』
学校の同級生で、Vtuberの先輩である少女からの素っ気ないメッセージにリンネは苦笑いを隠さずに返信する。
『自分で言いなよ:‑P』
※※※
「さて、それではそろそろ終わりますか。会見のはずが、途中からコメント見ながら雑談になってましたし」
「なんだか、今日だけで二年分くらいのおめでとうと、悪口を見た気がします……」
「悪口の一言で済むようになった辺り、貴女もだいぶ我々に染まってきましたね。最終的に、悪意をツマミに酒を嗜む様になります」
「ええと……まだ、ギリギリ未成年なので……」
「では、二十歳になったらお祝いをしましょう」
《こっちも二年分くらいのてぇてぇを浴びたんだが?》
《荒らしやアンチも気付いたら消えてたな……ブロックされたのか、光に焼かれて蒸発したのか》
《正直最初はすごい微妙だったけど、なんかもういいやって気分になってきた。お前ら勝手に幸せになれよチクショウ……》
《説明責任は果たしてくれたし俺はこれでええわ》
《感情をドラム式洗濯機に入れて丸洗いされた気分だ……》
コメントチャット欄の勢いが同接人数に対し勢いを失ったのを確認したかのように、正時廻叉はお開きを示唆する。実際に、コメントだけでなくSNSでの反応もあらゆる方向から飛び出した情報の嵐に振り回されて疲弊しきっている状態だった。
「それでは、本日はお付き合いいただきありがとうございました。ユリアお嬢様、お手をどうぞ」
「あ、は、はい……」
仰々しく跪いてユリアの手を取った廻叉は、執事が令嬢をエスコートするかのように画面の外へと消えていった。最後の最後に見せた振る舞いで、視聴者が最後の力を振り絞るような悲鳴を上げる中、入れ替わるようにリザードテイルの社長である一宮羚児(黒マネキンアバター)が現れた。
「ご覧いただきました通り、彼らの交際をこの場で発表させて頂きました。我々、リザードテイル社員一同は二人の事を良く知っています。だからこそ、彼ら二人であれば決して不幸な結末には至らない、幸福な結末に至る為の努力を惜しまないと信じ、彼らを後押しすることに致しました。廻叉くんは正確には人間ではありませんが、あえてこのような、定型的な表現でお願い申し上げます」
深々と、一宮が頭を下げた。最初の謝罪の時よりも、深く長い一礼だった。
「若い二人を、どうぞ見守ってください。よろしくお願い致します」
チャット欄が拍手を意味する「8」の羅列や、手拍子の絵文字で埋め尽くされて、公式配信は終了した。
※※※
この騒動の結果として、正時廻叉と石楠花ユリアの登録者数は増減を合わせるとかなり増えるという数字に落ち着いた。一方で、所属Vtuberを尊重する態度を見せて社長自ら配信の場に立ったRe:BIRTH UNION公式チャンネルの登録者数が大幅に増加した。
謝罪配信を控える三日月龍真と丑倉白羽のチャンネル登録者数も微増していたが、失言騒動で減った分を補填する程度の増え方だったため、特に話題にはならなかった。
旭洸次郎は改めてブログで騒動への謝罪を丁寧に書き連ね、賛否こそあったものの概ね株を上げる結果となり、告発者Eは全く別の所から身バレ情報がSNSに拡散される事態に巻き込まれていた。
そして、もう一人の騒動の主要人物だが――
「……あのー社長……会社の私書箱に宇羅霧クロス名義でお年賀が届いてました。年賀の挨拶と微バズの御礼とネタにしたことへの謝罪文が同封されてました……」
「えええ……」
事務所のミーティングルームに置かれた地方銘菓三箱分と、地方ゆるキャラの便せんに長々と書かれた意味の通る怪文書に困惑するリザードテイル社員一同の姿があったという。
あえて対等にならず執事と令嬢のまま、交際関係に入りました。
なんやかんやありましたが、次回は龍真&白羽のオトシマエ回です。勿論ギャグ回です。