「通話面談と記念企画(2)」
面接の内容や応募総数、合格者数などはフィクションという事で大目に見て頂けると幸いです。
現実離れし過ぎないようには気を付けていますが、あまりに不自然だったりした場合は遠慮なく感想欄等で指摘して頂けますと幸いです。
「桧田さんは動画中心での活動を希望されていますが、実際にはどのような動画で活動したい、というプランはありますか?」
「そうですね……自分が今までやって来たことを活かすという意味では、ゲームプレイの動画もやっていきたいな、と……はい、思っています」
人事・総務部の長谷部からの問いに、3期生候補者の一人である桧田は慎重に言葉を選ぶように答えた。廻叉はペーパーノイズを立てないように、事前に印刷しておいた候補者の資料を確認する。パソコン上でPDFを開く事も考えたが、誤って通話ソフトを落とすような事があってはならない、とわざわざ紙ベースに印刷していた。個人情報という事もあり、手回し式のシュレッダーまで購入する念の入れようだった。
桧田は過去にTryTubeとは別の動画サイトで10万再生の動画も出していた実力のある動画投稿者だ。廻叉自身も彼の動画を見て確かに良くできていると思った。ゲームの腕前はそれなりで、どちらかというと小さなミスを多発させるタイプだった。その小さなミスに大袈裟なSEを多数乗せる事で笑いを取るタイプの動画だった。
「業界全体の傾向として、ゲームは生配信でやる人が多いですから動画の需要もあるとは思うんですが、ある程度スタイルを変える必要はあると感じますね。応募して頂いた動画もSEの使い方やプレイ内容も非常に面白かったですし、不快にならないギリギリの賑やかさに収めている辺りは流石の技術だと思いました」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ、Vtuberである以上、当人の魅力がやはり最大の売りになるべきかな、と。桧田さんの動画のスタイルだと、良くも悪くも『誰のプレイでも面白い』ってなってしまうんですよ。それはやはり勿体ないです。桧田さん自身の持つ良さをもっと表に出していきたいというのが、私の意見です」
Vtuber事業部の宮瀬が界隈の現状を説明しつつ、動画の出来自体は強く褒めながらも問題点を冷静に指摘する。
「そこは、そうですね……音声ソフトで出力していたセリフなどは、自分がプレイ中に録音したものを文字に起こしてソフト出力する、という形を取っていたので。もっとダイレクトに僕自身の良さを出していく形にしたいです」
「では、あなた自身の魅力に成り得る点、アピールできるポイントなどはありますか?簡単で結構です」
「それは……」
言葉を詰まらせた。無論、考えなしに来たわけではないかもしれないが、桧田は自分の動画作成の技術に自信を持っていた。だからこそ、アピールの焦点をそこに集中させてしまった。動画作成と関係ない部分での自分の魅力を問われ、明らかに戸惑ってしまっているのが廻叉からも見て取れた。という事は、スタッフの長谷部や宮瀬、岸川にもその戸惑いが伝わっているという事だ。
「……私からは、技術論を丁寧に語る様はとても活き活きとしていて、信頼できる講師、という印象を受けました。門外漢の私が聞いても、非常に分かりやすかったと思いました」
廻叉が助け船を出すように口を挟む。すると、即座にキンメが反応して相槌を返した。
「そうだね、あたし含めてリバユニって感覚派が多数だから理路整然と説明できるって凄いと思う」
「白羽のギター練習講座とか酷ぇもんな。練習すりゃ出来るしか言わねぇんだもん」
「……え?」
「そこで不思議そうな声出すからギターを挫折した人の心が更に折れるのだと自覚しては如何でしょうか」
面接の場だというにも関わらず、身内同士で勝手に盛り上がるRe:BIRTH UNIONの面々。スタッフ達の苦笑いと、桧田の困ったような笑い声が混ざる。緊張感は皆無、とまでは行かずもかなり緩和されたように思えた。
「正時さんが言われた通り、誰かに何かを教えるときに出来るだけ分かりやすく伝える事は、得意な方だと思います。昔から、もっとたくさん動画投稿者が増えて欲しいと思っていて、その為に僕が教えられることはちゃんと伝わるように教えようと意識していましたので、僕自身の魅力はそこなんだろうな、と思います。正時さん、ありがとうございます」
落ち着きを取り戻した桧田が、自身の魅力をしっかりと語り、正時へと礼を告げた。
「私たちがここにいる理由は、候補者の皆さんの為ですから」
「そうだねー。面接官って名目だけど、丑倉達は候補者さんの味方ポジションだよね」
「知ってる!悪い警官と良い警官の理論!」
「それ取り調べとか尋問用のメソッドじゃねぇか!」
「長谷部さん、我々悪い警官みたいですよ?」
「Vtuber側が悪い警官やる訳にいかないでしょう」
「あはは……全員集合配信の時にも思いましたけど、リバユニさんって本当に雰囲気良いですね」
配信時と変わらない無感情な声で言い放てば、言葉足らずにも聴こえる廻叉の言葉を白羽が補足す
る。それをキンメが余計な一言を付け加えて龍真が突っ込む。宮瀬と長谷部も苦笑いを隠しきれていない。今度こそ、緊張感は雲散霧消した。ただ、その空気感は桧田にはとても好ましく映ったようだった。
この後、いくつかの質問が飛んだが桧田が答えに詰まる事はなかった。
※※※
数時間後、3人目の候補者が退室すると同時に数人から溜息が漏れた。もっとも分かりやすく声に出ていたのは、三日月龍真だった。
「いやー……俺に決定権無いのは百も承知だけど、ぶっちゃけ最初の人だけだな、合格ライン……」
「同感です。正直に言えば、ここじゃなくてもやっていけそうな人が多い印象です。むしろリバユニじゃない方が売れるまでありそうでしたね、彼女らは」
愚痴を溢す龍真に、廻叉が同調する。無論、2人目と3人目がやる気がない訳でも無ければ問題発言があったという訳でもない。強いて言うならばRe:BIRTH UNIONを選ぶ理由に乏しい。どちらも女性であったが、声質も良く発声もしっかりしていた。2人目はかなり元気が良く、3人目は妖艶さを感じさせる声で、2Dアバターのデザインにもよるが人気の出そうな気配は十分にあった。
「スタッフとしても、現時点で最終面接に進めてもいいと思っているのは桧田さんだけですね。社長と佐伯さん、更にステラさんが求めているのは……こう、特殊な人材ですから」
「あたしら特殊?」
「丑倉ほど普通な人は居ないと思うなー」
「お前ら世間のリバユニ評知ってんのか?自己研鑽ガンギマリ勢しか居ないって言われてんだぞ。正直、否定出来ねぇなって思ったわ」
「自分の特技に対して妥協しないという点で言えば私もその通りですが、こう他にもう少し言い方ってものがありますよね?」
人事の長谷部が苦笑交じりに告げれば、女性陣から疑問符が飛ぶ。その疑問符を全否定するような龍真の証言。そのあんまりな表現に廻叉から苦情が飛ぶが、その内容自体を否定するものは一人として居ない。
Re:BIRTH UNIONは運営企業であるリザードテイルも含め、大きな挫折を味わった人間の巣窟とも言える場所だ。その経験が飽くなき向上心に繋がっている点は否定できない。それ以上に、挫折によって齎された強大な反骨心をRe:BIRTH UNION、そしてリザードテイルの全員が持ち合わせていた。
無論、自身が楽しむ事や周囲と視聴者を楽しませる事が最優先ではあるが、同業他社や個人運営のVtuberとは根底にある土壌が違い過ぎる――少なくとも、長谷部はそのように捉えていた。
「ところで長谷部さん。結局、動画審査通ったのって何人なんです?」
キンメからの質問で思考に沈んでいた事に気付いた長谷部が資料を再確認する。動画・書類審査の審査こそまだ終わっていないが、受付は終わっている。最終の応募総数と現時点での合格者数を確認して、長谷部が答えた。
「応募総数、429件に対し……現時点での合格者16人です。まだ動画のチェックが終わっていない方が50件ほどありますので……更に一人か二人、増えるかもしれませんね」
「倍率エグいなぁ!?俺らの時、最初の応募の時点で3桁も居なかったらしいのに……デカくなったなぁ、リバユニ」
実際の所、真っ暗な画面に声だけが流れる動画としての体すら成していない物や、音質・画質が極めて悪い動画、ゲーム実況と称して笑うか煽るかしかしていない動画、女性問題で炎上沙汰を起こした事を隠そうともしていない配信者といった、迷わず不合格になる類いの動画が多数あったので数そのものよりも精神的な疲労の方が大きかった、とは動画選考に当たったスタッフの弁である。
閑話休題。
「それでは、今日は次の方で最後になります。女性で……ああ、今の所合格者では最年少になります。18歳の方ですね」
「うっ……!」
「ぐふっ……!」
「ああ、お二人は大丈夫ですので進めて頂いて結構です」
白羽とキンメが何かしらのダメージを負い、廻叉が容赦なく進行を促した。長谷部も言わずもがな、とばかりに資料を読み上げていく。
「学校に馴染めず不登校二年目らしいです。オーディションを受ける事をちゃんと御家族と相談の上で送ってきてくれてます。スタッフとしては、非常に、非常に助かります」
「ああ、個人勢で年齢逆サバ騒動あったなぁ……親バレからの高校卒業まで活動停止だっけか」
家族に相談済み、という点を強く推す長谷部に龍真が理解を示す。外部とのコラボに積極的なだけに、良くも悪くもあらゆる情報が龍真には集まってきている。世間一般で言う炎上沙汰についても、多少踏み込んだことも自然と耳にしてしまっている。尤も、それを配信やSNSはおろか裏での会話でも一切漏らさない為、龍真は外部Vtuberからの信頼が厚い。
「8分程の動画だったのですが、最初と最後の挨拶以外全てピアノ演奏という方でした。演奏は、間違いなく上手いです」
廻叉はその瞬間、東京の事務所へ行った際にスタッフのパソコンから目に入った映像を思い出した。やはり受かったか、と内心でどこか喜ばしく思っていた。どんな人だろうか、と考えている内に新たな入室者を告げる通知音が鳴り、ト音記号のイラストのアイコンが表示された。
「お待たせして申し訳ありません。本日は通話面接に御参加いただき、本当にありがとうございます。株式会社リザードテイル人事・総務部の長谷部です。早速ですが、簡単な自己紹介からお願いします」
呼びかけに答えない。正確には、音が乗っていない。彼女のアイコンが明滅している事から、何かしらの声を発している事は確かだった。
「……すいません、マイクの入力音量、最小くらいになってませんか?確認お願いします」
音響スタッフの岸川が助け舟を出した。相変わらずアイコンの明滅は激しかった。
「え、あ、こうして……これくらいなら」
「はい、OKです」
「は、はい……!ご、ごめんなさい、使い慣れてなくて……!!」
狼狽の隠せていない少女の声がようやくこちらにも届いた。どうも配信どころかDirecTalker自体にも触れる事が無かったようだ。完全な未経験者枠である。
「え、と……あ、はい、自己紹介……名前は三摺木弓奈です。年齢は18歳で、高校生……です。ただ、もう2年以上不登校で、自室学習をしています。特技はピアノの演奏です。父と兄が、動画の撮影や設定に詳しくて、相談して……教えててもらいながら、ですけど、自分で編集して、今回応募しました。よろしくお願いします」
「可愛い……!!」
「キンメさん、ステイ」
たどたどしく、緊張が伝わって来る自己紹介にキンメの心の声が盛大に漏れた。廻叉が冷たく止める。配信や、裏での打ち合わせでは頻発する光景ではあるが、弓奈からすればそうではない。
「ひっ……!!」
「……?どうされました?」
「い、いえ……本当に、リバユニの皆さんがいらっしゃるんだな、って驚いてしまって」
「あー、俺らガヤみたいなもんだからね」
「しかも、君の味方のガヤだよー」
「は、はい、ありがとうございます……」
妙な声を発した弓奈へと訝し気に長谷部が訪ねるが、それに対する返答はままある反応だったのでそれ以上掘り下げはしなかった。1期生の2人が緊張をほぐそうと気軽に話しかけるが、弓奈の反応はどこか浮足立ったままだった。
その後は、まず動画や配信の知識についての確認、未成年という事で合格した場合家族からの許可が取れるかどうかという点についての質問、ピアノ歴や得意とする曲など、どちらかといえば答えやすい質問が繰り返された。最初の音声アクシデントなど、所謂テンパった状態になりかねなかったのを危惧したスタッフが質問の順番を前後させたようだった。
「では、三摺木さんがRe:BIRTH UNIONのオーディションを選んだ理由はなんですか?女性で、これだけピアノがお上手ならば、明言は出来ませんが同業他社さんの事務所のオーディションでも好感触を得ると思います。そんな中で、我々Re:BIRTH UNIONを選んだ理由があれば教えて頂けますか?」
本題にして、最も重要な質問がついに長谷部から投げかけられた。弓奈は、迷わずにこう答えた。
「正時廻叉さんが居るからです」
静寂。答えを待っていた長谷部や宮瀬も、予想外な名前に驚いてしまった龍真や白羽、キンメも。そして急に自分の名前を出された廻叉も。誰もが、声を出せなかった。
「……詳しく、お聞かせ願えますか?」
真っ先に立て直したのはやはり長谷部だった。端的過ぎる理由を述べた弓奈へと、冷静に問い直す。弓奈は小さく、はい、と返事をして、その理由を語り始めた。
「以前に、廻叉さんの悩み相談の配信にメールを送った事があります。そこで、私のメールが採用されて、非常に親身になって答えてくれました。口調はその、機械みたいな感じでしたけど、ちゃんと私のメールの内容を見て、その場しのぎじゃない自分の考えで答えを出してくれました。そのことが、本当に嬉しかったんです。居場所がないと言った私に、居場所なんていくつもあっていい、って言ってくれたんです」
『私は今、不登校です。学校に居る人達、先生やクラスメイトと馴染めません。イジメではないけど、どこか白眼視されてる様な気がして、どうしても教室に居る事が苦痛です。家族は無理をしなくていい、と言ってくれますが気にしないなんて無理です。私の居場所が、見つからないです』
その瞬間、廻叉はかつて自分が配信で読んだメールの文面を、自分でも驚くほど正確に思い出していた。
面接編は次回までとなります。
その後は、みんな大好き凸待ち編です。
先程、シリアスさんから有給の申請を頂いております。
御意見御感想、お待ちしております。