「虚実混在な二人(前編)」
「どうもー、事情通Vtuberの宇羅霧クロスですけれども。さ、今回は久々の大ネタが入ったんでね。みんなも楽しみにしてただろう?某中堅事務所の、燃えてる人の重大な証言を持ってきてくれた人をゲストに呼んでるんでね。是非最後まで楽しんでいってよ」
宇羅霧クロスの来歴を簡単に言えば、大学中退、フリーター兼TryTuber、Vtuberとなる。とはいえ、フリーの表情認識ソフトを利用し、サングラスを掛けた男性のプリセットを気持ち程度カスタムしただけの、元手の掛かっていない低予算Vtuberとして最初は活動を開始していた。
Vtuberに気軽になる方法として初期の技術的な動画は多少伸びたが、その後は伸び悩む。軽い気持ちで炎上沙汰への御意見番を嘯くようになってから再度チャンネル登録者数が伸びた。伸びてしまった事で、宇羅霧クロスはゴシップVtuberへと転向した。
そんな彼のSNSやメールボックスには、アンチからの抗議や誹謗中傷、そして数々のタレコミメールで埋まっている。ネタにするのは基本的には『明確に非のある部分を見せた小物』が中心だった。明確な過失を犯している相手ならば、こちらの味方をする視聴者が現れる。
暴露屋は、彼にとって効率のいい承認欲求の稼ぎ方だった。
「まぁ今まで俺の事を個人勢しか相手にしていない、なんて言ってる奴も居たけどさぁ……企業相手ならそれなりに準備が俺にも必要って訳よ。それに、証言者の熱意と怒りに共感しちゃった以上、俺が場を整えてあげないとさぁ」
宇羅霧クロスというVtuberに人格らしい人格は無い。ただ、『みんなが頼ってくるから俺のチャンネルで場を与えている』という自己保身と自己顕示欲だけは明確だった。
「というわけで、証言者の方と通話繋がってまーす」
『あ、どうもっす』
「はじめましてー。宇羅霧クロスですー。えー、どうお呼びしましょうか?」
『じゃあ、イニシャルで。Eでお願いします』
※※※
「向こうも始まりましたね。さて、我々もそろそろ準備しなくては」
「廻叉さん、本当に……良いんです、か?」
「ええ。結局、虚と実がハッキリしないから余計な憶測が飛び交うのです。虚実混在がVtuberの常ではありますが――この場合、誤魔化せば誤魔化すだけ火に油という点もありますし」
「そう、ですね。それに、ちょっと嬉しいんです」
3Dスタジオ、専用の服装に着替えた二人はスタッフ達が準備に駆け回る中で、どこか落ち着いた心持でその時を待っていた。嬉しい、と呟いた石楠花ユリアの表情は緊張が隠しきれていないが、それでも小さく笑みを浮かべていた。
「堂々と、廻叉さんの事が好きだって言えることが、嬉しいです」
そのセリフを聴いた廻叉は、眼を白黒させた後に微笑んだ。同じく、そのセリフが耳に入った女性の音声スタッフが悶え転がった。それを他のスタッフは状況を確認し、まぁいつもの事としてそれぞれの職務へと戻っていた。
「私もですよ。それにしても、人の縁に感謝しなくてはいけませんね。ユリアさんに出会えた事もそうですが、こうして交際を認めて全面的に協力してくれる方ばかりの会社にも」
「そう、ですね。きっと、反対する人も居たと思いますから」
「いや、意外なくらい反対者は居なかったよ。そもそも、Vtuberを所謂アイドルとして考えてなかったのもあるかもしれないけれどね」
話に割り込んできた声に二人が視線を上げると、3D撮影用の服装を着込んだリザードテイル社長・一宮羚児だった。キャプチャー用の衣装が着慣れないのか、どこか落ち着かない様子を見せていた。
「いやー……意外と暖かいんだけど、動きにくいねぇ、これ。かといって、全身タイツみたいな奴にはしたくないし、そこは要改良かなあ。……なんにしても、俺が配信に出るのはこれが初めてだからね。二人に助けてもらうかもしれないけど、よろしくね」
「ええ、そこは勿論」
「社長も出られるって聞いて、驚きました……」
「そりゃ、記者会見だもの。トップが出てくれば、それなりに聞く耳を持ってもらえるかもしれないじゃない?」
一宮羚児は年齢こそ三十代半ばと若いが、一つの会社を立ち上げて大きくしてきた経営者である。Vtuber事業が想定外に当たったとはいえ、それが砂上の楼閣にならぬように日々情報収集も欠かしていない。
「考えれば当たり前の話なんだけど、Vtuberのファンの人が企業の運営に一番求めてるのって誠実さだと思うんだよね。普通の企業の株主とかなら、利益優先って人もいるだろうけど」
二年にも満たないVtuber運営で、ある程度の客層の傾向は掴めていた。同業他社の成功と失敗も数多く見て来たこそ得たものもたくさんある。
そして、Vtuberファンが運営企業に対して最も求める事は、Vtuberの味方であること、そしてファンに対して誠実に語る事だった。
「裏と表があやふやな界隈でもあるからこそ、Vtuberに対してもファンに対しても誠実でないと一気に信頼を失うってのを見たからこそ、今回の会見は必要不可欠だ。勿論、これが上手く行けば企業への信頼度を得られる上に潜在的敵対者に対する釘差しも出来る、という打算も勿論あるけれどね」
「それでも、ありがとうございます……私、Re:BIRTH UNIONに入って、良かったです」
「ユリアさん。その台詞は、もっと君が大きな成功を掴んだ時まで取っておこうね。廻叉君、君にも色々と負担を掛けてしまうね。すまないが、これからも頼りにさせてもらうよ」
「その苦労に見合うだけの居場所だと思っております。問題ありません」
宇羅霧クロスの配信開始から十五分後。
Re:BIRTH UNION公式チャンネルにて、特別会見配信が開始された。
※※※
かつて自分と同じ劇団に居た『Sさん』の冷血さを、さも自身が被害者であるかの如く朗々と語る様は腐っても劇団上がりである事を明確に表していた。宇羅霧クロスも、それを知ってか知らずか同情的な態度を見せていた。
『それが、今や人気Vtuberとしてのうのうと活動してる上に、後輩を喰ってるだなんて許せなくて……!Re:BIRTH UNIONの正時廻叉をこうして告発するに至ったんです!』
「うわぁ……ロールプレイだと思ってた機械的な性格が、ただのリアルな性格だった、と」
宇羅霧がしみじみと言うと同時にコメント欄の反応を伺う。証言に対し、賛否両論で議論が巻き起こっているのがベストだったが、彼の想定とは異なりコメント欄は別の事に気が向いているようだった。
「え?Re:BIRTH UNIONがたった今、会見配信?しかも3D?」
『は?』
※※※
「仮の3Dモデルにて、失礼致します。私はVtuber事務所Re:BIRTH UNION運営企業、有限会社リザードテイル代表取締役社長、一宮羚児です。本日は、急遽の会見にも関わらず多数の視聴者様にこうしてお時間を割いていただき、誠にありがとうございます」
黒塗りのマネキンが一礼すると、両サイドに立っていた正時廻叉、そして石楠花ユリアもまた頭を下げた。
「今回の会見は、まず弊社所属Vtuberである正時廻叉、石楠花ユリアの視聴者様への配信中の暴言に関する謝罪と、同じく弊社所属Vtuber三日月龍真、丑倉白羽による発言に対する説明の場となっております。三日月、丑倉の両名に関しては後日改めて謝罪配信をさせて頂きます」
「Re:BIRTH UNION所属、正時廻叉です。この度、視聴者の皆様への攻撃的な発言を行いました事を謝罪致します。誠に申し訳ありませんでした。表現者として適切ではない行為であったと反省しております」
「同じく、Re:BIRTH UNION所属、石楠花ユリアです。……ファンの皆様に対して、感情的な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした。今後は、このような事が無いように、気を付けます……」
毅然とした態度で反省の弁と謝罪の言葉を述べる廻叉に対し、ユリアの言葉は緊張からか震えが目立っていた。コメント欄は社長が3Dの場に現れた事への驚愕と、謝罪に対する賛否様々な反応、また現在同時に配信が行われている宇羅霧クロスと告発者に対する質問や、シンプルなヤジが飛び交っていた。
「二名は既に今日まで活動自粛をしており、今後同様の舌禍を起こさないという約束の下で活動を再開させて頂きます。続きまして、正時廻叉と石楠花ユリアの関係に対する噂や、憶測が飛び交っている件に付きましてですが……こちらは、二名から直接説明が御座いますので、私は一時中座させて頂きます」
黒マネキンが一礼し、画面から去っていく。残された二人は社長の居たスペースを詰める様にして隣同士に立ち、カメラを見据えていた。ユリアはやはり緊張からか、廻叉の姿をチラチラと伺っているのが見て取れたが、廻叉は微動だにしていなかった。
「さて。我々もどういう理由で皆様が困惑しているかは、把握しております。先輩であるお二人のうっかり口を滑らせたことで、私とユリアさんが交際しているという理由で喧々諤々の騒動になっている点についてですが」
珍しく、正時廻叉が笑みを浮かべて見せた。
「事実です」
※※※
同時刻。クラフト系ゲームでコラボ配信を行っていたにゅーろねっとわーく所属の氷室オニキスが突然絶叫と共に停止した。その前から、気もそぞろな様子を見せていただけに一部リスナーは何かしらを察している様子ではあった。
同じく、同コラボを行っていた如月シャロンも黄色い声援を上げ、唯一何も知らなかった北条フィーネだけが混乱していた。
「そっかそっかぁ!いいなぁ、嬉しいなぁ!」
「ねぇ!何!?何があったのシャロ!?」
「……………………」
「オニキスさんは何でミュートしてるの!?あと動きがおかしい事になってるよ!?」
「友達が幸せになったってだけだよ!正確に言うと幸せだって事を公表したの!」
「……あ、そういう?あーあーあーあー、そういう事!?OK、把握!この二人がこうなるのも納得した!でも、これどうするの!?建築まだ全然終わってないよ!?」
コメントを見て察したフィーネが納得し、嬉しそうな同期と悶絶する先輩を視界に入れながら、どう収拾を付けるべきかを考え始めた。
※※※
「ん?……どうせ姉ちゃんだろうなぁ」
自宅で先輩の会見を見ていた逆巻リンネは自室のドアを高速でノックする音に気付き、面倒くさそうにヘッドフォンを外してドアを開けた。
「付き合ってるの記者会見で発表ってマジ?!」
「第一声がそれかい!俺が配信してたらどうする気だよ!?」
実姉であり『最初の七人』と称されるVtuber、オーバーズオリジナルメンバー七星アリアが『最高の娯楽を見付けた顔』で叫ぶのを聞いて、リンネは顔を歪めた。よくも悪くも、配信の姿とプライベートの姿に一切の差異の無い姉の姿に、リンネは自身がVtuberとなって初めて自身の姉の異様さに気が付いた。
「まぁ見ての通りだよ。俺は元々この日にやるって教えてもらったし。だから配信しないで見てた訳だけども」
「なんで私に教えないの!私はお姉ちゃんだぞ!!リアルでもバーチャルでもお姉ちゃんなんだぞ!!実況配信したかったのに!!」
「教える訳ないだろ!!どんだけ姉の権力を強く見積もってんの!!」
この分では自分たちの血縁関係が表に出る日も遠くない、とリンネは覚悟を決めた。
※※※
「……あー、えっと、正時廻叉が石楠花ユリアとの交際を認めた……?」
『……いや、でも俺が告発したいのはアイツの人間性の話であって』
「ちょっと待ってください、ね……今、別情報がですね。コメントで。……あの、旭洸次郎さんって、Eさんと廻叉氏と共通の知り合いです?」
『え?』
告発者は、質問の意味が呑み込めないかのような、素っ頓狂な声を出した。確かに、自分たちの先輩で、既に手の届かない位置にまで行った成功者だ。自分も東京の事務所に紹介して欲しいと頼んだが、無下にされて以来彼の事は見て見ぬふりをしてきた。
「旭さんが、SNSのライブ機能を使ってあなたの嘘に対する抗議の配信を始めました。どういうことですか?」
旭洸次郎が正時廻叉と舞台を共にしているという情報を、Eは知ってはいたが――この場で間接的に介入を行うとは、予想もしていなかった。
「Eさん、慎重に答えてくださいね。場合によっては、この配信はあなたを告発する配信になりますよ?」
協力者であった宇羅霧クロスが風向きの変化を敏感に察知し、Eを裏切った。宇羅霧の悪評の八割は火事場泥棒の様に揉め事へと口を出す炎上商法であったが、根の深いアンチが彼を嫌う理由は、自身が正義の側に立つために『たとえ告発者であろうとそちらの非が大きいと判断したら、即座に旗色を変える』という自己保身と変わり身の早さにあった。
今この瞬間、最も追い詰められている人物は石楠花ユリアでも正時廻叉でもなく、告発者Eとなっていた。
宇羅霧クロスくんが思ったよりも味わい深い存在になってしまったのは割と誤算です。
次回に続きます。今回の様に、複数の配信が同時進行する形になります。
こういう形式の切り抜きになってそうだなあ、と書き上げてから気付きました。