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「正時廻叉による、正時廻叉との対話 -3D演劇動画-」

体調不良のため一週遅れとなりましたことをまずお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。

沢山の応援のメッセージを感想欄に頂きました。本当にありがとうございます。

感想返しに関しましては、最新話分から再開とさせて頂きます。


それでは、正時廻叉による3Dお披露目動画をお楽しみください。

「皆様、本当に長い間お付き合いいただきありがとうございます。……正直、これが受け入れられるかもわからないですし、そもそもシンプルにウケない可能性も高いとは思いますが、今の正時廻叉がやりたいと思ったことを実現できました」


 正時廻叉が深々と頭を下げると、居合わせたスタッフから拍手が起こった。全員が疲れを隠し切れない顔色にはなっているが、それでも良い物を作れたという自負があった。打ち合わせから始まり、3Dスタジオでの撮影、その後の編集などで可能な限り時間と労力を注ぎ込んだ正時廻叉の作品だ。スタッフも本気で取り組んだのは、偽りのない事実だ。


 だが、廻叉自身が語ったように受け入れられるかどうかは未知数であり、彼自身も低評価が集まる可能性もあると覚悟はしている。尤も、そんな事は今更な話だ。炎上を恐れていない訳では無いが、必要以上に身構えるつもりもなかった。


 とはいえ自身も相応の労力やコストを支払った動画だ。スタッフや協力者にも無茶を通して貰った恩がある。出来れば好評を持って報いたいと廻叉が思うのも、当然のことだった。




※※※




 秒針が時刻を刻む音が流れる――薄暗い部屋に、椅子が三つ向かい合うように置かれていた。古い屋敷の応接間のような内装には、人の気配はない。がちゃり、とドアが開く音がした。置かれている椅子は、時計の意匠があしらわれた黒い椅子だった。


 執事服を纏った仮面の男が、不自然なまでに折り目正しい姿勢で歩いてくる。正面の椅子の前に立つと、深々と頭を下げた。



「お集りの皆様、ようこそお出でくださいました。私の名は正時廻叉――」



 体を起こすと、無表情のまま己の名を名乗る。



「永劫に時を刻む者、己以外の何者かになる者、そして――――」



 後ろ手を組み、カメラを正面から見据えながら淡々と己の存在理由を語る。



「三つの魂を抱えて生きる者――――」



 カメラが切り替わる。空席に座るのは、背凭れに体重を預けてリラックスした様子で座る男。もう一人は、体を前に倒して自分の膝に肘を置き、口元を手で隠すようにしながら黙考する男。


 そのどちらもが、正時廻叉の姿をしていた。



「本日は、私が私を知る為に――私自身と対話しようと思います。しばしお付き合いの程、よろしくお願い致します」


 恭しく、()()が一礼した。


「……うん、よろしく。僕と話して、君が何を得られるのかなんて想像も付かないけど」


 背凭れに身を任せていた()()が苦笑いを浮かべながら応えた。


「まぁそれは良いんだけどな……俺、この場に居ていいのか?一番場違いなのが、俺だろう?」


 考え込んでいた()()が、言葉を慎重に選びながら問い掛けた。


「場違いなはずがありません。ここは、私たちの為の場所なのですから――」


 時計は表情を変えぬまま椅子へと腰を下ろした。



 長い、対話が始まる―――。




※※※




《ええええええええええええええええ》

《なんだこれ、どういう事なんだ?》

《EVILの解答編じゃねぇか!!》

《これ、どうやって3Dモデル同時に動かしてるんだ……》

《たぶん、合成じゃねぇかな。だから配信じゃなくて動画なんだよ》

《え、三人分の一人芝居をやってるって事?とんでもない手間掛けてるんじゃない?》

《これが執事の本気か……》


 プレミア公開のチャット欄に集まった熱心なリスナー、或いは名の売れてきた中堅事務所の3Dお披露目ラッシュのトリを飾る動画を見ようと考えた一般的なVtuberファンは、画面の中で起きている状況を把握するのに必死だった。コメントの加速度は、ここまでのお披露目の中でも最も速いと言える状態になっていた。




※※※




「私がこの体を手に入れて、早一年半……執事として、役者として、そしてVtuberとして活動を続けてきました。幸運なことに、私の活動は多くの皆様に受け入れられ、応援して頂けています。ですが、時折、ふと思うのです。私の中に居るお二人は、どう思っているのだろう、と」


 時計が視線を左右に振ると、少年はニコリと微笑み、青年は未だに考え込んでいた。


「僕は良いと思う。執事としての研鑽も怠っていないのは、ちゃんと知っているからね。ただ、そろそろちゃんとご主人様を見付けた方がいいんじゃないかな?やっぱり、主あっての執事なんだから」

「確かにその通りではあるのですが、ファンの皆様を“ご主人候補”と呼称している現状との差異が発生してしまいますね。新しいファンネームも考えなくてはいけません」

「まぁ、そこは普通に“ゲスト”でいいんじゃないかな。僕らがもてなす相手はみんな大事なゲスト。僕はそう考えているから、きっと君もそう考えるはずだよ」


 少年は時計を見据える。柔らかく微笑む表情は、正時廻叉の顔ではあるが別の人物であると強調するかのようだった。若くして病に倒れた少年は、今もまだ執事としての教えを失っていなかった。故に、時計が未だ主を定めずにいる事を気に掛けた。


「短い間だけど、僕も主様にお仕えしていた。僕を孫の様に可愛がってくれた主様の為なら、と考えると自然と何でも出来るような気がしたんだ。君にも、そういう相手が現れる事を祈っているよ。……君の中から見ていた感じだと、君を僕らとを融合させた星の旅人か、それともピアノ弾きのお嬢さんのどちらかだと思っていたんだけれど」

「言わんとすることは分かりますが、些か直球が過ぎますね」

「こういうのは一番近い観客席に居る僕達だからこそ分かってしまうものさ。何にしても、主を選ぶのは慎重に決めなくてはいけないよ。その人を主を定めたのならば生涯を捧げるくらいの覚悟を持つべきなんだ――と、僕は父から教わった。正直、ちょっと重いな、とは思ったけど人に仕えるという事を軽く見るよりは良いと思う。だから」

「ええ、理解しています。私は、貴方達をずっと見続けていたのですから」


 それならいいんだ、という風に少年は頷いた。いずれ時計が主を定めると確信しているのか、それ以上は何も求める事もせず、時計と青年を見守るように静かに微笑んでいるだけだった。




※※※




《演じ分け出来てるのやべぇな》

《全部同じ顔なのに表情差分と声色と動きの癖で一人三役とかやってて混乱しそうだな》

《執事の本領》

《EVILの時の倒れた子だよな、これ》

《星の旅人=ステラ、ピアノ弾きのお嬢さん=ユリアのお嬢か》

《ベース執事「主決めなさい」 時計執事「把握」》

《要約するにしてももうちょっとこう無かったか?w》

《企画でユリアをお嬢様呼びしてたけど、やっぱりお嬢が主候補なんやな》

《若干荒れてるのが居るなぁ》

《お嬢も少ないながらもガチ恋勢居るからな。SP面のが過半数だからあまり気にならないだけで》

《非公式ファンネームが黒服一同だもんな……》

《ファンアートでファン側が出てくるとき大体黒スーツとサングラスにするミーム、いつの間に生まれたんだマジで》




※※※




「貴方はどう思われているのか、お尋ねしても?」


 時計が視線を青年へと移した。青年は身を起こし、溜息を一つ吐いた。


「役者としての在り方も尊重してくれている点は、有難いと思ってる。声だけの出演とはいえ、久々に舞台にも立てたし、演劇をやる人間として新しい表現の場に居るって感覚は、お前さん越しにもわかるからな。生身の体で演じることが出来ないのが残念に思うのは……まぁ、俺の未練だろう」

「……未練、ですか」

「ああ。結局のところ、正時廻叉になる前の俺は、俺として役者として喰っていきたかった。お前さんは俺であって、俺じゃない。たぶん、お前さんがどれだけ成功して、Vtuberとして、役者としての評価を得たとしても、この未練はきっと無くならないと思う」

「ならば、私から体を奪いVtuberを引退して、再び役者へと舞い戻りますか?」


 時計は表情を変えぬまま、青年へと尋ねた。青年は、小さく首を横に振った。


「まさか。かつての俺と、今のお前さんとじゃ背負っている物が違いすぎる。俺は自分が役者であればそれでよかった。エゴイストだったんだよ。だから、俺の道は閉ざされた。道を広げずに、足元だけ見て歩き続けた結果、その先が行き止まりだって事に気付かなかった」

「……………………」

「だから、俺の魂なんざ背負う必要なんか無い。まぁ、体のベースを貸してる以上、俺から言うべきことは一つだけだ」


 青年は時計へと向き直る。真剣な表情のまま、無表情な時計の肩に手を置いた。



「お前さんが執事として、役者として存在したいのならば、もう少し人間らしくなれ。別にいきなり俺みたいな話し方をしたり、或いはそっちの執事の兄さんみたいな話し方をしろとは言わない。……傍から見てても人間じゃなさそうな面々ばっかり集まってるからどこまで参考になるかはわからんが」



 時計は、無表情のまま青年を見据えていた。



「執事の兄さんは、これからもっと人間性を磨かれるってタイミングで大病を患った。俺は技術ばかり磨こうとして、人間性を磨き損ねた。お前さんはまだ、時計に宿った魂としての在り方が強すぎる――良くも悪くも、お前さんも人間離れしてるんだ」



「……ならば、どうしろと言うのですか?」



「お前さんが人前に出る仕事でなければ、無責任に“恋愛でもしろ”って言うところだが――まぁ一言で伝えるなら、お前さんが感じた事は素直に表現して見せるのがいいだろう。面白いと思えば笑えばいいし、腹が立ったら怒ればいい。悲しけりゃ泣けばいい。元々機械の魂に俺らの魂が隠し味程度に入ってる存在なんだろ?感情が動きにくいだろうってのは分かるけど、その僅かな動きを包み隠さずに出してりゃいいさ。そうすれば」



 青年は微笑む。少年も、同様に笑みを浮かべた。



「時計ではなく、人間としての証明は果たされる」



 時計は、無表情で二人を見ていた。二人の姿が薄れて消えるまで、じっと見ていた。




※※※




 三つの椅子に、座っているのは時計だけだった。正時廻叉という名を持つ、時計だけだった。


「私は、人間なのでしょうか?」


 呟きに言葉は返ってこない。時計の針が進む音だけが返答だった。


「もし、いつか私が誰かに仕えるとするのならば――」


 立ち上がり、跪いた。忠誠を誓うように。あるいは、許しを請うように。



「どうか、私を人間として認めてほしい――――」



 顔を上げる。



 その表情は、僅かな哀しみが浮かんでいた―――。




※※※




《…………どうしよう、こんな重い話ブチ込まれるとは思わなんだ》

《魂との対話って、何気にVtuberとしてクリティカルなネタでは?》

《役者の魂の方、って、つまり……》

《何も明言されてない、されてないんだ》

《考察班集合ー!!!》

《あれ、なんだ、このカウントダウン》

《考察班解散ー!!!これ見たら再集合ー!!!》

《アンチが執事を嫌う理由が「薄気味悪い」なの、ちょっと理解出来た気がするわ……》

《執事がなんかやるたびに俺ら大混乱してるよな》




※※※




 ギターの音が激しく響き、その音色に合わせる様に、椅子とそれに腰を下ろした正時廻叉が現れた。3Dモデルではなく、イラストをメインにした楽曲動画だった。音楽が流れ始めても正時廻叉の口は一切開かない。身じろぎ一つしない。動画内の正時廻叉は瞬き一つの動きすら見せなかった。


 まるで時を止めた時計のように。


 カットが切り替わる。歌詞が流れ始めると同時に、仮面を付けていない、同じ顔ながら若干幼い正時廻叉が歌い始めた。問い掛ける様な、諭すような歌声は激しいロックサウンドとは似合わないが、歌詞の内容と照らし合わせれば、不思議と合致しているようではあった。


 サビに入る前に、椅子に腰を下ろしたまま動かない正時廻叉の仮面にそっと、手を伸ばす。仮面を外したと同時に、楽曲はサビへと突入した。仮面が外れ、機械の中身を剥き出しにした正時廻叉と

 仮面を手にしたまま哀しみを湛えた少年の表情が歌詞の内容に合わせる様に切り替わっていく。


 それは、一つの対話の姿だった。




※※※




《うおおおおおおおおおおおおおおお》

《すげぇ、少年執事の声で歌ってる……!》

《この曲知らないわ……》

《うっわ懐かしい!十年近く前に出た曲だぞ、これ》

《これは2Dというか、イラストじゃなきゃ表現できんわ》

《サビの中でVtuber執事と、少年執事がそれぞれ主張するような表現してんのか》

《って事は、2番は……》




※※※




 構図は同じだった。無表情で椅子に腰を下ろす仮面の正時廻叉と、その前に立つ現代の私服姿の正時廻叉の顔をした青年の姿があった。私服の青年は、本気で訴えかけるような形相で廻叉を睨みつける様にしながら歌っていた。そして、サビ前で座ってる廻叉の胸倉を掴み上げ、その仮面を無理やりに剥がした。


 無表情のまま、青年に問うように、或いは懇願するように尋ねる廻叉。


 涙を流しながら真剣な表情でそれに応える青年。



 そして、青年が手を放し、糸が切れた人形のように床に座り込んだ執事とそれに寄り添う少年と、立ち上がるのを待つ青年の姿が、アウトロに流れて画面は暗転した。



 最後に画面に映し出されたのはエンドロールではなく、短い文章だった。





【この動画はフィクションであり、ノンフィクションである。虚実混在の映像の中から、あなた方が何かを見出して頂けたのならば幸いだ】





※※※




 翌年、Re:BIRTH UNIONは過去最大規模の炎上と、過去最大規模の躍進を引き起こす。


 その中心に居たのは、正時廻叉と石楠花ユリアだった。


 後に騒動をやや離れたところから見ていたとあるVtuberはこう語る。




「台風の目の中が一番穏やかってこういう事かってよくわかった」

image song:Human License/a flood of circle

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― 新着の感想 ―
[一言] ガチ恋が燃やしてカプ厨が恋愛方面で騒ぎ立てたんやろなぁ
[一言] 好き。。。。
[良い点] 一人芝居×3撮影して合成して対談にするとか普通考えもしないし考えてもやらないよ最高! というか、執事って三位一体と言うには時計要素強めの配合だったんですね [気になる点] これからの展開!…
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