「小泉四谷3Dお披露目配信 -FEAR is HERE-」
小泉四谷は悩んでいた。自身の3Dモデルお披露目において、一体何を見せるべきなのか。そして、今見せようとしている物は、本当に求められている物なのか。
ホラー演出を求められている事は重々理解してはいるが、これまで2Dモデルや楽曲PVでの演出に自分が考えうるアイディアは使い果たしていた。では3Dの体を持って、一体何が出来るだろうか。例えばステラ・フリークスはその歌唱力とカリスマ性で、シンプルなステージと演出の威力を何十倍にも跳ね上げる。三日月龍真と丑倉白羽は、現場経験を活かしたステージングでライブの醍醐味をダイレクトに視聴者へと届けた。魚住キンメは、イラストをリアルタイムで描くことと彼女自身の人間性で暖かい配信を作り上げた。同期である石楠花ユリアは、自分らしさとらしくなさを同時に見せる事で幅を広げた。
自分の方向性に最も近いのは正時廻叉だが、彼は現在進行形で自身の動画を作り込んでいる。3Dスタジオの近くのビジネスホテルを予約して数日間缶詰で動画に仕立て上げようとしているという。そんな中で相談は出来ない――。
小泉四谷は悩んでいた。しかし、これ以上悩んでも何も決まらない。最初に決めた事を貫くしかないのだ。そもそも演出やエフェクトを依頼しているのだから、今更変えられることなどない。
小泉四谷は悩んでいた。プレッシャーを跳ねのけ切れない自分を吹っ切る方法を探していた。
※※※
配信準備中を告げる蓋絵が剥がれると、そこは廃墟と化した神社だった。時刻は夕方。黄昏時、或いは逢魔時ともいう。BGMはないが、僅かな風の音だけが響いていた。
《おお……早速雰囲気が出てるな》
《もう怖い》
《何をやるんだろうな》
《SNSで普通の事やるって発言してたぞ》
《マジかよ》
「こーんばーんはー」
カメラに掴みかかるようにして、下から突然小泉四谷の顔が現れた。声も表情もどこかおどけており、完全に視聴者を驚かせるためだけの些細な悪戯ではある。だが、背景に何か隠されているのかと画面を注視していた者には、多大なダメージが入った。
《ぎゃあああああああああああああああああああ》
《お前、お前ー!!!!》
《あ、顔が良い……》
《よくあるビックリ系動画みたいな真似しやがって》
《改めて動いてるの見ると衣装凝ってるよなぁ、四谷》
「驚かせてごめん、まぁでも驚かせて怖がらせて、その上で楽しませるのが僕のアイデンティティみたいなものだからね。という訳で、Re:BIRTH UNION三期生……怪異の集合体、全にして一、一にして全、小泉四谷だ」
ひらりひらりと、和装の袖を揺らしながら丁寧に一礼する。彼の動きを追随するように、いくつかの光の球が舞う。青白いそれは狐火、或いは鬼火と呼ばれるものだ。
「まぁ大仰に始めては見たけど、今日は単純に僕が動いている所を見てもらおうと思う。色々悩んだけれど、一人くらいはまぁスタンダードなお披露目配信をしてもいいじゃないか、と思ってね。友人である、オーバーズのクロム・クリュサオル……彼は、僕より早く3Dの体を手に入れていたからね。そんな彼の助言も受けながら考えた配信だ。楽しんでいってほしい」
《スタンダード……?》
《すげぇ、絶対普通のお披露目にならない確信がある》
《力抜けた感じの動きが浮世離れしてんなぁ》
《可愛い》
《もうその火の玉に触れない時点で色々怪しいんだよなぁ……》
「まぁとりあえずは……定番は押さえた方がいいという事で、色々ポーズを取ったりしてみようか。スクショタイムって奴だけど……クロムを筆頭に、あの辺のメンツからポーズの指定が色々来てるんで順繰りやっていこうか」
そう言うと画面のロゴが消えて、小泉四谷と背景だけが映し出される。何かメモのようなものを確認すると、その場に胡坐をかいて上目遣いでカメラを見た。
「鳥飼クリフトンからのアイディア。『鳥型の式神に監視されている事に気付いた感じで見上げるカメラ目線。お前みたいな悪霊、絶対陰陽師とかにマークされてるだろうし多分経験あるだろ』との事で。ねぇよ」
《悪い顔しよる》
《不気味カッコいいの腹立つ》
《いいぞ鳥飼、よくやった》
そのまま体勢を崩して地面へと寝そべる。手を枕にした、所謂涅槃仏のポーズを取る。空いた方の手でメモを読むが表情から感情が読み取れない。
「次。式夢弁天のアイディア。『四谷くんはふてぶてしく寝てるのが似合うんよなぁ』とご丁寧にイラスト付きで送ってきたんだよね。これで満足?」
《ええやん》
《黒幕というか、悪役感出るよなぁ》
《他事務所の同期におもちゃにされてる悪役とは》
「……星狩ぃ!!」
次のメモを取り出した瞬間、唐突に立ち上がって叫んだ。実際には星狩ロエンを含めた四名からの悪乗りに満ちたポーズ指定が書いてあったのだが、なんだかんだで付き合いの長い小泉四谷は察してしまった。主犯は、星狩ロエンだ。
「……『めっちゃあざと可愛いポーズ!!byロエン、セイル、天馬、ネメシス』……あの悪乗り集団め……!」
《草》
《ロエンちゃん相変わらず四谷に対して無敵過ぎひん?》
《ロエンが特攻して、ブラックセイルと天馬が雑に乗って、ネメシスがトドメを指すのはL.O.Pの基本フォーメーションだからな……》
《なお主な被害者が四谷とクロム》
「あざと可愛いってなんだよ……参考になる先輩、この事務所に居ないんだぞ。……これで、いい?」
次回のコラボで報復することを心に決めながら、両手を頭の上に持っていき猫の耳のようにして微笑む。当然のように顔面アップでのカメラ目線だ。心底不本意ではあるが、ポーズを決めてほしいと頼んだのは小泉四谷本人であるため、避ける訳に行かない。結果的にコメント欄が悲鳴と絶叫と断末魔で埋め尽くされていた事で、後々四谷は留飲を下げることになった。
「……えー、最後はクロムから。『都市伝説であり怪奇である君が、カメラの前の誰かに仕掛けるとしたらどうするか見てみたい』だそうで」
《おいこら、そういう事か小泉ぃ!!》
《……仕掛ける?》
《ちょっと待ってくれ、部屋の電気付けて全画面解除するから》
《クロム、お前四谷とグルだったな!?》
《他の6人からの指定は目くらましだったか……!》
コメント欄が混乱し、その中で一部の熱心なリスナーだけが『スクショタイム』という名目の仕掛けに勘付いていた。カメラから少しだけ離れると、画面の向こう側へと手を伸ばす。
掌に、眼が生まれた。
「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを……ってのは有名な話だけどね。僕も同じだ」
「僕も君たちを見ている」
夕暮れから、夜へと変わる。神社は闇に呑まれ、光を放つのは鬼火と小泉四谷の双眸、そして掌から生まれた眼――背景を埋め尽くすように現れた、無数の眼がギラギラと輝いていて―――あちらこちらをせわしなく動く眼球が、一斉にカメラの向こう側の誰かを捉え――
世界は、暗転する。
※※※
「……ここは?」
小泉四谷が目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。いつの間にか一人用のテーブルの前に置かれた椅子に座っていた。四谷とその周りだけを切り取れば、レストランのテーブルのようだった。
『お目覚めですね。本日の天の声担当。正時廻叉です』
「あ、どうも。また手伝ってもらってすいません」
『いえ、私の我儘でお披露目の順番を入れ替えてもらったのですから、これくらいは。さて、小泉四谷さん。貴方は都市伝説になる、とそう仰いましたね?』
「それは、勿論」
『つまり、貴方は超然とした存在にならねばならない。超然とした存在であれば、何が起ころうと顔色一つ変えてはいけない――』
《なんかまた不穏な空気が》
《執事の安心感たるや》
《本気で悲鳴上げたわ……》
《ん?》
《様子がおかしくなってきたぞ》
そして、そのタイミングでテーブルの上に皿に盛られたチャーハンが置かれた。3Dで作られたそれは、食品サンプルのような質感ではあったがきちんと食べ物に見える。
その色が、明確に赤いことを除けば。
「まぁ自分で企画したことなんで分かっては居ますが、一応確認しますね。何ですか、これ」
『御覧の通りの激辛チャーハンです。料理上手なスタッフの方が作ってくださいました。曰く「ゴーグルをつけて料理をすることになったのは初めてでした」との事です。ちなみに味見は緋崎さんがしました。彼女的にはまぁまぁレベルらしいので頑張ってください』
「それもう危険物だよね?熱せられた辛さ成分が襲ってくるタイプの奴だよね?あと緋崎さん、激辛が得意なのか苦手なのかの情報は?基準がわからないんだけど?」
『では、頑張ってください』
「もうちょっと励まして?!人の心があるなら、頑張ろうとする後輩に一言くらいあってもいいと思う!」
『我々の事務所、人間の方が少ないですから』
「種族ヒューマンじゃなくてもヒューマニズムは持っててほしかったなぁ……!!」
《草》
《なんでその道を選んでしまったのか》
《三期生は体張りたい病にでも掛かったんか?》
《これを作るスタッフさんも大変だろうに》
『自分で決めた企画なので自分で戦いましょう。では私は失礼致します』
「はい、お疲れ様です。……まぁ、僕もね。Vtuberの文脈をリスペクトしているというところを見せようと思ったわけで。激辛チャレンジくらいできずして何が都市伝説だって話。さて、いただきます」
長々とした前振りをようやく終わらせると手を合わせて、赤いチャーハンを口に運ぶ。直後、ビクリと体を震わせると同時に立ち上がって、画面外へと駆け出した。
「ああああ…………!!がああああ……!!」
遠くから聞こえてくる呻き声と咳の音から、視聴者はただならぬ気配を察知した。これは、本当に辛い奴である、と。そして、これをまぁまぁと評した緋崎朱音はヤバい、と。
「……あああ……手料理だからまだ平気かと思った僕がバカだった……!でも、ちゃんと食べ切る……!作ってもらったものを、残すわけには行かない……!!」
《これは草を生やすのも忍びないレベルの苦しみ具合》
《スタッフの手料理だから残せないってあたりに隠し切れないお人好しが出てるな》
《緋崎朱音はカプサイシンに愛されし者だったか》
《流石にこの空気から怪奇現象起こしたりしないよな?》
《これから起こるんだよ、四谷の胃に怪奇現象が》
《草》
予定されていた完食時間である十五分をなんとか下回り、息も絶え絶えながら完食して見せた様に視聴者は惜しみない拍手とドネートを送ったが、喉が落ち着くまで休憩という事になってしまった為に四谷がその賞賛を直接目にすることは叶わなかった。
※※※
「あー……ようやく、痛みが引いてきたので再開します。ってか、これが最後のプログラムなんだけど、明らかにチャーハンを後に回すべきだったね」
日が落ちた神社に立つ小泉四谷は喉の調子を確かめる様にしながら、いつも通りに喋りだす。先ほどまで苦悶の声を発しながらチャーハンを食べていた気配は既にない。
「最後まで、Vtuberの3Dお披露目の文脈に沿って……一曲だけ、歌います。それじゃあ、聞いてください――」
楽曲が始まると同時に、灯篭の灯が赤く染まった。それだけならば、ただの演出だ。
「――――――――」
歌が進む。稲荷像の目が、赤く輝く。
歌が進む。小泉四谷の目から赤い光の軌跡が走る。
赤が、侵食するかのように、増え続けていく。
「―――――!―――――!!」
足元から伸びる影が。
気付けば増えていた鬼火が。
そして、夜であったはずの空が。
全てが赤に染まっていった。
「…………」
曲が終わり、カメラが小泉四谷の顔を捉える。
その眼窩は、赤い空洞になっていた。
暗転。
《うわああああああああああああ》
《ちょ、これで終わり!?》
《マジでゾッとしたわ……ってかなんで赤なんだ。アイツのメインカラーって緑だろ》
《配信終了されてない……》
暫しの暗転の後、TryTubeの広告が流れ始めた。
一般視聴者だけでなく、プレミアムプランに加入して広告が本来流れないはずの視聴者にも、流れ始めた。
画面右下に現れるスキップ用のボタンに目を向けると、スキップまでの秒数が増えていた。
【ようこそ】
【赤イ世界へヨウコソ】
【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】
【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】
【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】
【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】【逃ガサナイ】
《うわあああ?!》
《やりやがった、やりやがったな小泉四谷……!》
《懐かしいな、これ》
《レッドルームオマージュか》
大半のリスナーの阿鼻叫喚と、一部の元ネタである恐怖系サイトを知るリスナーの声の中、画面が再び切り替わり、神社の石段に腰を下ろしてニヤニヤと笑う小泉四谷が座っていた。
「楽しんで頂けたかな?今度こそ終わり。さて、次は何をしてみんなを驚かせようかな」
小泉四谷は心底楽しそうに、そう言って配信を終えた。リスナー達の喝采と悲鳴と、一部からの怒りの声を浴びながら。
その日のSNSではひたすらホラー演出に振り切った小泉四谷に対する賛否両論が飛び交っていたが、当の本人が『胃の調子の悪化による数日間の配信休止』をアナウンスしたことで、双方痛み分けという形で決着した。
御意見御感想の程、お待ちしております。
また、拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。