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「石楠花ユリア3Dお披露目配信 -二つのP-」

 石楠花ユリアが3Dお披露目配信の内容でピアノ以外の何かを入れると決めたのは、四期生の最終オーディションの光景を見たのが最大の理由だった。六人の候補者がそれぞれにやりたい事、チャレンジしたい事を全力でアピールする様を見て、自身の至らなさに身を切られるような思いをしていた。


 何故ならば、自分はいつも通りのピアノコンサートを行って、立ち姿を見せて終わる――いわば、基本に忠実でスタンダードな配信にしようと考えていたからだ。尤も、一期生である三日月龍真と丑倉白羽もライブメインでのお披露目ではあったが、当時のユリアはそれを知る由もない。


「苦手を克服したいんです。……協力お願いします、白羽さん」

「いいよー」


 意を決して先輩である丑倉白羽に当日の協力を願い出た所、想像以上にあっさりと了承が取れた上に当日の企画アイディアにも助言をしてくれた。


 とはいえ、不安はある。私の事を応援してくれている人からすれば、もしかしたら見たくないものかもしれない。ただ、それでも自分が苦手とすることにも挑戦していかなくては、後輩に道を示せない。一年間のVtuberとしての活動を続けてきて、3Dという新しい表現手段を手に入れて――ピアノだけしかしないのは、きっと、逃げだ。




 そう決めた事を石楠花ユリアは後悔していない。


 だが、もうちょっとだけ自分のスペックを自覚しておくべきだったという後悔をすることになった。




※※※




 世間一般の人間が想像するであろう『市民ホールのコンサート会場』を模した舞台に、グランドピアノが一台置かれている。一見すればピアノコンクールの会場であり、それにふさわしい人物がこれからやってくると、集まったリスナー達は確信している。


『石楠花ユリア3Dお披露目配信 -二つのP-』


 そう銘打たれた3Dモデルのお披露目だったが、Piano以外のPについての予想は様々だった。Pのイニシャルの新しい楽器という予想が多数を占めていたが、少なくとも現時点では意見がまとまっているとは言えない状況にあった。


 そんな中で、開演のブザーが鳴り響く。


《来たあああああああああああああ》

《お嬢可愛いよお嬢》

《お嬢が歩いてる……》

《姿勢良いなぁ。こういうとこ見るとちゃんとご令嬢なんだなって思える》


 ピアノの前に立ち、深々と一礼。微笑みながら、石楠花ユリアが挨拶を始めた。2Dモデルと同じ衣装、同じ髪型。これまでに見てきた姿を完璧に3Dの姿に落とし込んだモデルにリスナーが好評の声を上げる。


「本日は私の3Dお披露目配信にお越しいただき、誠にありがとうございます。今日は、これまでの私と……これから、私に必要になるものを、お見せしたいと思っています」


 そこまで言って、ユリアは言葉を詰まらせた。立ち姿もそれまでの凛としたものから、若干の挙動不審さが見て取れる。


「ただ、その、ええっと……とても、とてもお見苦しい姿をお見せすることになるかもしれませんが、ええと、必要なことだと、私は思ってますので……その、暖かい目というか、広い心で見て頂ければ、いいなぁって……」


《草》

《どうしたどうした》

《急にネガった!?》

《おいお嬢あんた何する気だい》

《真・清楚がお見苦しい姿……閃いた》

《通報した》

《この間0.2秒》

《草》

《もはや先読みの置きコメだろ、それ》


「そ、それでは、まずは一つ目のP……ピアノ演奏の方から始めます。こうして、ちゃんと弾いている姿をお見せ出来て、とても、嬉しいです」


 そう言うとそそくさとピアノの前の椅子へと腰を下ろし、準備運動のように鍵盤に指を走らせる。配信上ではグランドピアノになっているが、スタジオでは当然電子ピアノだ。とはいえ、鍵盤の動きこそ再現は出来なかったが指の動きは凡そ八割ほどは3Dモデルの動きに連動させることに成功させている。それを見て、リスナー達は感嘆の声を上げた。


《おおおおお!》

《こんな細かい指の動きまで取れるのか》

《ほぼ自前の3Dでここまで出来るの相当やぞ》

《しかしこれを見るとNDXがオーパーツ作ってるってのがよくわかるな》

《NDXは未来人の集団だから一緒にしてはいけない(戒め)》


 背筋を伸ばし、改めて鍵盤と向き合って深呼吸を一度。演奏を始める際の、ユリアのルーティンだった。弾き始めた曲は、モーツァルトのトルコ行進曲。音楽の授業、あるいはテレビやラジオなど、あらゆる媒体で『一度は聞いたことのあるクラシック』の代表格のような曲だった。


《知ってる曲だ……!》

《超有名曲で来たなぁ》

《弾き語りではなくシンプルにピアノ演奏で来たかぁ》

《お嬢らしいといえばらしいけど……》


 演奏を終えると、ピアノから立ち上がり一礼する。そのまま舞台は暗転していった。終演のような状態にリスナーは困惑する。何せ、まだ開始十分も経っていないのだ。


《え?終わり?》

《いや、そんな事は無いと思うが……》

《むしろこれが前座だってことなのか》




※※※




『石楠花ユリアは初めての3D配信を行うに当たり、こう思った……』



《!?》

《執事のナレーションだw》

《急に何!?》



『私、体力がない……と』



《草》

《せやな》

《長時間練習配信は体力に入らないのか》

《まぁ座りっぱなしなので運動能力的な体力はあまり使わないだろうが》



『今後3Dを使う機会が増えた結果、自分がバテて倒れる事を危惧した石楠花ユリアは決意した』


『そうだ、一度自分の現在の体力を知っておこう』


『そろそろお察し頂けたであろうか。二つ目のPの意味は』



『Physicalである』



《草》

《そ、そう来たか……!》

《お嬢!?》

《まさかの体力測定企画で草》

《もうヘロヘロになる様しか見えない》




※※※




 真っ白な空間に、おそらく全リスナーが小中学生時代に見たであろう『スポーツテスト用の器具』が乱雑に散らばっていた。そこに立っているのは、石楠花ユリアと先日3Dお披露目ライブを終えたばかりの丑倉白羽だった。


「第一回、ユリアちゃんの体力向上委員会ー!いえーい、どうも一期生の丑倉白羽だよー」

「改めまして、三期生の石楠花ユリアです……その、すみません、お手伝い頂いて」

「いや、いいんだよ。この企画聞いた時、絶対面白いと思ったしユリアちゃんの挑戦を手伝えるのは光栄だよ」

「その、私もそろそろ一年経って……後輩に、凄く運動出来る子たちが入ってきて、負けたくないな、って」

「その意気や良し。では、ルール説明でーす」


 進行役になった丑倉の言葉に合わせて画面がルール説明に切り替わる。とはいえ、単純に中学生向けスポーツテストをやるというだけであり、スタジオ内で行えないソフトボール投げと50m走だけ事前に行っている旨だけ書かれていた。


「という訳で、事前にやったソフトボール投げと50m走の結果がこちら!参考記録として私と、手伝ってくれたフィジカルモンスター月詠凪くんの記録もありまーす」


【50m走】

★ユリア:9.7秒

★白羽:8.5秒

★凪:6.2秒


【ソフトボール投げ(ハンドボール投げ)】

★ユリア:9m

★白羽:17m

★凪:42m


《草》

《遅い!!!》

《白羽がまぁまぁ凄くて凪くんがヤバい》

《ソフトボール投げ一桁は解釈一致》

《凪が文字通りの桁違い。男女の差はあるとはいえ、それを踏まえてもスポーツ万能の成績》


「いやー……スタジオの近くにあるちょっと広めの公園でやったんだけど、先にソフトボール投げにしておいてよかったね。じゃなきゃ、50m走のタイムがもっと悲惨な事に」

「10秒切れてホッとしてます……あと、凪くんが凄かったですね……」

「スポーツテストのポイント換算すると、両方とも最高得点らしいよ。さて、それじゃあ早速やっていこうか!今日は凪くんいないけど、凪くんには残りの種目もいずれやってもらおう!」




※※※




【反復横跳び】


「はいっ、っと、っそりゃ、はああ!!」

「ひっ、あ……ちょ、待っ…………!」


《草》

《白羽騒がしいにも程がある》

《お嬢の吐息を掻き消す白羽の声よ》

《案の定ヘロヘロで草しか生えない》

《20秒持たないのはマズくない?》


★ユリア:20回

★白羽:42回



【長座体前屈】


「痛ああああ!!!もう無理、ここまでしか無理!!」

「えええ……」

「交代交代!丑倉の腰が死ぬよ!!」


《白羽、柔軟がダメだったか……》

《まだ若いのに》

《草》


「むー……んー……」

「え、嘘。まだイケる?」

「もうちょ、っと…………ここまで、です」

「凄い、完全に折りたたまれてる……」


《おおおおおおおお!!!》

《柔らかい!》

《3Dモデルがバグってる感が凄い》

《スポーツテスト全部1点からは逃れられたか……頑張れお嬢、俺のトラウマを払拭してくれ》


★ユリア:60cm

★白羽:19cm



【握力】


「なぜか二つ用意されてるんだよね、握力測定マシン。という訳で一緒に行こうか」

「そうですね……えーっと、指の位置の調整はこうで……」

「それじゃ、せーのっ!」

「う、うう……!!」


《わちゃわちゃしとる》

《お嬢プルップルやんけ》

《白羽、ガニ股やめーや》

《女の子が二人握力測定してるだけなのになんで面白いんだろう》


★ユリア:18kg

★白羽:26kg



【上体起こし】


「じゃあ、まずはユリアちゃんから」

「はい……いーちっ……に、にーっ…………」

「……嘘でしょ?」

「に、にっ……にっ…………」


《えええ……》

《これは草生やして良いのか審議》

《腹筋出来ないだろうなぁとは思ってたけど、まさかの1回》

《白羽も流石に困惑で草》

《わかる、わかるぞお嬢……体がマジで持ち上がらないんだよな……》

《白羽は割と普通に出来てるな……》

《お嬢が支えながら「なんで?」を連呼してて草》


★ユリア:1回

★白羽:19回



【立ち幅跳び】


「それじゃ、私から行くよー。せーのっ!」

「わっ、凄い……!ええと、メジャーは……あ、すいませんありがとうございます」


《ジャンプ力あるなぁ》

《3Dモデルがブレないの何気に技術力出てる》

《結構跳んだように見えるけど意外とこんなもんなのか》

《お嬢、転ぶなよ……怪我はしないでくれ……》


「よーし、ユリアちゃん頑張れー」

「せ、せーのっ……!」

「わー!?危ない!!」


《草》

《わあああ?!!》

《その距離のジャンプで着地失敗はアカン》

《白羽マジでナイスフォロー》

《抱き留めるのが絵になりすぎでは》


★ユリア:142cm

★白羽:188cm



【シャトルラン(10m往復式)】


「………………」

「………………」


《草》

《これ、配信で映えないな》

《二人とも無言で草》

《もう遅れ始めてるお嬢……》

《この音、なんでこんなに不安になるんだろうな……》

《俺のところは普通の持久走だったからシャトルラントラウマ勢の気持ちがわからん》


「ひ、ひぃ…………」

「あーしんどい…………」


《あ、お嬢が落ちた》

《ばたんきゅー、という擬音が似合いすぎる》

《だらしない姿のお嬢可愛い》

《白羽もじりじり遅れて……って感じだな》

《あー、ここまでか》

《長時間の演奏練習してても走るとなると別なんだな》


★ユリア:19回

★白羽:33回




※※※




「と、というわけで……今回の、お披露目配信、どうでしたでしょうか……慣れない事、というか、似合わない事を、してるって思う人も……居たと、思います」


 ダウンしたままのユリアへとカメラが寄り、息切れ交じりのまま〆の挨拶を始める。遠くからは白羽の呻き声が聞こえてくるが、カメラはそちらを映す気はないらしい。


《もういい……!休め……!》

《なぜここまで頑張ったんだ》

《お嬢の新たな一面だったな……》


「これ、から……Vtuberとして、もっと、頑張りたくて……私は、出来ないこと、たくさんあるから……それも、ひとつ、ひとつ克服、克服して……これからも、頑張りますので、よろしくお願いしま……す……」


 それだけ言い切ると、カメラが引きの画になる。うつ伏せで倒れるユリアと仰向けで呻く白羽の姿が大写しになり少しずつ暗転していった。


【おわり】


《草》

《すげぇ良いこと言ってたとは思うんだけど全く聞き取れなくて草》

《なんだろう、ネガティブなお嬢の前向きな姿勢は見れたけど、前のめり過ぎて笑ってしまう》

《まさかお嬢の3D配信がこんなギャグアニメみたいな終わり方をするとは思わなんだ》

《白羽もお疲れやで……》

《お嬢の根性見れてこれからも応援したくなったし、凪くんの完全版スポーツテストもいずれ見たくなったわ》

《よくやったぞお嬢。でもそれでいいのかお嬢》

《ええんちゃうか?》

《ほんまか?》

《次は四谷か……これを踏まえるのか踏まえないのかで方向性だいぶ変わりそうだな》

動画ならともかく配信でシャトルランは色々勇気が必要な気がします。


御意見御感想の程、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファンアートで絶対「止まるんじゃねぇぞ」が描かれるだろwww
[良い点] 凪くんやっぱりバケモンだ… お嬢よく頑張った! [一言] 最後にやったスポーツテストの結果が握力一桁、50m走12秒台の女子です…お嬢に負けた…?
[一言] 腹筋一回は今後も幾度となくワイプ動画で公式が擦り続けるネタになるわw ママ新たなママになったのかぁ関係性ふえるのいいぞいいぞ大家族になるには時間が足りなすぎるがあと1,2人ぐらい息子娘ふや…
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