「魚住キンメ3Dお披露目Live -休日昼間のお絵描き60分3本勝負-(後編) 」
魚住キンメの3Dお披露目配信への出演が終わり、一度は閉じていたブラウザを再度開いて彼女の配信を眺める。本来であれば、自身の3Dお披露目動画の台本読みに戻る方がいいという考えもあったが、それは余りにも同期であり恩人でもある魚住キンメ、引いては清川芽衣に対して無礼が過ぎると正時廻叉は、そして境正辰は考えた。
相変わらず彼女が敬愛するステラ・フリークスに、ファンが言うところの限界オタクそのものな姿を一通り見せながらも、ステラからの依頼である『次回リリース予定のデジタルリリースEPのジャケットイラスト』を至極真剣に描いていた。指定されたのは白黒で胸像を、スケッチブックへのデッサン練習のようにしてほしいという事だった。
『いくつ描いてもらっても構わないよ。その後でキンメちゃんが一番好きなのを選んでそれをジャケットにしようと思ってね』
「うーん……でもステラ様に限らず、自分が描いた絵で好きじゃない物ってないんですよ。気に入らないと消しちゃうタイプなんで……完成品のイラストって、我が子みたいなものですし」
『よし、じゃあ気に入ったのは全部使おう』
「話が早い!それならこっちもガンガン描けますね!」
配偶者と娘を持つキンメらしい一言に、思わず廻叉の表情に笑みが浮かぶ。デビューしてすぐに自分の過去の名前を捨てた潔さで評価された魚住キンメではあるが、根底を見れば彼女は重くはないが深い愛情を抱えているのをRe:BIRTH UNIONのメンバーは知っている。
尤も、デビューして間もない上にここ数ヶ月の忙しさが理由で接触機会の少ないSINESの三人はわからないかもしれないが、間違いなくいずれ気付くことだろう。
「お絵描き配信は今までも数えきれないくらいやって来たけど、こうして描いてるところを明確に見せれるのってなんか良いですね」
『メイド姿ではあるけど、君は本当にイラストレーターが天職なんだろうね。……正直に言うと、君だけはいつか私たちから離れてしまうと思ってたんだ。君には、家族も居るから』
「ああ、家族を優先してVtuberから手を引く……みたいな感じで」
『そうだね……他のみんなが私の想定以上にVtuberという世界に賭けてくれていたからこそ、キンメちゃんは家族を優先するかも、とはずっと思ってた』
「あはははは。何を仰いますかステラ様。私は家族から離れる訳ないでしょ」
魚住キンメは、Vtuberであり、イラストレーターであり、そして母親なのだ。
※※※
「うーん、上出来っ。どうステラ様?私個人の好みで言えば、このステラ様が良い感じなんだけど。やっぱステラ様って横顔が一番映える気がする」
『そうだね。それとは別に逆方向を向いている横顔が私としては一番好みだ。普段しないタイプの顔だからね』
キンメが気に入った作品として〇で囲んだのが、左向きの横顔を描いた胸像スケッチだった。どこか憂いを帯びた表情で空を眺める様は、コズミックホラーではなく星空に思いをはせる美女という形容が相応しい物だった。
一方でステラ自身が選んだのは右向きの横顔を描いた胸像スケッチ、普段であれば見せないであろう満面の笑みでまっすぐ前を見つめているように思えた。
《ええやん》
《いい意味でイメージ通り》
《ここでタイマーストップ。25分で一体いくつ描いたんだ?》
《さっきの執事以上にラフ描きだから速いったらないな》
《どっちもいいなぁ》
『ふむ。それならば、この二つを使うとしようか。キンメちゃん、ありがとう』
「いえいえ!これくらいでよければ!今回は私からの恩返しとして描きたいって気持ちもありましたし!」
『義理堅いね、君は』
「あ、でも次回以降正式なお仕事して依頼されるのであれば、そこはプロとして依頼料は頂きますので」
『財布の紐も固いね』
「家計を預かる主婦ですし?」
《恩返しとか、義理人情とか好きよねカーチャン》
《言うてもまだ若いだろうに、人として滅茶苦茶しっかりしてるよな》
《これにはステラ様も感心》
《草》
《限界になるほどの相手でもお友達無料はしない、とw》
『さて、それじゃあ私の時間はここまでだね。今日の主役は君だからね』
「はい、ありがとうございまーす!」
『今後もRe:BIRTH UNIONの母として、一緒に頑張ろう。それでは失礼するよ』
そう言ってステラ・フリークスは画面から去っていく。特殊なエフェクトを使うでもなく、普通に手を振って画面外へと歩いて立ち去る様にコメントが笑いに包まれていたが、それ以上に大きく手を振ってはしゃぐキンメの姿の方が笑いを誘っていた。
※※※
「さて、最後のゲストなんですけど……実は、お相手の子は初の外部コラボです」
改めて椅子に腰を下ろし、キンメはそう告げる。コメント欄では誰であるかの予想で流れが速くなっていたが、一部からは正解を出していた。
「それでは、早速お呼びしましょう!『マテリアル』の緑色担当、九音くんです!!」
ワイプウインドウが開き、そこに現れたのは黒髪に緑のメッシュを入れた、柔らかな笑みを浮かべる青年だった。配信用の2Dモデルではなく、立ち絵の為動くことは無かったが、その顔が画面に現れた時の反応は、真っ二つだった。
《え、嘘、マジで?》
《九音きゅんやんけ!》
《マテリアルの歌うま担当やんけ!?》
《どういう繋がりなん?》
《円渦なら分かるけど、それなら龍真の方だしなぁ》
一つは、なぜデビューして間もない、それこそRe:BIRTH UNIONのSINESとほぼ同期である他事務所の新人がこの場に現れたのか分からないという感想。
《やっぱり!!》
《マママーメイドメイドがVtuberのママになった説、マジだったか》
《普段と画風ちょっと違うからまさかなー、と思ったけどやっぱりか!》
《九音だけママの名前が伏せられてたの、この為かよw》
《本人も配信で言葉濁してたけど、ここで発表する為だったのか》
もう一つは、九音の姿から『誰がママであるか』を察していた者たちからの納得の声だった。他のメンバーとは違い、唯一担当イラストレーターの名前が伏せられていた事から様々な憶測が飛んでいたが、今日この瞬間に種明かしがされたという形になる。
『えっとぉ……初めましてぇ。マテリアルの、緑担当、九音ですぅ……今日は、ボクのママのぉ、3Dお披露目の、お祝いに来ましたぁ……どうしよう、あの、身内以外と配信でお話するの初めてなんですけどぉ』
緊張しきっているにも関わらずどこか緊張感のない間延びした声で九音が挨拶を述べる。ファンからは『常時寝起き』『正確に聞こえる寝言』と評される喋り方ではあるが、歌唱力に関してはマテリアルの最上位と評される才能ある新人。とはいえ、これまでマテリアル内のみでのコラボに留まっていた為、初の外部コラボ、初の女性Vtuberとのコラボ、初の担当イラストレーターとの通話など、初めて尽くしの初コラボである。
「あっはっは、緊張しなくて大丈夫だよ。今日は、わざわざ来てくれてありがとう。ええと、改めて今日初めて知った人たちに、紹介します。彼は、マテリアルの新人Vtuberの九音くん」
椅子から立ち上がり、ワイプの横へと立ってキンメは優しく微笑んだ。
「私の、息子です」
その表情は、母そのものだった。
※※※
「さて、マテリアルの運営さんからは私にオファーが来た時点で、一時的に伏せてほしいってお願いしたんだよね。ちょうど3Dお披露目の話も出てたタイミングだったから、その時に九音くんも呼んで発表しよう、って。快諾してくれて、本当に良かった」
『ボクも、なんとか、黙ってこの日を迎えれましたぁ。正直、どっかでポロっと喋ってしまいそうだったから、露骨に歌枠増やしたりして』
「そうだ、描き終わるまで歌いなよ。リバユニファンのみんなに聴いてほしいし、それに話を聞きつけた九音くんやマテリアルのファンの子たちも来てるみたいだしさ。ファンサしなさい、ファンサ」
『ええぇ……だからわざわざリバユニさんのスタジオに呼ばれたんですかぁ……?自宅でも通話は出来るのに変だな、って思ったけど……』
「親心よ、親心」
『無茶振りしてくる親だったとは思いませんでしたー……ま、いいや。それじゃあ、カバー曲ですけど……』
そういうと、カラオケ音源と共に九音が歌う。数か月前に投稿され、あっという間に楽曲系配信者やVtuberの間で課題曲とまで言われるほどにカバー音源が広まった曲を歌う。先ほどまでの、どこか気の抜けた呑気さは消え去り、力強さに溢れる歌声と男性離れした高音域ロングトーンで集まったファンの度肝を抜いた。
《すげええええええええええ》
《噂には聞いてたけど、マジ上手いわ……》
《マテリアルはいいぞ、軽率に沼れ》
《エレメンタル系列の男性Vグループってのは知ってたけど、こういう形での初めましてはマジ予想外》
「いやー、上手いねぇ……あー……うん、もうちょっと繋いどいて」
『嘘ぉ……ボク、ゲストに呼ばれて歌った上に場繋ぎもするの……?』
「和柄描くの大変なの!いや、衣装デザインしたの私だけど!ってか、和柄とストリート系混ぜる感じの描くの超楽しかったけど!時間に追われてるとこんな大変なんだな、って……矢絣のパターン作っておいてよかった……」
『ああ、そういえば他のみんなのママも似たような事言ってた気が……それじゃ、ボクらマテリアルの事を簡単に説明します』
顔すら上げなくなったキンメを見て、九音は観念したように繋ぎのトークを始めた。内容は主にマテリアルのメンバー紹介という無難なものではあるが、今この場で最も求められている内容でもある。
『ボクらマテリアルは、5人組のVtuberグループで……ええと、全員が漢字二文字の名前と、イメージカラーと、イメージ和柄を持っててぇ……ボク、九音が緑色の矢絣になってます』
そう言うと、気を利かせたスタッフが画面にマテリアルの五人が揃った立ち絵を表示した。九音の説明した通り、和柄をあしらったストリートファッションに身を包む5人の青年がグラフィティの入った壁の前に立っている。
『リーダーは赤の七宝柄、円渦くん。元々、個人勢でラッパーで、ボクらのリーダーです』
『最年長で黒の菊菱柄が、壬仙さん。精神的な、支柱って感じかなぁ』
『青の青海波が、晴清くん。自称アイドルでぇ……ゲームが凄く上手いです』
『黄色の巴柄が、獅狼くん。見た目通りのワイルド系だけど、なんていうか、超コミュ強な人』
『そんな訳で、マテリアルをよろしくお願いします……ママ、出来たぁ?』
《おおお》
《いいね、カッコいいじゃん》
《晴清くん、漢字に両方青入ってて草》
《完全に夕飯待ちの長男みたいな言い方》
「出来たよー。というわけで、デビュー祝いの一枚絵!定期雑談配信のサムネに使える感じに仕上げてみました!」
『わぁ……!ありがとうございます……!』
出来上がったイラストを、目を輝かせて眺める九音にキンメはニコニコと微笑む。マイクの前で微笑む少しデフォルメのされた九音のイラストは、シンプルではあるが汎用性が高いイラストだった。
「でね、実はもう一枚九音くんにはプレゼントがあってね。えーっと、スタッフさん、お願いしまーす」
そう言って、画面にイラストを表示する用にキンメが指示すると別のイラスト……の写真が映し出される。画用紙に描かれた九音の絵は、キンメのそれに比べればずっと拙い。見た通りの子供の絵だった。コメントも若干困惑気味だが、ごく僅かな人数がその意味を理解した。
『あのぉ、これって』
九音は察せられなかったのか、キンメへと尋ねる。キンメはニコニコと微笑んで答えた。
「ウチの娘が描いた“弟”の絵だよ」
答えを聞いた九音が驚きのあまり、言葉を失った。魚住キンメが既婚者で子供がいる事は知っていたが、その子供と自分とは縁が遠い存在のはずだ。これまでキンメ自身とも直接顔を合わせたわけではなく、文面でのやり取りが中心だった。通話ですら、打ち合わせでしか行っていない。
「あのね、九音くんの服を描いてる……あ、デビュー前の話ね。描いてる時にたまたまウチの娘が画面を見ちゃってさ。これ誰?って聞かれたから、私のVtuberとしての子供だよ、って。そしたら、じゃあ私の弟だ!って言うんだよ。だからね、これは君の“姉”からのプレゼント。今度、マテリアルさんの事務所に送るよ」
『あ、ありが、とう、ございます……な、なんだろ、なんかわかんないけど、泣けてきちゃった……』
九音は涙声で何度も礼を言いながら通話を切り、その後キンメからリスナーへの御礼と今後も配信頻度が減るタイミングがある事の謝罪、そしてこれからのRe:BIRTH UNIONへの応援のお願いを告げて、3D配信を終えた。
《動きの少ない配信だったけど、俺らの心は動かされた》
そんなコメントがアーカイブに残されるような3Dお披露目配信だった。
キンメさんメイン回でやってみたかったことでした。あとマテリアルのメンバーがサラっと紹介されたり。
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