「魚住キンメ3Dお披露目Live -休日昼間のお絵描き60分3本勝負-(前編) 」
3Dスタジオ内に設置されたのは、普段使いのペンタブレット。元々、魚住キンメが3Dモデルの披露の場で行う企画には絶対不可欠であると考えていたので、スタッフにも頭を下げて自宅からの持ち出しを手伝ってもらった。Vtuberになる以前にイラストレーターとしての生業が軌道に乗り始めたタイミングで購入した液晶ペンタブレットは、もはや自分の相棒ともいえる存在になっていた。
「それにしてもさあ。四人とも熱心だよね、このスタジオ遠いのに毎回見学に来てるの凄いよ。スタッフさんの送り迎えがあるとはいえ」
「いやー、いつかは俺らもって思いがあると現場の空気感知っておきたいですし、自分がどう動くかってシミュレーションしたいじゃないですか。最終面接の時はとにかく好きなようにやろうってだけで、ちゃんと考えてなかったですし!」
「それに休日祝日なら、俺らも時間取れますから」
「当日は、配信時間被らないようにするからやる事ないですしね!」
「私は、リハーサルもしたかったので……」
SINESの三人、そして石楠花ユリアが見学用に持ち込んだパイプ椅子を並べて座っている姿に、キンメは思わず苦笑いを浮かべる。勉強熱心なのは良いことではあるが、今回の自分の配信は殆ど動きが無い上にRe:BIRTH UNIONでは現在自分だけの特徴となっている『お絵描き』が主題。彼らの勉強になるような事などほとんど無いと思われる。
まぁ強いて言うならば『ゲスト』を呼んだ時の対応やトークは参考程度にはなるかもしれない。それでも、最年少でありながら常人離れしたトークスキルを持つ逆巻リンネにはあまり意味のないことなのかもしれないけれど。
「まぁ、良い意味で私と四谷くんの企画はハードルを下げれるだろうからね。なーんだ、こんな感じでもいいんだ、くらいに思って見ててよ」
『落差って大事ですよね』という不穏な言葉をDirecTalkerの作業用ルームで呟いていた小泉四谷の愉悦交じりの笑いを思い出して、曖昧な笑顔を向ける。同じく曖昧な笑みを返したのは彼と同期のユリアだけで、SINESの三人は『またまた御冗談を!』という顔だ。
「ああ、そうそう。今回のお披露目のトリは廻叉くんの動画だけど……ネタバレ防止のために見学不可だからね」
「えええええええ!!!」
「リ、リンネくん、そこは、廻叉さんの意向だから、ね?」
「あ、俺らはちゃんと自宅で見ますので」
「リンネはトークはともかく、普段の配信の構成考えるの苦手側だからねー」
リンネのみ明確に不満を表明していたが、他の三人は物分かりが良い。きっとスタッフの胃も保護されているに違いないだろう。
そして、あっという間に本番の時間を迎えた。
※※※
配信が開始され、画面には屋内プールが映っている、水面にカメラが近寄ると魚住キンメの顔がゆっくりと上がってきた。
「…………」
顔の上半分だけ水に出した状態でカメラ目線。そして何を言うでもなく再び水の中へキンメは沈んでいった。
《おい!!》
《草》
《やっと来たと思ったらw》
《何やってんだカーチャン》
視聴者の総ツッコミを受けて再び顔を出し、プールから上がってくる。人魚ではあるが、人間の足を手に入れたこともあり普通にプールサイドを歩き回りながら手を振ってみせた。
「ざっぱーん!水の中からこんにちは!イラストレーターでVtuber、Re:BIRTH UNION二期生の魚住キンメだよ。この挨拶を本当に水から上がって言える日が来るとはなあ。さて、みんなどうよ?可愛い?見て見て、スカートの質感とか凄くない?」
どちらかと言えばクラシカルなメイド服姿だが、2Dモデルとは一線を画す質感を見せるためにその場で回転して見せるキンメ。本人が言う通り、厚手のロングスカートがふわりと広がる様や、胸元のリボンが揺れる様は3D班の気合の入り方が見て取れる。
《可愛い!》
《かーちゃん可愛いよかーちゃん》
《授業参観で自慢できる母》
《信じられるか?子持ちの人妻だぜ?最高》
《旦那さんマジ羨ましいわ》
「それじゃあ、ちょっとした撮影会しようか。色んなポーズ取って見せるから、バンバンスクショ撮ってSNSで拡散よろしく!終わったらメイン企画に行くよー」
そう言うと、親指を鳴らして背景を白一色の無機質な空間へと切り替える。その後はカメラに向かって何度もポーズを取って見せる。メイドらしいスカートを摘まんだ一礼から、日曜朝の女児向けアニメ風のポーズまで織り交ぜ、おおよそ五分ほどの時間をファンサービスに費やした。
《可愛い悔しい》
《かーちゃん無理すんな》
《絶妙にキレのある動きで笑ってしまう》
《旦那と娘さんも見てるのにこれをお出し出来る胆力は流石のかーちゃんである》
※※※
画面が切り替わり、アトリエ風の部屋になった。中央には机と椅子、机の上にはペンタブレットが置かれていた。その背後の壁にはなぜか大型のスクリーンが設置されている。扉から現れたキンメが腰を下ろすとカメラへと一礼する。
「という訳で本日のメイン企画、休日昼間のお絵描き60分3本勝負です!具体的に言うと、執筆時間合計60分の間に、イラストをラフ画で3つ描こうって企画な訳ですが。何描いてもいい、だと適当なラフ以前の絵を描いて終わらせることも出来ちゃうわけで……今回、通話でのゲストを三名お呼びしてます!」
《芸術家の住処みたいなのにペンタブで草》
《壁のモニターが異質過ぎる》
《よかった、180分間使うマママーメイドメイドは居なかったんだね……》
《ゲスト誰やろか》
《最近忙しいのか外との絡みもちょっと減り気味だったしな》
《イラストレーターとの兼業Vだからそこはまぁしゃーない。こうしてお披露目配信してくれるだけでも感謝せんと》
「という訳で、早速一人目。おーい、同期ー。聞こえてるー?」
『ええ、勿論。何せ開始時から待機していましたので。視聴者の皆様には改めまして、Re:BIRTH UNION二期生、正時廻叉です』
「いやー、色々忙しい中悪いね。今回のお披露目のトリだもんねぇ、廻叉くん」
『大半は纏まっているので、大丈夫ですよ。それに私の作品は生配信ではないので、納品はいくらでも引き延ばせます』
「おいこら」
《おおおおおおお!!》
《執事ー!》
《結構待たされてて草》
《トリが執事か!!これは期待せざるをえない》
《ちょw》
《#納期守れ執事》
『冗談です。最低でも、来月の中旬ごろまでには公開出来ると思っています』
「まぁユリアちゃんや四谷くんのお披露目が終わるのが来月頭くらいだから別にいいんだけどさ。さて、それはそれとしてイラストのリクエストをどうぞ!」
『それでは……SNSやDirecTalkerで使うアイコン用のイラストをお願いします。デフォルメされた私自身で』
「今の公式イラストから変えるんだ、アイコン」
『もう少し親しみやすさを出せ、とMEMEさんからアドバイスを貰いましたので。ああ、ヘッダーはMEMEさんに頂いた公式ヴィジュアルを継続して使う予定です』
「よーし、それなら憂いなく描けるね。親しみやすさって事は、ちょっと緩い感じのが良いよね」
《まぁ執事ならちゃんと時間通り作ってくれると思うんだけども》
《時計だしな、〆切には間に合わせるだろ》
《どうかね?廻叉、相当な凝り性だぞ》
《デフォルメ執事!》
《MEMEママとの関係も深いよなぁ、執事》
《仮面外した執事の無表情だっけ、今の執事のSNSのへッダー》
「という訳で最初のお題は『正時廻叉のデフォルメイラスト、アイコンサイズ』でタイマースタート!……っていうか、この手のデフォルメ系って割と手癖で描けちゃうというか、普段の仕事のイラストの準備運動がてらに描いてるから、本当に時間かからないけどいい?」
『まぁ視聴者の皆さん的には、今後も何度でも見れる同期同士より他のゲストの方が早く見たいでしょうし』
「それはそうか。まぁ、今後はちょっと雑談コラボでも増やす?作業しながらの一人配信だと、本当に喋る事が無くてさー」
《おお、描いてるのがリアルタイムでモニターに出てる》
《うわぁ、無感情というか無気力顔だぁ》
《これは龍真がまたロクでもない事言ってる時の執事の顔》
《言い方ぁ!》
《しかし言うだけあって本当に筆が早いな》
《執事が全体的にモノクロだから色塗らなくていいのもあるんだろうな》
※※※
「いよっし、完成!」
『ここでタイマーストップです。タイムは……11分半ですね』
「今回はラフ画までOKって事でハードルを下げに下げたとはいえ、めっちゃ描きやすかった……途中から下書き無しの一発描きになってたし」
『ではこのイラストは後日、私のSNSアイコンにさせて頂きますね』
「ん、いいよー」
完成したイラストは、二頭身にデフォルメされた正時廻叉が無の表情で虚空を見つめている物だった。普段の無感情な表情に近くはあるが、それ以上に無思考が伝わってくる表情に仕上げられている。執筆中にキンメが呟いた言葉の通り、『なんかもう色々面倒くさくなった正時廻叉』のイラストだった。
《かわいいw》
《予防接種打たれる前の犬みたいな顔しとる》
《FXで全財産溶かした人を見て「残念ですね、明日には自己破産の為に弁護士に相談しなくてはいけないのですね」って考えてる顔》
《これ、ちゃんと清書したらグッズに出来るよなぁ》
《ってかイラストってこんなに早く描けるもんなの……?》
《流石に無理。普通は何日も、下手すりゃ何か月も掛ける。今回は、描きやすい題材で色塗りも無し、ラフまででも可って条件だからだと思う》
《元々キンメネキ速筆な方だからなぁ》
「という訳で、こんな感じであと二人ゲストが居ます!まぁ三本勝負って言ったからね」
『しかし、本当に真っ白な画面に私が出来上がっていく様を見るのは、興味深い体験ではありました。流石ですね、キンメさん』
「まぁ伊達や酔狂でイラストで飯喰ってる訳じゃないって事よ。ここは謙遜しないよ?」
魚住キンメは決して自信過剰でもなければ、傲慢でもない。それでも、長年イラストレーターとして生計を立ててきた自負があり、積んだ研鑽は誇るべきものだと考えている。故に、同期からの誉め言葉は当然のように受け取って見せた。
『ともあれ、ありがとうございます。それでは、私は作業の方がありますので……』
「ん、忙しいところありがとうね。告知とかある?」
『では一点だけ、3D動画の準備で忙しいので当面配信は不定期かつ短時間になりますのでご了承ください。それでは失礼致します』
「はい、正時廻叉くんでしたー。告知っていうか、お知らせっていうか。まぁそれくらい気合を入れてやってるって事だろうから、みんなも期待して待っていてあげてね」
《執事も忙しそうだなぁ》
《告知?》
《当面何もないことが告知されたんだが》
《草》
《らしいっちゃらしいけどもw》
「……さて、それじゃあ二人目のゲストを呼ぼうか。流石に同期と同じ感じではいけないからなぁ」
『おや、私としてはそれくらい親しく接してくれてもいいんだけれどね?』
「わああ!?もう入ってきちゃったんですか?!親しくはしたいですけど、それ以上に憧れのが大きいんですから勘弁してくださいよステラ様!!」
『ふふ、昔みたいに混乱することはなくなったので一歩前進、かな。さて、お集りの諸君ご機嫌よう。Re:BIRTH UNIONの0期生、ステラ・フリークスだよ』
ステラは通話越しからでも分かるほど、満面の笑みで言った。
『今日は、キンメちゃんに難題を持ってきたよ』
トークメインになると描きやすくなるんですよね……。次回もキンメさんのお披露目配信です。
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