「Re:BIRTH UNION 3D MODEL LIVE SHOWCASE 三日月龍真vs丑倉白羽『響壊戦』」
「しかしこの黒無地スウェット姿だけは人に見せたくねぇよなぁ」
「全身タイツよりマシじゃない?それに、今日はみんなに見られるよ?」
「視聴者が見るのは龍真と白羽だけど、俺らは後輩と先輩に思いっきりこの姿を見せるわけか……」
株式会社リザードテイル所有の3Dスタジオ。スタッフたちが準備に取り掛かるのを、龍真と白羽は専用のモーションキャプチャー用の衣装の文句を言いながら眺めていた。リハーサル、そして本番を控えている状態とはいえライブそのものへの緊張感やプレッシャーを感じていないのは『場慣れ』している二人らしくはあったが、一方でスタッフ達と見学に訪れた後輩たちの緊張感はただならぬ物があった。
『響壊戦』と銘打たれた3Dアバターのお披露目ライブはお互いがやりたい曲をやりたいようにやる、という単純なコンセプトのライブだ。響き合い、壊し合う。コラボというよりもお互いの音楽をぶつけ合う戦争――そんなイメージを大まかに描いた二人と、3D担当スタッフ達のアイディアを重ね合わせたタイトルになった。
「とりあえず、お互いに手加減無しだな」
「そりゃそうでしょ。リバユニ一期生の本気ってもんを見せてやらないと」
「廻叉は何をやるかまだ未定だっけか。キンメ姉さんは普通に生配信するっぽいけど」
「まぁ廻叉くんは凝り性だから決まったら速攻じゃない?キンメちゃんは3Dお絵描き配信だっけ……あれ?姉さんなんて呼び方してたっけ」
「なんか気付いたらそう呼んでた。やっぱ既婚者で子持ちって人間力が違うわ、マジで」
しみじみと頷く龍真の姿に、また適当言っているなと言わんばかりの表情で白羽は頷く。基本的にノリで二人称がコロコロ変わる男なので気にするだけ無駄だ。間もなくリハーサルが、そしてその後には本番だ。
龍真はいい加減な男ではあるが、音楽に対する真剣さは本物だ。ある意味似たり寄ったりな部分がある事は白羽自身も認識している。そうでなければギターの練習をしながら下世話な話をしたりしないし、何時間も練習をしたりしない。今ではすっかりマルチな才能の集まる事務所になったが、私と龍真、ステラ様しか居なかった頃は音楽系事務所と言われていたのをよく覚えている。
今夜、皆に思い出してもらおう。Re:BIRTH UNIONの音楽の凄さを。
※※※
ライブのフライヤーを模した蓋絵が開かれると、そこは『場末』という単語がよく似合うライブハウスだった。機材は使い込まれているのか、或いは単純に古いのか、とても新品とは言えない傷や汚れが目立っていた。客入れのBGMの音質も、若干悪い。照明も最低限なのか、メンテナンスが行き届いていないのか光量にムラがある。客席のフロアも掃除こそ行き届いてはいるが、所々床が剥がれていたり欠けている所も見受けられ、年期が入っている事が目に見えて分かる。
そんな『地元の街にある場末のライブハウス』が3Dモデルで完全に再現されていた。
《おおおおお……》
《もっと派手な舞台にも出来ただろうに》
《二人らしいっちゃらしいけど、もうちょっといいハコでやってくれよ!!》
《俺はこの雰囲気好きだけどな》
《この狭さが良いんだよ、この狭さが!》
《バンギャしてたころを思い出した。うっ、頭が……》
3Dライブを見に来たオーディエンス達は、お披露目の舞台にしてはこじんまりとした3Dセットに戸惑う者、ライブ感あるいは実在性の強さから歓迎する者、なぜか記憶に攻撃される者など様々な反応を示した。チャット欄のざわめきが大きくなると同時に、BGMがフェードアウトする。
ステージのライトが落ちる。ステージ上のギターとマイクにスポットライトが当たる。
「おうおう、集まってんなぁ。満員御礼、ありがてえ話だよ。なぁ、白羽」
「本当にねー。丑倉たちがデビューしてしばらくは同接二桁だってザラだったのに。今日は何千人も集まってる。……このハコにどう入ってるの?どう考えてもキャパ200人がギリじゃない?」
「そこはバーチャル的なあれこれが上手いこと作用してんだよ。お約束って奴」
「なるほどなー」
《来た!》
《うわぁ、いつも通りだあ……》
《草》
《何千人入るようなハコじゃないのは分かるけど本人が言うんじゃないよw》
《便利だなバーチャル》
いつも通りの雑談をしながら、いつものB-BOYスタイルの服装の三日月龍真がノロノロと上手から現れ、マイクを掴む。その後ろから小走りで現れたパンツスーツスタイルの、いつもの衣装を身に纏った丑倉白羽がギターを手に取って、セッティングを始めた。
「AH-AH-AH-!! MIC Check.One,two!御託はいらねぇ、始めるぜ」
「お手洗いは済ませた?ワンドリンクもきちんと買った?ここからはノンストップだよ」
「ド頭からアクセル全開だ、限界無しの編隊飛行だ。行くぜ、『Stargazer』!」
歪んだギターの音色が響く。同時に、事前録音したドラムとベースが流れ出す。ステージを縦横無尽に跳ね回るように動き回り歌う龍真と、足元のエフェクターを睨みつける様にギターを奏でる白羽。今までの配信では見る事の出来なかった『ライブ』にコメント欄は熱狂に包まれる。
《うおおおおおおおおお!!!!!》
《やっべぇ》
《すごい》
《なんであれだけ動いてて声ブレねぇんだ龍真》
《カメラ映えとか一切気にしない白羽のカッコよさ》
《現場仕込みのステージングに度肝抜かれてるわ》
《お披露目でこれ出来るの強すぎない……?》
※※※
オリジナル楽曲、そしてカバー楽曲とをほぼノンストップで歌い続ける事30分。ようやくひと段落付いたのか、あるいは満足したのか二人してその場に座り込んだ。特に龍真は体力をだいぶ使ったのか、完全にダウンしていた。
「あー……ひっさびさにライブやったけど、体力落ちてるな。歳かね、俺も」
「まだアラサーって程でもないでしょ」
「そうは言うけど、今までスタジオ収録メインだったからな。ちょっとはしゃぎ過ぎたまであるわ……おーい、見学中の廻叉ー。水取って、水」
「うわぁ、後輩を足で使う嫌な先輩だあ。ってか、本当に足で手招きしてるし。あ、ちなみに後輩全員集まってまーす。どうだい先輩のライブの感想は」
《俺らも疲れたわ》
《曲が止まって照明が普通になった瞬間崩れ落ちてて草》
《流石の白羽もギター置くと同時に座ったな》
《自由過ぎる》
《本当のライブでもこんな感じなの?》
《流石にステージで座り込む奴は居ねぇよ》
《お、執事おるんか》
《後輩総出で見学は草》
《足癖悪ぃな!!》
《草》
「うい、サンキュー。まぁ、流石にこの場に3Dモデルで出てきたら顰蹙買うか。俺らは別にいいけど」
「無言でスタッフに徹するプロ意識、素晴らしいねー。キンメママもお水ありがとー」
「さて、もうだいぶ歌ったしこのままステージでゴロ寝雑談でもいいんじゃねぇかな」
「コメント欄がOK出せばいいんじゃない?丑倉が客だったら金返せっていうけど」
「無料なんだから返す金はねぇよ」
「ドネート」
「くそ、四文字で論破された……!」
完全に雑談配信の空気になったタイミングでステージの照明が落ちた。狼狽する二人の声だけが響き、コメントにも戸惑う空気が漂う。一方で、スタジオで見学中の面々は全てが見えている。だからこそ、この後の視聴者の反応が容易に予想できる。声を漏らさぬように、それぞれが固唾をのんで見守る――。
「おいおい、停電かよ。ブレーカーでも落ちたか?電子レンジとドライヤーでも同時に使ってんじゃねぇだろうな」
「そんな実家みたいなミスをするわけないでしょ。ってか、ここまで真っ暗になるものなの?」
「当然、停電なんかではないよ。君達には新しいステージで歌ってもらおうという、先輩の親心だ」
《演出だろうけど不穏過ぎない?》
《呑気で草》
《!?》
《この声はまさか!》
空間が歪む。龍真と白羽の間に現れたその歪みから現れたのは、ステラ・フリークスその人だった。慌てて立ち上がる龍真と、呆然と立ち竦む白羽に対しステラはシニカルな笑みを浮かべて指を鳴らした。暗闇が晴れると、そこは宇宙空間に創り出されたステージがあった。先ほどまでのライブハウスではなく、コンサートホールと言っても過言ではない広さと、近未来的な設備。慌てる二人の顔と、笑うステラの顔を映した三枚の巨大スクリーンが中空に浮かんでいる。
「以前に私が歌っていたステージをちょっと改良したんだ。君達はきっと、あの小さなライブハウスに愛着があるんだろう。でも、私としては――君達には、もっと広いステージがよく似合うと思っているんだよ」
「……急に現れたと思ったら、相変わらず強引だなステラ」
「ステラ様ー!こういうサプライズしてくれるから好き!!」
「ははは、白ちゃんは素直に喜んでくれるから私も好きだよ。龍くんは素直じゃないからね?」
「あのなぁ。タメ口で話すようになって大分経ってんだぞ?今更『ありがとうございますステラ様!』とか俺に言われてどう思うよ?」
「気色悪いね」
「キモい」
「息ピッタリで何よりだよチクショウ」
《ああああああああああああやっぱりいいいいいいい!!!》
《そりゃ後輩大好きステラ様が何もしない訳もなく》
《親心にしてはステージの規模とスケールがデカいんだよなぁ》
《白羽とステラ様が手繋いでぐるぐるしとる……》
《可愛い》
《可愛い》
《素直じゃない男》
《草》
《まぁ変に畏まる龍真は見たくない》
「さて、私が来たという事は……何を歌うかは、分かるよね」
「まぁそれぞれ二曲ずつあるもんな」
「ちょっとだけ、昔の気持ちを思い出すよ。色んな意味で」
それぞれが笑い合うと、白羽がギターを再び構えて龍真がマイクを手に取った。同時に、ステラが数歩後ろに下がる。
「今日の主役は三日月龍真と丑倉白羽だからね。私のパートは多少減らしてもらってもいい。二人ならば、アドリブでどうにでも出来るだろう?」
「うわーステラ様の無茶ぶりも久しぶりだなぁ!」
「いや、やれっけどな。フリースタイルの要領でやれってんだろ?」
「二人の凄いところを見たいし、見せたいだけさ」
「しょーがねぇなぁステラちゃんは。おっしゃ、俺は腹括ったぞ!?オーディエンス!!ブチ上がる準備は出来たか!?響壊戦の最終決戦の始まりだ!!」
「画面の向こうのみんなも手を挙げて、頭振って、好きに楽しんでいってよ?ラストスパート行くよー!!」
《後輩を立てる素晴らしい先輩》
《後輩に無茶振りする素晴らしい先輩》
《そういえばステラってこういう人やったな》
《後輩の可能性を誰よりも信じてるからな》
《結果跳ね上がるハードル》
《もう最高のライブ。今後ずっと見直すレベル》
※※※
音楽の力は凄いと正時廻叉はその日を思い返す。3Dモデルでのライブとはいえ、目の前に客がいるわけではないにも関わらず、龍真と白羽の眼には間違いなく観客が居た。ステラの眼にも、同様に客の姿が映っていたのだろう。
果たして、自分はどうだろうか。
客前で舞台に上がったことはもちろんあるが、あれだけの大観衆を想定したパフォーマンスは出来ないだろう。
では、私が役者を始めたときに境正辰は何を目標にしていただろうか。
そうだ。
私は、映画に出てみたいと思っていた。
端役ではなく、己が主演としていつか銀幕のスタアになれたら、と。
思い返せば、祖父や父が映画好きだったのだ。何度映画館へと連れて行ってもらったかわからない。レンタルで見た映画の数も数えきれない。
ならば、私がやるべきことはライブではなく。
ムービーだろう。
投稿曜日の変更でお騒がせして申し訳ありません。
仕事で土曜出勤があるとどうしても執筆時間が取れないため、今後は日曜を完全に執筆に当てる為に月曜日の更新とさせていただきます。
何とか週刊ペースはキープしたいと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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