「その椅子は、君たちの為に」
2019年11月、Re:BIRTH UNION公式チャンネルに一本の動画がアップロードされた。
昨年のようなハロウィン企画が無かった事を惜しむファンが多数存在した中で投下された燃料に界隈は沸き立った。
3Dアバターのステラ・フリークスが宇宙空間の中に浮かぶ白いステージに立っていた。星の意匠が施された豪奢な椅子に腰を下ろし、指を鳴らす。すると、そこには新たな椅子が九つ生まれる。
赤い龍。白い翼。黒い時計。青い波。紫のト音記号。緑の無数の眼。
椅子にはそれぞれ、Re:BIRTH UNIONのメンバーを示唆する意匠が施されていた。
そして、まだ意匠の無いシンプルな三つの椅子があった。
ステラ・フリークスは満足そうに頷くと、小さな笑みを浮かべて消える。
現れたのは、三日月龍真と丑倉白羽。
3Dアバターの足で自身を表す椅子へと腰を下ろすと、無音でもわかるほどに大声で笑う。
画面が切り替わると、黒の椅子に足を組んで腰を下ろしている正時廻叉、そして波の意匠を愛おしそうに撫でる魚住キンメの姿があった。
更に画面は切り替わる。肘掛けにしなだれ掛かるようにしてニヤニヤと笑う小泉四谷、背筋を伸ばして椅子に座り、膝に手を置いて静かに微笑む石楠花ユリアの姿があった。
三つの空席をそれぞれが眺めると、画面は暗転する。そして、三日月龍真からデビューした順に立ち上がり――その告知が行われた。
『Re:BIRTH UNION 3D MODEL LIVE SHOWCASE』
『coming soon……』
※※※
「先輩達の3D告知動画?うん、見たよ。俺たちの椅子もあったから、いずれは……だね」
月詠凪は自身のチャンネルで行わていたゲーム練習配信で、3D告知の動画について触れていた。ゲーム内容はキーボードとマウスでの操作に慣れるためのゲームだった。コメント内で振られた公式動画は既に確認していたし、先輩への敬意と同時に『羨ましい』という感情が芽生えたのも事実だった。
「うん。次は俺もあの椅子に座りたいな……うん、きっと同期の二人も同じように思ってる。あ、でも朱音さんの方が多分燃えてると思うかな……そういえば、こないだ朱音さんから謎のURLが送られてきてね。なんだろうと思って開いたらダンススクールのサイトだったんだよね……」
《向上心ええぞええぞ》
《椅子自体は用意されてるの嬉しいよな》
《はよキレッキレの動きする凪くん見たいわ》
《朱音ちゃん歌って踊りたいだろうしな》
《アイドルだからね》
《草》
《もうバックダンサー確保する気満々やんけ》
「ダンスはちゃんと体系だって教わった事ないんだよなぁ。それこそ、学校の授業の創作ダンスでなんかそれっぽいことしただけで。何故か俺だけバック転やらバック宙を大量にやらされたんだけど。お陰で先生には褒められたし、二週間くらいお昼ご飯奢って貰ったから良い思い出だけどね」
《草》
《才能の有効活用ではあるが》
《負担デカくて草》
《報酬がそれで釣り合ってるのか分からない》
「それじゃあ、今日はこの辺で終わろうかな。明日はちょっと配信お休みになります。明後日にはまた体動かすか、ゲーム練習しようかなって思ってるからよろしくね」
そう言って配信を終える月詠凪。デビューして約一ヶ月、Re:BIRTH UNIONの四期生の中では視聴者数やチャンネル登録者数が緩やかな上昇傾向にある。尤も、2Dアバターでの配信が彼自身のポテンシャルを発揮する環境でない事は、自分自身以上にリスナーがわかっている事だけに、彼自身に焦りらしい焦りはなかった。
むしろ、自分が一人でこうして配信を行う事への慣れの方が必要だと思っていただけに、マイペースな配信を週に五回前後行っているだけである程度の登録者数や同時接続数を得られるのはRe:BIRTH UNIONという事務所の力が大きいとも考えていた。
とはいえ、もっとやれる事を増やしたいという意識はある。そんな中で、緋崎朱音が送ってきたダンススクールへの勧誘は興味深くもあった。金銭的余裕がない事から保留はしたが、いずれは通うのも悪くないと考えている。
「色々やりたいけど、今はまず、明日の打ち合わせ次第かな」
自室に張られたカレンダーへと視線を向ける。明日の朝十時から、本社の事務所で企画への打ち合わせがある。四期生、SINESの三人だけでなく、ステラ・フリークスを初めとした先輩達とも直接顔を合わせる初の機会だ。凪自身は、正時廻叉と既に顔合わせは済ませている。それだけでなく引越しの手伝いまでしてもらっていた。
緋崎朱音はスタジオで石楠花ユリアに直接挨拶と将来的なコラボのお願いもしたと聞く。朱音のモチベーションの高さと積極性は見習っていきたいと凪はその話を聞いた時に思った。一方で逆巻リンネはまだ直接Re:BIRTH UNIONの先輩方と顔を合わせてはいないらしい。だが、彼は現在のVtuber業界のトップを走るオーバーズのオリジナルメンバー、七星アリアの実弟である。日常的にトップVtuberと暮らしているというのは凪には想像が出来ないが、少なくともそれを配信のネタにした事は今のところない。そういう意味では、リンネもまたポテンシャルを完全に発揮しているとは言い難い状況にあると言える。
「もしもアリアさんとの関係カミングアウトしたらどうなるんだろうな、リンネくん」
いずれ来るかもしれないし、来ないかもしれない未来を想像しつつ明日に備えて凪はベッドへと向かう。この時、翌日の打ち合わせで想像していなかったカミングアウトを受ける事になるのだが、今はまだそれを知る由もなかった。
※※※
「改めて、初めまして。Re:BIRTH UNIONへようこそ。私がステラ・フリークス……オフラインかつ一般の方の耳目がある場所では本名である星野要と呼んでくれ。まぁ今日のところは外部の来客も無いらしいから、Vtuberとしての名前でいいよ」
「同じく、正時廻叉こと境正辰です」
「石楠花ユリアです。本名は、三摺木弓奈です」
株式会社リザードテイルのミーティングルームに集められたSINESの三人の前に立ったステラ、廻叉、ユリアによる本名公開に凪は若干の困惑を見せていた。バーチャルの世界と現実の世界、両方で生きている以上は本名で呼び合う場面も当然あるというのは、少し考えればわかる事だったが、いきなりの本名公開に狼狽えてしまった。
「初めまして!逆巻リンネこと葉月玲一です!直の打ち合わせってことで超緊張してます!それに」
「はい、ストップ。初めまして、緋崎朱音です。本名は安芸島結です。あ、以前にユリアさんにはご挨拶してて、その時に本名は名乗ってました。今日はよろしくお願いします」
真っ先に動いたのは逆巻リンネ、その後の無限に続くトークを遮ったのが朱音だった。デビューして間もないが、この連携は朱音と凪のどちらもある程度可能になっている。同期同士のいつものやり取りを見て狼狽からようやく復帰した凪が小さく会釈した。
「あ、えっと、月詠凪です。本名が水城渚です。廻叉さんには、引越しのお手伝いとかで既にかなりお世話になってます」
「まぁ手伝いと言ってもそこまで大したことはしていませんが」
自己紹介に対して苦笑いを浮かべて謙遜する廻叉の姿を見て、凪は配信上で見る無感情な執事と同じ声なのに違和感を覚えてしまった。それは他の二人も同様だったようだ。
「すげぇ、廻叉先輩が笑ってる……?!」
「ちょっとリンネくん!?私もちょっと思ったけど直で言うのは失礼だよ!」
「朱音ちゃんもそれを口に出しちゃったら同じだよ?」
ステラが思わずツッコミを入れるほどに正直な二人の姿に凪は引きつった笑みを浮かべる。一方で当の廻叉は特に気にしても居ない様子でミーティングを進行する。
「さて、改めてお三方をここにお呼びした理由ですが。私とユリアさんがMCをする新人紹介番組に出て頂く事になったので、それに向けての打ち合わせが一つ。もう一つは、ステラさんの趣味であるメンバーとの歌動画の為の打ち合わせです」
「二期生までは二回やってて、三期生の二人も一回ずつやってるからね。流石に当面アルバムを出すことはないし、ちょっと仕事が落ち着いたタイミングでSINESのみんなとも歌ってみたくなったんだ」
「え、本当ですか。俺は歌はそこまで上手くないですけど……」
「大丈夫だと思う、よ。その……ステラさん、上手くなるまで、付き合ってくれるから」
「それ徹底的にボイトレするって事じゃないですかー!!」
新人紹介番組に関して以上に、ステラとの歌動画の方が衝撃が大きかったらしく三者三様の反応を示すSINESの面々。単純に歌に自信がない凪は不安をあらわにし、フォローのつもりでユリアが告げた言葉に「上手くなるまで」のハードルの高さを想像して叫ぶリンネ。問題は、明らかに顔を上気させて赤みすら帯びている表情を浮かべ、両手を顔に当ててニヤけている朱音だった。思わずリンネがそれを見て「ヤンデレの顔してる!」と叫んだほどだった。
「ふ、ふふ、これは、私のRe:BIRTH UNIONアイドル化計画最大の難所であったステラさんを最速でアイドルに出来るチャンスですよチャンス……!!!」
「あ、朱音ちゃん落ち着いて?それにステラさんは割とそういうの乗ってくれるから最難関ではないと思うよ?」
「むしろ最難関は四谷くんですよね」
「ふふ、まぁ通過儀礼であり歓迎の証だと思ってくれたまえよ。どんな歌を歌うかはこの後決める事にするとして。その前にこの二人との番組の方が重要だよ。配信上で絡む機会は少ないけれど、この二人の組み合わせは人気だからね。視聴者数も相応に増えるだろうね」
朱音の暴走をユリアが宥めながら、当のステラは楽しそうに笑うばかりだ。そして廻叉とユリアの間に立って二人の肩にそれぞれ手を置いて告げる。むしろこちらが本番だ、と。
「基本的にはそれぞれ一人ずつお呼びして、一問一答の質問コーナーと、それを元にトークをするという風にしようかと思っています。当日までにある程度の台本などは配れると思いますし、それを見てシミュレーションしてもらえれば」
「私はどちらかというと廻叉さんのアシスタントだから、会話の手助けになれればって感じ、かな」
「了解です。それにしても、廻叉さんとユリアさんの二人って人気あるんですね」
「そりゃ執事とお嬢様というわかりやすい組み合わせだし、以前私もうっかり話して叱られたけれど……ユリちゃんがこちらの世界に飛び込むきっかけが廻くんだったからね」
「あー、なんか切り抜きで見たかもしれねぇっす。大体ユリア先輩が廻叉先輩に褒められて滅茶苦茶照れるってのが多かった気が」
「ひゃあ?!そ、そんなのが、あったんだ……」
「そうそう、そんな感じの声まとめみたいなのも。あと、別の事務所のVtuberさんが『廻ユリてぇてぇ』ってなってるところまとめとか」
「まぁこちらの世界にくれば割とそういう部分でまとめられてしまう事も多々ある、という事で……それに、いずれは分かってしまう事だと思うので今のうちにお伝えしておきます。ユリアさん、いいですか?」
「ひゃ、ひゃい……」
あまり大丈夫ではなさそうなユリアの返答ではあったが、少なくとも肯定の意は廻叉へと伝わっている。凪とリンネが頭にクエスチョンマークを浮かべる中、唯一察したのは朱音だけだった。両頬に当てていた手が、口元のニヤつきを隠すようにしていた。
「結論から言います。私とユリアさん、お付き合いしています。最終的には配信上などでも公表するつもりですが、基本的には他言無用でお願いしますね」
「急にこんな事言って、ごめんなさい……でも、仲間になったのに、隠し事しているのはダメだと思って」
「え、あ、はい」
「ああ!凪兄ちゃんが宇宙空間と猫を合わせた画像みたいになってる!?朱姉ちゃんも椅子に座ったままのたうちまわってるし!?ちょっと俺を一人にしないで?!同期だけど兄と姉だろしっかりしろぉ!!」
大混乱状態に陥ったSINESの三人をどこか楽しそうに眺めているステラと廻叉に対し、ユリアだけは三人を心配して落ち着くためのお茶を用意したりとバタバタ動き回っていた。この三人がRe:BIRTH UNIONに馴染むまで時間は掛からなそうだ、とステラ・フリークスはこの時の様子を見て確信したと後に語っている。
三人に付き合ってることをちゃんと教えよう、と提案したのはユリアさんです。
次回は新人紹介番組ですね。執事とお嬢が、ガッツリ新人とトークします。全三回くらい予定。
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