「Last Mission - LET THERE BE LIGHT -」
かつて存在した司令部は、今や機動兵器であった物と人間であった物と司令部であった瓦礫を積み上げた死の山と化していた。異星から現れた敵性存在による破壊行為――侵略ですらない、純然たる破壊行為によって人類は滅亡までの秒読み段階へと進行していた。
死の山の頂上に佇む六足の獣のような巨大機動兵器は、また別の命を奪うためだけに世界を睨みつける。羽虫のような飛行兵器が主たる機械の獣に命を捧げるべく空を駆け回る。人類が滅亡に進む秒針を止めるためには、この災厄の化身たる『獣』を討ち果たさねばならない――――。
「死んでもいいと思っていた私が、最終決戦に立つ事になるとは。生きる事への執着がない私だけが、生き残ってしまった。死んでもいいと思っている人間が、人類の存亡を背負う一人になるのも皮肉なものですね」
「センチメンタルになってるね、『タイマー』が」
「あー……まぁ、そういう奴だからな。率先して死にに行かないってだけでも、チームを組むには十分だ」
「『レッド』は大人っすね……俺、今から怖くて仕方ないっすよ。これまでのミッションだって死んでもおかしくないようなのばっかりだったのに」
「俺も『テンマ』に同意ー。いやー、もう……何アレ。大質量の殺意じゃん」
「言うな、『ミゾレ』。悲観的になりすぎるな。俺たちだけでなく、ここまで生き残ったチームやパイロットが集結するらしい――もしかしたら何とかなるかもしれんぞ」
これから『獣』に挑む四機のパイロットは最終ミッション開始までの僅かな時間をチーム内での雑談に充てた。いつの間にか、彼らはそれぞれのパイロットコードから呼びやすい部分を抜き出して呼び合う仲になっていた。そんな彼らですら、挑むこと自体が無謀だと思える敵性存在の最終兵器たる『獣』だった。作戦などという小賢しさが通じる相手ではないのは、この四人――更には、最終決戦に挑む数十人の精鋭にして最後の生き残り達は、事前に資料として贈られた映像から嫌というほど感じ取っていた。
「とはいえ、オープンチャンネルを使用しない以上、我々以外との機体とは即興での連携が必要になるでしょう」
「なあ、タイマーさん。やっぱりオープンチャット……じゃない、オープンチャンネルでの通信は有りにしないか?」
「混線して情報が混乱することは避けるべきです。それに……身も蓋もないことを言えば、単純に音声量が増えすぎて耳を傷めますよ。それでなくても、『獣』とその眷属の発する音が大きいのですから」
「まぁみんな喋り倒すでしょうしね。俺もソロ配信で……」
「……テンマさん」
「あ、失敬。ソロ出撃の時は、独り言がいつも以上に増えちゃうんですよね」
「タイマー厳しいなぁ。ま、俺もレッドもテンマもそれに付き合ってる以上は、ね」
「さて、お喋りは終わりだ。行くぞ、野郎ども」
「「「了解」」」」
それぞれの創り上げた、今この瞬間における最大の戦力が―――獣を狩るために、駆け出す――。
※※※
時間は一時間程前に遡る。『FINAL DEFENSE FRONTLINE -Mission for EARTH-』におけるストリーマークローズドβテスト最終日、全員参加のスペシャルミッションが告知されていた。そして当日、各々の配信者が準備を進める中で正時廻叉もまた配信を開始。同時に、βテスト中に交流を深めた三名の配信者、ゲームストリーマーのレッドコースター。ゲーム実況者グループ『てるてるボーイズ』のミゾレ、Vtuber事務所オーバーズ所属のVtuber王海天馬とDirecTalkerで通話を行っていた。
「今回、実は私から提案がありまして」
コラボ配信となった今回の配信で、正時廻叉はβテスト期間内でやり残したことをどうしてもやりたいという思いがあった。そして、おあつらえ向けに最終ミッションはこれまでで最大の人数が参加する、いわばロボットアニメ作品などにおける最終決戦に近いシチュエーションだった。
「いいよ!」
「ミゾレ、せめて内容聞いてから返事しろよ」
「まぁ執事さんならそんな無茶ぶりはしないでしょうし」
ここまで交流を深めていた事、さらにレッドコースターとミゾレがVtuberという文化にある程度興味を持っていた事もあってか、知り合って数日にも関わらず気の置けない関係となっていた。それぞれのリスナー同士も交流があり、それぞれのチャンネル登録者数が増えたりファンアートが描かれたり、別ジャンルのファンに向けたプレゼン画像を作るファンなども現れるなど、ある種理想的な異業種交流となっていた。
「では私からの提案なのですが……最終ミッション、実際の作品内の人物になって挑みませんか?いわゆる、ロールプレイという物です」
「わぁ、結構な無茶ぶり」
「執事さんはそういえば演劇の人ですもんね」
「うーん……とはいえ、即興で出来るかどうか。面白そうではあるけど」
三人の反応は「やりたい気持ちはあるが、できる自信はない」という物だった。同時に、彼らもゲームの愛好家であり、没入感が高まった結果ごく自然と登場人物になったような言動をする経験が少なからずある。
「そう仰ると思いまして、我々『コンパス(仮)』がFDFの登場人物であったら、という設定の資料を作って参りました。無理に演技をする必要はないのです。ただ、自分が作品内の最終決戦に挑むパイロットであるという意識で会話をしてくださればいいのです。ミッション中は設定したコードネームで呼び合ったり、配信などのメタ要素を排したり、といった具合ですね」
「あ、ガチだこれ」
「うーん、流石リバユニさんとこはやることが違う……!」
「……俺がコンパスの隊長なのか。まぁ、年期は入ってるしなぁ。とりあえず、最終ミッションまでに別のミッションで練習してみようか。それでダメなら、普通にやればいいさ」
結果的に『主人公をサポートする先輩小隊』、或いは『スピンオフが出るタイプのライバル小隊』という雰囲気を作ることに成功し、ロールプレイを行いながらの最終ミッション参加が決まった。
※※※
「目標は『獣』の破壊だが、『虫』の目を潰さなければ話にならん。コンパス小隊は『虫』の撃破を最優先する」
「了解、先に死んじまった『アラレ』や『クモリ』、『ヒョウ』の分まで頑張らないと」
「ミゾレさんも、仲間を失ってるんですね。俺も……『ブラックセイル』っていう気のいいバカが戦死しちまって」
「仲間を失ってきた人たちばかりでしょうね、今日この戦場に立っているのは。私とて、新米の頃に導いてくれた『ルナドラゴン』という先輩を失っています」
「それじゃあ、全員生き延びて、『獣』をぶっ潰して、墓参りに行くぞ。……敵機接近、『獣』からのスナイプに注意しつつ、『虫』の駆除だ!」
《おおお……》
《レッドさんベテランの風格が凄い》
《ミゾレに悲しい過去……》
《勝手にてるてるボーイズの他のメンバーが殉職したことになってて草》
《天馬、お前もか》
《ブラックセイルってあたりがもう草》
《執事、お前もそこで乗るんか》
《ルナドラって事は……w》
《フィクションならではだな。実際の龍真が他人を導けるほど上手くなるはずがないもん》
シルバーのカラーリングに統一しつつも、それぞれにワンポイントのカラーをあしらった『コンパス』の機体がそれぞれをカバーしながら『虫』の群れを排除していく中で、他のパイロットたちの声がオープンチャンネルで聞こえてくる。それぞれ小隊を組むものも居れば、完全にソロで動く者も居た。もちろん、音声通信を敢えて使用しない者も居た。
聞こえてくる声は、絶望と怨嗟、そして『獣』に対する闘争心に溢れていた。
『あああああああ!!クソがああああ!!!』
『レーザーが、こっちにあ、あああ!!!』
『来るな来るな来るなあああああ!!や、め、やめろおおおおお!!!』
『元プロとかも混じっててこれ?!どうなってるの、あの獣!!』
ある者はミサイルの誘導を避けきれず、ある者は『獣』が照射したレーザーの薙ぎ払いに巻き込まれ、ある者は『虫』の殺到に飲み込まれて早々に一機目を失っていた。幸いなのは『獣』にバリアのようなこちらの攻撃を遮る機構を持たない事であったが、攻撃の苛烈さはこれまでのミッションに現れた敵性体を大きく上回っていた。
そして、何よりも恐ろしいことに、『獣』は死の山から鎮座したまま動いていない事だった。
「あっはっは……酷ぇ地獄だ」
「コックピットコアの保護は二度まで……早々に、後がなくなっている機体もありそうですね」
「レッド、このままじゃジリ貧っすよ。『虫』はだいぶ減ってきてはいますが」
「そうだな……友軍が削られる前に『獣』に仕掛けるぞ。コアが残ってる俺らが前線張って、もう落ちれない奴らに『虫』を任せるか」
ミッション開始から五分。圧倒的に不利な状況のまま攻勢を仕掛ける事を決意した『RED COASTER』の指揮によって、『コンパス』は死地へと赴く。
※※※
「くそっ、持たないか……一時離脱する」
『RED COASTER』の機体、『RED CHANNEL』が二度目の撃墜を受けて『コンパス』の全員が後のない状況へと追い込まれた。戦場に残る友軍の数も半分よりもやや多い程度であり、三度の撃墜によってコックピットコアを撃ち抜かれて散った者が増え続けている状況だった。
『虫』の殲滅には成功しているが、死の山に鎮座する『獣』は未だに攻勢を緩めない。とはいえ、ここまで生き残った者たちは、その攻撃パターンをある程度読み取りオープンチャンネルで大規模攻撃の予兆を警告するなど、全員が一丸となりつつあった。
「命の張りどころですね。レッドが復帰次第、総攻撃を提案します」
「全体の人数が居るうちにやった方がいいでしょ。俺は賛成」
「俺もっす。とりあえず、あのお山の大将気取ってる獣を引きずりおろしましょうよ!」
「……よし、フォーメーション組んで突貫するぞ。オープンチャンネルの声も聴き逃すなよ。即興の連携をするつもりでやる。出来るよな?」
「OKっす。そんじゃ、『Pegasus』行きまーす!」
「テンマは元気が良いなぁ。まあ俺の『SLEET』の火力がとこまで通じるかわかんないけど」
《おおおおお!!》
《熱い展開だけど、絶望的な展開でもあるんだよなぁ》
《オープンボイチャ、悲鳴が消えて必死の指示やら合図やらが聞こえてきて全員ガチだわ》
《どこまで削れてるんだ、あれ……》
《天馬、マジでタフだな。一番足の速いのずっと使ってて一番動き回ってるだろ》
「よし、タイマー。俺らも行くぞ」
「ええ。行きましょう。……不思議ですね、死地に向かうのに、どこか楽しくて仕方ありません」
「コックピットの中でどんな顔してんだか」
「生き残ったら、満面の笑顔を見せますとも」
「そりゃ楽しみだ」
そこからの大攻勢は熾烈を極めた。ゲーム内に登場する兵器全種を備えた『獣』の苛烈な攻撃を『コンパス』だけでなく生き残った全機が凌ぎ、合間を縫うようにそれぞれの持つ最大火力を『獣』へと叩き付けていく。徐々に攻撃の間隔が空いてきた事を察知したパイロットたちが、さらに攻撃を仕掛ける。
『喰らえおらあああああ!!!』
『行ける、勝てる……!!』
そんな声がオープンチャンネルにも聞こえるようになったときに、今までの比でない爆発が『獣』から発した。その爆発を齎したのが誰であるかすらわからない。だが、確かに『獣』がその動きを止めて、ボロボロと体が崩れていくのを全員が目撃した。
「勝った、のか……?」
「いやったあああああ!!!」
「マジで助かった……もう、俺、エネルギーミリ残りだよ」
コンパスの面々もその光景を眺めていた。困惑、歓喜、安堵……それぞれの感情が発露する中、タイマーは気付いた。そして、それまでオフにしていたオープンチャンネルに繋いで、叫んだ。
「まだです!!レーダーに反応、『獣』の中から何かが来ます!!!」
レーダーに映っていた巨大質量である『獣』を表示する大きな赤い光が失われていく、その中から小さな赤い点――友軍機である緑の点と同じサイズのそれが、現れたのをタイマーは見た。
『え、何が……あっ』
ボイスに最初に反応したパイロットの声が、あっという間に消え失せた。
レーダー上の赤い光は、縦横無尽に動き回り、同時に緑の光が消えていく。
現れた一瞬で数多の死をバラまいて、小休止するかのように上空に静止した、細い胴体に極端に長い腕と脚、背中から光の翼を生やした敵性機体が、戦場全体を睨みつけていた。
まるで、ここからが本番だと言わんばかりに。
「は、はは……なんだアレ、天使か?」
レッドが力なく呟いた次の瞬間に、『天使』が異常な加速と共にレッドを強襲。腕から伸びた光の刃が機体を引き裂いた。
「うわああああああ!!!!」
思考停止状態から復帰と同時に、距離を取るべく機体を動かしたテンマだったが、光の翼から放たれた弾幕と呼ぶにふさわしい光弾の嵐に呑まれて爆散した。
「こんな事、あるかよ……」
攻撃が悉く躱され、半ば諦めたかのようにミゾレが呟いた瞬間に、十数本のレーザーによって機体が文字通りの蜂の巣にされていた。
「『獣』は前座に過ぎないと……そう言いたいのですか。なるほど、しかし、私たちは貴方をこの戦場へと引きずり出しました」
要塞との攻防に近かった『獣』とは違い、自分たちとほぼ同じ大きさの機動兵器による超高速戦闘を仕掛ける『天使』を追いながら、タイマーが呟いた。
「私が、私たちが敗れたとしても、貴方はいずれ墜とされる。この日の戦闘データ、映像記録が、貴方を墜とす者へと受け継がれるのです……!」
残った弾倉をすべて吐き出す勢いでレールガンを乱射する。それでも、『天使』は止まらない。急速反転し、後ろから追いすがる邪魔な機体を排除に掛かる。
「機械の天使。人間を、なめるなよ」
そう呟いた瞬間に、真横を『天使』が飛び去った。増幅した光の翼に巻き込まれるようにして、『TELESCORP』と『KS TIMER』は戦場からその姿を消した。
塵一つ、残すことなく。
次回は配信者コラボイベント名物、二次会です。
最後に出てきた『天使』についてはドゥーム様、或いはラインの乙女で検索してみてください。
この日の参加者が見た、そして筆者が見せたかった光景がそこにあります。
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