「逆巻リンネのトークライブ」
お陰様で第10回ネット小説大賞の一次選考を突破致しました。
合格したことも勿論嬉しかったのですが、エントリーに失敗してなかった事の安心感が凄かったです。
やっぱり二人とも凄いな、と逆巻リンネこと葉月玲一は同期であり人生の先輩である二人に対して素直な尊敬の念を抱いた。最終選考の日に出会い、こうしてデビューを迎えるこの日まで交流を重ねてきたが、実際にライブ配信を行って成功させたところを見ると感慨深く思えた。同時に、自分も同じくらい、あるいはそれ以上に視聴者を楽しませたいという思いが芽生える。
思えば、狭い範囲の中で生きてきた人生だと思った。自分が生きている事が家族への負担になるとばかり思っていた。そんな認識を丸ごと変えてくれたのが姉であり、Vtuberという世界だった。
『家族がそんな事で負担とか迷惑なんて思う訳ないでしょうが!!アンタが健康になって元気に過ごせてるって事の方がよっぽど大事だし重要!』
昨年末の大きなイベントで姉が言った言葉だ。何千、を超えて万単位の人間が視聴している生放送で、たった一人自分だけに向けられた言葉にどれだけ救われただろうか。変わり者だが優しい姉の存在が自分の人生を良い方向へと変えてくれたと心から思う。
その姉はオフコラボと称して同期の自宅へ泊りに行っている。姉に自分が配信している所を直接見せられないのは残念であるが、興が乗った姉が自室の配信部屋に乗り込んでくる可能性に思い至るとオフコラボに誘ってくれた姉の同期のVtuberに心から感謝した。
「さあて、やるかぁ……!」
配信開始予定時刻まであと三分。緋崎朱音のように歌って踊ったりはしない。月詠凪のようにゲームで身体能力を見せることもない。ただひたすらに喋り倒すだけだ。
※※※
《サムネもタイトルも一番普通だな》
《由緒正しい新人感》
《フィジカル強者が続いたから今度はどっち路線なんだろうか》
《3Dに力入れていくならリンネくんもフィジカルつよつよ勢かもしれない》
《拙者オーバーズ民、七星アリアのVtuber的弟と聞いて歩いて参った》
《アリアとママが同じなのリンネだけってマ?》
《自分の事じゃないのにドキドキしてきた(本日三回目)》
笑顔を見せる逆巻リンネに、『初配信』とだけ書かれたシンプルなサムネイル。ここまでのRe:BIRTH UNION四期生のデビュー配信が既にSNS上でトレンドになっている事もあり、噂を聞きつけた他事務所や個人運営のVtuberのファンたちも集まる中、突然若い男の声が響く。
「えーっとこれ押して、あとは蓋絵どければいいんだっけか。あれ?これで出来てんのか?んー、よくわかんないけどまぁ何とかなるでしょ。話したい事もメモったし、あとは俺が変な失敗しなきゃ万事OKっと。やっべぇ、楽しいなぁ。朱姉ちゃんも凪兄ちゃんも超凄かったもんな。俺も負けてらんねぇもんなぁ」
《!?!!!!》
《喋ったああああああああ!!!》
《声が、声が若い……!!》
《【朗報】逆巻リンネ、少なくとも同期内では最年少【兄ちゃん姉ちゃん呼びは俺に刺さる】》
《ミュートしっぱなしはたまにあるけど、マイク入っているのに気付いてないパターンは珍しいかもしれない》
《あかねえちゃん、なぎにいちゃん……(尊死)》
《ミステリアスな風貌から放たれるお調子者の末っ子感満載の喋りで草》
「あれ?あ、もうマイク入ってて聞こえてる?やっべ、ちょっと待ってねー!」
喋りだしがスムーズにいくように、と助走のように喋っている言葉が既に視聴者へと伝わってしまっている事に気付いたリンネは、慌てて蓋絵から画面を切り替えて時計の浮かぶ白い空間を画面に呼び起こす。その前に立つ、銀髪金目に祈祷師風の姿の少年がゆらゆらと揺れていた。
「いやー、喉と舌の準備運動がバッチリ入ってたみたいでごめんね。変な失敗いきなりしちゃったけど、たぶん変なことは言ってないと思いたい!という訳で、謎空間からこんばんは。何を隠そう、この俺こそがRe:BIRTH UNION四期生の最年少。謎の和風シャーマン、逆巻リンネでーす!」
《うおおおおおおおおおおお!!!!》
《元気っ子だ!男性陣で初めてまともに元気のいい明るい子が来たぞ!!》
《めっちゃ喋りが達者で草》
《初々しさだと凪きゅんだけど、リンネきゅんも可愛い……しゅき……》
「年齢は秘密だけど、間違いなくRe:BIRTH UNIONの中では一番下かな。職業は凄く狭い範囲の魔法使い。ちょっと禁術に手を染めて死にかけた挙句に謎空間がメインの生活場所になっちゃいました。いやー、出来そうってだけで手を出しちゃダメね、禁術。時間遡行には成功したけど、戻ってきた当時の年齢で体は固定されちゃうし、みんなの世界側に行く時間も限られちゃってるしこう見えて色々大変なんですよ……っとコメント超速い!すげぇ、こんなにもたくさん見てくれてるのかぁ。だったら、俺が何者かどうかなんてことより、もっとみんなの興味ありそうな事について語った方がいいかな?」
《待て待て待て情報量が多い!》
《めっちゃ喋るやんw》
《マシンガントークで草》
《無茶苦茶しれっと禁術とか言ってて草》
《時間遡行?!》
《活動方針とか聞きたい》
《コメントも速いけどお前の喋りも速いんだよw》
《芸風までアリアと似てて草》
《とりあえず好きな食べ物でどんだけ話広げられるか見てみたい》
「とりあえずパっと目に付いたのから話していこうかな。活動方針聞きたい、との事で。まずはこういう感じの雑談配信メインにしつつ、もうちょっと俺自身がVtuberとしての活動に慣れてきたらゲスト呼んでトークとかしたいなぁって思ってたんだけど、俺の場合聞き上手じゃなくて自分がガンガン喋っていっちゃうタイプだからその辺は要修行って感じ。まぁ魔法の修行よりは安全だろうから全然問題なしなんだけどね!さて、次は好きな食べ物だけど……割と好き嫌いないんだよなぁ。病院食はもう食べたくないけどね!あっはっはっは!その反動もあるとは思うんだけど、割と味の濃い食べ物が好きかな。一番たくさん食べれる物で考えると……あ、アレだ。肉とタマネギしか入ってないハヤシライス!なんていうか具沢山よりも具が少な目のが好きになる傾向あるなぁ。ラーメンとかうどんとかも麵だけで満足しちゃうし、トッピング増やすよりも量そのものを増やす系男子です」
いわゆるロールプレイらしい事はしていないが、ペースの速いトークの中にそれらしい言葉や過去を散りばめることで「魔法使い」という職業への説得力を補強する。逆巻リンネが自分らしさと『逆巻リンネらしさ』を両立するために選んだ手法は概ね成功していた。少なくとも、どこにでもいる素人が喋っているようには思われていない。
「ただねぇ、お酒が飲めない年齢だからなぁ。先輩方と飲みに行く、みたいなのが出来ないのが残念なんだよね。俺はソフトドリンクで盛り上がれるけど、やっぱ同じもの飲みたいなぁって気持ちはあるから早く大人になりたいね。年齢操作できりゃいいんだけど、今度禁術に手を出したら本当にこの謎空間から出れなくなりそうだし。割と居住性高いんだけどね、ここ。たまーに、変な混線して救急車のサイレンとか改造車の爆音が入ったりするけどそこは気にしないでくれると助かる」
《情報が、情報が多い……!》
《いや、本当によく喋る》
《生活感のある話題とファンタジーな話が入り混じっててもう何が何だか》
《切り抜き師が文字起こししたくなくなるレベル》
《とりあえず時間系の魔法に手を出して死にかけたうえで、この謎空間に住んでる、と》
《もうスピードラーニングの速さなんよ》
※※※
「うわぁ絶好調だね、リンネくん。これが若さかぁ……」
「安易に天才という言葉を使うと軽くなってしまうけど、彼に関しては……天性の物だろうね、この喋りの上手さは」
「もう少し、聞き手の立場も気遣って間を開けたりするといいのですが。とはいえ、この迷いのなさは褒めなければいけないでしょうね」
裏実況部屋の三人はそれぞれ逆巻リンネのトークに対してそれぞれに高評価を与えていた。例えば、生放送のラジオ番組であれば五秒から二十秒ほど完全な無音が続くと放送事故という扱いになる。場合によっては、自動的にバックアップ音声が流れる事もある。Vtuberでは自分自身の喋りや配信ソフトの操作で対応しているため、BGMを常に流していたりすることで無音放送を回避している。とはいえ、無音ではなくとも、無言になってしまうことはVtuberの配信ではよくある事だった。
例を挙げれば、ゲームに集中しすぎて一切言葉を発さない、単純な離席、飲酒雑談で飲み過ぎて寝落ち、新人であれば喋る内容に迷って言葉に詰まるなどが多々あった。
しかし、逆巻リンネは喋りが一切止まらない。息継ぎや間を開ける事こそあるが基本的にずっと喋り続けている。特にこれまでに配信などの経験がない、十代の若者としては破格の才覚だと三人は認識していた。
「このまま成長すれば、外部へのゲスト出演のオファーが増えそうですね。少なくとも彼が居れば空気が固まるような事にはなりそうにもないですから」
「確かに、これだけ物怖じしないで話せるなら多人数でのコラボでも重宝しそうではあるね」
「あとは、言っちゃいけない事とかそういう点だけ自覚してもらう感じかな?」
「なんにしても四期生全員、将来が楽しみだと思わないかい?」
「全くです」
それぞれの才覚を見せ、3Dアバターでの更なる飛躍も期待できる四期生達の未来図を想像した三人は笑みを浮かべながら逆巻リンネの配信を見守った。
※※※
「あー、そういえば俺がVtuberを目指した理由言ってなかったっけ。元々Vtuber自体は知ってたし、たまにTryTube開いたら見掛けたりって事はあったんだけど。去年のカウントダウンフェスがやっぱり決め手だったかな。とにかく、3Dで出てた大先輩達も、動画投稿してた人たちもみんながみんな楽しそうでさ。その時の俺が、禁呪失敗絡みで短い人生の中でもトップクラスに暗くて重たい時期だった訳さ。そんなときにあのフェス見たらどうなると思う?」
コメントを拾いながら話を広げる、という手法で逆巻リンネはおよそ五十分間を走り切っていた。間に放送用のタグやファンネームなどの定番質問も消化し、そろそろ〆に入ろうというタイミングで、リンネは自身がVtuberという世界に現れた理由を語る。
「引っ張られたよね、完全に。あんな楽しそうな世界を見せられて、楽しそうにしてる人たちに魅せられて。俺もそっちに行きたい、そっちでやり直したいって思ったら……気が付けばRe:BIRTH UNIONに居たよ。そして、今日この日この瞬間に俺は生まれ変わった!魔法使いでも禁呪に呪われた愚か者でもない、Vtuber逆巻リンネ!今ね、すっげぇ清々しくて嬉しくて、ちょっと泣きそうなくらいなんだよね、本当は」
《わかる》
《そこで光に背を向けずに素直に手を伸ばせてえらい。それが出来なくてどこまでも沈む奴もいるから……》
《なるほど、彼もまたリバユニじゃなきゃダメだった子だ》
《泣くほどデビューを喜んでくれるの、なんかこっちも嬉しくなる》
「Vtuberになれた時点で、生まれ変わりたいって目標は達成できてしまったから……新しい目標を考えないとね。差し当たって……そうだ。こんな謎空間独りぼっちが長かったし、友達をたくさん作ろうと思う。最終目標は、凸待ち配信で24時間やる事!内部も外部も、企業も個人も関係なく友達山ほど作っていきたいと思います!って、言ってる間に時間が来ちゃったね。なんか色々慌ただしくてやたら五月蠅い配信だったけど、どうだったかな?俺は楽しかったから、みんなも楽しかったら最高だね!それじゃあ、また今度!逆巻リンネでしたっ、終わりっ!!」
言い切ると同時に、蓋絵に切り替わる。あまりに潔い終わり方で、コメント欄は若干困惑するが、概ね逆巻リンネに対して好意的な評価が多かった。凸待ち24時間という最終目標こそ無謀とされたが、それくらいの友達が出来てほしいという思いが視聴者の間での大まかな共通認識になっていた。
マイクを切り、配信停止を押した瞬間。逆巻リンネから葉月玲一に戻った瞬間、体中から力が抜けた。配信用ではない、私用のスマートフォンには通知が二つ。
同業者の同級生からは「終わり方をあんな感じにしたいなら、配信ソフトのシーン切り替え上手く使ったほうがいい」というアドバイスが。
姉からは「よくできました。ようこそこっちの世界へ」というシンプルなメッセージが残っていた。
葉月玲一は口元の笑みが収まらないまま、自分のスマートフォンを抱きしめるようにして、デビューしたという喜びを噛み締めていた。
四期生デビュー編、これにて完結です。ソロ配信が続いたので次回からは複数人の掛け合いをやりたいですね。
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