「月詠凪のストーリー」
月詠凪こと、水城渚はやや世間知らずである。元々が離島の出身であり、本土での生活は高校在学中の三年間と、友人宅での居候生活の半年強しかない。Vtuberどころか、動画配信で生計を立てるストリーマーという職業を知ったのもRe:BIRTH UNIONのオーディションに参加し始めてからだった。
凪からすれば、同期も先輩も、あるいは未来の後輩も手本とすべき存在だ。知識不足を補うには時間が足りず、機材の動かし方を半ば詰め込み教育に近い形で覚えることで必死だった。自力で配信を開始して考えた企画を実行し、そして無事に配信を終えてこの後に待つ逆巻リンネへとバトンを渡す。先にデビュー配信を成功させた緋崎朱音に続かなければいけない。大きなプレッシャーを感じていた。初回だけは念のためにスタジオから行う事にしていたが、今後は自宅でも出来るようにしなくてはいけない。
その一方で、自分がこれから新しい世界に飛び込むのだという高揚感も同時に感じていた。友人たちの誘いや説得に乗る形でVtuberを志し、自身の境遇にも理解を示してくれる事務所へと所属することが出来た。おまけに、友人たちが『こちら側』でも遊べるようにと個人運営のVtuberを始めるという。それも、二人も同時にだ。他の友人達も二人の為に協力は惜しまないという。
自分は、誰かに助けられっぱなしの人生だった。
だからこそ。
自分の足で新しい世界に踏み出す。
きっと怖いのは最初だけだ。
そう自分に言い聞かせながら、彼は配信開始の時刻を待った。
※※※
《待機画面はシンプルやね》
《最近のデビュー組、ここにGIFアニメやらなんやら色々仕込む人多いからな》
《BGMのセンス〇》
《波音ええなぁ》
《相当落ち着いてる子やね》
《夜要素よりも凪要素が強いのね》
月明かりに照らされた海岸に『Please Wait』の立て看板があるだけというシンプルな蓋絵、BGMは波音とオルゴールを重ねたヒーリング系のフリーBGMを使用していた。同接人数は先ほどの緋崎朱音に比べれば若干少なくはあるが、それでもデビュー配信の同接人数としては相当な人数が来ている事は間違いない。
「わ、凄い人数集まってる……」
《!!!》
《おおおお!!》
《声来たああああああああああああああ》
《温厚系イケボだ!》
《凪きゅん!!!!!!》
《あ、もう好き》
《初々しいなぁ》
「それじゃあ、始めますね」
コメントの加速に面を食らいながらも、凪は出来る限り落ち着いて配信ソフトの操作をする。蓋絵を外し、BGMを配信用の物に変更する。爽やかなギターフュージョン系の楽曲。どちらかといえば、ランキング系解説動画などで使われることの多いBGMの為か、それに反応している視聴者も数名居た。
夜の海をバックに立つ、黒髪に派手な柄シャツ姿の少年。黄色と深い青のオッドアイと、アクアブルーの勾玉のネックレス。どこにでもいる少年にも、浮世離れした存在にも見える姿。
「えーっと、初めまして。俺の名前は月詠凪と言います。この度、Re:BIRTH UNIONの四期生としてデビューすることになりました。配信とかは全然慣れていないので、色々不手際とかあるかもしれないんですけど、よろしくお願いします」
《はじめまして!!!》
《ザ・初配信って感じでいいなぁ》
《確かに不慣れ感あったけど、最初はみんなそんなもんよ》
《大人しそうな顔と、神秘的な目、チンピラみたいなシャツのマリアージュが俺を狂わせる》
《一人称俺なの良いな》
《色々丁寧でいいぞ。お嬢を思い出す》
「まずは、自己紹介からやりますね。名前は、月詠凪。年齢は……たぶん19歳です。自分でも昔の記憶がちょっとあやふやなんで、正確じゃないかもです」
年齢があやふやなのは、ある程度の裁量を凪本人に任されたからではあるが、これは配信慣れ、トーク慣れしていない彼がやりやすい形で出来るように、というデザイナーおよびスタッフの配慮だった。結果、凪は実年齢をその正確性をボカす形で発表したが結果的にはミステリアスさを増す形になり、視聴者の興味を大きく引くことになった。
《19歳、若い!》
《もっと若くも見えるし、実は数百年数千年生きてるって言われても不思議じゃない》
《リバユニだもんな。ただの人間かどうかあやしい》
《ストーリー展開お待ちしてます!!》
「出身は、割と南の方の離島。あ、国内ですよ?実は、今は本土で生活してるんですけど……バーチャル世界なので、こう実家に近い感じところの背景にしてみました。真冬以外は暖かくていいところなんですよ。三月から十月くらいまでは普通に海で泳げるくらい暖かい場所です」
《島の子だったんか》
《南の島でこんな子と出会ったらもう少女漫画なんよ……》
《ええ所に住んでるなぁ》
《本土との生活の差とかある?》
《ほぼ一年中泳げるのマジ羨ましい》
《意外と色白なのね。南国の島育ち=日焼けした肌ってイメージあったけど》
「そうですね、本土で生活するようになって驚いたのは……夜明るい、ってことですかね。島は、本当に道路沿いの街灯くらいしかなくて。それも大した数じゃないし。コンビニの便利さにはすごく驚いたのを覚えてます。あと、色白なのは日焼け対策しっかりしてるからですね。やらないと、火傷みたいになっちゃうんですよ。太陽の光が強すぎて」
何を話そうかと色々考えていた凪だったが、コメントの質問や疑問に答えるという形でトークを続けていく。コメント拾いはある程度の経験が無いと難しいが、まだそこまでコメントの流れが速くなかったことと、本人の持つ動体視力で答えやすそうな質問を拾うことで上手く質問に答える事に成功していた。
《わかる(田舎暮らし)》
《正月とかに実家帰るといやというほど実感するわ。マジ暗闇》
《24時間営業のありがたみは一度知るともう戻れない》
《コメ拾い上手いな》
《日焼け対策はマジ大事。ちな沖縄民》
「えーっと……そうだ、趣味は体を動かすこと。スポーツらしいスポーツはやってないんですけど、単純に動くことが好きで。最近は、ネットで知ったパルクールにハマってて。動画見て、自分でも同じようにやってみたり、って練習してます。島にいた頃は、そこそこ高い岩場や堤防から飛び込みとかもやってたかな。昔から度胸試しに使われてる場所があって、飛び込んでも大丈夫な深さがあるところが多いんだよね。腹打ちしたときは、本当に死ぬかと思ったけど」
《体動かすVtuberとか珍しいな、みんな運動嫌いだと思ってた》
《アクティブ!》
《ん?同じように?》
《パルクールって実質路上アクロバットやぞ》
《ねぇ、ちょっとこの子フィジカルガチ勢では?》
《飛び込み?!》
《外人さんがクッソ高い崖や滝から飛び込んでる動画みたいな奴?》
《流れ変わったな》
《流れというか、潮目?》
《それだ》
《普通の高さの飛込でも腹打ちしたら悶絶するのに……》
当たり前のように話した趣味や島の思い出話だったが、視聴者からすれば耳を疑う発言だった。大げさに嘘を付くような言い方でもなく、自然に話した内容だったからこその混乱が生じる。一部では嘘や大げさに盛った話だと疑う声も出ていた。その為に、もう一つの企画を彼は用意していたし、準備にも相当な時間を割いていた。
「……まぁ、言葉だけだと信じてもらえないかもしれないから、ちょっとだけでも動けるところを見せようかな、と。今回、実はスタジオで配信してます。ゲームとの接続もそうなんですけど、自宅でやるには大きく動きすぎるってのもあって。思い切り動ける場所としてスタジオをお借りしました」
《お?》
《これは!》
《例のフィットネスだああああああああ!!!!》
《これは数多のVtuberの運動不足と筋力不足を露呈させたゲーム型拷問装置……!》
《なるほど、自宅よりはスタジオでやりたいってのもわかる。足音立つから欲しいけど買えないんだよなぁ、これ》
《これ、このままスタジオに置いといて先輩とかにもやらせようぜ》
「……っと、一応、自分で、やってるんで、もうちょっと待って下さい……!スタッフさんは俺じゃどうしようもないトラブルの時だけ手助けしてくれるって形なんで……!」
《えらい》
《向上心あるなぁ》
《デビューでいきなり全部スタッフ任せとかだと流石にねぇ……》
《どうしようもないトラブルってあれか。ガチのパソコントラブルとかそっち系か》
《わからない事は聞くってのも大事ではある。わからないのに勝手にやって悪化することもあるから気を付けような!(二敗)》
※※※
「非常にスタンダードな初配信でいいですね。リスナーの皆様の好感度も高いように見受けられます」
「ゲーム始める前まではね。今はみんな恐れ慄いてるよ」
「ジョギングと筋トレしながら平然と喋れてる上に、ペースが異様に早いもんね……とRTAかな?」
裏実況部屋の三人がどこか引き気味の声なのは、現在進行形で行われている凪による体感ゲームの画面が理由だった。特殊な専用コントローラーと手足のバンドに差し込んだ無線コントローラーで筋トレや有酸素運動をゲームに取り入れた新作ゲームであり、Vtuberだけでなく配信者にとっては『撮れ高発生装置』とまで言われるゲームである。
その理由は往々にしてVtuberを始めとした配信者たちがインドア派であり、運動能力や体力、筋力が平均を下回る事が多数である事に起因している。男性女性問わず悲鳴を上げ、己の非力を嘆き、翌日は筋肉痛で配信を休む地獄絵図が発売以降各所で繰り広げられている。
そんなゲームを月詠凪は平然とこなしている。一部からは替え玉配信をしているという邪推も出たが、動きや声に不自然さが無いこと、終盤では流石に息切れ気味だった事から疑惑は自然と消滅し、月詠凪のフィジカルを称える(あるいは恐れる)声がほとんどとなった。
「……二人に聞くけどアイドルやるかこのゲームやるかと聞かれたらどちらを選ぶ?」
「アイドルです」「アイドルかな……」
「正直で何よりだよ」
ステラ・フリークスの質問に、ほぼ即答する正時廻叉と魚住キンメであったが、最終的にどちらもやる事になるという未来を二人は、否、三人はまだ知らない。
※※※
「とりあえず第一エリアまで突破したし、今日はこれくらいにしておこうかな。今後、自宅で出来るように環境整えて行こうと思います」
《お、おう》
《「今日はこれくらいで勘弁してやる」を負け惜しみじゃない使い方出来る人初めて見た》
《3Dモデルできたらまたやってほしい》
《朱音ちゃんとは別の意味でとんでもない新人が現れたなぁ》
《名前と顔立ちは魔法使いなのにゴリゴリの武道家だった件》
《これがSHIMA育ち……!》
《クリフダイビングの話今度もっと詳しく》
「最後に……決意表明、になるのかな。俺、Vtuberになるきっかけが友人の勧めだったんです。色々あって、日常を過ごすだけで精一杯になって……中身のない人間になってた。でも、そうやって背中を押してくれた人たちのおかげで、俺は今、ここに居ます」
深呼吸を数回。息を整えてから、マイクに向かって語る。自分自身がどうして今この場に居るのか、そしてこれからどうなりたいか。
「Vtuberとして、俺自身がどうなるのか全く想像できません。ただ、きっと俺も知らない、俺も想像できなかった自分になるんだろうって予感はしています。皆さんには、こんな俺でよければ一緒に歩いて――俺がどう成長するか、見届けてくれると嬉しいです。今日は、ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします」
《88888888888》
《いやー……ええ子やん……》
《フィジカルは怪物だけど、メンタルはどこにでもいる少年って感じなんだな》
《これは応援したくなる》
《マジでこの先が楽しみだわ。変にスレてないからこそ、どう成長するか見てみたい》
《チャンネル登録しました》
《頑張れ、凪くん》
※※※
「……流石凪兄ちゃん」
「応援される才能持ってるよね、凪くん」
月詠凪が持つフィジカル以上の才覚を知っているのは、同期の二人だけだった。
投稿遅れて申し訳ありません。
今後もこれくらいの時間帯になる可能性がありますので、更新チェックは日曜の朝を目安にして頂けるとスムーズかもしれません。
ちなみに凪くんがやってたゲームは例の筋トレソフトです。作中世界線では一か月発売が前倒しになった設定です。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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