「緋崎朱音のショウタイム」
ワクチン3回目の摂取と副反応で投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
2回目ほど酷くは無かったですが、ずっと頭が重いわ元々患っている皮膚炎が若干悪化するわで集中力を著しく削がれておりました。
午後七時からのデビュー配信まであと一時間を切ったタイミングで、緋崎朱音は二度と袖を通すことはないかもしれないと思っていた舞台衣装に身を包んだ。昼の間に美容院にも行き、メイクもバッチリと済ませてある。姿見に映る自分は、かつての自分が憧れて、そして失意と挫折に塗れた地下アイドルの『ゆい』だ。同時に、現在進行形の『安芸島結』であり、これからはVtuber『緋崎朱音』になる。
「不躾な質問だけど、もし元々やってたアイドルの時のファンとかメンバー、スタッフとかが暴露とかしてきたらどうする?」
昨夜の同期同士での決起集会、という名の雑談でそんな話題が出たのはステラ・フリークスが激励に来て、すぐに別件の仕事の為に退室したしばらく後だった。
「そんなの決まってるよ」
同期であるが年下でもある逆巻リンネが、自身の身バレ対策について考えていたのだろう。その参考に、という形で彼にしては珍しく探るような態度で聞いてきたのが印象的だった。実際にデリカシーには少々欠けた質問ではあったが、心配もあってのこの質問であると解釈した。
だからこそ、朱音は当たり前のようにこう答えた。
「『ゆい』はもう消えました」
彼女の心は、すでに緋崎朱音になっている。
※※※
《さぁ来たぞ》
《なんで俺らまで緊張してしまうんやろか》
《緋崎朱音ちゃん見た目がツボ過ぎる。間違いなく推しになる》
《待機画面が照明落ちてるステージだからライブやんのかな》
《やっぱなんだかんだで歌系が強いよな、リバユニって》
《登録者五千!大手程じゃないけど、流石の初速だな》
Re:BIRTH UNION四期生デビュー配信リレー当日、トップバッターを務める緋崎朱音のチャンネル登録者数は、まだ配信開始前にも関わらず五千に届こうとしていた。同様に、この後に控える月詠凪と逆巻リンネのチャンネル登録者数もすでに五千に近い数になっている。
Vtuberというジャンルがある程度の認知を得て一年以上が経過し、大手と呼ばれる事務所の新人がデビュー時には既に一万を超すチャンネル登録者数を得る事も珍しい事象ではなくなってきており、企業所属の大きなアドバンテージであると同時に大きな重圧にもなりえる。
《まぁリバユニならデビューしてすぐ辞めるなんてことはまずないだろうけど》
《ここ最近、新人の卒業やらクビやら色々あったもんな》
《今からそんな心配しても仕方ないだろ》
《っ始まった!!》
画面が暗転し、機械加工されたカウントダウンのボイスが流れた。コメント欄も呼応するようにカウントダウンを始める。
ゼロ、と同時にステージは照明によって彩られ、その中心に黒とブロンズカラーの衣装に身を包んだ赤い髪の少女が立っていた。そして、彼女は産声を上げる。
「みなさーん!!初めまして!!Re:BIRTH UNION四期生、緋崎朱音ですっ!!」
《おおおおおおおおおお!!!》
《うわああああアイドルだあああああ!!!!!》
《BGMかと思ったらこれイントロだ》
《変化球に備えてたら160キロの直球投げ込まれた気分》
《FOOOOO!!》
《木蓮カスミ@エレメンタル:可愛い……!!》
《カスミさん……?》
《なんで居るんだ》
《黒服系Vtuberに弱すぎるカスミン》
「私はアイドルを目指しています!だから、早速ですが――ライブだあああああ!!!」
《うおおおおおおおお!!》
《流石にオリジナルじゃなくてカバーだけど、これはアガる》
《掴み完璧じゃね?》
《威勢のいい若手が出てきたなぁ!》
《初手からライブはお嬢を思い出すな。お嬢はクラシックコンサートだったけど》
※※※
『リバユニ四期デビュー配信裏実況』と称されたDirecTalkerの部屋には、ステラ・フリークス、正時廻叉、魚住キンメの三人が居た。残りのメンバーはそれぞれ抱えた作業や別のVtuberの配信へのゲスト出演などが重なり不在である。
「うんうん、朱音ちゃんをトップバッターにしたのは正解だったね。有無を言わさず巻き込んでいけるのは強いよ、やっぱり」
「選曲もキャッチーなの多めにしてる辺り、分かってる感凄いね。でも、割と知る人ぞ知る系のリアルアイドルの曲も持ってきたりツボの抑え方がやっぱ素人離れしてるなぁ」
「セットリストの組み方で早くもファンの方の心を掴んでますね」
Vtuberのデビュー配信の定番の流れは自己紹介から始まり、ファンネームやファンマーク、その他SNS用のタグを考えたり、今後の活動方針についてを語る事が多い。ある種のテンプレートと化している流れではあるが、配信デビューで緊張している新人にとっては『やるべきことが決まっている』という部分に安心感を覚えるのか、企業所属、個人運営問わず多用されるフォーマットではあった。単純に、自身のSNS関連でのタグ決定をやる機会として一番手早いというのもあるが。
「ところどころマイクの音が外れますね」
「……おそらくだけど、踊っているんじゃないかな。固定のマイクだから、体の動きやターンの際にマイクから外れてしまうんだろう」
「あー、道理で妙に息が荒いし2Dモデルの動きも激しいなぁと」
「ヘッドセットでもプレゼントしますか?」
「いいね。凪くんもアクション多めだし、リンくんも喋るときの身振り手振りが多いタイプだから必要になりそうだ」
「SINESはよく動くなぁ……早いところ3Dモデル作ってあげたいね」
配信開始から既に十分以上の間、歌い続けている上におそらくマイクの前で踊っているであろう緋崎朱音のパフォーマンスへの熱量に三人は驚くと同時に、今後への期待感が増していく。ヘッドセットをデビュー祝いに渡すという提案も、彼女たちが十全なパフォーマンスを発揮するために必要だろうという判断からだった。
3Dモデルに関しては、現時点ではまだ手を付けられていない。しかし、今日のデビュー配信を見てスタッフたちに火が付く可能性はある。少なくとも、朱音にとって2Dモデルは仮の姿に過ぎないのが見て取れた。
※※※
「はい、という訳でワンコーラスだけの曲も含めると7曲!歌って踊ってみました!どうだったかな?」
《すげぇ!!》
《やっぱり踊ってたんだ》
《2Dモデル荒ぶってたもんなw》
《アイドルだあ……》
《多少息上がってるけど、ちゃんと喋れてる辺りフィジカルエリート感ある》
「改めまして、Re:BIRTH UNION四期生の緋崎朱音です!自分の思う理想のアイドルを目指すために、私はRe:BIRTH UNIONに入ろうと思って、そしてこうしてデビューすることが出来ました。その、まだまだ配信の事とか、機材の操作とかは不慣れですけど、一個ずつ勉強していこうと思います!」
ライブ後のMCとしては極めてオーソドックスながらも、新人らしい初々しさや懸命さが伝わってくるトークに視聴者からの反応も好意的な物ばかりだった。アイドルとRe:BIRTH UNIONという組み合わせに違和感を覚える者も多少は居たが、そもそも自分のなりたい存在に対する迷いのなさや一途さがRe:BIRTH UNIONらしさの一つだという認識が広まっていた事もあり、緋崎朱音の在り方もすぐに受け入れられた。
「Vtuberとしての目標、アイドルとしての目標はまず3Dの体でライブをすること!それもSINESの3人でやる事です!凪くんやリンネくんはもしかしたら嫌がるかもしれませんけど、私の手で彼らもアイドルにします!その代わり、私も二人のやりたい事には全面協力するつもりです!」
《草》
《よし、ヤベー奴だな》
《そっかぁ、そういうタイプだったかぁ……w》
《同期を躊躇なく巻き込んでいくスタイル、嫌いじゃないわ!》
《この後に控える凪とリンネがどういうリアクションするのか楽しみだわ》
《お互いに巻き込んでいくのかw》
Re:BIRTH UNIONの所属者の特徴は、自分の理想像に対する躊躇の無さである。だが、それはある程度は己自身までで完結している。自分の在り方を他者に押し付ける真似はしない。ステラ・フリークスの楽曲への参加、『STELLA is EVIL』シリーズが唯一の例外と言えたが、それもまた彼らの在り方を尊重した上で創り上げられた物だった。
だからこそ、この問答無用で巻き込み、自身が巻き込まれることを許容する緋崎朱音のスタイルは異質であり斬新でもあった。なお、配信を見ていた月詠凪は苦笑いを浮かべ、逆巻リンネは頭を抱えていた。
「あと、先輩の姉さま方とも一緒にアイドルしたいですね!させます!!女の子四人と私でアイドルしましょう!!お願いします!!」
《!?》
《マジか!》
《なんて度胸……!》
《想定以上に巻き込む気満々じゃねぇか》
《リバユニの台風の目になるぞ、この子》
《★丑倉白羽@RBU1期生:ちょっと待って、落ち着いて》
《ミュージシャンではあってもアイドル感は無いぞ、リバユニ女性陣》
《丑倉おるやんけ》
《めっちゃ狼狽してて草》
《姉さま呼び、良い……》
「それと兄さま方も勿論アイドルしてもらいましょう!!断られるかもしれないですけど、まずは頼んでみない事には始まりませんし、やってもいいかなって思われるように私自身も頑張っていきたいと思います!」
《逃がさなかったw》
《男性陣もアイドルかぁ……アイドルと程遠い三人だけど大丈夫なんか?》
《★三日月龍真a.k.a.Luna-Dora:巻き込まれてて草》
《なにわろてんねん》
《悪乗りで参加しそうな龍真と、役柄として割り切れそうな執事はともかく、あのホラーマンどうすんだ》
《兄さま呼び、ちょっと嫉妬》
《LoPの面々に外堀全埋めしてもらえば四谷も観念するんじゃね?》
《★小泉四谷@Re:BIRTH UNION:えー、突然ですがしばらく配信をお休みさせていただきたく》
《いたぞ!!》
《逃がすな!追え!!》
《なにしれっと休もうとしてやがる!!》
「もちろん、無理やりやらせたりとかはしないですけどね。それはそれで、アイドルのアイドル性を失ってしまいます!自らの意思で以てアイドルすることによって、アイドル性が高まるんです!だからこそ、まず私自身が理想とするアイドルになる事から始めたいと思います!なので、先輩の兄さまや姉さまに、ファンの皆さんが強要するような事はしないでくださいね。あくまで、私自身の活動における目標ですから!」
チャット欄に現れた所属タレントがそれぞれの反応を見せる中、緋崎朱音はこれ以上のヒートアップを防ぐためにファンへと注意を促す。もちろん、同期や先輩達とアイドルとして活動したいという気持ちは本音である。だが、強要に近い形では意味がないのだ。
《な、なるほど》
《アイドルって単語がゲシュタルト崩壊しかけている》
《アイドル性とはいったい》
《まぁ心意気は伝わるからヨシ》
《首を縦に振ってもらうまでは自分で頑張る、と》
《いいじゃん、そういうタイプ嫌いじゃない》
「そんなわけで、これからタグ決めとかやって……その後にまたちょっとだけライブやります!早く決めれば決めるだけライブの時間が長くなるので頑張って決めましょう!」
《あ、ライブのが重要なんですね》
《草》
《この子も相当わかりやすいレベルでリバユニしてんなぁ》
《よーし、ちゃっちゃと決めようぜー》
なお、ファンネームや配信用タグ、二次創作用のタグなどの決定はおよそ五分で完了し、残りの数十分は再びライブに費やされて緋崎朱音の初配信は終了した。
※※※
「凪兄ちゃんどうするよ、俺らアイドルにされるよ?」
「ま、まぁ、強要はしないって言ってたし……」
配信準備中だった男性陣二名の声が若干震えていたのは、緊張だけではない様子だった。
やはりソロ配信の書き方は難しいですね。特に歌系メインの子だとどうしてもカットしなきゃいけない部分が多くなってしまいます。
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