「デビュー前夜の新星たち」
「さて、いよいよ明日は俺達のデビュー配信リレーな訳だけど進捗どう?俺はもう、素手の雑談で殴り込む気満々なんだけど」
「玲一くん……じゃなくて、リンネくんはそれでいいかもしれないけど、私は歌うし凪くんは体動かすゲームやるんだよ?準備とかリハで大変なんだから」
「うん……仮アカウントで配信のリハーサルさせてもらえて本当に助かってる。本番でトラブル起きたら、って思うと今から不安ではあるけど」
デビューを翌日に控えたRe:BIRTH UNIONの新人三人は、眠れなかったのかDirecTalker上で雑談を続けていた。準備期間は短いながらも、ほぼ毎日のように動画作成や配信についての座学や実習を行った事で最低限自分のやりたい事が出来る状態にまで仕上げているが、いざ前日になると翌日には数百、数千の人間の耳目に触れる事を想像してしまい、言いようのない不安に駆られていた。
尤も、不安を感じているのは逆巻リンネこと葉月玲一を除いた二人だけだったが。
「俺の場合、配信自体はそこまで緊張してないんだけどね。むしろ、いずれコラボとかする時にうっかり今の名前を名乗ったり、二人の本名言っちゃったりしそうでさぁ」
「それ本当に気を付けてよ。先輩達だって、外部の目があるところでは本名で呼び合ってる代わりに、ネットを通して話すときはライバーネームって決めてるんだから。全部丸パクリする必要はないけど、少なくともネットに本名が流出するのは避けないと。プライバシーとコンプラ大事!」
「お互い、先に本名知っちゃったからね。Vtuberとしての名前に慣れないとなぁ」
「それは、勿論。今も2Dアバター起動して『逆巻リンネ』として喋ってるつもりだもん。ってか、部屋に一人でいるときは逆巻リンネになってる。結果、あんまり変わってないのはまあ俺の魂が強靭過ぎたって事で一つ」
あっけらかんとした態度を取っている逆巻リンネ。その口調自体は普段の葉月玲一と大きな差異は無い。それでもVtuberとしての自分に慣れる為の自主トレを欠かさないなど、プロ意識を持ってデビューに備えていた事が窺えた。
「しかし、まさか『ママ』がオーバーズの七星アリアさんと同じとはなぁ。あの人、アリアさん以外のVtuberさん描いてないでしょ、確か。まさか弟になるとはなぁ」
「そういえばSNSでも一番話題になってたの、リンネくんのママさんに関してだったかもね。反応を見る限り、本当に唯一の弟みたいだったけど」
Vtuberのアバターを描くイラストレーターを男女問わず母親、ママと呼ぶ風習は既に定着している。当然、新人の三人にもそれぞれ『ママ』が存在している。その中で、ファンから最も反響があったのが逆巻リンネだった。
彼のデザインを務めたイラストレーターである『クオリア』が今日この日までVtuberのデザインを行ったのは、オーバーズのオリジナルメンバーである七星アリアただ一人だったからだ。クオリアに同様のVtuberアバターのデザインのオファーは多数あったが、多忙であった時期とクオリア自身の個人的事情による活動休止期間とがあったこともあり、Vtuberのキャラクターデザインを行うことがなかった。
そんな中で、Re:BIRTH UNIONの新人の一人を担当したという事もあり、ファンの間では大きな驚きを持って迎えられた。
「でも、良い手だとは思うのよねー。打ち合わせの時に聞いたけど、リンネくんのお姉さんってアリアさんなんでしょ」
「そうそう。Vtuber界のおもしれー女代表が俺の姉ちゃん」
「初めて聞いた時、本当にビックリしたよ……Vtuberの事を勉強するときに、必ず出てくるビッグネームが、まさか同期の御家族だったなんて」
「ママ繋がりでの姉弟だと世間にはアピールしておきつつ、実際はリアル姉弟……何この二段構えのバズ要素……!」
クオリアが逆巻リンネのデザインを務めた理由がここにあった。オーディションが進行し、逆巻リンネこと葉月玲一が最終面接が終わりスタッフとの会話の中で語った事実には、面接官と立ち会ったスタッフたち(スタッフに紛れていたリバユニメンバーを含む)を絶句させるには十分な衝撃を持っていた。
自分の姉がVtuberとして活動している。ここまではいい。近しい身内に影響を受けて自身もVtuberを志すというのは、まだ理解が出来る範疇だった。だが、その姉が『最初の七人』であり、『オーバーズの大看板』である七星アリアだというのならば話は別である。
最初は当然虚偽申告という可能性が頭を過った。それを直接的に指摘するべきか否か、面接官が口ごもっている最中、葉月玲一がそれを察して行動に移した。スマートフォンを取り出してどこかへと通話する。スピーカーモードにしてその場にいる全員に声が届くようにした。
『虚偽じゃないっていう動かぬ証拠ってことで、一言貰っていい?ねぇ、なんでそんなドタドタ音がするのさ。動かぬ証拠が滅茶苦茶動いてる音だけ聞こえてくるんだけど』
この時点で、Re:BIRTH UNIONのスタッフ一同の脳には3Dアバターで奇妙な踊りを舞う七星アリアの姿が脳裏に浮かんだ。彼女なら、そういう事をする――そんな共通認識が出来ていた。
『えー、こんにちは、姉です。そして七星アリアで、葉月明です。葉月なのに五月かよ、って突っ込んでもいいんですよ?!メイだけに!!とまぁ、そんな配信で絶対にできない本名ジョークはさておき、私は間違いなくこの葉月玲一の姉です。当然ですけど、忖度とか一切なしで大丈夫です。むしろ、通常より厳しく見ていただいても大丈夫くらいに思ってますので、よろしくお願いします』
その想像がまだ脳に残っている状態で、当の本人からそんな声明が飛んで来た。話の内容はさておき、少なくとも葉月玲一という少年は間違いなく七星アリアの弟であることが証明された。
「厳しく見てくれ、とか言い出した時は呼ばなきゃよかったって思ったよ」
「いや、むしろ当然でしょ。コネアピールって思われても文句言えないよ?」
「はっはっは、コネアピールするなら真っ先にオーバーズに応募してるって」
「うわぁ……」
朱音の指摘に対して、余りにも明け透けな言葉で切り返すリンネ。聞き手に回っていた凪は若干引き気味の声を上げる。
「なんだろう、最年少のリンネくんが全く緊張してないのに、私と凪くんばっかり緊張してるのバカバカしくなってきたかも……!」
「えええ……俺、まだ緊張してるよ?」
「そりゃ、凪兄ちゃんは実質縛りプレイみたいなもんだしなぁ。朱姉ちゃんもだけど、二人とも3Dでやりたい事が山ほどあるタイプでしょ」
「アイドルとしてはダンスは外せないから当然よ!」
「なんとか、明日は体動かすゲームで頑張ろうとは思ってるけど……どこまで伝わるかなぁ」
緋崎朱音、そして月詠凪の二人は本来3Dでこそ本領を発揮するタイプのVtuberだ。朱音はまだ歌という形で自身の理想とするアイドル象の片鱗を見せる事が可能だが、凪はそういう訳にもいかない。結局、配信用スタジオとスタッフの力も借りて『体を動かすゲーム』をやる事にした。初配信からスタッフの力を借りる形になる事を凪は申し訳なく思っていたが、スタッフは全員が協力的だった事が凪の心の安寧につながっている。
なお当のゲーム自体は新作であり、すでに配信で行っているVtuberやゲーム実況配信者も複数居るが、その誰もが色々な意味で悲鳴を上げていた。専用のコントローラーを使ったゲーム要素のある筋トレという評判が出回るようになったのは、運動不足が露呈したVtuberや配信者の尊い犠牲があってこそだった。
「あれ、うちの姉ちゃんもやってたけど翌日身動き取れなくなってたんだけど。俺、あれ見て絶対やりたくねぇって思ったよ。でもまぁ、凪兄ちゃんなら余裕か。最終面接の更衣室で見たけど、もうボクサーの体系だったもんね」
「あはは……体重管理の一環だったんだけどね。アクロバットやるなら、体重は軽くないとダメだけど最低限の筋力が無いと跳べなくなっちゃうし」
「むむ……私もいつか来る3Dライブの時の為に体鍛えなきゃ……!凪くんほどじゃなくても、キレッキレの動きしたい!」
「いやー、朱姉ちゃんも一般人から見れば十分キレッキレよ?」
朱音が凪に対するライバル心を沸々と燃やすが、リンネからすれば二人とも身体能力がVtuber離れしているとしか思えなかった。そして改めて自分は絶対に当のゲームはやらないと心に誓う。元々大病を患っていた事もあるが、一番近い比較対象が例えるならばアスリートとダンサーである。そして、何より筋肉痛で起き上がれずに床を這いずり落ちていたハンガーで自室のドアを開けている姉の姿を見てしまった以上、自分が同じ目に遭うのだけは断固として避けねばならなかった。
「でも、俺は朱音さんの方が凄いと思うけどなぁ。歌って踊って……って、俺は動くしか出来ないから両方こなせるのは本当に凄い」
「凪くんが言うとお世辞じゃないの伝わるからちょっと照れる……!でもアイドルとしてはね!歌も踊りもコントも出来てこそだから!」
「朱音姉ちゃんの理想のアイドル像がちょっとわかんない」
「まず歌って踊れるのが大前提で、その上で技術をずっと磨き続けてるような。そういうアイドルになりたい……っていうか、そういう存在こそがアイドルと名乗るべきだと思うの。アイドルは偶像なんだから、偶像は美しく神々しくなきゃダメでしょ!」
「う、うん」
「ごめん凪兄ちゃん。俺、朱姉ちゃんの地雷踏んだっぽい」
アイドルに対する強すぎる憧れと熱意に凪とリンネが若干気圧されたが、少なくとも二人がそれを疎ましく思うことは無かった。特に凪は友人たちの勧めからVtuberという世界に飛び込むことを決めた身だからこそ、強い思い入れや目的意識を持つ緋崎朱音の在り方を好ましく思っていた。
「なんにしても、明日。受け入れてもらえたら、嬉しいな……?」
「そうだね、っと通知?」
「私のところにも来たけど……フレンド申請。え、相手……!?」
まもなく日付も変わろうかというタイミングで三人のDirecTalkerクライアントに、ほぼ同時にフレンド申請の通知が入る。
その相手はRe:BIRTH UNIONの原点であり、極星。
ステラ・フリークスだった。
※※※
「やぁ、いきなり呼び出してすまなかったね。君たちがデビューを迎えるに当たって、どうしても応援の言葉を今のうちに掛けておきたかったんだ。明日は準備もあるだろうからね」
三人はまだ直接ステラ・フリークスと顔を合わせていない。彼女がバーチャルシンガーとしての活動が本格化したことによる多忙も重なっていた。
「改めまして、私がステラ・フリークスだ。最近は楽曲収録にかまけて、なかなか配信も出来ない状態だけど……Re:BIRTH UNIONの、最初のVtuberだ。デビューおめでとう」
「あ、えっと、月詠凪です。これから、よろしくお願いします」
「逆巻リンネです。姉がいつもご迷惑をお掛けして申し訳ないです」
「ひ、緋崎朱音です!まさかステラ姉さまから直接声を掛けてくださるなんて光栄です!」
「うん、知ってるよ。これからもっとお互いに知っていけると思う。ところでなんで姉さまなのかな?」
「私なりの敬意です!!芸能の世界は一分一秒でも早くデビューすれば先輩で、兄であり姉であると伺っていますので!」
「朱姉ちゃん、それ芸人さんの話じゃね?」
「ま、まぁそこは良しとしようよ、うん」
何にしても箱のトップから直々のデビュー祝いと激励の言葉に、三者三様の反応を見せる。最も激しい反応を見せたのが朱音であったが、女性陣がステラに対して激しく反応するのは彼女からすればいつも通りだった。
「あまり遅くまで話していると、明日の配信に差しさわりが出るから今日は本当に挨拶だけになってしまうけど……朱音ちゃん、リンくん、凪くん。聞かせてほしいことがあるんだ」
――君たちはどういう存在になりたい?
「もちろん、アイドルです!私が理想とするアイドルに、私自身がなってみせます!!」
緋崎朱音は、熱情を溢れさせながら高らかに誓う。
「俺は一度は死を覚悟するほどの病気だった身です。もしかしたら出会えなかった人たちと、たくさん話して……そうだなぁ。バーチャル世界で友達百人作ります」
逆巻リンネは、明るく未来への希望を語る。
「俺は……自分が、空っぽだって思ってました。でも、そうじゃないと言ってくれて、俺の背中を押してくれた人の為に。俺自身もまだ知らない自分を見つける姿を、見てもらいたいと思ってます」
月詠凪は、新しい自分を創造することを願う。
The SINESが、始動する――――。
デビュー配信の前に、三人の会話と、ステラとの会話をどうしても書きたいと思いました。
お待たせして申し訳ありません。次回からデビュー配信リレーです。
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