「石楠花ユリア一周年記念配信『Concert』」
石楠花ユリアの活動の中心はピアノ演奏だ。特に、練習配信においては長時間弾き続けても集中力が一切落ちず、雑談配信でも手慰みにピアノを弾いている事が多々ある。権利面への配慮からクラシック曲が中心だが、時折コメントのリクエストを拾って即興でピアノを弾くなど、彼女なりの形ではあるが配信でのエンターテイメント性を高めながら、彼女はデビューから一周年を迎えた。
人当たりも柔らかく、言葉遣いも丁寧で誰に対しても敬語で話すさまから『真・清楚』『お手本のような深窓の令嬢』という呼ばれ方を一部からするようにはなったが、ユリア自身はその評価を素直に受け止めきれていない。未だに抜けない自信の無さとネガティブ思考から、自然と『偽・清楚』と呼ばれるタイプの女性Vtuberとの差が生まれているようにも感じていた。
社外とのコラボも増えつつあるが、時折テンションに付いていけなかったり相槌を打つだけで精一杯になってしまうこともあり、現状の彼女にとって最も大きな課題となっている。
「実は、九重さんにそういう事も相談したことがあって……そうしたら、一周年記念配信で、頑張って自分のイメージを変えてみようって言ってくださって。それで、新しい衣装も貰ったんです」
「なるほど。いいんじゃないかな、一周年で新衣装お披露目っていうのはスタンダードだけど、その分だけ大多数の人にもわかりやすいから」
短編ホラー配信と化した小泉四谷一周年記念配信が終わり、自宅に来ていた石楠花ユリアこと三摺木弓奈を自宅へと送り届け、帰宅後に再び彼女との通話を繋げた正時廻叉こと境正辰。話の内容は明日の彼女の記念配信についての相談だった。少なくとも、今日の小泉四谷の配信は間違いなく参考にならない。むしろ参考にすれば盛大に転倒する類の配信であった。
彼女が選んだのは、イラストレーターの九重ヒカルから貰ったという新衣装の2Dモデル初披露を軸にした配信だった。音楽を通じて知り合った面々を中心に協力を仰ぎながら、ここ数ヶ月の間に準備を進めていたようだった。
「今回は、廻叉さんのお力を借りなかったのは、新しいユリアを見て欲しいって気持ちがあって……だから、楽しみにしててください」
「うん。きっと新人の子たちの目標になれるような配信になると信じてるよ」
「はい……!」
緊張が隠し切れないながらも、力強く頷いた弓奈の声を聴いて、正辰と廻叉は同じように考えた。
君は初めて会った時よりずっと強くなった、と。
※※※
配信枠のチャット欄は、石楠花ユリアに対する祝福の言葉と愛の告白、また前日に記念配信を行った同期である小泉四谷と同じ方向性ではないかという疑心暗鬼で大賑わいであった。同時接続数も、石楠花ユリア個人としては過去最高に達しており、最も一般層に受け入れられるRe:BIRTH UNIONのメンバーという評判の通りの盛況ぶりだった。
《めでたいなぁ》
《あんな清楚な子がこんなアクの強い事務所で一年やりきるとはなぁ》
《好き、妹にしたい。妹じゃなくてもいいからお姉ちゃんと呼んでほしい》
《待機画面は緞帳かぁ。ピアノライブかな?》
《お嬢の場合、ライブよりコンサートとかリサイタルの方が似合ってる感》
《正直言うと、すぐやめちゃうかもって思ってた。繊細そうだったし》
《幕が開いたら恐怖映像とかやめてくれよ……?》
《小泉四谷のトラウマは根深い》
《3期生はもうマジで光と闇よな……》
《お嬢は闇から光に向かう側で、四谷は光から闇に向かって垂直落下していく側だろ》
《そもそもリバユニが闇定期》
コメント欄が雑談を始めたタイミングで、BGMが止まりアナウンスが始まった。
『本日は、石楠花ユリア活動一周年記念コンサートにお越しくださいまして、誠にありがとうございます。短い時間ではありますが、是非お楽しみください。スクリーンショットでの撮影、クリップの録画は禁止しておりませんが、切り抜き動画のアップロードは公演終了までお待ちくださいませ』
《うおおおおおおおおおおお》
《888888888》
《やっぱりコンサートだったか》
《今のVtuber界隈でピアノと言えばユリアかエトピリカって言われてるもんなぁ》
緞帳が開くと、そこには椅子に腰を下ろしたいつもの石楠花ユリアが微笑んでいた。ピアノが置かれているので、すでに準備は万端のようだった。そして、挨拶もなくいきなり演奏を始める。千人を超える同接者のおそらく全員が知っているであろう楽曲で、コンサートは幕を開けた。
《エリーゼのためにだ!》
《デビュー配信思い出すわぁ……》
《ピアノ素人の俺でもデビュー当時より上手くなってるのがわかる》
《コンサートだなぁ……》
《★如月シャロン@にゅーろねっとわーく:ユリアちゃん素敵だよ……!!(小声で)》
《草》
《親友おるなぁ》
《ピアノコンサートだから声量抑えてるの芸が細かい》
「改めまして、皆さんこんばんは。Re:BIRTH UNION3期生、石楠花ユリアです。Vtuberとして活動を初めて、一年間経ちました。……本当に、本当に皆さんのおかげです。たくさんの人に、支えられてここまで来れました。ありがとうございます」
彼女らしい丁寧な挨拶であり、2Dモデルで動きこそ少ないものの声の動きから彼女が頭を下げていることも視聴者へと伝わっている。コメントもそれを分かっているのか、暖かいものが大半であった。
《88888888888》
《本当によく頑張ったよなぁ》
《完全に配信未経験からリバユニ内でしっかりポジション作れてるの本当にえらい》
《初見。良い子だってのがもう伝わる》
《この子をこっちの世界に引っ張ってくれた執事には感謝しかない》
「今日は、コンサートということでピアノの生演奏がメインになっています。いつも通りといえばいつも通りですけど……初めて見に来てくれた方もきっといらっしゃると思います。だからこそ、いつもの私を見てもらいたいと思いました。どうか、楽しんでいってください」
《こういうのでいいんだよ、こういうので……》
《大丈夫?亡霊映り込んでない?》
《四谷の配信がトラウマになっとる奴がおるな》
《草》
《普段の練習配信だと同じフレーズ何回も弾いたりもするから、一曲通しで生配信は実は珍しかったりする》
《月光練習配信はある意味伝説》
※※※
「ここまで、合わせて4曲を聴いて頂きました。生配信での弾き語りをきちんとやるのは久しぶりだったので、ちょっと詰まってしまうこともありましたけど……どうでしょうか、楽しんで頂けましたか?」
クラシック曲を中心に据えつつも、ステラ・フリークスとの楽曲のソロバージョンも披露するなど、ファン心理もカバーしたプログラムは視聴者の満足度を大きく上げていた。石楠花ユリアらしさを詰め込んだ配信にはなっているが、新しい要素が無いことが若干の物足りなさを感じる視聴者も居たが、まだ配信予定時間が五分以上残っているためか、コメント欄でそれを指摘する声は無かった。
「最後の曲なんですけど……これだけは、その、生演奏じゃあないんです。事前に、私と、色んな方とで協力して、作った楽曲になります」
《!?》
《マジ!?》
《最後は歌ってみた動画の披露か》
《そういえば、SNSで演奏系Vtuberと交流増やしてたもんな》
《これは普通に楽しみだ》
「そして、その曲を流して今回の配信は終わりとなります。今回頂いたドネートのお礼は、また後日行いますのでよろしくお願いいたします。今日は、ご来場いただき、本当にありがとうございました……!」
そう言い残すと、再び配信画面の緞帳が下りた。待機画面は配信開始前と変わりはなく、視聴者は期待感だけが募っていく。元々、石楠花ユリアの楽曲動画は極めて評価が高い。洋楽のカバーでは、『New Dimension X』のNAYUTA01がカウントダウンフェスで最も印象に残った作品に選んだ。歌と演奏への感情の乗せ方が上手いとステラ・フリークスがインタビュー記事で評したこともあった。
《お?》
《え、急にセピア調になったし画質も落ちた?》
《ホラーじゃないよな?》
《ホラーというよりレトロに寄せた感》
《幕が開いた……!》
幕が開くと、そこは寂れた小さな劇場の入り口だった。壁や扉に張られたチラシやポスターは剥がれかけており、今にも潰れてしまいそうな有様だった。しかし、何人もの客がそこに並んでいた。
《いい雰囲気だな……》
《お嬢って何気にこういう場末感あるシチュエーション好きだよね》
《まぁ良いとこのお嬢様が身分を隠して町の酒場や小劇場でピアノ弾くとかストーリー性あってええやん》
《しっかし、ボロいなぁ》
《お、バンド形式。センターにピアノはいいなぁ》
画面が舞台上を映す。狭い舞台には、小さなアップライトのピアノと、アコースティックギター、ウッドベース、ドラムセットが用意されていた。更に画面が切り替わるとピアノの前には誰も立っておらず、他の楽器にはそれぞれの担当メンバーが準備を済ませていた。全員が燕尾服を着ているが、女性のようだった。顔こそ隠れているが、特徴的な髪色の部分だけがカラーで描かれていた。
《これ、ギターは白羽か?!》
《燕尾服かっけぇ……》
《ベースはVインディーズの子だろ。ゾンビバンドの子》
《ドラムは個人勢の人だな。確か白羽とコラボしてたはず》
『ようこそ、お集りの皆様』
サイレント映画のようなテロップが出ると、足元が映る。先の尖った黒革のブーツだった。
『本日は、当劇場きってのピアノの名手が登場です』
画面に色が戻る。バックバンドのメンバーと同様の燕尾服姿。違うのは、シルバーの装飾品が必要以上にあしらわれている所だろうか。派手過ぎて、逆にチープな印象すら覚えるほどだった。
『石楠花ユリアと、その仲間たちの歌と演奏をぜひお楽しみください』
全身が映ると、髪を後ろで一束ねに纏めた石楠花ユリアが映る。仰々しいシルクハットに、刺々しさすら感じさせるメイク。燕尾服姿も併せて、男装の麗人というよりも性別不詳の手品師という印象を強く感じさせる衣装だった。
《うおおおおおおおおおおおお!!!!!?》
《か、かっけえええええ?!》
《これ、動画用のイラストだけだと勿体ないよ、新衣装にしようよ》
《いや、これは完全に予想外だわ……》
《★如月シャロン@にゅーろねっとわーく:あ、好き……》
《★丑倉白羽@RBU1期生:ユリアちゃんの新境地だぞ、刮目せよ》
《一周年でまったく新しい顔を見せてくるのズルい……》
そして、演奏が始まる。演奏メンバーから察していた者も居たが、その楽曲は完全にハードロックだった。もう少し音楽に詳しい者は、とあるガレージロックバンドのカバーである事に気付いて歓声を上げた。
これまでの、そして今日演奏した楽曲とは真逆の暴れまわるような荒々しいピアノと、力強いボーカルは石楠花ユリアというVtuberのイメージを一変させるに相応しい物だった。楽曲自体は僅かに数分間。その数分間に、新しい自分を見せたいという石楠花ユリアの衝動がすべて詰め込まれたような動画だった。
《もう守られるばっかりのお嬢様じゃねえんだな》
《てっきり泣かせる曲やってくるかと思ったら、こんな上がる曲用意するとか思わないじゃない……》
《これは後日裏話が欲しい》
《88888888888888》
《一周年で、新しい交流と新しい自分を見せるって記念配信として正解では?》
《もう胸張って先輩面出来るな、お嬢。これからも頑張れ》
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Re:BIRTH UNION3期生の一周年記念配信は無事好評のうちに幕を閉じた。
そして、4期生のデビューという新たな幕が上がるのは翌週の事だった。
演奏と歌メインにしたら書けることが非常に少なくなってしまいました。
歌った曲のモチーフに関しては、投稿ツイートのリプ欄に置かせて頂きます。
感想返しは明日行いますので、しばらくお待ちくださいませ。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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