「小泉四谷一周年記念配信『鏡裏一体』」
小泉四谷というVtuberの評判は、マルチな才能を持つ好青年という第一印象から始まる。ゲーム実況は分かりやすさとテンポの良さを重視したスタイルであり、歌唱力も楽曲投稿の頻度こそ少ないものの、確実に上達している。動画編集も自分で出来るため、自身の切り抜き動画を自ら作成することもある。自身の所属事務所、あるいは同業他社である事務所や個人運営でのVtuberとのコラボでは率先してバランサー役に回ることも多く、コラボの潤滑油としての評価も高い。
小泉四谷というVtuberはどの事務所に行っても成功するし、重宝される名バイプレイヤーである――表面的な情報だけを拾えば、彼の客観的な評価はこのような物になる。
一方で、小泉四谷の本質を深く知っている同業者やファンは一様に彼の事を『穏やかな狂人』と称する。原因は、彼のホラー・オカルト・都市伝説への過剰なまでの傾倒に他ならない。ホラーゲーム配信では恐怖心を見せるどころか、終始楽しそうにプレイして視聴者側を怖がらせるためにシチュエーションに沿った怪談話や都市伝説などを語り、そもそも自分自身が『正体不明』である事を活かした寸劇を行ったり、自分自身の分身である2Dアバターをイラストレーター監修のもとで改造して視聴者に悲鳴を上げさせている。最近では『自分自身が都市伝説になる』という大目標を掲げ、視聴者どころか同業者すら困惑させている。
そんな彼の一周年記念配信の告知動画も、そんな小泉四谷の趣味嗜好が前面に押し出されたものだった。
動画時間は、わずかに30秒。真っ暗な部屋、壁に掛けられたアンティーク風の鏡。再生時間が半分ほど過ぎたタイミングで、雷鳴が鳴り響き、部屋が雷光で照らされると同時に鏡に一瞬だけ映る小泉四谷の姿。そして、記念配信の開始日時のテロップが表示されて動画は終了する。
四谷の同期である石楠花ユリアの告知動画がピアノのBGMと過去の配信のスクリーンショットを写真の様にアルバムにまとめられ、ページを捲って最後に配信日時が書かれているというシンプルかつ明るい動画だったのもあって、ファンからは「分かりやすい光と闇」「両極端にも程がある」「丁度いいヤツ居ねぇのか!?」「居るわけねぇだろリバユニだぞ」というコメントが多数残された。
そして当日まで、小泉四谷のSNSは不気味なまでに沈黙を守っていた。
※※※
「この時間になって聞くのもどうかと思うけど、良いの?」
「大丈夫です、ちゃんと廻叉さ……じゃなくて、正辰さんのところに行くって家族には言ってますから」
「うん、さっきお父さんからメッセ来てた。泊まるなら連絡してくれ、と」
「……ちゃんと帰ります、帰ります……!」
正時廻叉こと境正辰はスマートフォンの画面から視線を外すと、何とも言えない表情で来客者――石楠花ユリアこと三摺木弓奈へと画面を見せた。彼女の父親からのメッセージを見た弓奈は全力で外泊を否定する。
お互いに両思いだと知っているだけで、明確に付き合っているわけではない――という建前は未だに継続中であり、少なくとも配信上では先輩後輩という立場を続けている二人からすれば、送り迎え以外で互いの自宅に滞在することすら冒険ではあった。尤も、二人の関係を知っている同僚やスタッフ、さらには弓奈の家族は一向に進展の気配を見せない事に若干の不安を抱いていた。
特に弓奈の家族は、一度は心を閉ざした娘を自立へと導いてくれた正時廻叉=境正辰に恩義を感じている上に、普段の正辰が善良な一般人であることも相俟って既に『娘を託すに値する存在』とまで思われている。露骨に進展を促すような事はしないが、無言の『娘をお願いします』オーラは、決して鈍感ではない正辰からすれば相当なプレッシャーではあった。
「まぁ、帰りは送っていくよ。……もうすぐだね、小泉四谷一周年記念」
「はい。……すいません、我儘を言ってしまって」
「まぁ、でも……気持ちは分かるから。四谷くんの記念配信、間違いなく仕掛けてくるだろうからね。一人じゃ見るのが怖いのは分かるけど……明日はユリアさんも記念配信なんだよ?」
「うう……だって、その……同期の桧田さんの記念配信は絶対に見たいですけど……絶対一人じゃ見れないです……」
弓奈が、自身の記念配信前日にも関わらず正辰宅を訪れた理由は『小泉四谷の記念配信を見たいけど、一人では怖くて見れないから』だった。この日の朝に相談された時には「何を言っているんだこの子は」という感情と、「なんでこんなに可愛いんだ?」という感情が同時発生して処理落ちした正辰ではあったが、断って一人で見た結果トラウマを残して明日以降の活動に支障が出ても問題があると結論付け、彼女を自宅へと呼ぶ形となった。
小泉四谷の本気の仕込みはトラウマを残す。境正辰としても、正時廻叉としてもこの点では意見の一致を見ていた。
「俺が居て精神安定剤になるなら、それに越したことはないからね……っと」
「すいません……椅子まで、普段使ってるのをお借りしてしまって」
「いいんだよ。ダイニングに椅子があるのは、来客時に俺が使うためでもあるし。……何なら、俺がそっちに座って、膝の上に座る?」
「……こ、子供扱いしないでください……!」
むくれながらそっぽを向いてゲーミングチェアに深くもたれかかる弓奈の姿に、奇声をあげなくなったのは成長なんだろうか、と正辰は考えた。
時刻は、小泉四谷の記念配信開始まであと五分――――。
※※※
記念配信は、事前予告と同様に薄暗い部屋とアンティーク風の鏡が映し出されて始まった。鏡がアップになると、そこに左右が反転した小泉四谷が現れた。
「こんばんは。ようこそ、現実と電脳の狭間へ」
《来たあああああああああああ!!!!!》
《ひぇ……》
《もう怖い》
《左右反転差分なんてあるのか》
《一周年おめでとう!!!》
「こうして鏡に映っているってことは、僕は鏡に向かって話しているってことだ。みんなも聞いたことがあるんじゃないかな?鏡に向かって『お前は誰だ』と問いかけ続けると……っていう話。まぁそれに限らず、鏡に纏わる怪談や都市伝説は山ほどあるよね。一定の時刻に鏡の前に立つ事で何かが見えたり、あるいは鏡の中に引き込まれたり――合わせ鏡の無限回廊に、自分ではない何かが映ったり――あとは、とある年齢まで覚えていると死んでしまう言葉も、鏡に纏わる怪談話だ」
《一周年なのになんでこんな事をするんだ……》
《小泉四谷のホラーモードだ……》
《★☆星狩ロエン☆OVERS-L.O.P-:四谷君、おめでとう!怖いからアーカイブで昼に見るね!》
《まだ夜の9時でよかったわ、マジで》
《四谷なら丑三つ時に記念配信とかやりかねないからな》
《ロエちゃんw》
《むら(ry》
《やめろ思い出させるな》
《鏡系の怪談はトラウマメーカーになりやすいよな……》
《日常生活で絶対に目にするもんな、鏡って……》
小泉四谷のトークは、記念配信という雰囲気を感じさせない、良くも悪くも普段通りの配信だった。視聴者に分かるのは、明らかに何かしらの仕込みを忍ばせている事だけだった。
「まぁこうして僕がVtuberになって一年が経って、そろそろ僕も本格的に都市伝説になる為に動き出さなきゃいけないとは常々思っていた訳でね。まずは、自分が怪談を生み出す側になろうというわけで」
《どういう訳だよ》
《本当に小泉四谷がわからない》
《小説でも書くのか》
「まぁ、僕は小説家ではないし、ただ動画作成にはちょっとした自信があるんだよね。だからこそ、まぁちょっとしたお話をご用意しました――それを見てもらう前に僕の一年をざっくりと振り返ってみようかな。節目だしねぇ」
一周年の節目に、自分自身の目標の為の創作物を作ってきたことを示唆しながらも敢えてそれをすぐに出すことはせずに、一周年らしく自分の活動の振り返り雑談を行った。過去のサムネイルを表示させて当時の考えや思いを語る様は、ごくごく普通のVtuberの姿だった。薄暗い部屋と鏡写しにされた自身のアバターが、視聴者には言いようのない不安感を与え続けていた。
※※※
「こうして、僕の一年は過ぎました。こうして見ると、Re:BIRTH UNION以上にオーバーズとのコラボが多いね。別に、ユリアさんとは不仲とかそういうのじゃなくて、単純に活動の方向性が大きく違うから一緒に出来る企画があんまりない、ってだけなんだけど。まぁ、四期生の後輩たちが来たらまた変わってくるかもね。個人的には――リンネくんが、僕と同じ空気を感じる」
数日後にデビューが決まっている新人の中から、逆巻リンネの名を上げると鏡に映る姿が2Dアバターから逆巻リンネの宣材用イメージビジュアルに切り替わる。
「でも、凪くんや朱音さんもきっと僕らにはない何かを持っている。いよいよ僕も先輩面する時が来たかぁ。先輩らしくしようとして苦労してるクロムを知ってるから、今から楽しみでもあり不安でもあり」
月詠凪、緋崎朱音のイメージビジュアルへと切り替わり、再び鏡写しの小泉四谷が現れた。その瞬間、僅かながら鏡にノイズが走ったことに気付いた視聴者は一握りに過ぎなかった。
「さて、それじゃあ本日のメインディッシュだ。まぁ、架空の映画やゲームのティザームービーみたいなものだと思って見て欲しい。先に、協力してくれたL.o.Pのメンバーには感謝。これは、リバユニのみんなには内緒で作りたかったんだよね……僕だけ、クリエイティブなところから離れてるってちょっと思ってたから、これは先輩や同期、後輩への挑戦状でもある」
《ん、画面ノイズ?気のせい?》
《おおおおおおお》
《EVILシリーズみたいな奴やな?》
《なんか四谷の熱いところ初めて見たかも》
《自虐ネタで『正体不明の普通のVtuber』とか言ってたもんなぁ》
《先輩がデビュー数日前にハードルを上げに掛かるVtuber事務所があるらしい》
「それでは、スタート……」
※※※
「その鏡は、神社に祀られていたころから曰く付きだった」
小泉四谷の2Dアバターが薄暗い廊下の真ん中に現れて、語る。シルエットの少年少女が彼の横を通り過ぎていった。
「だが、曰くがあるからこそ人を惹き付ける――彼らの通う中学校にその鏡が寄贈されたのは、随分と昔の話だ。本当は、地元の名士でもあった当時の校長が神社の取り壊しの際に無理を言って譲り受けたという。彼も、その鏡に魅入られていたのだろう」
《学校の廊下だ……》
《いつもの怪談語りだけど、背景やBGMやSEが付くと全然雰囲気変わるな……》
《ご神体だぞ、おい》
『なぁ、本当に呪いの鏡なんてあるのか?そりゃ、俺だって生徒指導室に神棚があるのは知ってるけどさ。どうせ普通のお札があるくらいだろう』
『あるの。私は、知っているの――あの鏡に、呑まれた人間が何人も居ることを』
『……呑まれる?吸い込まれるとか、閉じ込められるじゃなくて?』
少年と少女は薄暗い廊下を歩いていく。そして、生徒指導室の前に立つと――普段の、難しい顔をした教師が居る時とは別の緊張感と恐怖感に襲われるのを自覚する。
《クロムとネメシスか、これ》
《意外と声の演技上手いなあの二人?!》
《★オーバーズLoP_クロム・クリュサオル:台本には演出面何にも書いてないから、僕らも初見です》
《★オーバーズLoP_アリアード・ネメシス:頑張った》
《鏡の話はここにつながるのか》
《流石に見てるなぁ。クロネメ乙ー》
意を決して二人が扉を開くと、一人の男子生徒が立っていた。古めかしい鏡を手にこちらを向く。
『掃除を頼まれてたんだけど、落としちゃった。割れなくてよかったよ。ああ、すぐに戻して出ていくからちょっと待ってて。先生もすぐ戻ってくるだろうから』
『……待て。お前、誰だ』
『ひどいなぁ、同じクラスの――』
『違う、そうじゃない。貴方は何者だって聞いてる』
『…………』
『そうだ、お前は――何だ?』
鏡を持った少年のシルエットが笑う。彼らの制服には胸ポケットが付いている。部屋に踏み込んだ少年と少女の胸ポケットは、左胸に――鏡を持った少年の制服の胸ポケットは右胸に。
『なぁんだ、バレたか。だが、もう手遅れさ』
嘲るように笑いながら、鏡写しの少年は僅かにその身を反射させていた窓ガラスの中に吸い込まれるようにして消えた――呪いの鏡を持ったまま。
『……なぁ、あいつはどうなったんだ』
『鏡に映る物に成り代わる、よくないモノに取り込まれた。……世間的には、失踪したことになる』
『…………放っておくとどうなる?』
『彼と同じように取り込まれて、成り代わられる。あるいは……』
「鏡に映る自分が、本当に自分である保証はない――ホラーストーリー動画第一話、『鏡裏一体』
……本日は、プロローグ。また、続きはいずれ」
《88888888》
《妖怪の方の声、天馬だよな?》
《どうしてくれるんだ、今日洗面台の鏡見れなくなるだろ……》
《★王海天馬@オーバーズLoP:超がんばった。超怖かった》
《動画班スタッフと互角の編集能力持ってるのが嫌というほどよくわかった》
《これ、漫画にも映画にも、あるいはTRPGのシナリオとかにも流用できそうだよな》
《小泉四谷のクリエイターとしての才覚を思い切り見せつけられた感がある》
※※※
「いやー、こうして初めてストーリー動画を作ったわけだけど。楽しんでいただけたなら幸いかな」
鏡の前に立つ、小泉四谷。鏡に映ったような反転はしておらず、少なくとも動画の内容と同じように成り代わられたわけではない。だが、コメント欄は悲鳴に溢れていた。
《ぎゃああああああああああああ!!!》
《後ろ、後ろ見ろお前!!!》
《やめてやめて本当に鏡見れなくなる》
《★オーバーズLoP_クロム・クリュサオル:お前さあ……!!》
鏡の前に立つ、小泉四谷。鏡に映るのは、左右反転した小泉四谷がこちらを向いている姿。
鏡写しのように、鏡の前の小泉四谷の動きをトレースする鏡の中の小泉四谷。
「どうしたの?みんなまるで」
二人の、小泉四谷が笑った。
「まるで、化け物でも見るような目で僕を見るじゃないか」
「何をいまさら」
「ぼくたちがさいしょからにんげんじゃないことは、きみたちはよくしっているだろう?」
暗転。普段の小泉四谷の配信と同様のエンディング動画が流れ始めた――。
《化け物め……!》
《本当に都市伝説になるぞアイツ……》
《凄いものを見たのは確かだ……》
《お嬢は、どうか俺たちの心にやさしい記念配信をしてくれ!》
《ああっ!鏡に鏡に!!!》
クトゥルフ関連のイラストで見て強く印象に残ったイラストが、今回のラストシーンのモチーフです。ただ、保存してなかったんですよね……。
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