「ここから先の、未来はもうすぐ」
「ステージで歌うのがメインだったから、テレビ番組で歌うみたいでちょっと嬉しいね。でも、まぁ私がやることはいつだって変わらない。ただ、お客さんの前で歌うだけさ。目の前に居るか、カメラを通した向こう側に居るかの違いだけ。さ、始めようか」
最年長の候補者である桜田果奈子は、モニターに見える丑倉白羽のアバターが今の自分であると確認すると、準備もそこそこに音声スタッフに合図を出した。彼女が持ち込んだ楽曲は、どれも洋楽のスタンダードナンバーだった。海外在住歴、そして歌手としてのキャリアの長さを活かした英語力と歌唱力は、インパクト抜群であった。スタッフや、スタッフに扮したリバユニメンバーも、当の候補者達も彼女のパフォーマンスに魅入られていた。特に、アイドル志望の安芸島結は果奈子の一挙手一投足から自分に活かせるものを盗もうとしている。そして、彼女の隣に居た水城渚と何かの相談をしているのが、スタッフブースからも見て取れた。
「貪欲だねぇ、アイドルちゃん。どっかで乱入する気かな」
「いや、開始前の打ち合わせであの二人がバックダンサーをやるのは決まっていたそうです。ただ、振り付けなどは二人に一任したらしいので、その相談では」
「あ、本当だ。渚くんが振りの確認してる。ってか、桜田さん凄いねー。あの声で歌ってる丑倉見るの、ちょっと面白いかも」
竜馬と正辰の会話に割り込んだのは、女性側の機材の取り付け等を担当するスタッフとして動いていた丑倉白羽こと白銀翼だった。素っ気ない真っ白な背景の中で、丑倉白羽が歌う様子を眺めながら楽しそうに笑っている。
「ステラは欲しがるタイプだけど、どうだろうな。俺ら、なんだかんだで歌以外にも色々やるタイプだし、そこが合う合わないだろうな、桜田さんの場合」
「そもそも配信自体初心者多いからねぇ、今回の候補者の人たち。それこそ実況の千堂くんとか、ラッパーのイルダリくんとかくらいじゃない?一人で配信出来そうなの」
「最終的に判断を下すのは社長や佐伯さんですからね。……バックダンサー登場ですね」
「うっわ、二人ともキレッキレ。安芸島さんはともかく、水城くんってダンス経験ないはずですよね?」
果奈子の歌に合わせて、結と渚がビニール傘を持ってミュージカル風のダンスを繰り広げているのを見て、圭祐が感心したように唸る。モニターでは、Re:BIRTH UNIONの女性メンバー三人が歌って踊っている姿になるので、これはこれで映像として発表出来たら面白そうだ、と正辰は考えていたが、流石にこの映像が世に出回ることはないだろう。
「ところで、何で渚くんはユリアちゃんのままなの?男性使えばいいのに」
「最初のくじ引きで決めたアバターと、誰が動いているかを紐付けするためですね。都合六本の動画が出来て、その都度……まぁ言い方はよくないですが、『中身』が変わっていると審査する側としても手間なのでしょう。なので、ユリアさんは全て水城さん、というように固定した方がいい……身も蓋もない言い方をすれば、会社の都合です」
「お陰で、ハチャメチャにアクティブなお嬢が見れたけどな。女性アバターを使うことに難色示すどころか、秒で受け入れたらしいぞ」
「うーん、器が大きいのか、単純によくわかってないのか」
自然と、四人の視線は水城渚へと向かっていた。少なくとも、メインの順番が回る前にサポート役として二回の登場をしている以上、印象に残りやすいのは当然の帰結でもあった。
※※※
「僕がこの場に立つ理由は、突き詰めてしまえば僕の為だ。エゴイストの手練手管、成功へのエレベーター。屋上近くまで運んでくれ、極上の景色を拝んで見る為。最後の階段を登るのは自分の足だ、排除の算段も跳ね返すアリゲーター。僕の名前はill da ring、セルアウターでもkill the beatsだ」
Vtuberにしてラッパー、ill da ringこと輪島恭平は最後まで自分一人でステージの上に立ち続けていた。用意した音源は、全てが八小節までしかないバトル用のインスト楽曲を詰め合わせにしたものだった。そして音響スタッフへの指定は、『制限時間いっぱいまでランダム再生』だった。
「売りさばく魂、まるで子供騙し、そんなんで売れて嬉しい?虚しい?断言するけど、僕は嬉しい。自己満足のセルアウト叩き、嫉妬を誤魔化し自分騙し。売れ筋に合わせることだってスキル。それに文句言うだなんて自分勝手過ぎる」
見えない相手とのMCバトルを繰り広げる様は、どこか鬼気迫るものがあった。正辰が竜馬へと視線を向けると、彼は滅多に見られない真剣な表情でそのパフォーマンスを見つめていた。
「内容に思うところがありますか?」
「いや、あれはあれでブレずにずっとあんな主張してっからな。バトル企画でも備前とかダルとかと散々やり合ってるから、そこに思うところは無い。相変わらずビートアプローチ上手ぇなぁとは思うが」
正辰からの不意の質問に動じることもなく、ill da ringのスタンスとスキルをしっかりと認めている事を竜馬は言うだけだった。ただ、その表情はそれ以外の部分で何か思うところがある事を雄弁に語っていた。
※※※
「えーっと……その、まずユリアさんごめんなさい。出来る限りスカート捲れないように善処します。今更って言えば今更なんですけど」
同じく、ソロでのパフォーマンスを選んだのは水城渚だった。サポートが居ない代わりに、彼の周りには椅子や箱馬、折り畳みの長机が無造作に並べられている。
「正直何をやったらいいか、わかんなくて。ただ、俺の俺らしさを見せるには、俺が普段友達の前でやってることをそのまま再現するのが一番いいかな、って思いました。……もし合格しても、しなくても、ダンスはちゃんと覚えたいなって、さっき安芸島さんと踊ってみて、思いました。それじゃあ、始めます」
そこからは、日常の動きから唐突なアクロバットを始めとする、身体能力や運動神経をフル稼働させた動きを淡々とこなしてみせた。少し緊張気味に、それでも自然体で思い出話などを交えながら。
「よくこうしてね、学校の椅子で背もたれにもたれて前の脚を浮かせて――ロッキンチェアごっこしてて、そのまま倒れちゃうってよくありましたよね。大体、みんな背中か後頭部ぶつけて大泣きしちゃうんですけど……だから、こうしてバク転みたいにして着地したりすると、割と引かれますよね。これ見て大爆笑してくれた面々が、今も仲良くしてくれてる親友たちだったりします」
椅子がバランスを崩して後ろに倒れる瞬間に右手を伸ばし、体を丸める。手を突いた勢いでそのまま後方回転して着地。スタジオにはパイプ椅子が倒れる音と渚の緩い雑談、そして時折漏れるスタッフたちの感嘆の声が響く。
「……弓奈ちゃん、口。口空きっぱなし」
「……え、あ……す、すいません。なんていうか、凄くて……」
「語彙力が消滅してるな」
「まぁ無理もないかと。マーカーの位置を掌から手の甲側にしてほしい、という理由はあれでしたか」
受付スタッフとしてスタジオ外に居た石楠花ユリアこと三摺木弓奈は、作業をあらかた終えたタイミングでスタジオへと見学へやってきた。ユリアはモニターに映る自身の3Dアバターが自分では絶対に実現不可能な動きを見せていることに、そしてそれを実現しているのが同年代の男性であることに驚き、絶句してしまっていた。
「何が凄いって、女性アバター使ってる事を意識し始めてるんですよね、彼。無茶な動きしてる時以外は、女性らしいというか、ユリアさんっぽい動きを間違いなく意識してますよね、あれ」
「言われてみればそうかもな。立ち姿とか、お嬢そっくりだわ」
「本当の武器は、運動神経以上にあの適応・対応の速さかもしれませんね」
圭祐の指摘に竜馬と正辰が頷いて、さらに彼の動きを注視するようになった。一方で、ユリアと白羽は、相変わらず渚本人と、モニターに映る3Dモデルとを交互に見遣っては、目を輝かせていた。まるでサーカスに初めてやってきた子供のような有様だった。そんな様子を見て、竜馬がニヤニヤと笑いながら正辰の肩に腕を回して囁いた。
「自分以外の男をじっと見られて嫉妬とかしちゃうか?ん?」
「いえ、弓奈さんの一番は自分だと確信してますから」
「うっわ、言い切ったよこの人……なんというか、万が一お二人の関係がバレても正辰さんが全部何とかしそうですよね、マジで」
わざとらしさすら感じる揶揄いの言葉に、過剰なまでの自信で断言する正辰。それを見て、尊敬半分、恐ろしいものを見る目半分で圭祐がボヤいた。そんなやり取りを挟みながらも、箱馬の上からや、長机を飛び越えながら体操選手のようにバク転、バク宙を軽々と披露する水城渚から全員が最後まで視線を外すことはなかった。
※※※
「機材付けてるのは葉月くんだけですけど、候補者全員出てきましたね」
「画面上は廻叉のアバターだけだな」
最後の候補者である葉月玲一が3Dアバター用の機材を付け、残りの候補者はすでに私服に着替えていた。その上で、見学という訳でもなくスタジオへと現れる。中央に立った玲一が手を一回叩き、録画が開始された。と、同時に何一つ躊躇う様子もなく喋り始めた。
「えー、俺が一番最後って事なんで、皆さんには先に着替えてもらって。まぁ俺がやる事というか、一番得意なことがトークなんでね。ジェスチャー交えつつ喋れるのめっちゃ助かりますね、これ。日常的に使いたいまでありますもん。で、俺の場合近くに誰か居てくれた方がテンション上げて喋れるんで他のみんなにも来てもらいました。普通に会話になってもいいし、ガヤというかヤジ飛ばしてくれてもOKって言ってあります。まぁ、こんな大事な場面でどれだけしっかり喋れるか、ちゃんと面白い内容になっているのか、だらっと立ちトークする廻叉さんとか割といつものラジオじゃねぇかとか心配は絶えませんが何とか頑張ろうと思いますんでよろしくお願いしまーす!」
「いや、めっちゃ喋れてるよ!」
「むしろバスの中でもそんな感じだったでしょ、君」
今から何をやるか、という前振りの段階でまさにマシンガントークという勢いで喋り倒していた。カメラの中心に立つ玲一もだが、モニターの中に映る廻叉の3Dモデルからも緊張や気負いは感じられない。思わず将文がツッコミを入れ、果奈子が呆れ気味の苦笑を零した。
「そこはほら、せっかく一緒になるんだから仲良くなっておきたいじゃないですか。しかも、皆さん俺より年上ですし。最終選考が大事なのは当たり前なんですけど、席の奪い合い、潰し合いとかになるのは何かやだなーと思って。だから、俺がアホを装って無理やりコミュ取りに行きました!いやー流石に皆さん、高校生相手に無下にする感じじゃなくて良かったですよ!漫画とか小説だったら一人くらいは『遊びじゃないんだ!』とか『慣れ合う気はない!』とか言うんじゃないかな、って実はビビッてたのに皆さん超良い人!やるじゃん!」
「むしろ返事するまで延々喋り倒してたよね?」
「輪島さん、超困ってたよ」
「いや、僕は集中したいから放っておいて欲しかったたんだけど……気付いたらペースに巻き込まれてた……」
元気よく親指を立てる玲一は、これ以上なく満足そうだった。何せ、同期になるかもしれない相手で、仮に不合格だとしても紹介状経由でデビューする可能性だって十分にある状況だ。そんな相手と競い合うだけならともかく、必要以上にギスギスしたり足を引っ張り合うのは性に合わなかった。最終選考である以上誰かが合格し、誰かが不合格になるのは仕方のないことだが、どうせならそんな状態すらも楽しみたいと玲一は心から考えていた。テンポよく話しているために伝わっていないが、バスの中で第一声を発するまでが玲一の緊張のピークだった。
当然伝わっていなかった結や渚がようやく見つけたトークの切れ目で割り込み、バスの中での葉月玲一の姿を暴露する。気を回した渚によって、結果的に話を振られた恭平が疲れ切った顔で頷いた。全力でのパフォーマンスをした直後で体力を消耗しているのもあるが、バスの中で無邪気に会話をしようとしてくる上に時折挟まれる笑っていいのかわからない玲一の零距離トークと臨死ジョークに気疲れしていたのが事実だった。
そんな恭平の姿を見て、玲一の目が輝いたことに気付いたのは、当の恭平以外の全員だった。
「いやいやいや、でも一番ちゃんと話してくれたの輪島さんじゃないですか!しかも、自分がVtuberで活動してることまで教えてくれて!きっかけは俺だったかもしれないですけど、最終的にトークの中心に立ってたの輪島さんでしたよ。貴重な話もたくさんしてくれて!『売れたいって気持ちは金が欲しいとかじゃなくて、より多くの人に自分の曲を聴いてほしいからだ』っていうのと、『龍真さんは本当にパチスロやめた方がいいと思う。7万円ってそんな簡単に無くなっていい額じゃない』って言葉、胸に響きました……!」
「おいイルダリ!!高校生に何を話してんだよ!!」
「いや、電車賃まで使い切って朝まで歩いて帰った話とかする龍さんが悪いんでしょ!!」
「あっはっはっはっはっは!!」
狙い澄まされた流れ弾がスタッフブースに居た三日月龍真の額を打ち抜いた瞬間、場の空気は一気に混沌へと傾いた。突然乱入した龍真に呆気にとられてしまう者が大半だったが、当事者たる恭平による反論と、そんな状況をひたすら楽しそうな果奈子の笑い声が響いていた。
そこからは、最終選考だとか記録映像として録画中だとか、そんな事を全員が忘れて大雑談大会になっていた。
「……あの場を巻き込む能力は、凄いですね。天性のものとしか言いようがないです」
「それに、他の皆さんが話し始めたら、最初みたいな、その、一気にバーって喋るの、やらなくなりました……」
「それにしたって、仮にも最終審査っていう場で龍真さんに流れ弾ぶつけに行くとかどういう度胸してんすか、彼」
スタッフブースに残された正辰、弓奈、圭祐がそれぞれに葉月玲一の凄まじさを実感していた。間違いなく、どのVtuber事務所も欲しがる逸材ではある。資料に書かれた来歴からすれば、Re:BIRTH UNIONとしての適性も十分だ。
「……あの子、ウチで扱いきれるかな?」
「ステラさんなら、制御しきってしまいそうですが」
「すでに自分で制御する気ないですよね?」
唯一の懸念を翼が小さく呟くが、正辰が事務所のトップである0期生に丸投げしたことで問題は先送りとなった。
そして、この日から一週間後にRe:BIRTH UNION4期生のデビューが発表された。
それぞれ合格する理由も、落ちる理由もある感じになったでしょうか。
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