「ここから先は、電脳の世界」
実際の3Dアバターの動かし方などは、ある程度は調べましたが再現が難しいため、あくまでフィクションだということでご容赦ください。
二次選考合格者に送られたメールに記載された最終選考の集合場所は、株式会社リザードテイルの本社ではなく、その本社の最寄り駅の北側出口を指定されていた。更に、『全員が揃い次第、最終選考の場所へとマイクロバスで移動します』とある。つまり、本社以外の場所で、最終選考進出者全員が顔を合わせた状態で最終選考が行われるという事だ。
Re:BIRTH UNIONのオーディションには様々な逸話があるのは、Vtuberファンの間ではよく知られるようになっていた。現在Vtuberとして活動している者たちの中に、かつてRe:BIRTH UNIONのオーディションに挑んだ者も多数存在しており、そこで語られるエピソードは一般的に想像されるオーディションとは異なっていた。
例えば最終選考で行われた『エア配信』や、通話面談における現役所属メンバーの立会など、合格後を見越した内容が極めて多い。配信者として、ではなく『Re:BIRTH UNIONの一員として』の適性を見ている。少なくとも、面接官を務めた三人の社員であったり、最終選考での立会をしているステラ・フリークス、そして最終判断を下すリザードテイル代表取締役社長・一宮羚児、Vtuber事業部統括本部長・佐伯久丸は、その意思で統一された上で面接に臨んでいた。
「だからこそ、今回の六人は誰が入ってもRe:BIRTH UNIONには馴染めるだろう、という認識だ。尤も、最終選考でどうしても絞らざるを得ないんだけどね。このスタジオや設備だって決して安い買い物じゃなかった。まだ、六人を同時に取るほどの余力はない……と、社長が哀しみに満ちた目で言っていたよ」
「聞きたくなかったなぁ、その話」
最終選考前日。作業用通話にはステラ・フリークスと丑倉白羽が取り留めのない雑談を繰り広げつつも、それぞれの作業に没頭していた。特に、ステラ・フリークスも今回は直接面接会場に現れるのではなく、事前録画したメッセージを送る形となっている。正式所属となる前であり、なおかつ3Dモデルを用いる都合上、ステラ・フリークスではなく『星野要』の姿を候補者たちの前に見せる事はスタッフ側から難色を示されたのがその理由である。
「残念ではあるけど、仮に落ちたとしても別の事務所のVtuberとしてもう一度会える可能性だってあるからね。そこまで悲観的になることはないさ。明日はよろしく頼むよ。お互いに、名もなきスタッフとして、候補者の本気を見届けよう」
「でもキンメママは留守番なんだよね」
「キンメちゃんは娘さんが夏休み中だから仕方ない。娘さん連れてくるわけにもいかないさ」
「亜依ちゃんいいなぁ……私も夏休み欲しいなー」
「社会人はみんなそう思ってるよ」
※※※
「それではRe:BIRTH UNION最終選考を始めます。株式会社リザードテイル、Vtuber事業部統括本部長の佐伯久丸と申します。まずは、長時間の移動お疲れさまでした」
「いえいえ、お陰で親睦深められましたんで全然そんなお気になさらないでください。正直、候補者同士で顔を合わせるとか思わなかったですし、正直一人で挑むよりよほど助かりますし。一人で全部やるって思ってたんで、ここ何日か緊張で心臓止まりそうだったんですよ。まぁ、半年前にマジで止まりかけたんですけどね」
「ちょ、ちょっと葉月くん……」
「あっはっは!一番若い子が一番元気良くて何よりだね。内容は物騒というか、笑っていいか怪しいところだけど」
集合場所からマイクロバスに乗り込みおおよそ一時間程。郊外に建てられた倉庫か工場を改装した場所の駐車場で待ち構えていた佐伯の挨拶に、候補者の葉月玲一のマシンガントークで返礼する。水城渚が止めに入るが、最年長である桜田果奈子は若者の勢いを楽しむかのように笑っていた。当の佐伯は、薄く微笑みを浮かべたまま六者六様の反応を見定めているようにも見えた。
「あの、ここは?」
「ここは、Re:BIRTH UNIONのスタジオの一つです。廃業された町工場を、社長が伝手で見つけてきました。そこをスタジオへと改装した場所ですね。壁も厚く、歌やダンスをしても防音はバッチリですよ」
「ダンススタジオっぽくて素敵ですね!」
「あー、駅も線路も近いし、防音しっかりしないと確かに大変かもなぁ」
輪島恭平は冷静に案内された場所について、佐伯へと質問を投げかけた。その答えは、半ば彼の予想通りではあったが、改装されたばかりの真新しい建物を改めて見ると、若干ではあるが気圧されてしまう。安芸島結は建物のデザインを褒め、千堂将文は周囲の環境をしっかりと確認している。
「まぁ外で長々と話していても仕方ありませんから、中へ入りましょうか。そこで、最終選考の内容を説明致します」
佐伯が誘導するかのように歩き始めると、六人はそれぞれに付いて行く。建物に入ってすぐのエントランスで、女性スタッフからスタッフパスを受け取り、『第一スタジオ』と書かれた扉へと男性スタッフの誘導に従って歩いていく。
その扉を開けると、学校の教室と同程度の広さの空間のスタジオが広がっていた。その中心に、全身黒色のスウェットを身に着けた男性が立っている。体中に何かマーカーのような装置を付けていて、異様とも滑稽とも取れる姿だった。
「ようこそ、最終選考へ。突破すりゃ、時代の先頭へ――ってな。はい、おはざーっす。三日月龍真a.k.a.Luna-Doraこと、Y-STAG様の登場だぜ。本日の最終選考のプレゼンターで、デモンストレーターだ。よろしくな」
マイクを通して聞こえてきた声に、全員がそれぞれに驚嘆の声を上げる。特に、彼と関係の深い恭平は驚愕を通り越して呆然としている。そして、入口近くのスタッフブースの映像に誰かが気付き、全員の視線がそこに集中した。スタジオの中央で、龍真が動くと、それに同期して『3Dアバターの三日月龍真』が動いていた。
「お察しの通り、ここはRe:BIRTH UNIONの3Dスタジオ……で、まぁこんな感じで3Dアバターを派手に動かす環境が俺たちにもついに出来たって事でな。さて、改めて最終選考の課題発表だ」
モニターの映像が龍真の姿から、宇宙空間へと切り替わった。そして、Re:BIRTH UNIONの象徴でもある存在――ステラ・フリークスが現れた。
「新たな星の候補者諸君、こんにちは。ステラ・フリークスだ。……君たちの課題は、『3Dアバターを用いた自由演技』だ。特別に、我々Re:BIRTH UNIONのメンバーの姿をお貸ししよう。我々は、これから2Dアバターだけでなく、3Dアバターで、より電脳空間で生きる存在に近付くことになるだろう。君たちには、一足先に電脳の世界を体験してもらう。その中で、私たちと共に星座になってくれる者を選抜する――まぁ、なかなか得難い体験が出来ることは確かだ。是非、楽しんでいってくれると嬉しいね」
※※※
「はーい、皆さんこんにちは!!新人バーチャルアイドルのユイでーす!!今日は私のライブに来てくれてありがとう!」
くじ引きでパフォーマンスの順番と誰のアバターを使うかを決め、準備開始から数十分後。モニターの中では一番手を引き当てた安芸島結が『魚住キンメ』のアバターで、正統派アイドルのライブパフォーマンスを始めていた。持ち時間は各自30分、ソロでも、誰かと打ち合わせをした上で組んでも良い。ただし技術的な問題から、同時に動かせるアバターは自身を合わせて三人まで。
この条件を聞いた結は、すぐさまスタッフに自身のやりたい事を提示してみせた。
「……音源を用意しているのは予想出来ていましたが、ライブの絵コンテまで書いてくるのは想像以上ですね」
音響スタッフに扮した正時廻叉はディレクタースタッフ……に扮した、小泉四谷に小さく声を掛けた。お互いに眼鏡やらキャップやらで完全に素顔を見せるようなことはしていない。呼び合う名前も、本名だ。そして、今のところ候補者たちに気付かれていない。龍真をY-STAGとして堂々と出した事、ビデオメッセージでステラ・フリークスの姿を見せたことで『この場に居るRe:BIRTH UNIONのメンバーは龍真だけ』という風に思ってしまっていた。
「いやー……あと、単純に歌もダンスも相当ですよ。元地下アイドルらしいですけど、地下で収まるレベルじゃないですよ、素人目に見ても」
「当時からこのレベルだったのではなく、アイドルを辞めてから上手くなったかもしれませんが……さて、ここからは彼女がこの場で考えた事ですね」
スタッフ同士の小声での雑談を装いながら、安芸島結のパフォーマンスを見据える。スペシャルゲストと称して呼び込んだのは、小泉四谷のアバターを纏った輪島恭平だった。ラップパートのある楽曲をこの日の打ち合わせで選び、その上で恭平へと客演の交渉をしてこの場に呼び出した。
結の歌声と、恭平のラップは相性抜群であった。ほぼ出たとこ勝負の合わせとは思えない完成度を誇っている。ただし、それは歌声だけを聴いた場合だ。
「ステージングって意味だとまだまだだな、イルダリ」
「おや、龍真さん。流石に、現場出身だと分かりますか」
「視線まだ定まってないのがなー。本人の方を見ても、アバターの方見ても丸わかりだよ。特に、あっちのアイドルちゃんが凄いのもあるけどな。この場にいるスタッフと、カメラと、その向こうの視聴者まで満面の笑みで睨みつけてやがる」
茶化す気配すらなく、真剣に二人のパフォーマンスを見守る龍真の姿は、いつものラッパー系Vtuberではなく、数多の現場を経験してきたミュージシャンの表情だった。
※※※
「ちょっと実況を見せたいんで、隣で色々動いてもらっていいですか?」
二番手、三日月龍真のアバターを使用している千堂将文が控室でこう語りかけてきた時、水城渚はすぐに答えることが出来なかった。何せ、自分の出番が後半というプレッシャーと、何をするべきかが定まっていない事実で、頭がパンク寸前だったからだ。自分の取り柄が運動神経だということは、すでにバスの中での自己紹介でしている。
「あ、えっと、その、なんで俺に」
「一番、予想できない動きをしてくれそうだから、ですかね。基本、実況って台本無しで目の前に起きたことを速攻で『みんながわかる言葉』にして伝えなきゃダメなんで、その動きが激しければ激しいほど、それを実況しきって見せたときに俺の評価も上がるんじゃないかな、って」
「なるほど……」
「ぶっちゃけ言うと、俺のパフォーマンスの凄さをアピールするには渚くんが一番相性良いんってのもある。……ってかね、そもそもリアルタイム実況自体が、3Dと相性悪いから、せめて俺の凄さを分かりやすく魅せたいのよ……」
不安を隠しきれていない表情の将文が正直な心境を吐露すると、Vtuberや配信者の界隈に疎い渚にも朧気ながら彼の表情が曇っている理由が理解できた。彼は、アナウンサー志向の強い活動を目指しているのだろう。確かに、3Dアバターの必要性が低く、2Dアバターでもこと足りる。それどころか、そもそも声だけしっかりと聞こえていればそれで成立するジャンルなのだ。
「わかりました。俺自身も、体動かしてたら自分のやってみせたいことがもうちょっとまとまりそうですし。ただ、何かしらルールというか、設定考えた方がお互いやりやすくないですか?」
「ありがとう!……設定は確かにそうだなぁ。……わかりやすく、ドッジボールで行こうか。みんなルール知ってるスポーツだし。渚君が、最後の一人になった内野で、派手にボールを避けまくる感じで」
「あ、俺もドッジボールはよくやってたんで。なんなら、高校三年になっても仲間内でやってました。年々エスカレートしてましたね」
「あとでその話詳しく」
※※※
「さぁ、最後の一人になってから渚選手粘る!内野外野のコンビネーションで、完全に仕留めに掛かったAチームの総攻撃が、Bチーム最後の内野手を襲う!それでも、それでも捕らえられない!!」
ドッジボールという設定に決まった時、渚がイメージした対戦相手は親友たちである。そして、彼らは基本的に勝負事で遠慮もしなければ容赦もしないのが美学だと思い込んでいる節があった。隙を見せれば顔面セーフのルールを悪用して後頭部を狙い撃ち、バランスを崩して転んでしまったが最後、全力投球が襲い掛かる。
「しかし、攻撃速度が上がる!避けられたショットが!!そのまま高速パスワークへと変わる!!それでも躱す!!コート端っ、追い詰められああああっと側宙!!?抱え込みの側宙で危機回避!そのまま片手でのハンドスプリング!アクロバット式回避術がここで炸裂!」
コートのラインギリギリで反対側へと身を屈めながら逆方向へと切り返し、その勢いのまま手を右手を床へと着けて前方へと飛ぶ。体にモーションキャプチャー用の装置があるので、倒れ込むような技が使えないのが大変だな、と渚は思う。本来なら手のひらを付けたかったが、ほぼ指だけしか使えなかったので、若干勢いが弱かった気がした。とはいえ、モニターに映る3Dアバターは自身の動きそのままを再現してくれていた。その技術の凄さに、将文の本番中にも関わらず、渚は感動してしまっていた。
「……やべぇ、開いた口がふさがらねぇ」
「彼の実況もわかりやすくて素晴らしいですが、あの動きを目の前でされるとそちらに目を奪われてしまいますね……」
「それもそうなんですけど、アバター映してるモニターの姿が色々と面白すぎるんですが」
二人のパフォーマンスに圧倒される龍真と廻叉だったが、目の前のモニターをひきつった笑顔で四谷が指差した。
体操選手かアクションスターのような動きをする、石楠花ユリアの姿を改めて見た二人は自身がスタッフという立場にいるのを忘れて爆笑しそうになるのを必死に堪えきってみせた。
男性アバター足りないからね。
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