「六人の最終選考進出者」
「というわけで、最終選考は六人になったよ。男性四名、女性が二名だ」
スタジオの休憩スペースで、ファイリングされた最終選考進出者の資料をステラ・フリークスが持ってくると、交代で休憩中のRe:BIRTH UNIONメンバーは全員に見えるようにテーブルに広げてファイルを囲った。名前や年齢、現在の職業、活動歴などがそれなりに細かく書かれたそれは、オーディション参加者がそれぞれに作ったものではなく、それを二次選考でメインとなる面接官を務めた長谷部がまとめたものだった。
客観的なプロフィール以外に、各面接官から数行の所感が書かれており、それが即ち二次選考合格の理由だった。
「なるほど、こうして見ると納得の面々ですね」
「あ、ちょっと戻していい?……やっぱりこの子合格だったかー!」
正時廻叉がページを一通り捲ると、魚住キンメが一番最初のページへと戻す。そこに載っていたのは、キンメ自身が立会を務めた回での参加者だった。
『名前:葉月玲一 年齢:16 職業:高校生(通信制)』
『特技:フリートーク、喋りながら別の事が出来る』
『志望動機:病気で一度死にかけた事から、自分の生きた証を可能な限り残したい。先にバーチャルの世界で生きている恩人に追いつきたい』
『備考:大病を患った経験あり。現在はほぼ完治』
『所感(長谷部):人と話すことの経験値が間違いなく年齢以上の物があります。単純なトーク能力であれば、今回の二次選考では間違いなく一番手は彼でしょう。配信未経験なのは、これからのサポートが必要だとは思います』
『所感(宮瀬):過去の経験を明るく語ることが出来る辺りからはメンタル面の強さを感じた。ただ、自身の病気をネタにしたブラックジョークに頼りすぎな面も。人生経験を積めば積むだけ面白くなるタイプ』
『所感(大原):単純に喋りの達者さが高校生レベルではないです。敢えて名前を出すなら、七星アリアさんに近いタイプだと思います』
最初のページに載っていたのは、今回のオーディションを最年少で最終選考進出となった葉月玲一だった。プロフィールや志望動機などには特異性はあまり見られない。書類や動画での一次選考でも、過去の怪我や病気の経験から志望動機へと繋げる者は多数存在していた。その中で、最もトーク能力に長けており、なおかつ年齢的な部分からの伸びしろも考慮して葉月玲一は最終選考の椅子を真っ先に勝ち取ることに成功していた。
大原の所感で名前が出たオーバーズのオリジナルメンバーである七星アリアは彼の実姉であるが、現時点ではその事を玲一は隠している。彼女が姉であることが恥ずかしいとか、そういった理由ではなく『姉の七光り』となるのを嫌ったためだ。むしろ、彼は姉であるアリアを心から尊敬している。
尊敬の結果、トークの回し方がかなり似通っているので、仮にデビューすればいずれはバレるだろう、と当の本人は考えている。
「こちらは……白羽さんが言われてた方ですね。まさか、本当にここまで来るとは」
「え、もしかして、スマイルムービーのイベントの時の人ですか……?」
「おそらくは。過去の活動時の名義と、内容が一致しています」
『名前:千堂将文 年齢:21 職業:大学生(一留)』
『特技:スポーツ、ゲーム大会などでの実況およびMC周りが出来る』
『志望動機:自身の得意とする分野を仕事に活かしたいと思った。また、オフイベントでRe:BIRTH UNIONのお二人に背中を押してもらったのも切っ掛けのひとつ』
『備考:過去の活動名義…チェルシー茅ヶ崎(スマイルムービーに動画あり)』
『所感(長谷部):面接での印象はパっとしない感じでしたが、一時選考および予選での動画内容が非常に良かったため、最終選考への進出を決めました。インプットした情報を即座にアウトプット出来る頭の回転の速さが素晴らしい』
『所感(宮瀬):ソロ配信でこそ輝くタイプ。コミュニケーション能力がどれほどあるかが一番の重要点。スポーツ知識の高さは個人的に好感触』
『所感(大原):Re:BIRTH UNIONでも欲しい人材ですがゲーム大会の多いオーバーズさんや定期的にカスタムマッチを行っているDJDさんへの紹介状も込みで最終選考に連れて行ってもいい気がします』
「チェルシーって、やっぱり……!」
「ですね。最初に来られた方です」
二人が強く反応したプロフィール、特に過去の活動名義を見てキンメは小さく首を傾げて説明を求めた。名義を見ても、少なくとも彼女がよく知るような配信者の名前ではなかったからだ。
「この人知ってるんだ?」
「ええ。以前にスマイルムービーのイベントに出演した際に、私たちに会いに来てくれた学生さんですね。その時にチェルシーというハンドルネームを名乗っていたのと、バーチャルキャスターをやろうと思っている、という事を仰られていたので」
「てっきり個人で始めるのかな、と思ってたんです……オーディションに参加されるなんて思いもしませんでした」
驚きながらも、ユリアはどこか嬉しそうな表情だった。自分が初めて目にしたリアルのファンが、こうしてVtuberという世界に飛び込もうとしてくれていることに感動したようだった。廻叉も同様に、どこか嬉しそうだった。
「お、何見てんの?」
控室から戻ってきた三日月龍真が休憩スペースに同僚が集まっているのを見て近付いてきた。そしてテーブルに広げられた資料を見ると察したようにページを捲って、ニヤリと笑う。
「へぇ、最終まで残ったか」
『名前:輪島恭平 年齢:23 職業:自営業』
『特技:ラップ、歌、利き酒』
『志望動機:Vtuber、バーチャルラッパーとして活動していたが、伸び悩んでいる状況を変えるために、最もファンの目が厳しく耳も肥えているであろうRe:BIRTH UNIONに所属することで自分のレベルを大きく上げたい。その上で、新たな視聴者を獲得したい』
『備考:現在の活動名義…ill da ring(バーチャルサイファー所属)、三日月龍真とコラボ歴あり。酒豪』
『所感(長谷部):ラッパーというイメージに反して冷徹なまでに自分自身を客観視出来ています。売れなければ意味がない、という主張は賛否両論ありそうなところがあります』
『所感(宮瀬):最終選考合格者の中で、その尖った姿勢は随一。良くも悪くも自我の強さが印象的。楽曲も数曲聴いたが才能は間違いなくある。あとはファンに受け入れられるかどうか』
『所感(大原):自分の中でブレない芯を持っているのは、面接の中でも十分すぎるほど伝わってきました。龍真さんと知り合いらしいので、彼の暴走を止める役が一人でも増えるのは本当にありがたい』
「あれ?大原さんなんで俺の事ディスったん?」
「もう止める側として期待されてる……」
「主にラジオでの言動を思い出してみたら?」
仲の良い後輩を紹介しようとプロフィールを指さしながら意気揚々と語っていた龍真だったが、最後の大原の所感で自身の暴走へのカウンターとしての役割を期待されていることが書かれていたのを見て真顔になっていた。ユリアはすでに内部でのポジションまで想定されていることに驚き、キンメは淡々と自省を促していた。
なお、当のラジオの相方である廻叉はノーコメントだった。ここで下手に口を挟めば追及の手が自分に向かうことは自明の理であった。その時は、全てを棚に上げて龍真も追及側に乗っかることも予想出来ていた。
「まぁこいつの才能はマジモンだから、あとは最終選考次第だな。ってか、俺が立ち会った時の候補者ゼロだな」
「とりあえず、キンメさんと白羽さん、四谷さんの立ち会った回の面々ですね。次も白羽さんの時の方ですか」
「まぁ多少偏るよねぇ。あ、女の子だ……って、ええええ?!」
プロフィールを捲ったキンメが素っ頓狂な声を上げた。ユリアが驚いて肩をビク付かせ、廻叉と龍真が訝し気にプロフィールを見る。キンメは年齢の部分を指さしていた。
『名前:桜田果奈子 年齢:39 職業:元歌手』
『特技:歌(歌手歴17年)、家事全般(主婦歴10年)、英会話(海外在住歴15年)』
『志望動機:海外でシンガー兼主婦として活動していたが、離婚を機に日本に帰国。引退も考えていたが、Vtuberというムーブメントを知り興味を持った。若い子の多い業界らしいので、アラフォーであることすら売りに出来そうだった。歌手としてもう一花咲かせたい』
『備考:過去の活動名義…Sakura、バツイチ(子供は居ない)』
『所感(長谷部):年齢制限が下限のみとはいえ、この年齢で新しい世界に挑戦する気持ちは同じ女性として心強さすら感じました。歌の実力も文句なしです。会話していてとにかく圧倒的なパワーを感じました』
『所感(宮瀬):海外でシンガーとして活動していたという経歴通りの、歌唱力の高さ。海外在住歴の長さから、英会話にも堪能でRe:BIRTH UNIONが海外ファンを呼び込むフックになる可能性も』
『所感(大原):とにかく『強い』人だという印象でした。Re:BIRTH UNIONに限らず、Vtuber業界に必要な人材だと思います』
「芸歴的にも大ベテランだな、おい……」
「凄いですね……」
「チャレンジ精神に溢れているのが素晴らしいですね。大原さんの言う通り、彼女がVtuber業界に入ることは大きな意味があると思います」
「プロとしてのキャリアを持ってる人、というのも貴重だね。私も、レッスンを受けたいくらいだ」
プロフィールを読んだ三人は、キンメが指さした年齢に素直な感嘆を見せた。何せ、Re:BIRTH UNIONのメンバーの最年長である廻叉とも一回り以上離れており、株式会社リザードテイルにまで広げても、映像制作部門のチーフが唯一の同年齢だ。Vtuber業界全体でも言うと人間以外の種族も存在するので年齢があてにならない部分はあるが、人間としてデビューするのであれば最年長クラスであることは間違いない。そして、ステラもまた彼女が積んだ研鑽から自身のレベルアップを目論んでいる。
この時点で相当に濃い面々が最終選考へと進んだことをこの場にいる現役メンバーの共通認識になったところで、さらにページをめくる。名前は、女性の物だった。そして、ユリアが「あ」と声を上げる。
「私が見た回で、一番印象が強かった人です……その、なんていうか、凄い人でした」
どこか要領を得ない感想を述べるユリアだったが、そのプロフィールと所感で全員が納得した。なるほど、確かに「凄い」という言葉が一番似合う、と。
『名前:安芸島結 年齢:19 職業:フリーター』
『特技:歌、ダンス、アイドル知識』
『志望動機:Virtual CountDown Fesを見て、自身のアイドルの理想像をVtuberの世界に見つけた。自分がアイドルとしての理想となるために一生を捧げたいと思っている。その思いに応えてくれそうな事務所がRe:BIRTH UNIONだった』
『備考:過去の活動名義…ゆい(元地下アイドル)』
『所感(長谷部):明るく、ハキハキとした受け答えや、元気の良さはアイドルとしてかなり高得点ではあると思います。動画選考の際の歌やダンスも十分なレベルです。自身の理想への執着は、確かにRe:BIRTH UNIONらしさではありますが、若干の危うさも感じます』
『所感(宮瀬):面接での受け答えから相当な事前調査をしてきたのが伝わってきた。向上心の強さもこの業界でやっていくには必要不可欠。書類選考時の動画の音質や画質が今一つだったので、ツール類の扱いに関してが課題』
『所感(大原):ユリアさんからの「私にダメ出ししてください」という問いに対して、前のめりかつ前向き、その上でかなり手厳しいダメ出しをした時点で、相当肝の据わった子だと心から理解できました。ただのアイドルではないです、間違いなく』
「ユリアさん、ダメ出し希望したんですか?」
「はい……その、後輩になる人からどう思われてるか、気になってしまって」
「そこで『褒めて』じゃなくて、ダメ出しってあたりがユリちゃんだよねぇ」
「とはいえ、それに対して全力で答えたのがこの子だったわけだ。ふむ……元アイドル、という肩書から『理想像』と来たか。相当拗らせてるね、この子」
オーディションの場で何をしてるんだ、と微妙な視線を送る廻叉に対してユリアは思わず視線を逸らしてしまった。新人候補に対して、答えづらい質問を飛ばしたことに対して多少注意が必要だと思ったが、結果的に逸材を掘り当てる結果になった以上は、廻叉としても強く出れなかった。
「いや、まぁでも俺ら好みの覚悟決まってる系っぽくていいじゃねぇか。で、最後が……あー、廻叉が言ってた面白い奴か」
「ええ。3Dを我々も扱うのですから、彼のような才能は放置できませんからね……最終まで残ってくれて幸いですよ」
『名前:水城渚 年齢:19 職業:無職』
『特技:自己流パルクール、バック転、運動全般』
『志望動機:友人の勧めで。自分ではどうしようもない状況を支えてくれた友人たちがVtuberという道を教えてくれた。それに応えたい。恩返しがしたい』
『備考:過去の活動はなし』
『所感(長谷部):彼自身ではどうにもならない不幸や不運が重なりながらも、潰れも腐りもせずに周囲の助けを得ながらも強く生きている事に胸を打たれました。彼が望むのであれば、彼自身の生活環境改善のために、リザードテイルとしてバックアップをしたいと考えています』
『所感(宮瀬):年齢以上の落ち着きは間違いなく彼自身の生い立ちによるもの。人の縁に助けられている、と本人は言っているが「助けたい」と思わせる人柄は彼自身の強み。動画で見せた動きは相当なもの。3D技術をこちらも伸ばさないと、彼の動きについていけない可能性も』
『所感(大原):ナチュラルなポジティブさと、人当たりの柔らかさは仮に2Dモデルでの配信であっても活かせると思います。余談ではありますが、話に出てきた彼の友人達も相当な逸材っぽいのが気になって仕方ないです』
最後のページに彼の名を見つけたときに、正時廻叉は思わずニヤリと笑ってしまった。彼との会話は、自身が立ち会った数人の中で最も印象的であったし、彼をRe:BIRTH UNIONの新人として視聴者の前に出したときにどんな反応が見れるだろうか、と想像したくなるのも彼だった。
「不運や不幸って、何だろう。まぁ、そこは彼が入ってきたり別口でデビューしたら知れるけど」
「長谷部さんが相当気に入ってる……というか、気に掛けてるな。あの人、大善人だからな……」
「まぁ何にしても興味深い面々が揃ったわけだ。……おや、四くんに白ちゃん。随分と長丁場でやってたね」
ステラが大雑把にまとめたタイミングでスタジオから疲労困憊といった様子の丑倉白羽と小泉四谷が現れた。服装は、ややタイトな黒ジャージだった。その上から、各関節などに黒のサポーターやバンドのようなものをいくつも取り付けてあった。
「いや、もう3Dモデル動かすの楽しすぎますよ……前のスタジオより、はるかに動ける範囲広いですし……ってか、こんな規模の作れるくらいウチって儲かってたんですね……」
「いやー、ギター弾いてるとこ3Dライブでやれる日も遠くなさそうだね。指の動きは、まだまだ難しそうだけど」
二人の言う通り、彼らが行っていたのは3Dモデルの動作テストだった。郊外の建物を改装して作ったリザードテイル所有の3DスタジオにRe:BIRTH UNIONのメンバー全員で集まり、自身の分身である3Dモデルの撮影テストを行っていた。最初にそのテストを行ったのが、くじ引きで勝利した白羽と四谷だった。ちなみに、この後は龍真と廻叉、キンメとユリアとステラ、という流れだった。
「ああ、そうそう。君たちの3Dモデルなんだけどね。最終選考で使うからね」
交代でスタジオに入るための準備を始めた龍真と廻叉が固まり、他の四人も呆然とした表情になる。唐突に爆弾を投げ込んだステラ・フリークスだけがニヤニヤと笑っていた。
「最終選考の舞台は、ここだ。おや、偶然にも彼らも六人、君たちも六人だね。……今年の最終選考は、3Dモデルを活用した自由演技だ。いやぁ、今から楽しみで仕方ないよ。ふふふ」
最終選考進出者のファイルを手にしながら、ステラ・フリークスは心から楽しそうに笑っていた。
この手のデータっぽいの書くのは初めてなので、読み辛かったら修正します。
合格者は何人になることやら。
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