「人それぞれの理由、色とりどりの野心」
「僕の最終目的は、僕自身の歌やラップをより多くの人の耳に届けること。その為に、今の僕ではスキルを磨くことは出来ても、知名度を上げるには限界があります。だからこそ、僕はRe:BIRTH UNIONの四期生オーディションに応募した。バーチャルサイファーの出世頭である龍真さんと同じ環境に身を置けば、僕が見られる機会も増える。同時に、僕を見る目も厳しくなり、耳も肥えるでしょう。その厳しい環境を、僕は欲しています」
MC備前が主催し、企業所属・個人運営問わずラップ愛好家が集う『バーチャルサイファー』の中心メンバーの一人、ラッパーVtuberのill da ringは淡々と自身の志望動機を述べる。すでに個人としてはある程度の活動歴こそあるものの、彼の現在のチャンネル登録者数は数千人に留まっているのが現状である。そもそも、バーチャルサイファーで一万人の登録者を超えているのが企業所属である三日月龍真、そしてつい先日一万人に達した最古参であるMC備前の二人だけだ。
他の参加者は基本的に『自分の音楽が出来ればいい』『別に伸びなきゃ伸びないでいい』というスタンスの面々が多い。元々が現場のラッパー上がりという事もあってか、自身の音楽性を曲げない事に軸を置く傾向にあった。そんな中で、ill da ringだけは極めてメジャー志向であり、名を知られなければどれだけ自信のある楽曲であっても埋もれるという現実に真っ向から取っ組み合っていた。
それでも若年故の経験不足が祟ってか、彼の試行錯誤は良い結果をもたらしてはくれなかった。そこで彼は、今までの自分を投げ打ってでも企業所属となることで、自身に耳目が集めたいと考えた。
「おそらく、聞く人が聞けば僕が個人勢の『ill da ring』だとすぐにわかるでしょう。もしかしたら、かつての自分を捨てたことに対して悪印象を持つ人も居るかもしれません。むしろ、そういう人の方が大半ではないか、とも思っています。ですが、そんな人たちを納得させられないようでは、きっと僕が個人のままでも、企業に入っても同じでしょう。企業に選ばれたのならば、選ばれただけの結果を残すことが、僕の義務であり、責任だと思っています」
それでも、彼は淡々と語る。自身への厳しい目すら覚悟の上でこの場に来たという事が、面接官たる長谷部達にも、立会人である小泉四谷にもそれは痛いほどに伝わった。だからこそ、四谷はその思い詰めたような姿勢が気になって仕方なかった。彼にとって、Vtuberという世界に身を置くことが義務感になってはいないだろうか、と。
「僕から、質問していいかな?……えーっと、ill da ringさんは……」
「イルダリ、で結構です。普段、大体そう呼ばれてますから」
「じゃあ、イルダリさんは……目的意識と、責任感があるのは伝わってきたんだ。でも、こういうと何だけど……ちゃんと、Vtuberって世界を楽しめてるのかな、って思った。売れなきゃいけない、って気持ちだけでやってるわけじゃないだろうけど、デビューして今まで、ちゃんと楽しめてたのかな、って。そこのところは、どうかな?」
小泉四谷は配信で闇の世界を繰り広げていると評判のVtuberではあるが、本人の素性に闇を感じる部分は限りなく少ない。元々はゲーム実況の投稿者であり、物事を楽しむことに関してはRe:BIRTH UNIONでも最も優れていると言っても過言ではない。今の活動でも、彼自身は心から楽しんでいる。
「楽しみながら自分を都市伝説の怪物にしようとしてる辺り、彼も相当度し難い」とは先輩である正時廻叉の談ではあるが、酸いも甘いも噛分ける必要のあるVtuber稼業においては必要な才能である事は間違いない。
だからこそ、四谷はイルダリの『意識の高さ』が気に掛かっていた。彼が今の活動を楽しめているか。今が楽しくないから、環境を変えることを選んだのか。その点を、確認したかった。
「楽しいですよ。より楽しむために、僕はもっと売れたいですし、自身のハードルが上がる場所に身を置きたいんです。今の環境がぬるま湯とは言いませんが、その熱さに慣れてしまっている。より温度を上げたいからこそ、僕はRe:BIRTH UNIONという熱湯が必要なんです。Vサイファーの皆さんのような現場上がりではない、フロム・インターネットのラッパー、ill da ringには」
「ふふ、ふふふ……良いなぁ、イルダリさん。地に足を付けているのに、針山へと足を踏み入れるんだ」
「その針山で死ぬほど楽しそうに笑ってる先輩を一人、よく知っているので」
イルダリと四谷の脳に浮かんだのは、三日月龍真の馬鹿笑いだった。
※※※
「くはははははは!!やっぱアイツ尖ってんなぁ!名前にリングって付いてるのに!!」
「ラッパーなのに、フリースタイルやるとかそういう事もしないで、ひたすら真面目に自分がリバユニに入る必要性だけを堂々と語ってましたよ。凄いですね、あの人」
「アレでラップ愛も、Vtuber愛もあるからな。アイツはもっと伸びるべきなんだけどな、マジで」
「ふむ……もしかしたら、彼も最終選考候補かもしれないね。決めるのは、長谷部さん達だからわからないけれど」
四谷が話した顛末を聞いた三日月龍真は大爆笑していた。自分たちと全く違うスタンスを持つ後輩であるill da ringを、龍真を始めとするバーチャルサイファーの面々は好意的に思っていた。Re:BIRTH UNIONの首魁たるステラ・フリークスもまた、彼の独自の考えに興味を抱いたようだった。だが、彼女に面接結果の決定権はない。彼が最終審査にまで残ることを期待するだけだ。
「で、明日はユリアちゃんだっけ。今日も普通にピアノ練習雑談してるけど。特に面談絡みの話とか聞いてないんだよね」
「あー、ユリアさんなら多分廻叉さんに相談したんじゃないです?」
「まぁユリちゃんが誰に相談するかって言ったら、廻くん一択だよね」
「あいつら、一応は彼氏彼女の関係なのにハタから見てると兄と妹だよな。お陰で変な勘繰りもされてないからいいんだろうけど」
話題を翌日の通話面談へと向けたキンメの言葉に、同期である四谷が答える。同期とはいえ、配信の方向性が違いすぎるユリアと四谷は、オンライン上でのコラボこそ少ないが、作業通話などでは普通に会話をする仲である。なお、大体ユリアが廻叉を始めとするVtuberの知人友人を褒めちぎるのを聞くのが定番だったりする。
「大丈夫大丈夫、二人とも無自覚にガチ恋勢切り捨ててるから。……いや、廻叉君は狙ってやってそうだけど」
「あー、ガチ恋ドネートに『私のことを知ってくれて好きになってくれるのは嬉しいですけど、私はあなたのことを知らないので……その、あの、ありがとうございます、でもごめんなさい』だっけ。その後、フォローを入れようとして介錯してたよね」
「ステラさん、微妙に似てますね、ユリアさんのモノマネ」
「切り抜きで見たわ、それ。あらゆる攻撃的SEがぶち込まれてて大爆笑したわ」
「うーん……あの子も、ある意味強くなったのかな……まぁ、明日はそういう無自覚にバッサリしちゃう感じが出なきゃいいんだけど」
幸いにも、キンメの懸念は外れる。
バッサリと斬られたのは、石楠花ユリアの方だった。
※※※
「ユリアさんから、何か質問はありますか?」
「はい。もし同じ事務所の所属になったら、仲良くしたいっていうのはもちろんなんですが……その、ただ仲良くするだけじゃなくて、ちゃんと注意したり、叱ったり、っていうのも、大切だな、って思ってて」
こうして質問を振ってもらうのも三度目だが、いまだに少し緊張が抜けない自分に石楠花ユリアはどうしても自罰的な気分に陥ってしまう。とはいえ、オーディション参加者に対してそれを見せてしまうのは、失礼であり、今後先輩として接する可能性もある以上、堂々としなければ、と必死に自身のネガティブを抑え込んでいた。
彼女からオーディション参加者への質問は一点だ。
「今のあなたからの視点でいいので、私に注意、ダメ出しをしてみてください」
ここまで数人の参加者にも、同じ質問をしている。反応は様々であった。ある者はあからさまに狼狽し、ある者は冗談めかして答えることで明言を避け、ある者は「ピアノ練習配信の時間が長すぎる」という端的ながらも誰もが思っていることを直球で答えた。
「そうですねぇ。大前提として、私はユリアさんのピアノ、すっごい好きなんです。歌も丁寧で、トークも物腰柔らかい感じが伝わってきますし、ちょっと慌てて狼狽えてるところとかすごく可愛いです!!」
「あ、ありがとうございます」
ユリアと同年代ほどの少女は、ハキハキとした受け答えで面接担当の三人からもある程度の好印象を貰っていた。地方のアイドルグループに居たが、方向性の違いから脱退し、Virtual CountDown FESを見てVtuberの世界でアイドルになることを志したという。好印象ではあるが、Re:BIRTH UNIONである理由には欠ける、というのがこの瞬間までの彼女の評価だった。
「だからこそ、褒められたりした時に自信がなさそうというか、ネガティブな受け答えされてるの凄く気になるんですよね。アイドル志望の私と、ユリアさんとでは考え方が違うのは分かってますけど、それでも貴女は結果を残してるんですよ?ピアノは私がリサーチした限り、Vtuberというジャンルの中では間違いなくトップ級です。歌だって十分上手いです。性格は色んな方が『真・清楚』と太鼓判を押してますし、リスナーのマナーも凄く良いって評判でした。なのに、ユリアさんだけがずっとそれを受け止めきれてないですよね!」
ハキハキとした、元気のいいアイドルの声で、強烈なダメ出しが飛んできた瞬間、面接官達の彼女に対する評価は二転三転する。歯に衣着せぬ物言いではあるが、内容をよく聞けば相当なリサーチをしていることが伝わってくる。そして、ユリアの残した結果を肯定しつつも、ユリアの姿勢に対しては異を唱えている。全員が一瞬押し黙ったのを確認したかのように、彼女は続ける。
「謙遜や謙虚も度を越せば嫌味、っていいますけど、ユリアさんの場合痛々しいほどの自己評価の低さの方が私には見えました。私はユリアさんの過去を、配信でお話ししてくださった範囲内でしか知らないです。だからアレコレ言うべきではないのは百も承知で、ダメ出ししてみなさいという言葉に甘えさせて貰いました。……ユリアさん、今すぐ自信を持てとかそういうのじゃなくて、せめて『私なんて』とか『私なんか』って使うのやめましょう!今の、一人のリスナーとして、オーディションの参加者として言えるのは以上です!」
「は、はい……その、実は、同じこと、少し前に別の人からも言われて……ちょっとビックリしました。でも、ありがとうございます。その、急なお願いなのに、ちゃんと考えたの、すごく伝わってきました」
「それに、相当なリサーチをされてきたみたいですね」
彼女のダメ出しが一通り終われば、若干呆気に取られていたユリアが、どこか嬉しそうに礼を述べていた。実際、同じようなことを数日前に親友である如月シャロンからそれとなく言われたばかりだった。尤も、彼女の言葉の方がより直接的な表現ではあったが。
一方で、面接官であるVtuber事業部・大原は彼女が相当な市場調査、あるいは業界研究を行っていることに気付いていた。そして、面接官たちは彼女がただのバーチャルアイドル志望者でない事を確信しつつあった。
「はい!私、安芸島結は、あのカウントダウンフェスで、私が思うアイドルの理想をVtuberに見ました。私がこうなりたいと思ったアイドルは、Vtuberの世界にありました!!私はその理想の為になら、どれだけでも努力できますし、はっきり言ってしまえば私はその為に一生を捧げられます。そして、私の理想を理解してくださるのは、Re:BIRTH UNIONさんだと確信しています!」
舞台上のアイドルが自己紹介をするような、弾むような明るい声で彼女は朗々と狂気じみた理想を謳い上げた。安芸島結という少女は、明るく礼儀正しく、そしてこの日のオーディション参加者で誰よりもRe:BIRTH UNIONに相応しい少女だった。
はっきりとした目的意識と、ガチの上昇志向の持ち主二人。ただし色合いは若干違う感じです。
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