「楽曲投稿前夜の雑談配信」
アクセス数やお気に入り数、ユニークユーザー数が本当に想定以上の速度で増えていてモチベーションが湧き続けております。
本当にありがとうございます。
「ただいまの時刻は午後10時。御主人候補の皆様、如何お過ごしでしょうか?執事Vtuber、正時廻叉で御座います。さて、本日は公式アカウントより発表がありました通り明日8月26日夜9時から、ステラ・フリークスとの『歌ってみた』コラボがRe:BIRTH UNIONメンバーそれぞれのチャンネルにて投稿されます。同時ではなく、15分ごとに1期生から順番に、という形となっております」
土曜日の夜、SNSでのみ簡単な告知をして廻叉の雑談配信が始まった。タイトルに惹かれたのか、それとも事務所総出のコラボ配信の影響か、同接人数が開始数分で3桁に乗っている。コメント欄でもそれを祝う声もあったが、それ以上に歌動画がいよいよ出るという事でそれに期待した人たちが集まっている様子だった。
《待ってました!》
《執事、お前歌うのか……》
《楽しみ》
《何歌うの?》
《初見、イケボだぁ……》
「リバユニ全員一致で『聴いてのお楽しみ』という形を取りたいという風になりまして、敢えて予約投稿すらしないという形になっております。今、皆様に渡っている情報は公式SNSの告知にあった画像だけです。本来は曲のタイトル等も入っているのですが、ロゴなどは全て消してあります。イラストの雰囲気から想像を膨らませて、お待ちいただければ幸いです」
その4枚の画像は、歌う楽曲が決まった時点でそれぞれの2Dモデルをデザインしたイラストレーターへと発注が掛かり、割と早い段階で完成していた。イラストレーター勢も気合十分であり、ポートレートとしてグッズ化出来るのでは、とスタッフが思う程に完成度の高いそれだった。
「しかし、私のこの世界での肉体の産みの親であるMEMEさんには足を向けて寝られません。私とステラ様のツーショットというだけで貴重なのに、あそこまでの物を作ってくださるとは。データを頂いた際に、息を呑みました」
《ほんそれ》
《つーか4枚ともめっちゃ凄いイラストでビビった》
《MEME:がんばっちゃったぜ》
《雰囲気めっちゃダークなのに儚い感あった。曲もあんな感じなのか》
《メメさんおるやんけ》
《メメママだ!囲め!》
当のイラストレーターがコメント欄に現れた事でコメント欄が加速するが、廻叉は例によって大きく反応することもなく、冷静に対応する。
「MEMEさん、お疲れ様です。イラスト、本当に素敵でした。ありがとうございます」
《MEME:いいってことよ》
《メメニキママ相変わらず男前なコメントで草》
《インタビュー記事の写真見たらガチで男前っつーかイケメンなんだよなぁ……》
《天は二物を与えずとはなんだったのか》
コメントにもある通り、イラストレーターのMEMEは男性だ。しかし、Vtuber業界ではモデルデザインをしたクリエーターをママと呼ぶ慣習が出来上がっており、例え男性であろうとママである。それに気を良くしたのか女性の2DモデルでVtuberデビューした者もいる。なお、ボイスチェンジャーの設定が上手く行かなかったという理由から、バリトンボイスの地声を放つ美少女という唯一無二にも程があるVtuberが産まれてしまった。なお、その人物は1期生である三日月龍真のモデル担当である。
閑話休題。
しばらくコメントとのやり取りを続けていた廻叉が、パン、と手を鳴らした。
「さて、ここ最近配信頻度が落ちていた事をまずお詫びいたします。楽曲の録音の他、少し動画編集の勉強と作成に時間を頂いておりました。あとは、事務所との打ち合わせもありました。私の配信を楽しみにしていらっしゃる方も居るにも関わらず、個人的事情を優先し申し訳ありませんでした」
東京の事務所でボーカルレッスンを受けたり、同業他社の大手であるエレメンタルの所属Vtuberと偶然の対面を果たすなど、様々な事が起こった東京での二日間以降、廻叉は明確に配信頻度が落ちていた。とはいえ、週に4回ほどだった配信が3回になった程度であり、本来ならそこまで気にする程の減り方ではない。だが、動画投稿・配信は毎日出来るならば毎日やった方がいい、というのが界隈内での伸びる秘訣として言われている以上、セオリーに背を向けた行為である事には変わりない。そして、何より廻叉自身が配信を見に来てくれるリスナーへの申し訳なさを抱えていた。故に謝罪の言葉を挟んだのだが、リスナーの反応は意外なものだった。
《ええんやで》
《むしろ執事の配信は完成度上げる側に振り切って欲しい》
《何かまた作り込んでんだろうなぁ位には思ってた》
《謝るな、お前の本気を見せる事で応えろ(御主人面)》
《執事の個人的事情なんて絶対俺らの為の何かやろ?》
《何動画だろ楽しみ》
コメントには気遣い無用の旨と、信頼を込めた期待のコメントしかなかった。廻叉のチャンネル登録者数や同接人数は多くはない。企業所属として考えれば少ないと断言できるレベルだ。だが、廻叉が想像する以上にファンは正時廻叉を理解していた。無感情で無機質な態度の裏にあるものを、多かれ少なかれ察知しているのだ。この男は、底の知れない何かが必ずある、と。
「……そんな風に言われたら、期待に応えなければいけませんね。明日の楽曲以外にも、まだまだお見せしたいものが多々ありますので」
《待ってる》
《執事も大概クリエイター気質だよな》
《つーかリバユニが創作ガチ勢しか居ない気がしてきた》
《上がる3期生のハードル》
「ああ、これも皆様に報告なのですが、3期生の動画・書類選考は着々と進んでおります。これは運営サイドから言っていい、むしろ周知しておいてほしいと言われたのでお伝えしますが、合格が決まった時点で合格通知と通話面接の日程決めのメールが送られております。簡単に言いますと、運営の想定を超える量の応募があった為、今まで通りに全動画、全書類を見てから合格者を決める形式だと時間が掛かり過ぎる、との事でした」
この発言にまたコメント欄が加速する。その中にはちらほらとオーディションに参加した人物も居た。尤も、コメントに表示されているのはハンドルネームの為、本当に参加したかは不明であった。
《リバユニが認知されてきてるんだろうな》
《あと男性が居るのは大きい》
《男の居る企業箱ってオーバーズくらいか》
《運営スタッフも大変だな……》
《小さい所だとあるけど、小さすぎて風前の灯火らしいな》
「不合格通知、所謂お祈りメールを送る余裕も無い為、動画・書類選考終了のアナウンスが出た時点でメールが来ていない方は不合格となりますのでご了承ください。どうやら私とキンメさんが受けた時の倍近い応募があったそうです」
これも運営から聞いており、尚且つ配信上で話す許可の出ている情報だった。とはいえ、元々玉石混合なオーディションであり、応募が増えた分だけ『動画視聴5秒で不合格』となるような極端な例も同様に増えた為、応募総数がそのまま事務所としての強度とは言い難い部分はある。逆に、ここで合格するならばどの企業であろうと少なくとも動画選考を突破できるだけの実力がある事の証左に他ならない。
何故ならば、株式会社リザードテイルは映像企画企業である。動画作成をそのまま生業とした企業が運営しているVtuberの事務所である。ハードルが上がり切っている、とまでは行かないがプロ視点での『最低限』を要求されている時点で、業界内においても相当な高難易度を誇るオーディションである、と噂されている。情報の出所は1期、2期のオーディションを落ちた者による匿名掲示板などへの書き込みである為、当初は眉唾ものの噂とされていたが現在のRe:BIRTH UNIONメンバーの音楽的才能や演技力、画力などから俄かに信憑性を増しつつある説だった。
《俺、たぶん不合格くさい》
《やっぱ知名度上がってるわ>応募総数2倍》
《動画送った人ら戦々恐々やろなぁ…》
「明確な日時をお伝えすることは出来かねますが、今後随時通話面接が行われます。そこに合格した場合、今度はリザードテイル本社にて弊社社長、Re:BIRTH UNION統括マネージャー、そしてステラ様との四者面談が待っております。……圧迫面接では決してありませんが、ある程度考えをまとめて行かないと間違いなく答えに窮する質問をされるかと思われます。これは、私から出せる唯一のヒントです」
どこか神妙に視聴者へと告げる。もしかしたらこの中に動画・書類選考通過者も居るかもしれない。その上で、打ち合わせの中で「配信上で言っても構わないラインの情報」について、積極的に開示していく形を廻叉は取っていた。自分自身がRe:BIRTH UNIONに入る事で救われた部分が少なからずある以上、同じような状況、あるいはもっと追い詰められた精神状態の者もいるかもしれない。そう考えると、少しでも手助けしたい。正時廻叉というよりも、境正辰としての意識がやや強く出ていたように自覚する。
『あなたは一つの役を生涯演じ続ける事は出来ますか?そこに、境さんとしての意思や感情を一切介する事無く、Vtuberとしての人格だけで視聴者の前に立ち続ける事は出来ますか?』
今も、最終面談の際に受けた社長からの質問を思い出す。覚悟を問われる事は想定していたが、想定を上回る質問だった事で一瞬絶句してしまった。しかし、即座にこう返したのだ。
『Vtuberを役者業と言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、一生涯役者を続けられるならば俳優・境正辰がこの世から消え去ったとしても本望です』
最初からそのつもりだった。自分が所属していた劇団がとあるトラブルから解散し、ほぼ同じタイミングでバイト先も閉店に伴う退社となった。どうしたらいいか全くわからなかった。役者を目指して歩く途中、突然四方八方が断崖絶壁になったような気分だった。そのまま役者を続けるのか、続けるにしても地元に残るのか上京するのか、それとも役者の道を諦めて一般企業に就職するのか。考えがまとまらないまま三日ほど過ごした後、役者仲間からRe:BIRTH UNIONのオーディションの話を聞いた。
元々、一視聴者として面白そうな世界だとは思っていた。ステラ・フリークスの事も楽曲から知っていた。その独特な世界観を構築する歌と存在感に魅せられてはいた。だが、それはあくまで視聴者視点だった。自分がそちら側に行くことは考えた事がなかった。幸い、パソコンはローンこそ残っているがほぼ最新の物だった。配信に関しては素人だが、表現の場としてVtuberを選ぶならば彼女の下で――不合格ならば、この世界とは縁がなかったと思おう。最初で最後のつもりで受けたオーディションで、境正辰は正時廻叉へと生まれ変わった。
「やろうと思えば、簡単に始められるのがVtuberの良さだと思っています。だからこそ、我々と同じ道を、Re:BIRTH UNIONを選ぶだけの理由が、熱意が、覚悟がある方と共に歩みたいと私は考えています。これはヒントではなく、正時廻叉自身の願いです。……時刻は午後11時となりました。本日の雑談配信、短いですがここまでとなります。繰り返しにはなりますが、明日、我々の楽曲が随時アップロードされます。是非、お楽しみに。おやすみなさいませ、御主人候補の皆様方」
《おやすみー》
《楽しみ》
《いつもより感情出てたなぁ》
《おやすみなさい》
【雑談配信】楽曲投稿前に、いくつかのお話【Vtuber/Re:BIRTH UNION】
配信時間:1時間01分
最大同時接続者数:202人
チャンネル登録者数:3689人
※※※
配信が終わると同時に、少女は少しの期待と大勢を占める諦めの気持ちを抱えたままメールボックスを開く。生まれ変わりたい気持ちはある。覚悟だってある。それでも、自分が評価されて合格という結果を受けるだけの価値があると、未だに信じられなかった。不登校になって2年以上、ピアノ以外のスキルはほぼ無し。そんな自分が、合格なんて出来るだろうか。
たった今、配信を終えた正時廻叉の言う理由や熱意、覚悟はあるのだろうか――そんな風に考えていたせいで、その新着メールに気付くのに一瞬だけ遅れた。
そして、気付いた時には息を呑んだ。震える指で、そのメールをクリックして展開する。
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件名:動画・書類審査合格のお知らせ、並びに一次面接の日程について
三摺木弓奈様
この度はRe:BIRTH UNION3期生オーディションに御応募頂き誠にありがとうございます。
動画・書類審査の結果、三摺木弓奈様には是非一次面接へと進んで頂きたいと思っております。
面接の詳細及び日程に関しましての詳細は下記URLの応募フォームにて御確認と返信をお願い致します。
https://lizardtail.com/rebirthunion3rdstars/*******************
一次面接は事前告知の通りDirecTalkerを用いた通話形式となります。
もしお持ちでない場合は、下記URLより規約等を御確認の上ダウンロードをお願い致します。
(可能であればPC版でのダウンロードをお願い致します)
http://directalker.net/
それでは、引き続きよろしくお願い致します。
株式会社リザードテイルVtuber事業部統括マネージャー
佐伯久丸
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少女、三摺木弓奈はそのメールを見つめたまま、暫く呆然としていた。信じられない気持ちの方が強い。不合格通知の間違いではないだろうか、と考えたが先程の配信で廻叉が不合格メールは出していない旨を証言している。
弓奈は、間違いなく自分が合格したのだという事実を飲み込むまでに数時間掛かった。彼女が生まれ変わる為には、まだ今しばらくの時間が必要だった。
正時廻叉のバックボーンの一部と、ようやく動き始めたヒロインの物語。
ここから、更に皆様に楽しんで頂けるよう練り込んでいきたいと思っております。
御意見御感想、誤字報告などお待ちしております。