「茨の道も飛び越えて」
水城渚という少年に対する面接担当者達の反応は大きく二分されていた。
一つは、彼の生活環境に対する不安や心配を抱く者。長谷部と宮瀬がこの意見だった。状況的に彼自身の力ではどうしようもない不可抗力とも理不尽とも言える出来事の数々、そして友人の家に寝泊まりしている状況を放っておくのは、彼らの良心が許さなかった。仮に不採用となった場合であっても、株式会社リザードテイルのスタッフとして彼を雇用することも長谷部は検討している。
幸いにも、彼自身は落ち着いたナチュラルなトーンでの会話や、持ち前のポジティブさを発揮しており、仮にVtuberとなったとしても一定以上の評価を得られそうであった。自分から強く主張したり、引っ張っていくタイプではないが、顔の見えないトークだけでも「彼の助けになりたい」と思わせるには十分だった。
一方で、彼の才能を生かすためにも最低限最終選考まで進んでほしいと思っているのが、大原と立会人である正時廻叉だった。ステラ・フリークスの3Dアバターの調整にも携わっていた大原は、第一次選考の動画の時点で水城渚を非常に高く評価していた。3Dだからこそ映えるであろう彼自身のフィジカル能力はRe:BIRTH UNIONにとって大きなプラスに働くと考えていた。
廻叉もまた、彼のことを高く評価する旨を、全員の通話面談の終了後に述べている。高校卒業直後という若年ながらも考え方はしっかりしており、現在の生活を助けてくれている友人達への感謝を忘れない誠実さを彼は気に入っていた。だからこそ、この場で最も『彼のモチベーション、本気度を見たい』と考えるようになるのは当然の事であり、誰よりも先に廻叉が質問を彼へと投げ掛ける。
「改めまして水城さん。貴方が思う理想のVtuber像と、貴方が現実的に考える自身のVtuber像を教えていただけますか?」
面接の場において、理想であったり自身がこうなりたいという考えを聞くことは多数ある。一方で、現実的にどのような形で活動をするかを尋ねることは少ない。企業所属のVtuberになったからといって、即座に理想の配信が出来るわけではない。そのために、どういう形で活動して、理想へと近付けていくかを知りたいと、正時廻叉は考える。
何せ正時廻叉が自分自身の経験から出た質問でもある。本業である俳優業に繋げるために、朗読配信を定期的に行ったり、不慣れなゲーム配信にも挑戦したりMC・司会業を率先して引き受けたりもしていた。結果的に、声のみでの参加とはいえ現実世界の舞台にキャストとして立つことに成功している。
「理想は……やっぱり、3Dの体で俺が動いている所を見てもらいたいです。何かこれといった、得意なスポーツがあるわけではないですけど。単純に、人一倍動ける自覚はあります」
「そうだね、あの動画のパルクールみたいな動き、あれを実際に見せる事が出来れば大きな話題になるだろうね。そもそも、Vtuberで体力や運動神経に自信がある、って明言してる人がそもそも少ないってところはあるし」
「基本的には座り仕事ですからね、Vtuber」
「まぁでも体力があるに越したことはない。活動を休止する理由の半分くらいは、単純な体力不足から来る体調不良だからね」
渚の語る理想像は、3Dアバターで自分自身が仮想世界で縦横無尽に動く様を見て楽しんでもらいたい、というものだ。本人の言う通り、特定のスポーツや体系だった技術を持っている訳ではなく、一から十まで自己流での動きだ。公園の遊具でアクロバティックな動きを見せる動画を投稿したのも、大元は友達との話題作りの為だった。
「こんなこと出来るよ」で人の気を惹くのが、水城渚の知っている唯一の友達の作り方だったからだ。
そんな事情を知らない面接官たちは、フラットな視線で彼のポテンシャルを図っていく。運動神経、フィジカル面での強みは独自の物としてアピールポイントとしては十分だ。一方で、普段の2Dアバターでの配信では動きを見せる事はほぼ不可能、という点で彼の強みは削がれることになる。それ以外に、自分に何があるかと聞かれたら渚は即答できない。
「では、現実的にはどういったVtuberになろうとしますか?3Dモデルをまだ使えない状態であると仮定しての質問です」
感情を見せない廻叉の質問に、渚は息を呑む。いまだに答えはまとまってはいないし、明確な強みなどあるはずがない。きっと、自分よりVtuber向きな人材だって沢山応募してきているはずだ。
(なんなら、みんなの方がよほどVtuber向きだと思うんだけどな)
自分にはもったいないほどの友人達。家族に恵まれず、天涯孤独の一歩手前で踏み止まれているのは、友人達のおかげだと彼は本気で思っている。彼らが居るからこそ、自分は、どんな酷い人生でも大丈夫だと思っている。
「俺には、何もないです。何もありませんでした。動けるだけで、空っぽだって、そんな風に思ってました。そんな俺を助けてくれたのは、友人達でした。彼らが、俺が見ようとしなかった俺の中身を……割と無理やりでしたけど、暴いて、晒して、見つけてくれたんです」
面接官も、立会人も口を挟まない。渚の話を最後まで聞くために、彼の次の言葉を待っている。
「だから、Vtuberになったら、また俺の知らない俺を見つけることが出来るって、思ってます。先輩達や、もしかしたら一緒にデビューするかもしれない同期の人、俺を応援してくれるかもしれないリスナーの人たちと出会って、また新しい俺を見つけられる。……そんな、俺自身の変化を、みんなに見てもらいたいって、思います」
「貴方自身がコンテンツである、という事ですか?正直に言えば、貴方自身の持つ魅力だけで勝負するというのは、相当に厳しいと思いますが」
「そうですね……俺一人だったら、こんな風には、考えることはできませんでした。でも、みんなが俺のことを、面白い、楽しい、すごいって、何度も言ってくれたんです。きっと、それは気休めやお世辞なんかじゃなくて、本気で言ってくれてると信じます。だから、俺は俺の信じる友達の言葉を信じてみようって、思っています」
自己肯定出来るだけの自信を手にするには、水城渚という少年には時間も、切っ掛けも足りなかった。だからこそ、彼はそんな自分を肯定してくれる友達を信じることにした。
「俺はみんなが居れば、どんな茨の道も飛び越えて行けると考えてます。そんな俺の、ありのままの姿を見せる事だけが、今約束できる、現実的なVtuberとしてやっていく方法だと、考えてます」
大言壮語にも程がある、と自覚しながらも水城渚は断言して見せた。
「わかりました。私からの質問は以上です」
ヘッドセットから聞こえる正時廻叉の声に、わずかに笑みが混じっていたように思えた。
※※※
その夜。DirecTalkerの作業用チャンネルには明日の立会人を控える小泉四谷と、すでに立会人を済ませた正時廻叉と魚住キンメが居た。主な通話内容は、珍しく不安にまみれた四谷の悩み相談が主だった。
「やっぱ不安ですよ……去年の先輩達のを見てますもん。あんな風に、安心させるような喋りとか出来ないですし、自分の話した内容とかのせいで空気や雰囲気壊しちゃったらどうしようって思いますもん……ぶっちゃけ、自分の面談の時の数十倍緊張してますよ……」
「うーん、重症。都市伝説になる、って言った男がこのザマだよ、廻叉くん」
「気持ちは分からなくもないですが、ここまでネガティブに陥るのは珍しいですね。後輩のVtuberさんと一切絡んだことがない訳でもないでしょう。貴方もそろそろ活動一周年なんですから」
オカルトの申し子のような扱いを受けてはいるが(そしてその扱いになった理由の大半は小泉四谷自身にあるのだが)、根の部分はごくごく普通の好青年である。同業他社所属のVtuber、オーバーズのクロム・クリュサオルとは『チーム保護者』『胃痛同盟』『巻き込まれる宿命』等のユニット名で呼ばれるほどに面倒見もいい性格である。そして、Re:BIRTH UNION内では一番後輩ながらも、他事務所や個人運営の後輩Vtuberとは自然体で先輩として接しているのを、廻叉は知っていた。
「むしろ貴方の失敗を取り戻すくらいのことをしてくれる人が居たら、最終選考確定だと思いましょう。物は捉えようです」
「それはそれで体のいい踏み台みたいでちょっと……」
「Vtuberたるもの、お互いに踏みつけ合って上に行くものだよ。知らんけど」
「他人事だなぁ二期生……!!」
「実際、これは、と思う人は間違いなくいらっしゃいます。重く考えすぎるよりは、様子を見に行く程度に考えておけば間違いないでしょう、たぶん」
既に肩の荷が下りている二人から建設的な意見などもらえるはずもなく、四谷の声に若干の怨嗟が混じり始めたあたりで廻叉がわざとらしく話題を逸らす。四谷も不承不承ながらも、その話題に乗ることで内心の不安から少しでも目を逸らそうとしていた。
「実際、二人が見た中で良さそうな人ってどんな感じだったんですか?」
「私の時はひたすら喋りの上手い子が居たなぁ。ほぼ独演会。でも、聞けちゃうんだよね。なんというか、あんなに重い身の上話を軽やかに話す子が居るんだ、って衝撃だったね……」
「私の回では、フィジカルに能力を振り切ってるタイプの方がいらっしゃいました。むしろ、私個人としては彼の人間性というか、考え方を気に入ったのですが……配信という点で未経験者である点が若干気になりますね。厳しく見れば当落線上ギリギリ、という感じです」
「そっかぁ……僕も、この人だって感じの推し候補生みたいな人が出来ればいいなあ」
話しているうちに、不安よりも楽しみの方が勝ってきたのか、四谷の声色がだんだんと普段通りのそれに戻っていく。こういう責任感を必要以上に背負い込んでしまう点が、オーバーズのファンからは好印象になっているのだが、それを知らないのは小泉四谷当人ばかりである。
※※※
翌日の夜。再び、DirecTalkerの作業用チャンネルに現れた小泉四谷は完全に疲れ切っていた。オーバーズ主催のあらゆる地獄企画に(半ば巻き込まれる形で)参加していても、あまり疲れを見せない彼らしからぬ姿に、キンメは若干困惑し、三日月龍真は大爆笑していた。そして、珍しく作業用チャンネルに居座っていたステラ・フリークスも流石に心配そうな声で尋ねる。
「四くん、大丈夫かい?今までに聞いたことのないタイプの声になってるけど」
「いやー……なんていうか、今日の二次選考、全体的に、濃くて……」
「マジで何があったんだよ、お前」
曰く。
どういう訳か『パワー型』の候補者が多かった、らしい。声量も、元気の良さも、声の大きさもほぼ全員が全力全開、アクセル踏みっぱなしのノーブレーキ。結果的に唯一、現実的な『自分自身並びにRe:BIRTH UNIONがより知名度を上げるためのプラン』を練ってきた候補者が最も印象に残った、との事だった。
「うわぁ……いや、まぁ、元気がないよりは良いに越したことはないけど……」
「流石にそれだけ固まると、逆に判断が難しいかもしれないね……通話面談だから、自分の前の候補者がどういうタイプでやったか知る手段がない、結果的にやることが被ってしまうこともままある、か」
「そりゃ一人冷静な奴が一番印象に残るわ。ある意味、そいつも持ってるのかもな」
「あー……そうだ、龍真さん。その、冷静だった人、今も現役の個人勢Vtuberさんですよ……今よりもっと有名になるためには、企業の力を借りるのが最善って言ってました」
「マジか?」
「へぇ、本当に向上心が高いと見える」
「どんな子だろう、気になる」
「……正直、僕や、面接官だった長谷部さん達よりも龍真さんのがその人のこと、知ってると思います」
四谷が漏らした言葉に、キンメとステラが首を傾げる。同時に、龍真の思わず漏れた笑い声がチャンネル内に響く。
「……OK、思い当たる節がある。せーの、でそいつの今のVtuber名言おうぜ。せーのっ」
二人は同時に、同じ名を言った。
『ill da ring』
MC備前を中心としたラッパーVtuberグループ、バーチャルサイファーの一員であり、ラッパーとしては珍しいセルアウト全肯定派という男だった。
以前予告した通り、次回以降の更新は日曜の午前0時(土曜深夜24時)となります。リアル都合の問題で、執筆時間確保の為の処置となります。恐れ入りますがご了承のほど、よろしくお願いいたします。
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