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「水城渚は、天涯孤独の一歩手前」

Re:BIRTH UNION四期生オーディション、二次選考二日目の立会人は正時廻叉だった。応募総数が増えた結果、必然的に一次選考合格者も増加したことによる措置だ。また、前回同様全員が立ち会うには六人という人数は多すぎるという判断がされたことも理由の一つではある。


面接官は人事・総務部副部長の長谷部由紀子、Vtuber事業部副部長・宮瀬智久、同じくVtuber事業部の大原真治の三名。ここは前回の二名に更に一名を加えた形だった。もう一人増やすべきか社内でも会議があり、ストリーマーとしての活動歴のある大原が選ばれた。音声通話での面接だからこそ、人数を増やせないジレンマがありはするが、現在の株式会社リザードテイルで面接官としてふさわしい三人だと、社内の人間の総意と言える面々であった。


ここまで二名の通話面談が終了し、小休憩の時間である。


「なんというか、どうですかね。廻叉さんは今日からとはいえ、ここまで二日間で合格圏内な人居ますか?個人的には、昨日の高校生の子とかすごく良いなって思ったんですが。良い意味で緊張を感じさせないというか、自然体であれだけ喋れるのは単純に才能ですよね。若干、自分の状況を揶揄するようなブラックジョークが多かったのは気にかかりますけど」

「確かに、あの若さであれだけ達者なのは素晴らしいですね。トークの内容に関しては……まぁ、研修なりで話して良い内容と悪い内容をしっかりと教えれば問題ないかと思われます。それに、ステラさんや正時さんは、彼の精神性を高く評価するのではないかと。実際、昨日立ち会った魚住さんが同様の評価をしていました」

「それは興味深いですね。私が昨日の担当であればよかったのですが」


大原がそんな風に話を進めると、長谷部が同意の声を上げる。自己紹介から淀みなく話し始め、自身の生い立ちやこれまでの経緯、Vtuberを目指すに至った経緯までを朗々と語る様は、素人離れしていると四者が高く評価していた。


「ただ、他はこの人を最終選考で見たいと思える相手は居なかったかな……今日話した二人もだけど。このRe:BIRTH UNIONという場所を選んだことが『必然』だと思えるような人は、大原が言ってる高校生の子だけだね、今のところ」


Vtuber事業部では佐伯久丸に続く副部長として辣腕を振るうようになった宮瀬は、若干の懸念を感じさせる声色で呟く。Re:BIRTH UNIONというVtuber業界の中でもやや特殊な立ち位置にいる事務所を支えてきた以上、その理解度という点では原点であるステラ・フリークスや、統括本部長である佐伯と並ぶ。


だからこそ、ロジックだけでなく、フィーリングという点からも「その人がRe:BIRTH UNIONに相応しいか」の判断が出来る。そして、この日は同様にRe:BIRTH UNIONへの帰属意識が極めて高い正時廻叉も立会人という立場ながら同席している。そして、前回の面接以上に現役メンバーからの意見にもある程度の比重が置かれている。これに関しては各メンバーには伏せられているが、一部のメンバーはある程度勘付いている。そして、その上で何も知らないフリをしながら忌憚なき意見を述べる。


「私からの所感ではありますが、今日ここまでのお二人は……経験、という点では間違いなくありますが、やはりVtuberというジャンルそのものへの既成概念に囚われているように思います。何でも出来るに越したことはないとは思いますが、全部出来ないといけないと思い込んでいるように思えました」


この日、面談に臨んだ二人はそれぞれTryTube以外の配信プラットフォームで活動していた二人である。どちらも、配信に対する知識があり、Vtuberという業界への理解度も極めて高かった。


高かったが故に、二人とも面談の中でこう言った。


「Vtuberになった以上、何にでも挑戦したい」


実際、Re:BIRTH UNIONのメンバーも雑談・音楽・ゲームとあらゆるジャンルに手を出している。だが、意識的にやろうとしている訳ではなく、各々の「やりたいからやる」の結果に過ぎない。

例を挙げれば三日月龍真はラッパー仲間に誘われた時にしかゲーム配信は行わない。

彼の腕前がギリギリ笑えるレベルの壊滅さ具合である事も理由の一つではあるが、単に三日月龍真にとってのゲームとは『仲間と遊ぶための道具』であるためだ。


「むしろ『誰が何と言おうとこれをやりたい』という人を歓迎したいですね。私自身、演技さえ出来れば他はオマケ程度に考えていましたし、今もある程度は同様のことを考えています。ほかの活動が演技の為のインプットになると気付いたからこそ、あらゆる事に挑戦している節がありますからね、私」

「そうですね……Re:BIRTH UNION、引いてはリザードテイルという企業自体が、強い情念を持っている人間であることが大前提ですから」


廻叉の求める人材は、極めて偏った情熱の持ち主だ。自分自身を鑑みても、二期生オーディションでも境正辰としての怨念染みた演技に対する執念が評価された。少なくとも廻叉自身はそう考えている。それを裏付けるように、長谷部が頷く。


元々、株式会社リザードテイル自体が負けて切り捨てられた人間達が集まって出来た企業なのだから。


「まぁ、朱に交わって染まる可能性だってありますからね。僕は、まだこちらの部署に移って日が浅いんで、割と甘めに付けてるところありますけど……今の時点でのリバユニらしさというのには、そこまで拘らずに見てますが……確かに、ちょっと個性って面では弱かったかな、って気はしますね。今日の二人」

「これだけ業界の裾野が広がってると、どうしても活動内容や外見、性格なんかも似通った人が現れてはしまうのは仕方ない、仕方ないが……それを差っ引いても、今日の二人目まではどうにも既視感みたいなのが通話だけで見えてしまったのが惜しいな……面接だからこそ、上手くこなそうとするより、自分らしさを前面に押し出してほしかったとは思う」


大原と宮瀬が同じような評価を、これまでの二人に下す。見る目が厳しくなっている自覚はあるが、それはきっとそれなり以上のVtuber事務所であれば一定以上の基準というものは求められる。そして、Re:BIRTH UNIONもその『一定以上の基準』は最初からずっと求められている。尤も、価値基準が他のVtuber事務所とは異なるという事だけは確かだったが。




※※※




水城渚(みずしろなぎさ)は、居候中の友人の部屋で、どこか現実感の無いままにパソコンの画面を注視していた。ゲーム用ヘッドセットを付けて、Vtuber事務所であるRe:BIRTH UNIONのオーディション、その二次選考である通話面談にこれから望むのが自分であるというのが、今一つ事実として飲み下せない感覚があった。


元は、関東地方のとある離島生まれで、物心付いた頃には母親は居なかった。協議離婚だった事を知ったのは、中学生になった頃である。父と子、二人での生活は仲睦まじいとは言い切れない程度には距離感があったが、互いに気を使い合うような少しギクシャクした親子であったと思う。

高校を、本土にある全寮制の高校にしたのも、そんな父親との顔色の探り合いのような生活に疲れたからだったのかもしれない。あるいは、父にも一人の時間を、という彼なりの親孝行だったのかもしれない。


結果的に、父親は渚が高校卒業と就職内定が決まったと同時に亡くなった。ショックではあったし、父に対して何も出来なかった事への無力感もあった。数少ない親戚や、面倒見の良かった近隣住民が居なければ、真っ当な葬儀も上げられなかったかもしれない。


「一人で生きていく覚悟が出来た途端に、一人で生きていけなくなった。笑えない、な。笑ってもらった方が、いいんだろうけど」


18歳の人生設計は、就職先であった企業の経営悪化に伴う内定取り消しという形で脆くも崩れさった。行き場を失った彼を、何も言わず――いや、むしろ何か色々と大騒ぎしながら助けてくれたのが高校時代の友人たちだった。


「……ここは、笑って聞いてもらえる。多分、大丈夫」


DirecTalkerの招待音が鳴る。事前にメールで知らされたパスワードを入力し、入室する。自身のアイコンの他には、それぞれ色違いのRe:BIRTH UNIONのロゴのアイコンが三つ、そして、ファントムマスクを付けた青年のイラストのアイコンが一つあった。


「こんにちは、よろしくお願いします。……えっと、通話、ちゃんと繋がってますか?」

『初めまして。株式会社リザードテイル、人事・総務部副部長の長谷部由紀子です。大丈夫、きちんと繋がっています。まず、こちらからそれぞれ自己紹介します。もし、聞き取りづらい、声が小さいなどがありましたら教えてくださいね』

『えー、Vtuber事業部副部長の宮瀬智久です。よろしくお願いします』

『同じく、Vtuber事業部に所属しております、大原真治です』

『初めまして。Re:BIRTH UNION二期生、本日は立会人として同席させて頂きます。正時廻叉と申します。本日はよろしくお願いいたします』


ヘッドセットを通じて聞こえてくる声。知らない大人。知っている、画面の向こう側にいた人の声。心臓が、大きく鳴ったように感じた。ようやく、これが現実であると呑み込めてきたのかもしれなかった。


「大丈夫、です。ちゃんと、聞こえてます。改めまして、よろしくお願いいたします。水城、渚と言います。男性です。年齢は、18歳で……現在、事実上の住所不定無職です」

『……応募時の住所は、ありましたよね?』


渚の発言に、若干の間こそ空いたが、長谷部が確認する。応募フォームから送られてきた情報に、不備はない。にも関わらず、彼はなぜ住所不定という表現を使ったのかが気になった。


「はい。自分は高校が、島から離れた場所で。全寮制のところに住んでいたんです。卒業前に父が亡くなって、唯一の親戚である叔父に実家の管理をお任せしてもらって。自分はこちらで、同じく全寮制の会社に就職する予定だったんですが、内定取り消しになってしまいまして。そのまま、新しい仕事が見つからないまま、友人たちの助けに甘えながら、みんなの家の家事手伝いみたいなことをしています」

『その、叔父さんに世話になるという事は出来なかったのかな?』

「叔父は、海外の勤務なんです。転勤・出張も多いらしくて……気にかけてはくれているのですが、一緒に暮らしたり、というのは難しいんです。なので、その、僕は。友達の好意のおかげで生きていけてます」


大まかな事情を淡々と話す。廻叉とはまた違ったタイプの無感情だな、という感想を抱きながらも、宮瀬が確認するように尋ねるが、渚もそれなりに難しい事情を抱えているらしい。今の時点では、合格とも不合格とも取れないが、何かしらの相談には乗るべきだろうと考えた。おそらく、長谷部も同様の考えだろうと、宮瀬は当たりを付ける。


『……それでは、どうしてVtuberになろうと?動画では、その……まるでアクションスターみたいな動きだったよね。個人的には、たまに何度も見返すくらい、あの動画は凄かった。それこそ、俳優のオーディションを受ける、という手もあったと思うんだ』


水城渚の抱える現実的な問題について、大人たちが業務用の端末でやり取りを開始したのを確認した大原が、ようやくオーディションらしい質問をした。


「Vtuber自体は知ってたんです。でも、俺……いえ、僕は、見る側の人間だと思ってました。でも、友人達の強い勧めで、Re:BIRTH UNIONさんのオーディションを受けることにしました。ちょうど、廻叉さんや、皆さんの3Dが出始めたのもあって……これから、俺の唯一の取り柄の運動神経も活かせるんじゃないか、と、思ったからです。最後は、全部自分で決めました。でも、友人たちに手助けは、してもらいました」

『……ご友人達は、動画に映り込んでいたり、声を掛けていた皆さんですか?』

「はい。……そうですね。島にいた頃からの仲だったり、高校からの仲だったりと、知り合った時期こそバラバラですけど、親友です」


廻叉からの問いかけに、こっそり後ろを確認してから渚は答えた。流石にオーディションの内容を聞かれるわけには、という事で部屋の主である親友の一人は退席中だ。だが、こっそり聞き耳を立てるくらいは普通にやりかねないので、念のための警戒は怠らない。


『女性もいらっしゃいましたが、お付き合いされている方は?』

「今のところは。あまり男性扱いされてないのかもしれないです。心配させてばっかりですから」

『わかりました。……少々不躾な質問でした、申し訳ない』

「いえ、その……わ、本当に廻叉さんと話してるんだ、俺……」

『もし合格すれば、私と話すことなど日常の一幕になりますよ』

「そうなれたら、嬉しいです。なんか、天涯孤独の一歩手前から、みんなのおかげで助けられてるなって、最近すごく思います」


廻叉と渚の会話は、ごくごく自然体だった。若干の緊張はあるように思えたし、不意に自分が

Vtuberと話していることを自覚したりと、どこか地に足のついていない印象を覚える少年ではあったが、廻叉は水城渚を、この時点では高い評価点を付けた。



とはいえそれで結果を出すには、二次選考・通話面談はまだ始まったばかりだった。

彼の問題点(事実上の住所不定無職など)に関しては、面談の結果に関わらず総務部の本気が発動しますのでご安心ください。

動画内には男女各三人の友人たちが映ってました。濃度はオーバーズと同等とお考え頂ければ、大体あってます。


御意見御感想の程、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 濃度がオーバーズってヤベェな
[良い点] すごいドキドキする展開ですね…… 情報が小出しされていたこともあって、渚くんを応援する気持ちで見てしまう。
[一言] シンプルこの子1人で物語書けん? 身の上話がエグすぎる
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