「女三人寄れば、仲睦まじい」
タイトルはとりあえずこのままでいこうかな、と。
問題は投稿頻度なのですが、2月20日までは5日間隔での投稿で、それ以降は毎週日曜日の0時更新にさせて頂ければ、と思っております。
理由としましては、土曜日の出勤が多く休みにまとめ書きという形が困難になりつつあることです。
ご迷惑をお掛け致しますがご了承の程、よろしくお願い致します。
エレメンタル所属のVtuber、木蘭カスミは正時廻叉の限界オタクとして界隈では有名である。ただし、それは『ガチ恋勢』と呼ばれる類いのものではなく、俳優・役者として敬意を持っているという意味だった。彼女自身も、朗読・即興芝居を定期的に行うタイプのVtuberだ。だからこそ、正時廻叉の役作りを超えた憑依演技の凄さをよく分かっているし、彼の凄さを語る時に早口になる事も多々ある。なお、恋人になりたいのかとコメントで問われて『いや、全然』と即答して自身のファンを困惑させたこともある。
Re:BIRTH UNION所属のVtuber、石楠花ユリアは正時廻叉の後輩であり、彼に導かれるようにVtuberになった存在である。彼女にとって、人生を変えてくれた存在である正時廻叉は、今もVtuberの先輩として自分や同期の小泉四谷を導いてくれている。互いの想いも確認し合ってはいるが、男女交際と呼ぶには若干慎ましいレベルに収まっているのは、自分達の為でもあり業界の為でもある。彼女に不満はない。そもそも、今の環境を恵まれ過ぎているとすら思っている。いずれ、どこかで幸福の揺り戻しが来るのでは、と小さな恐れを常に抱いている。
ラブラビリンス所属のVtuber、エリザベート・レリックは正時廻叉との小さな諍いを切っ掛けに大きく変わった事で有名である。「狼が羊の皮を脱ぎ捨てた」とまで評される変貌は、今までの彼女を是としていたファンが去り、より多くのファンを迎え入れる事となった。時に傲岸不遜とも思える態度を取りながらも、ある種のカリスマ性すら感じさせる立ち振る舞いから一部からは『次代の大物』と目されている。その一方でFPSゲームやギターなど新しい趣味を楽しみ、先人の教えを謙虚に受ける姿勢が好評だ。
そんな三人による女子会トークコラボが行われたのは、木蘭カスミとエリザベート・レリックが二人でACT HEROESのランクマッチ配信を行っている時の雑談に端を発する。
「今度は普通に女子会しましょうよ。お茶会お茶会」
「私達二人で?コメント欄見ても『血と硝煙の匂いのする女子会』とか言われてるけど、いいの?」
「じゃあ、ちゃんと女子会、お茶会になる人を呼びましょう!中和できるくらいの大清楚を!!」
「とうとう自分が清楚じゃないって認めたわね……まぁ、最近の私達のファンアート、半分くらいACT HEROESの時のイラストだから仕方ないけど。で、誰呼ぶのよ?」
「リバユニのユリアさん!」
「その子入れたら、中和通り越して浄化じゃないの?」
ショットガン零距離射撃がFPSプレイヤーとしての代名詞になりつつある二人と、FPSの練習はするけれど一向に上達しない上に、ゲーム全般が一部のジャンルを除いて全然ダメであるが、その性格からVtuberで『清楚』の代名詞が最も似合うとの呼び声高い石楠花ユリアを交えた女子会はこうした経緯で行われる事になった。
※※※
「ユリアちゃん、インタビューとかじゃないからそんなに緊張しなくていいよ?」
「インタビューどころか事情聴取みたいな緊張具合だけど」
「すいません……何を話そうか、とか、色々考えてて、その……御迷惑をおかけしないように、頑張ります……!」
「……これが真清楚……!!」
「カスミ?主催がいきなり限界オタクになってどうするつもり?私に進行丸投げする気じゃないでしょうね」
「あ、あの……」
「ユリアは気にしなくていいの。この子がこうなるのなんて、割と日常茶飯事なんだから。女優ではあるけど、内面は割とシンプルなVtuberオタクよ」
《本当に緊張してるなぁ》
《可愛い》
《見守りたい》
《事情聴取は草》
《あああああああ可愛いいいいいいお姉ちゃんの妹になってええええええ》
《草》
《実はユリアのお嬢は女性のが限界化しやすいという噂が》
《本当かもな、それ。ご覧、カスミが末期の唸りみたいな声を上げているよ》
《カスミは誰に対してもあんな感じだろ》
《エリザのフラットな態度に安心するまである》
配信は木蘭カスミのチャンネルで行われていた。それぞれが簡単な自己紹介を行った際に、誰が聞いても分かるレベルで緊張していたユリアの声を聞いたカスミとエリザベートが身を案じ、素直に答えたユリアに対して界隈で言う所の『限界化』を迎えた。配信開始、およそ五分での出来事である。
「いやー……この自分の魅力に無自覚な所が最高……!」
「…………あ、ありがとう、ございます……?」
「否定するか迷って、でも褒められたからこれが正解か分からないけどお礼を言った、って感じのトーンだったわね」
「う、せ、正解です……」
《うーん、カスミがコラボだって事を忘れかけてる……》
《ユリアのお嬢相手にこれだと執事に会った時どうなっちゃうんだろうな》
《死ぬんじゃない?》
《草》
《お嬢が困りながら御礼言ってるって見抜いてるエリザの観察眼すげぇ》
《すっかりクール系になったなぁ》
「まぁ、この界隈って割と自己評価を相当低く見積もってる子のが多いしね。私だって、どっちかっていうとそっち側だし」
「ふう……実際そういう所あるよね。自称陰キャ、自称闇の住人、自称地下芸人……」
「地下芸人は違うと思うんだけど。ってか、それ言ってたのオーバーズの金髪芸人の人でしょ」
「もしかして、フィリップさん、ですか?」
「そうそう。あれ、ユリアちゃんフィリップ君と会った事あったっけ?」
「スマイルムービーのイベントで会ったのよ。私とユリアの初対面もそこだし」
「はい……その、色々とインパクトがあったので……」
ゴールデンウィークに行われた大規模イベントに参加していたのは、このメンバーの中ではユリアとエリザベートの二人だった。その為、不参加だったカスミはその辺りの繋がりを詳しく知らない。自分の先輩である月影オボロがMCを務め、開催地近郊に住んでいる同期と後輩がエレメンタルの代表として出演していた為だ。カスミ本人は別の案件の収録があった。
話題に上がったフィリップ・ヴァイスは事前説明会の時点でエレベーターダッシュ、女子会への不法侵入未遂、居眠りからの制裁と、良くも悪くも『皆が知るフィリップ・ヴァイス』そのものな姿を見せていた。
「でもインパクトで言うと、ユリアちゃんも凄いよね。やっぱ、ピアノすっごく上手だし」
「ありがとうございます、でも私はまだまだだなって思う事もいっぱいで……」
「……謙遜とか卑屈じゃないって、今ならわかるのよね……」
《本当だよ、ピアノ弾けるVtuberの中でも最上位だよ》
《どの曲もピアノアレンジ入れてくれるのマジで助かる》
《うーん、取り柄と自称してるのに褒められるとこうなっちゃうのがなぁ。お嬢ももうちょい自信持っていいと思うんだけど》
《お嬢って基本ネガティブ思考気味だからなぁ》
《ん?》
《エリザ何があったんだ》
石楠花ユリアにとってのピアノは自身の取り柄であり、生き甲斐とも言えるものである。褒められる事にはある程度慣れつつあるが、だからこそもっと上手くならなければいけない、という風に思っている。そうすることが他になにも出来ない自分に出来る唯一の恩返しであると未だに本気で思っている。
「え、どういうこと?」
「白羽さんと同じなのよ、この子。どれだけ上手くなっても、目標値が高すぎて届かない届かないってなってる、って言えばいいのかしら……そもそも、リバユニさんの音楽系の人達、みんなそういう所あるじゃない?」
「そ、それは……そうかも……です……」
「とりあえず、敬語はナシでいいけど。ねぇ、ユリア。良い機会だから聞くけど、ピアニストとしての目標って誰?」
「………………ショパン?」
「カスミ、こういう事よ、わかった?」
「嫌という程よく分かった」
《あー……なんかわかる》
《そうなん?》
《練習配信8時間とか普通にやるよ、白羽とお嬢》
《作業用BGMとしてよく聞いてる。程よく音を小さくすると隣の部屋で弾いてるみたいな気分になって、気軽にお嬢の兄になれる》
《天才か貴様》
《草》
《ショパンて》
《ピアノの詩人と申したか》
《ハードルが宇宙にあるんですが》
《いや、白羽も『体型以外は某貴族が目標』って言ってたし》
《草》
《性格はええんか》
《あの謎ファンアートの元ネタかw》
《イギリスの喧嘩して解散ばっかしてる兄弟よりはいいんじゃね?》
《ロック界どうなってんだよ》
結果として、自身が上げたハードルが棒高跳びと同等レベルになっている事に気付かない。これは石楠花ユリアや丑倉白羽、三日月龍真、ステラ・フリークスと言った音楽に携わるメンバーだけではない。演技者としての研鑽を積み重ねる正時廻叉、イラストレーターとして最前線に立つ魚住キンメも同様のハードルを掲げている事は間違いない。
例外はユリアの同期である小泉四谷であるが、彼の場合はハードルを一から建設する途中である。いわば、新しいジャンルになろうとしている。
「うーん、こんなところでリバユニさんとこのオーディションのハードルも上がった気がする」
「えええ……その、皆さんこんな感じだから、これが普通なんじゃ……」
「ユリア、それを普通だと思う感性は素敵だけど、一般的には普通じゃないわよ」
「そ、そうかな……?そうかも……?」
「リバユニさんって一つの事を突き詰めたらとことん、ってイメージだから変わらなくてもいい気がするけどなぁ。逆に、色々満遍なくやってる小泉さんはそういう目標とかあるのかな?」
「四谷さんは……この前、配信で『都市伝説になって永遠に名前を残す。小泉四谷で検索したらVtuberより先に都市伝説の方が出てくるようになりたい』って言ってたけど」
「ごめんね、ユリア。あなたはまだ一般サイドに居るわ」
「今頃四期生のオーディションに応募した人たちが頭抱えてる気がする」
《ずっと上がってるぞ<ハードル》
《ほんそれ》
《倍率とかはたぶん大手よりは低いんだろうけど、それでもなぁ……》
《ユリアのお嬢も頭リバユニになってしまわれたか……》
《というか、頭リバユニだからリバユニに居るのでは?》
《リバユニとは一体……》
《ストーリー動画と普段の配信のギャップが凄いでお馴染みの四谷氏》
《あいつ何言ってんだ》
《草》
《なにあいつ怪異になろうとしてんだよ》
《うん、一般サイドだな……w》
《カスミ、俺らも頭抱えてるぞ》
無自覚に当人の、そしてRe:BIRTH UNIONという事務所自体の異常性をアピールしてしまってはいたが、リスナーの反応は苦笑交じりではあるが概ね好意的であった。何にせよ、最も危険なのはVtuberという枠組みを超えた存在として名を残そうと目論んでいる小泉四谷だという共通認識がこの日のリスナーに生まれた。
※※※
「最後に告知をお願いしまーす。まずはエリザちゃんから!」
「えーっと、ラブラビリンス三人でのオリジナル曲が出るの。天歌の凄さを改めて思い知ったわ……後は聴いてのお楽しみという事で。聴きなさい」
「天歌さん、歌凄い上手いもんね……」
「カスミ、『歌は』って言ってもいいのよ?……まぁ私と夏乃も、前よりは上手くなってるから、あの人の足は引っ張ってないと思うわ」
「うん、楽しみにしてる!それじゃあユリアちゃんからもどうぞ!」
《おおー!》
《今のラブラビでオリ曲はマジで楽しみ》
《天使の歌声を持つサキュバスだからな……》
《則雲ネキ、ラブラビの社員全員からガチ説教されたってマ?》
《淀川夏乃@ラブラビリンス:マ》
《草》
《居るのかよ!!w》
《ここまで黙って見守ってて、最後に噂の肯定だけしていくの草しか生えない》
《それはそれとして、今のエリザとなつのんの歌はマジで楽しみ》
「あ、はい。今度、にゅーろねっとわーくの如月シャロンちゃんとのゲーム補講の特別会があります。スタジオで音楽ゲームをやります。あと、四期生オーディションの一次選考がもうすぐ締め切りなので、よろしくお願いします」
「ゲーム補講いいよねぇ。最近色んな人が天の声やってるよね」
「その、私の事務所ゲームが凄く得意って人は居ないから……でも、色んな人に教えて貰えて、私もシャロちゃんも楽しくゲームを覚えられて、凄く楽しい……」
「……オフコラボだったら、ずっとユリアの頭撫でてる気がするわ、私」
「奇遇だね、私もだ……!それと、オーディション応募をまだ迷ってる人の背中を押す一言をどうぞ!」
「え、えっと……」
《ゲーム補講はいいぞ……心が洗われるぞ》
《ユリガスキー特務少尉のお墨付き(非公認)だからな……!》
《とうとうDJDの師範代まで出てきた時は笑ったわ》
《てぇてぇ……》
《ユリアはVtuber勢みんなの妹扱いされてる気がする》
《お嬢とコラボした女性Vtuber、大体姉を名乗る不審者になるもんな……》
《マジで迷ってる人多いだろうなぁ。合格するハードルも高いけど、続けられるかのハードルのが高い気がするもん》
石楠花ユリアは考える。自分が、こんな時に掛けて貰いたい言葉は。
石楠花ユリアは思い出す。自分が、一歩踏み出す理由になった言葉を。
「その、私は……Re:BIRTH UNIONに入る事で、変わる事が出来ました。今居場所がないっていう人や、新しい自分になりたいって、そんな思いがあれば……きっと、私達は一緒に居られる仲間になれます。だから……一歩だけ、踏み出してみてください。……私は、あの日踏み出した自分に、感謝していますから」
この後、カスミとエリザとチャット欄が光に灼かれました。
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