「四期生のハードル、現在進行形で上昇中」
Re:BIRTH UNIONが四期生オーディションで話題になる中、大規模事務所であるオーバーズにも大きな動きがあった。男性Vtuberとしては最古参に当たる紅スザクのチャンネル登録者数10万人突破である。
ここまで、事務所を問わずチャンネル登録者数が10万人以上に達したのは全て女性Vtuberだった。『最初の七人』と呼ばれた電脳技師・願真は、登録者数は10万人を超えてはいるが彼の活動休止後の達成であるため、参考記録とされている。彼自身が所属するNDXの公式チャンネル及び配信用サブチャンネルに活動拠点を移して、旧個人チャンネルが再び注目を集めた事で、新規の動画投稿や配信が無いにも関わらず登録者数は緩やかに増え続けているという不思議な現象が起こっている。
とはいえ、男性Vtuberは開闢当時から去年の冬まで氷河期同然と言える状態だった。そんな中、現役にして最古参の企業所属者である紅スザクがその高い壁をついに乗り越えた事は、ファンは勿論、男性Vtuber達も大いに祝福した。元々、フレンドリーで親しみやすい青年であるため、個人運営、企業所属を問わず兄貴分として慕われているからこその、お祭り騒ぎだった。
「という訳で、四谷さん。私とあなたに紅スザクさんの記念配信トークゲストとしての出演オファーが来ました」
「僕と廻叉さん、ですか?まぁ確かにオーバーズさんとの絡みが多いのは僕らですけど」
配信外での作業通話。正時廻叉が何故か配信時のテンションで、そんなオファーがあった旨を小泉四谷へと告げた。四谷は現在、一部から名誉オーバーズであるとかLoPの保護者と言った、所属事務所の壁を見て見ぬふりをするかのような異名・二つ名が付いているくらいに、オーバーズと所縁深い存在である。
正時廻叉もまた、企画の参加者やサブMCとして呼ばれる機会も多く、紅スザク個人の企画にゲストとして出演したこともある。
Re:BIRTH UNIONからお祝いとして記念配信参加するならば、ベストに近い人選だと正時廻叉は考えている。
「それじゃ、準備しておいてくださいね」
「え?」
「今日の夜ですから、記念配信」
「スザクさん、また思い付きで始めたんですね」
「いつもの事なので……」
オファー自体は事務所を通して正式な物が来ていたが、内容は「未定」であった。
それが通ってしまうのが紅スザクという人物が築き上げた信頼の証とも取れるが、常に見切り発車しかしない事がVtuber界隈に広まってしまっている証拠とも取れた。
尊敬すべき先輩の尊敬すべきでない悪癖に、廻叉と四谷は同じタイミングで溜息を吐いた。
※※※
「という訳で、Re:BIRTH UNIONの正時廻叉さんと、小泉四谷さんです。いやー、リバユニさんとオーバーズが仲良くなった切っ掛けのお二人に来てもらえて有難いなぁ」
「ご紹介に預かりました、正時廻叉です。スザクさん、チャンネル登録者数10万人おめでとうございます」
「同じく、Re:BIRTH UNIONの小泉四谷です。おめでとうございます。現役の男性だと初めて、なんでしたっけ」
「そうみたいだねー。厳密には願真さんが初なんだけど、達成時に活動停止してたからね。まぁ、あの人の築いた礎の上に俺らは居るようなものだから、二番手達成で十分なんだけどね」
見切り発車の末、紅スザクの記念配信は『自分が話したい人と話すトークリレー』という形式に落ち着いていた。参加者の半数はオーバーズ所属の面々であったが、廻叉達のように他事務所所属であったり、個人運営のVtuberであったり、歌動画のMIX等で彼が懇意にしているサウンドエンジニアを呼ぶなど多岐に渡っていた。
台本無しのトーク企画であっても、感覚だけでリスナーの興味を引く話題を持ち出したり、ゲスト役が話したくなるような質問を飛ばすなど、紅スザク躍進の最大の要因である『聞き上手』『回し上手』が存分に発揮される配信となっていた。
そんな中で他事務所枠として呼ばれた二人に対し、スザクはリラックスした様子で問いかける。
「さてさて、リバユニさんと言えば四期生オーディションの真っ最中だっけ。……話せる範囲で良いんだけど、今年の二次面接と、最終面接の内容教えて?」
「駄目です」
「もう断られるの前提の聞き方でしたよね?」
《草》
《おいwwww》
《ド直球で機密情報を抜こうとするんじゃねぇよw》
《速攻でバッサリ切って捨てる執事さんへの信頼感よ》
《四谷も大分スザクの事を理解してるなw》
スザク本人も馬鹿正直に答えてもらえるとは露ほども思っておらず、カウンターを打たせるためのテレフォンパンチのような話題の切り出し方だった。廻叉もそれを分かった上で、即座に拒否するというスピード重視のカウンターパンチを放ち、四谷は様子見をしながらもスザクの真意を確認する。ほぼその通りだろうと確信してはいるが、わざわざ口に出して言ったのは視聴者に対する「これは漫才やコントのツカミのようなもので本気じゃないですよ」というポーズを示す為の言葉でもあった。
「そりゃ勿論。ただ、リバユニさんのオーディションって超絶難易度だって噂が広まってるからさ。っていうか、当事者の証言集めた切り抜き集とか見たけど、ちょっと受けたいって思っちゃったもん。オーバーズを辞める気は全くないけど、今もしも俺がVtuberじゃなかったら、まずRe:BIRTH UNIONのオーディションを受けようって思うくらいには、面白そうだなーって」
「受ける側はそれどころではなかった、というのが正直な心持ちですね」
「あー……やっぱ特殊なんだ、ウチって」
《リバユニオーディションに参加してたVtuber結構居るんだよな》
《あの切り抜きはマジで『証言集』って感じで面白かった》
《むしろアレ見て俺はリバユニでは受からないって確信したまである》
《スザクが興味惹かれるって相当だよな》
《隠し切れないオーバーズ愛を知ってるだけに結構衝撃発言やぞ》
《一方のリバユニ勢の隠し切れないゲンナリ具合よw》
《丁寧な口調なのに執事さんの『二度と受けたくない』感が滲み出てて草》
Re:BIRTH UNIONのオーディションに関する情報は、三期生のデビューと同時に情報公開が可能になった。現在活動中のVtuber、個人運営だけに限らず企業所属者からも証言が出たことにファン達は一様に驚きの声を上げた。
特に、二次面接以降に進んだ者たちは現在ある程度の知名度や実績を積み上げている者も多かった。そしてほぼ全員が『落ちたけど納得している』『審査結果に文句は無い』と明言している。
そうした逸話や証言が切り抜き動画などで広まった結果、Re:BIRTH UNIONのオーディションを突破した現所属者の評価と知名度が上がり、おまけにチャンネル登録者数も若干ではあるが増えた。
「それじゃあ、これから書類審査を突破して二次審査に挑むかもしれないみんなへのエールでもお願いしようかな」
「それは構いませんが、せっかくの記念配信で我々の事務所のオーディションに関する話ばかりで良いのですか?」
「良いんだよ。俺が聞きたい話をしてもらう事が、何よりの祝いの品だから」
「おおー……流石はスザクさん、心が広い……!」
《おおおおお》
《素晴らしい男だ》
《流石スザクパイセン》
「ただし、身内のオーバーズ、さらに言えば同期と先輩は別ね。容赦無くプレゼントを要求する!」
「心が狭い!」
「可能な限りオブラートに包んで申し上げますが、敬意の返品処理をさせて頂けますでしょうか?」
「残念、クーリングオフは効かないんだな、これが」
《こいつ……w》
《草》
《執事さん、そのオブラート破れてない?》
《ド直球な四谷のツッコミも滅多に見れないけど、流石に出たかwww》
無論、紅スザクの言った事、つまり「自分が聞きたい話をしてほしい」というのは事実である。自分がやりたいから、自分が見たいから、自分が知りたいから――紅スザクは半ばエゴイスト染みた欲求をストレートに表現するタイプの青年だ。一方で、それを第三者視点から見ても興味を惹けるように創意工夫を欠かさないエンターテイナーでもある。ミクロな趣味をマクロに伝える事が自分の役割だと語った事もある。少なくとも、ただのエゴイストではない事は、万人が認める所である。
だからこそ、チャンネル登録者数10万人を突破するほどの求心力を得ているともいえる。
なお、同期や先輩に対する失礼一歩手前の無遠慮具合もまた、彼の一面である。牽制で互いに放つジャブの応酬から足を止めて言葉のインファイト殴り合いまで出来る相手だと分かっているからこその行動ではあるが、それはそれとして「いい加減にしろよ紅スザク」という言葉が定型文になる程度には身内相手に暴れているのも事実だった。
「その辺は消費生活センターに相談するとして。……僕にとっては、初めての、直の後輩なんですよね。それを考えると、若干身構えるというか、身が引き締まる思いがするわけですよ。ネタとかお世辞とか抜きにして、凄い先輩方のお蔭で僕やユリアさんは成長出来たって思ってますし」
「段々、演技上手くなってるもんね。ステラさんのホラー面の後継者なんて言われてるし」
「えええ?!いやいや、それは言い過ぎですよ。ってか、本気でプレッシャーになるんで。演技面は、廻叉さんっていう専門家が一番近くに居てくれたおかげですから」
「私も演技指導は多少しましたが、役に入り込む才能は間違いなく四谷さんのものですから」
「いや、その……ありがとうございます。……まぁ、こんな感じで、闇とか業とか色々な意味で『深い』事務所だと思います。ただ、間違いなく、入れてよかったって思える事務所なんで。頑張って。先輩面して挨拶出来る日を楽しみにしてます」
《そういえば、リバユニ三期生はずっと後輩だったのか》
《オーバーズの新人とも絡みあるから忘れてた》
《うーん、好青年。いつもこうなら滅茶苦茶モテるだろうに》
《演技はマジでそう思うわ》
《はい、執事のお墨付き入りましたー》
《リバユニは深いぞ。本当に》
「それじゃあ、次は私から。以前に『Re:BIRTH UNIONは敗者による再誕』――そう言った事があります。そして、四谷さんは『闇や業が深い』と言いました。我々は、皆さんの隠しておきたくなるような心の奥底に存在する物を欲しています――だから、恐れる事無く挑んで頂きたい。そして、仮に不採用であったとしても、それすら糧にする貪欲さを持ち合わせて頂きたい。……私から望むのは以上です。健闘を祈ります」
「いやー、四期生のハードル、現在進行形で上昇中って感じだね。あ、主犯はこの執事さんです」
「これは異な事を仰いますね。『超絶難易度』なんて言葉を使ったのは何処のスザクさんでしたか?」
「あー、俺だ俺俺」
「特殊詐欺っぽいフレーズ……」
《うーん、ブレない執事》
《闇や挫折を全肯定してくれるのは嬉しいけど、たまに四谷より怖いよな、執事さん》
《実際糧にしてVtuberやってる面々が居るだけに説得力がすごい》
《草》
《実際、ハードルはもう宇宙よ宇宙》
《オレオレ詐欺で草》
それぞれがオーディション参加者へのメッセージを送り、話題はオーディションから他愛のない雑談へとシフトしていった。一次選考の締切まで、残り一週間となった日の出来事であった。
偶然にも同日、同じくRe:BIRTH UNION四期生の話題で盛り上がる配信があった。
木蘭カスミ主催による女子会雑談、参加者はエリザベート・レリック、そして石楠花ユリア。
引き伸ばしではないんです。もうちょっとしたら二次面接編です。
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