「事務所語りと、まだ何者でもない人達」
まさかの中編です。次回はもうちょっと軽いノリになりそうです。
「次はそうですね……エレメンタルさんの印象を。イベントや、先日の記念配信、あとは龍真さんの生前葬配信でオボロさん、アポロさんと共演する機会がありましたね。トップ層のフットワークの軽さもそうですが、Vtuberというジャンルへの愛情が深い事務所さんだと思っています」
《はい来た最推し!!》
《何気にツートップとの共演多いよな、執事》
《生前葬の単語が出る度に未だに笑ってしまう。割とエモい配信だったはずなのにな……》
《言われてみれば全員Vtuber愛は凄いよな…方向性はまちまちだけど》
雑談の流れから正時廻叉によるVtuber業界レビュー(事務所編)が始まったことで、コメント欄の流れも各々の思う各事務所への印象であったり、廻叉の所感に対する反応が多くなっていた。
一方で、普段ならば企業所属、個人運営に関わらず現役のVtuberがコメントを残したり場外乱闘を始めたりするのも廻叉の雑談配信では恒例行事と化しているが、その類のコメントが一切なかった。
廻叉当人は知る由もないが、これは「自分達がコメントする事で変に褒めなければいけない空気にしたくない」「忖度強要と取られて燃えたくない」という、気配りと保身をブレンドした理由によるものだった。だが自分達の事務所の評価も気になるのも人の性である。彼ら、彼女らは声を潜めて配信を見守っていた。
恐らく今この瞬間に天井を槍で突けば、五人くらいまとめて串刺しにできた、と正時廻叉は後に語る。
閑話休題。
エレメンタルという事務所は「バーチャルアイドル」を肩書きとするタレントを中心に輩出してきた、業界においては古参にあたる事務所である。照陽アポロ、月影オボロの二枚看板を中心に地に足を着けた活動を行う事務所としてファンからの信頼も高い。
一方で『最初の七人』でもあり、事務所の二枚看板のフットワークが軽過ぎて最も地に足が着いてない事でも有名である。廻叉の語った通り、Vtuberへの深い愛情故にあちこち飛び回っているのだが、一部からは「もっと直の後輩とも絡んで欲しい」という要望が出る程である。
「それ以上に、エレメンタルという事務所の真の姿は、『人格』にある気がします。ツートップのお二人もそうですが、業界に対する愛着とより良いコンテンツを産むための向上心を常に持ち続けているように感じていますね。我々Re:BIRTH UNION程では無いにしろ、少数精鋭だからこそ素質や才能だけでない部分を重視されているのかな、と」
《人格ときたか》
《確かにみんな良い子なんだよな》
《汚い言葉使う子も少ないし、なんならキレてる時のオボロが一番汚いまである》
《エレメンタルは運営がナユ願チルドレンだからなー。古参的にはその時点で信頼に値するわ、マジで》
コメントにもあった通り、エレメンタルの成り立ちは運営陣が電子生命体NAYUTA、電脳技師願真の影響からVtuberを知り、二人に並び立てる人材を育成する事でNAYUTAや願真が切り開いた世界を盛り上げたいと考えた事で始まった事務所である。
結果的に二人に並び立つ『最初の七人』としてアポロとオボロが頭角を現した事で運営陣は本懐を遂げたとも言える。
「そういえばエレメンタルさんの系列で男性Vtuberの事務所を立ち上げるそうですね。確か『マテリアル』という仮称でしたか。もしかしたら弊社の四期生と同期になるかもしれないと思うと、今から興味深いですね」
《マジか。ソース調べてくる》
《完全別枠で作るのは驚いたけど、ついに来たかって感じ》
《男性Vtuberがついに冬の時代を抜けた感あるよな》
《四期と同期って大分ハードル高そうな気がしてくるな……》
「続いては、にゅーろねっとわーくさんですが……ここは本当に『正統派アイドル』の事務所だな、と。特に、歌とダンスへの拘りと要求レベルが著しく高いように思えます。天堂シエルさんの在り方をきちんと継げる人達が集まっている印象ですね。企画もいい意味でテレビのアイドルバラエティを踏襲してるものが多い気がします。何故魔窟が生まれたのかは私には分かりかねますが」
バーチャルアイドルといえば、という質問にエレメンタルと同数の答えが返ってくるのが、にゅーろねっとわーくである。世間一般が思う『アイドル』像を徹底追及した姿勢は、設立当初、天堂シエルのデビュー以降一切ブレていない。3Dモデルとスタジオ設備の充実具合からは『アイドルは踊ってこそ』という強いこだわりが見える。
《にゅーろが褒められてて嬉しい……》
《同じバーチャルアイドルでも、エレメンタルは確かにマルチタレント感あるもんなぁ。ステージやライブはにゅーろってイメージがある》
《上手い事差別化出来てるよな。それでいてシエルが当然のようにアポロオボロと仲が良いから事務所単位でも仲良しっていう好循環》
《執事ー。海外だけどNDXとかどうよ》
《DJDの話も聞きたいな》
《あえて執事にラブラビ評を聞きたい》
「コメントからリクエストもありましたし、NDX……アメリカ発のVtuber事務所『New Dimension X』ですが……ただ一言、『最先端』としか言いようがありません。3Dを恒常的に使いながら、日々新しい何かを模索している開拓者集団ですね。NAYUTAさん、GAMMAさんが立ち上げた時点で、そうなる事は確定していました。今はアメリカでの活動がメインですが、いずれ逆上陸もあり得るでしょうね。その時に、全部掻っ攫われる可能性もあると私は踏んでいます」
現状では英語圏向けにVtuber文化を根付かせる為に活動しているNDXではあるが、メンバー五人中の三人が日本人という事から、日本のリスナーも多数存在している。実際に日本在住者向けへの動画や配信も頻度こそ低いが行っており、現地でデビューしたDOROTHY 03、VOID 04の二人も日本語の勉強配信や日本語楽曲の歌唱動画もアップロードしている。
《ガンマの技術力が気付けば天井知らずになってるんだよなぁ》
《バーチャルの世界=NDXになる日も近いかもわからん》
《日本人が黒船に乗ってくるのか……》
《志熊がアメリカのキッズに大人気なの草》
《最初に作られたグッズがテディベアなのズルいわぁ。あんなん俺かて欲しいもん》
「しかし、何となく始めて見たのはいいのですが、辞め時がわかりませんね……一先ず、私が直接関りを持った事務所については一通り語る事にしましょうか。今暫くお付き合い頂けますと幸いです。ただ、聞いていて異論反論もある事と思われますので、当の企業所属者の皆様のみ苦情を受け付けますのでよろしくお願い致します」
《ええぞ、やれ》
《実際興味深い話題だし続行して欲しい》
《草》
《苦情凸待ちとか新しいなおい》
《斬新過ぎて誰もやらないやつ》
※※※
Vtuber志望者としてのリサーチとして、直近でオーディションの予告があったRe:BIRTH UNIONの所属メンバーである正時廻叉の雑談配信をチェックしていた所、彼が様々な事務所についての所感を述べ始めた瞬間に、これは僥倖であると考えた。
自分が受けるべきはRe:BIRTH UNIONだという気持ちは変わらない。だが、本当にそれでいいのか、自分が行くべき場所は他にもあるのではないか。そんな疑いを晴らすためにも彼の配信を注視し続ける。手元のノートには最早殴り書きにも近いメモや自身の考えや感想が無数に綴られていた。
かつて、本気で目指したものに辿り着いた。いくつものオーディションを受けて、心折れそうになる数の不合格を積み重ねて、それでもとしがみ付いて、ようやく辿り着いた。
その業界全体から見れば、最下層に限りなく近い位置ではあったけれど。それでも、そこから這い上がろうという熱意を持っていた。
だが、その熱意は疎まれた。仲間だと思っていた者達は本気で上を目指すことなど考えていなかった。
少人数にチヤホヤされて、声援を浴びて、適当に愛想を振り撒くことで自分の承認欲求を満たして小銭を稼げれば十分だと思っている者しか居なかった。
自分が憧れたアイドルとは、全く違う何かに自分が属している事が耐えられず、叩き付ける様に辞表を出して脱退した。グループのブログには事務的な文体で脱退する旨が書かれただけだった。惜しむファンの声も、殆ど無かった。
それでも燻り続けたアイドルへの憧れは、昨年末に一つの行先を見付ける。
『Virtual CountDown FES』
SNSのトレンドから何気なく見始めたそれに、心を揺さぶられた。バーチャルアイドルを名乗り、3Dの体で歌って踊る、真剣で、それでいて楽しそうな姿に、かつて憧れたアイドルの理想像を彼女は見た。
その日から、Vtuberへのリサーチが始まった。最終的に、目指すべき場所としてエレメンタル、にゅーろねっとわーく、そしてRe:BIRTH UNIONを目標に定めた。調べていく中で、自身の抱える最早怨念染みたアイドルへの執着はRe:BIRTH UNIONこそ相応しいのではないか、と考える様になった。エレメンタルやにゅーろねっとわーくが悪い訳ではない。ただ、正統派のアイドル事務所であっても、自身の熱意や真剣さが疎まれるのではないかという不安は拭えなかった。それでも、Re:BIRTH UNIONならば受け入れてくれるのではないだろうか、という確信めいた感覚があったのは間違いない。
そんな中で正時廻叉の事務所レビューである。この配信を最後まで聞いて、Re:BIRTH UNIONを受けるかどうか決めよう。彼女はそう考えた。
※※※
「なぁ、Vtuberってここまで喋れないとダメなんだよね?なんで俺の事みんな推薦したんだ」
同時刻。正時廻叉の雑談配信を眺めながら、その青年は同居人である元同級生の少年に文句とも愚痴ともつかない言葉を吐く。
「むしろ、お前は動いてナンボだろ。面接の場でバク転すればきっとお前の事忘れられなくなるぜ?」
「忘れられなくても、合格させるかは別問題じゃない?」
「3Dに力入れようとしてる所なんだよリバユニは。お前の身体能力は絶対必要になる。顔出しせずに、お前の面白ヤバい動きで金稼げる大チャンスだぞ」
「……正直それは心惹かれるんだよなぁ。住宅手当とか出るのかな、リバユニ」
「お前のハードな人生すら売りにするくらいの貪欲さを持てよ。……俺ら全員、お前がこのまま日陰に籠るような生き方してほしくねぇんだよ」
有難い事だ、と思う。色々あって帰るべき家も家族も失った自分を見捨てずいてくれる友人達に恵まれた事だけが、今の自分の人生にとって唯一の幸運だったと言えるだろう。
身寄りも住所もない身の上ではあるが、友人たちのお蔭で天涯孤独にならずに済んでいる。
そんな彼らが、自分の持つ運動神経を活かしつつ、顔を世間に晒したくないという我儘を叶えられるかもしれない世界を教えてくれた。Re:BIRTH UNIONという事務所は、生まれ変わる場所としては最適かもしれない。
友人達さえ残してくれるのならば、俺は迷わず残りの全てを捨てられる。
「……ありがとう。まだ一次審査の結果すら来てないけど、もし次に進んだら全力でやってみる」
「おう、期待してるぜ。特に、ユリアのお嬢にサイン貰ってきてくれることを期待してるんだ……!」
「うん。まぁ、100%善意ではないだろうとは思ってたけど、欲望比率がここまで高いとはなぁ。ってか、それをした瞬間にクビになるとかありそうだけど」
「……くっ、お嬢がサイン会みたいなの開いてくれるのを待つか……!」
「ちゃんと理性を持ってる所、偉いと思うよ」
まぁ、何かとクセの強い友人達ではあるが。そんな彼らに鍛えられたと思えば、Vtuberというクセの強い面々が跳梁跋扈する世界でもやっていけるのかもしれない、と楽観的に考える事にした。
※※※
「姉ちゃん、執事さんの配信で無茶苦茶すんなよな」
「久々の電話の第一声がそれか弟よ。同級生にVtuberが居るって知ってから、アンタもすっかりこっちの世界にハマったわね。ってか、エリザさんから『弟さんに御無礼はしていません。殺さないでください』ってDMが来たんだけど、アンタ私の事どういう説明したわけ?」
「え?俺にとっては良い姉だけど、世間的には狂人」
「よし、一度しっかりと語り合いましょうか、拳で」
「おう、こちとら病人やぞ。ってか、姉ちゃんがあちこちでトチ狂ったことしてるから悪いんじゃん。執事さんの記念配信でやる事じゃないよ、アレは」
「その辺は青薔薇ちゃんに分からされたからいいの。物理で」
「全く、俺の先輩になる人相手なんだからちゃんと失礼のないようにしてくれよ」
「……うん?執事さんが、先輩?」
「あー。俺、リバユニ四期受けるから」
「お、おう。動画は出来たの?」
「フリー素材サムネにして、三十分くらい適当にダベったのを送った。主に病弱ブラックジョークメインで」
「それでこそ我が弟よ」
最後の三人は、まだ何者でもないです。
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