「平常運転からのプラスアルファ」
「時刻は午後10時となりました。Re:BIRTH UNIONの正時廻叉です。記念配信後の後語りとして、本日は久々にソロ雑談をさせて頂きます。……早速のドネート、ありがとうございます。名前の読み上げ等は最後に行いますのでよろしくお願い致します」
《88888888》
《こんばんはー》
《ソロ雑談久々》
《一人で話してると落ち着いてるのに何故龍真と一緒だとああなるのか》
《それは龍真と執事だからだとしか……》
《草》
《ソロ配信でもまぁまぁ辛辣な事言うけどな、執事の場合》
チャンネル登録者数5万人、そしてデビュー1周年記念の配信を終えた後はしばらくの間は朗読配信や企業案件であるスマートフォン用ゲームアプリのレビュー配信などを行っていた廻叉による配信がゲリラ的に始まると、早々と千人弱の視聴者が集まった。
久々のドネート機能解禁という事もあり、祝福のドネート入りコメントが飛び交う中でも取り乱すことも無く語り始める。
「まずは改めまして、記念配信の方も大きなトラブルもなく終える事が出来ました。今回、このような形での配信にしたのはいくつか理由がありました。一つは、お世話になった皆様へのお礼として何が出来るかを考えた時に、私自身の根幹である演技でのお礼が出来ないか考えた結果があの形になりました」
《執事の役者っぷりを堪能できる良い配信だった》
《さす執》
《凸ってきた相手も何気に豪華だったよなぁ》
《祝われる立場の執事が何故もてなしているのか》
《本来執事って歓待する側だからな……》
《アリア、青薔薇、スザクとのコント、早速切り抜かれてたなw》
《オーバーズメインで活動してる切り抜き師や青薔薇専やスザク専の切り抜き師もこぞって切り抜いてたからなー。間違いなく執事の知名度上がるぞ》
コメントにもある通り、チャンネル登録者数5万人及びデビュー1周年の記念配信を取り上げた切り抜きは多数に及び、正時廻叉個人はもとより、Re:BIRTH UNION全体から見ても最多の切り抜き数となっていた。今まで、大手と呼べる事務所だけを追っていたライト層、或いは特定のVtuberのみを見ているタイプのコアファン層に正時廻叉の名は大きく広まった。前者はオーバーズやエレメンタルのファン層、後者は個人勢や中規模事務所のファン層である。
「配信アーカイブのコメントやSNSでの反応を拝見しますと、やはり初めて私を見たという方が多かったですね。凸待ちという形式にした結果ではありますが、大半はお褒めの言葉を頂けておりました」
《そりゃそうだろうな》
《私もイケメニストで知ってはいたけど、青薔薇様が凸に顔出すとは思わなかったもん》
《ってか、オボロにアリアが来るって相当だよな……》
《リアイベでの縁だけじゃ来ないだろ、普通》
《デビュー当初から業界視聴率が高いとは聞いてたけど、マジだったんだなぁ……》
《ありゃ、否の意見もあったのか》
「全員が全員に受け入れられるとは思っていませんし、私自身への批判は良いのですがユリアさんへの非難は的外れでした。『Show must go on』は舞台における格言ではありますが、彼女からすれば演技は畑違いのジャンルですからね。そして何より、ユリアさんもあの場に足を運んで頂いた、もてなすべき客人という立場でした。そんな彼女が感極まってしまっているのに、役者の理屈で表に出させる事は誰の為にもなりません。というか、やったら私が殴られていたでしょうね。ガヤ席の皆様から」
《あー、そういうのもあるかー》
《執事的にはあの場は舞台だった、と》
《最後までやって欲しいって気持ちも分かるだけになんとも言えぬ》
《草》
《囲んで棒で殴られる執事もちょっと見たかったが》
最後の出演者だった石楠花ユリアが感極まって泣き出しそうになった事で、即興演技を打ち切った廻叉ではなく、ユリアへとプロ意識の欠如を指摘するコメントがアーカイブに残っていた。現在は廻叉の手で削除している。だが、ユリアのSNSには若干ではあるが、同様の文句を飛ばされているようだった。確認した所、ブロックしたコメント者と同様の名前とアイコンだった為、即時のミュートアカウント化を勧めておいた。
自己評価の低さこそある程度改善傾向にある物の、失敗に対して必要以上に落ち込む悪癖は未だに石楠花ユリアの心の底に残っている。その根が育たぬように、廻叉を始めとするRe:BIRTH UNIONの面々は常に気を配っていた。
なお、彼女の同期である小泉四谷に関しては「こいつは大丈夫」という共通認識が持たれている。
「この場合、非があるのは彼女を庇って無理矢理に止めた私の方でしょう。あの場は私が全責任を負う場です。例え、それが他事務所の大先輩による不規則発言が原因であったとしてもです。誰の事とは申し上げませんが、皆様のご想像にお任せいたします。恐らく、正解です」
《草》
《草》
《あれはアリアが責任負わなきゃダメだろw》
《大丈夫、ちゃんと怒られてたらしいぞ》
《冷静に考えると滅茶苦茶な事言ってるのに、リアルタイムで聴いてるとひたすらに面白いってなっちゃうのなんでだろうな……》
《良くも悪くも生配信の申し子みたいな女だからな……》
「とはいえ、あの方こそオーバーズをオーバーズたらしめている象徴のような存在ですからね。……いい機会ですし、僭越ながら私が一年間この業界に身を置いた上で感じた各事務所などの印象を語るとしましょうか。我々Re:BIRTH UNIONも四期生の募集が始まっていることですし、これからVtuberを志す方々への指針の一つにでもなれば幸いです」
《おおおおおお》
《っと、雑談と思ってぼんやり聞いてたらなんか面白そうな事始まるっぽいな》
《ある意味記念配信っぽいことを始めるのな》
《そしておもむろに開かれるいつものメモ帳くん》
《普通に興味深い。何気に主要な事務所とは何らかの繋がりがある執事から見た他事務所ってのが》
《あー、リバユニ4期!》
《ここで他事務所の紹介流すとか逆に応募減るんじゃない?》
《むしろそれを狙ってるのもあるかもな。リバユニの選考基準は他の箱とは間違いなく違うだろうし》
《にゅーろのパル子が最終まで残った上で別事務所勧められたって言ってたしなぁ》
唐突に決めた即興企画に対し、視聴者の反応は上々だった。ある意味、一年の振り返りという点では記念配信の延長戦とも言えるだろう。また、別の事務所所属のVtuberから正時廻叉を知った者からすれば、彼から見た自分の推しの居る事務所像という物が聞けるというのも好意的な反応を引き出す理由になった。
基本、何かしらのジャンルのオタクというのはジャンル外からの好意的な反応や、別角度からの解釈などを好む傾向にある。以前に魚住キンメがそのように言っていた事を正時廻叉が覚えていたかどうかは定かではないが、結果として上手くそんな波に乗れたのは事実であろう。
「まずは、話題の切っ掛けになったオーバーズさんから行きましょうか」
一般的には、現在最も勢いのある、そして最も多人数が所属しているVtuber事務所である。同時に、最も多くの炎上沙汰を経験した事務所でもある。所属タレントが問題を発生させた事例もあるが、それ以上に2Dモデルのメイン運用であったり、男女問わず多数をデビューさせたことによる『粗製乱造』というレッテル張り、活動内容がバーチャルに寄せたものではないという原理主義的な批判もいくつかあったのも事実である。
なお、原理主義者がアイコンに当時の願真や電子生命体NAYUTAを使用していた事で、願真やNAYUTA本人達がアリアに謝罪するという一幕があり、当時のバーチャル原理主義者が先鋭化して地下に潜る切っ掛けになったというのはごく一部でまことしやかに囁かれている。
「私から見た『オーバーズ』は、エンターテイナーの集団ですね」
端的かつ、どちらかといえば平易な表現で廻叉はオーバーズをそう称した。尤も、これはあくまでも最初に結論を述べただけであり、それを何となく察した視聴者たちはその理由を欲する声でコメント欄を埋めた。廻叉もそれに応えるように、話の続きを語り出した。
「世間的にも『個性の百貨店』『誰か一人は必ず好きになれるVtuberが居る』と称されるオーバーズさんではありますが、私が見て来て、そして交流を持った中で感じたのは、多種多様を絵に描いたようなオーバーズの皆さんの中にも、一つの共通する部分が見えたように感じました」
《ふむふむ……》
《割と穏当な所を持ってきたな。執事の口から性癖万博とか言われても困ってた所ではあるが》
《その共通点がエンターテイナーって感じ?》
《続き、続き早よ!》
「オーバーズの皆さんは、常に視聴者の皆様が見てて楽しいかどうかを考えている、と。配信もそうですが、私自身も参加した大型企画からそのような雰囲気を強く感じましたね。言ってみれば、企画立案から大まかな構成を考え、自身もメイン司会者や参加者として場を回すわけです。参加者も、企画の意図をしっかりと汲んで乗りこなす事が出来る。自分達が楽しいと思う物を、視聴者の皆様も込みで楽しくするために色々考えられる人たちですね、オーバーズさんは。これを一言で表すと、エンターテイナーだな、と」
廻叉の言葉選びが固い事もあるが、実際に彼らが企画後の感想戦のような通話の中で『〇〇の下りが面白かった』『一言で大量の草持ってかれた悔しい』『何故俺の小ネタだけスベるのか』というような会話が延々続くこともあり、彼らがいわゆる『客受け』を重要視しているのは事実であり、実際に所属Vtuberに聞けば全肯定はせずとも、少なくとも否定する事は誰もしないだろう。
そして、そんな風潮を作り上げたのは。
「やはり、七星アリアさんの影響は間違いなくあるでしょうね。彼女が『最初の七人』と呼ばれる理由が、私なりの解釈ではありますが、分かるような気がしてきましたから」
「あの方、Vtuberというある意味で何でも出来る世界に在りながら、マイク一本で視聴者の皆様を楽しませる事が出来るんですよ。あれは、そう簡単には真似ができません。むしろ真似したら爆発炎上します。だからこそ、彼女に憧れて入って来たオーバーズの皆さんは自分なりのやり方で視聴者の皆様を楽しませようと全力なんだと、私はそう思っています」
《アリアがぁ?》
《そんなにもアリアがエライわけないじゃんw》
《アリアを疑う奴らが全員オーバーズファンで草》
《オーバーズファン炙り出すにはアリアを褒めろ、というのは昔から言われてるからな》
《面倒くさいツンデレが多いからな、オーバーズの中でもアリア推しの連中は》
《おおおおお》
《いや、ここまで語ってくれるとは思わなかった》
《爆発炎上は草》
《あー、でもフィリップとか正蔵おじさんとか似たような事言ってたわ。アリアの真似はしたくても出来ないって》
コメント欄はそれぞれのオーバーズ論で盛り上がりを見せる中で、今度は自分の推しの事務所を語ってくれというコメントが溢れていた。何気なく始めた雑談配信は、長丁場になる気配が漂い始めた。
四期生はよ、というお気持ちは分かります。俺もそう思いますし、ワイトもそう思います。
ですが、ここで一年という時間をVtuber界隈で過ごした廻叉から見たVtuberを改めて総ざらいしてみたいな、と。
今暫くお付き合い頂けますと幸いです。
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