「繁忙期に重大告知をする方が悪い」
正時廻叉の1周年記念配信を終えて一週間。開設されたRe:BIRTH UNION四期生オーディションには多数の応募が入り、早くもVtuber事業部スタッフ達が悲鳴を上げていた。株式会社リザードテイルは元々は映像企画を生業とする企業であり、Vtuber関連の事業における専属スタッフはまだ少ない。特にマネジメント業務は三名で回している状態だったが、最近になってRe:BIRTH UNIONの知名度の上昇や所属メンバーの活躍を期に、動画作成部から数名が異動を申し出たことで若干ではあるが改善されつつあった。
だが、四期生オーディションの応募数は、Re:BIRTH UNIONを含めた株式会社リザードテイルの全社員の想定をはるかに上回るレベルだった。小泉四谷や石楠花ユリアを輩出した三期生オーディションと比較すると、一次審査応募総数は既に倍以上になっていた。
「しかもこのタイミングで3D用スタジオを新規でやろうっていうね……」
「まぁ全員のモデル作った以上、使わない手はないですしねぇ。いい加減スタジオと事務所同じ住所なのもプライバシー的な面で問題になりそうですし。他のテナントさんも入ってるビルでやるのもそろそろ限界ですよ」
ここ最近ではRe:BIRTH UNION所属メンバーによる溜まり場と化しているミーティング室では、リザードテイル社長である一宮羚児とVtuber事業部の統括マネージャーである佐伯久丸が机の上の山積みになった資料を黙読しながら会議の真っ最中であった。主な議題は四期生オーディションについてと、所属メンバーへとオファーの来た案件等について、更には3Dモデル用の新スタジオの準備についてだった。
現在のスタジオはテナントビルの地下階にあるが、どちらかと言えば音声や演奏用の収録スタジオに近い形になっている。3Dモデルで自由に動くには手狭である。事務所内にも空きスペースを利用した3Dモデル用の収録スペースはあるが、立ち姿を収録することが限度であった。
そんな中、郊外の空き物件を3D収録用スタジオとして賃貸する計画が進んでいる。幸いにも動画作成事業部、Vtuber事業部どちらもある程度の成果を上げているからこそできる設備投資であった。諸々の機材や諸経費に関してはまだこれから稟議書に手を付ける段階なので、自由に3Dで収録できるようになるには今暫くの時間が必要だった。
「いずれは全員参加の3Dライブもやりたいですからねぇ。その前に、四期生オーディションもありますし。……正直に言えば自分達の知名度をまだ過小評価してましたね、我々。ここまで応募が来るとは思いませんでした」
「実際には我々だけでなく、Vtuberという存在そのものの知名度が上がっているのが理由だと思うけどね。実際、応募の四割から五割は迷うことなく一次選考で落とせるってみんな言ってたし……裾野が広がるのは良い事だけど、うちとしても最低限のレベルは必要だからね」
「音声ファイルの提出が応募要項に書いてあるにも関わらず、添付してない人とか居ますからねー……単なる添付漏れなら後から追加で送ってくれる人も居ますけど、そうじゃない人もまぁまぁ……」
一宮や佐伯が言う通り、最低限のレベルを満たしていない応募も多数あるRe:BIRTH UNION四期生オーディションの一次選考はスタッフにとって過酷を極める作業だった。数が増えた事で単純に作業量が増えただけでなく、必要最低限の基準を満たしていない応募が以前のオーディションから比べても間違いなく増えていた事が大きい。
例を挙げれば『応募フォームでの記入漏れ』『音声データの添付無し』『音声データの音質が劣悪』などの問題のある応募が増えていた。そんな中でも逸材が居る可能性を捨てきれず全てをくまなくチェックしているスタッフの苦労を思うと、一宮は苦笑いを浮かべるしかない。
また、『STELLA is EVIL』の影響を受けたのか、自身の不幸や不遇を前面に押し出すアピールも多数あった。中には「応募するより先に然るべき場所へ対応を求めるべきでは?」という物もあり、単純な応募量もあってか負担は倍増し以上になっていた。
「で、実際にモノになりそうな人材は?」
「悪くはないですね。音声だけの人も、動画も送って来てくれた人にも二次選考行きレベルの人は居ました。中には、完全実写動画送って来た子も居ましたね。かなり動ける子でした。何故か友達が大量に映り込んで声援送りまくってて楽しい感じになってましたが」
「……普通にTryTuberした方がよくない?」
「事情あって顔出しが出来ないとの事で。『Reincarnation』の3Dを見て、これから3Dが伸びると踏んで身体能力アピールしに来た感じでしたね。実際、新スタジオで動けるスペースが出来たら大分映えそうな気配でした」
音声だけでなく動画での応募者も同様に増えていた。その種類も多種多様であり、歌唱や演奏、ゲーム実況、フリートーク、演劇といった現在のRe:BIRTH UNIONの所属者と同ジャンルの物から、フリップ芸・パワーポイント芸と言ったお笑いに寄せた動画、派手なエフェクトを多用した本格的なミュージックビデオもあった。そして、実写動画も少数派ではあったが存在していた。
最も多かった実写動画はダンス系だった。いわゆる『踊ってみた』と言われるジャンルの投稿者も多く、中には元地下アイドルというプロフィールの持ち主も居た。
そんな中で佐伯が例に挙げたのは公園でアクロバットムーブを繰り返す少年の動画だった。何故か応募者以外の友人と思われる面々が応援やら野次やらを飛ばしている中、不機嫌そうな表情のまま淡々とこなす姿のコントラストが妙に印象に残っていた。友人達に巻き込まれて困った様に笑っている少年がどういう理由でバーチャルの世界に行きたいと願ったのかは、まだ分からない。だが、少なくとも話を聞いてみたいと思わせるには十分だった。
「後は龍真の影響ですかね。ラッパーとして活動してた人が結構応募してきてますね。特に十代の若い子が」
「あー……例の生前葬絡みで知ったクチかな?」
「そうみたいですね。ストリートの文化……まぁ、言い方は悪いですけど不良っぽい文化に馴染めなかったけど、ラップやヒップホップは好きだっていう子が、男女問わず集まってる印象ですね。で、またレベルも高いんですよ。あとは、白羽の影響で元バンド所属って人も多数」
応募フォームには『主な活動歴』を書く欄があり、そこには『ラッパーとしてインディーズデビュー経験あり』だったり『バンドとしてコンテスト入賞経験』『ピアノコンクールで3位』或いは『某漫画賞で佳作入選』と言った、今までは考えられなかった華々しい経歴を持つ者達からの応募が多数あった。
Vtuberという文化の広がりを感じる一方で、新たな悩みもまた発生していた。
「最終選考、どうしましょうか。二次選考までは前回と同じく所属タレント同席での通話面談で良いと思うんですけど、エア配信はネタバラシしたんで絶対対策取られますよ?」
「そうだね……Re:BIRTH UNIONも活動の幅が大分広がってるし、そこを込みでエア配信の難易度を高める方向で行ってみようか。幸い、Re:BIRTH UNIONのハードルの高さがファンの間で広まってる所だから、納得はしてもらえるんじゃないかな?」
どこか楽しそうに笑う一宮羚児の姿に、佐伯久丸もまた笑みを浮かべる。候補者たちの道のりは、険しい。
※※※
『動画の作り方教えてください……!!』
葉月玲一からそんなメッセージと、和室で土下座をする写真が送られてきたのを見て衝動的にブロックをしなかった自分を褒め称えたいと、エリザベート・レリックこと百田アユミは心からそう思った。
自身の通う定時制高校における唯一の同年齢であり、唯一自分のバーチャルの世界での姿を知っている少年から唐突も唐突に送られてきたのは、動画作成の指南を頼む内容だった。しかし、彼は自分よりもっと頼れる相手がいるのだとアユミは知っているので、その旨を書いて断ろうとした。
『お姉さんに教えて貰ったら?それこそ、大手事務所のトップなんだからそれくらいは教えてくれるでしょう?』
『いやー……中古の機材の提供はするけど、ある程度は自分でやれって言われて。ってか、姉ちゃんも動画編集出来る人に金出して依頼してるから教えられないだけかもしれないけど。配信芸と動画編集は別だって前も言ってたし。あ、俺もお礼は出しますんで。配信でドネートする?』
葉月玲一の姉は、オーバーズのオリジナルメンバーであり、Vtuber最初の七人の一人でもある七星アリアだ。自身のエリザベート・レリックとしての活動を玲一に知られた際に、何故か姉の名前として出てきた時は頭が真っ白になるほどの衝撃を受けたのをよく覚えている。
だが、そんな彼女も動画編集については明るくはないようだ。確かに彼女の活動の大半は雑談配信とコラボへの参加であり、歌動画の編集等は常に別の人物が担当していたように思える。機材の提供をしてもらえただけでも玲一は恵まれている方だろう。
『それなら直接貰うわよ。あとお姉さんの言動が余りにも七星アリア過ぎてちょっとびっくりしてる』
『姉ちゃんの配信見てると、本当に素のまんまだからね。あれで身バレ殆どしてないってのが不思議でならない。了解、次のスクーリングの時に渡す』
現実世界で繋がりのある相手にドネートを送られたくないという意思表示のつもりが、何故か受ける事になっている話の飛び具合にアユミが頭を抱える。また、現在のVtuber界隈のトップランナーである七星アリアのプライベート情報もまた頭痛の為だった。うっかり配信で言わないようにしなくてはいけない、と心に刻む。
問題は七星アリア側が突っ込んできて『弟がお世話になってます!』的な事を言ってこられた場合だが、流石にその時は事務所を通して抗議しよう、と決意した。彼女のナチュラルボーン非常識具合は、例え葉月玲一との関係がなくともVtuber業界に居れば自然と耳に入ってくるのだから。
『まだ教えるとか一言も言ってないんだけど。……Vtuberになるの?』
『うん、リバユニの四期生目指すつもり』
『随分とハードルの高い所狙うね……教本くらいは持ってるから、多少は教える。でも、私が知ってるだけでもリバユニ四期生狙ってる個人勢って結構いるから、ハードルは高いよ』
そもそも動画編集をする理由を聞いていなかった事に気付き、なんとなくVtuberになるかを尋ねれば玲一からは即座に肯定の返事が返って来た。第三者から見れば、姉がいるオーバーズの方を選んだ方がいいのでは、という考えもあったが、流石にそれを言う程アユミは無神経ではなかった。
ただ、ハードルが高いのは事実だ。正時廻叉や丑倉白羽とある程度関係を持ったからこそ、あの事務所に所属するVtuberの目的意識の高さがよく分かる。それゆえに、現在個人で活動しながらもRe:BIRTH UNIONへの所属を考えている個人運営のVtuberや、活動終了した元企業所属のVtuberをアユミは知っている。
『負けないから大丈夫。一度死にかけた人間は強いんだよ』
能天気なイラストのスタンプと共に送られてきたそんな言葉に、妙な頼もしさを感じてしまうあたり、自分も葉月玲一という人物にかなり毒されていると、百田アユミはそう思った。
珍しくリバユニメンバー不在回でした。
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