「空に手を伸ばそうと決めた日」
気が付いたら普段より文章量が多くなってしまいました。
勢いで書いてしまった節があるので、誤字脱字に気付いていないかもしれません。
見つけたら御報告頂けますと幸いです。
「今日は弊社主催の年末の特別番組のオファーに伺ったんです。VCF、Virtule CountDown FESという事で、企業個人問わず、2D3Dも問わず、大晦日の昼から年明けまでブッ続けてライブをやってしまおうという企画となっています。……是非、リザードテイルさんにもご協力をお願いしたい、と弊社は考えております。具体的に申し上げますと、ステラ・フリークスさんを始めとした、Re:BIRTH UNIONの皆様にも舞台に立っていただきたいのです」
廻叉は息を呑んだ。ライブショーケース形式の配信は多々あったが、ここまで大規模な物は少なくとも自分の記憶にない。今は8月だが、この規模のイベントを行うならば今から準備をするのも頷けるし、マネージャーの塚原だけでなく『エレメンタル』のエース格たる2人を連れてくる事もその本気度と熱意を示すという事かもしれない。
「佐伯さん、この件について社長の見解は?私としては、賛成。龍くんや白ちゃんも話を聞けば一も二も無く出たいと表明するだろうね」
ステラが書類に目を通しながら笑みを隠しきれていない佐伯へと尋ねる。他社のVtuberが居る事もあり、自社のスタジオ内とは言え本名ではなくVtuberとしての名前で1期生の名前を挙げた。声を掛けられて正気を取り戻したかのように顔を上げて、小さく咳払いをしてから答える。
「無論、GOサインが出てるよ。そりゃ、こんな機会を逃したらVtuberの運営として無能の誹りは免れないからね。何より、歌コラボ企画もあって少なくとも2期生までは参加させたいと思っている。配信ライブは3Dモデルを持ってるステラしか無理だけど、動画メドレー形式の企画ならば全員出せるね。まぁコラボ曲とは別に1曲動画を作ってもらう事になるけど、幸いまだ時間はある。贅沢を言えば、デビュー予定の3期生にもこの話を通したい。合格者が歌をやりたいかはわからないけど、デビュー直後に大きなイベントに参加して存在をアピールするのは良い手だと思う」
佐伯の語気は落ち付いてはいるが、やや早口に言い切った。途中からはステラへの返答というよりも、自分の考えを捲し立てているような状態ではあったが、社長および統括マネージャーである佐伯は参加を容認、というよりも推奨していた。
「私からも、是非参加して頂きたいと思っています。今回、主催は弊社エレメンタルではありますが、他のVtuberの運営企業さん、敢えて名前を出させていただきますが『オーバーズ』さん、『にゅーろねっとわーく』さんにも声を掛けさせて頂いています。そして、その上でRe:BIRTH UNIONさんの参加は我々としてはマストであると考えています。勿論、バーチャルシンガーとして既に高い知名度を誇るステラさんの存在もありますが、リバユニの皆さんの配信や動画を拝見していて感じるのが、プロ意識の高さです」
佐伯の言葉を継ぐように、エレメンタル側のマネージャーである塚原からも参加要請が改めて述べられた。その上で、Re:BIRTH UNIONに参加してほしい理由を述べた。ステラと廻叉を見据え、冷静な口調のままながら明確に敬意を表してみせた。
「1期生のお二人は音楽活動に対する情熱の深さが、関係者としても、一視聴者としても伝わってきます。2期生のお二人も、自分の作品への妥協のない姿勢が伺えます。同業他社、言ってみれば競争相手である立場の人間が言うべき事かはわかりませんが、あえて言わせて頂きます。あなた方はもっと世に出て評価されるべき才能の持ち主です。是非、今回のイベントでもっと多くの方々にあなた方を知って欲しいと私は考えています」
「……勿体ないお言葉です、ありがとうございます」
廻叉は塚原の言葉を聞いて、心の中では過大評価だと思った。しかし、界隈自体がまだ成長途上である以上、視聴者という限られたパイを奪い合う同業他社に対して『もっと伸びるべきだ』とまで言われた事の意味は大きい。口から出掛けた謙遜の言葉を無理矢理に飲み込み、廻叉はその言葉を受け取って塚原へと一礼する。
「はー……正辰くん、めっちゃ礼儀正しいなぁ。うん、木蘭ちゃんがファンになる気持ちもわかるわ。ウチらも含めて、この業界良くも悪くもブッ飛んでる人多いからな……正辰くんもせやけど、リバユニの人らみんなこう、地に足が付いてるって感じがすんねんな。ステラはフワッフワしてるけど」
「私だけ仲間外れはやめてほしいなぁ。私だってリバユニだよ?0期生だよ?」
「公式配信でこれでもかってくらい先輩面しとった奴がよう言うわ。そこで0期生なんて特別さアピールするからアカンねん」
「はは……まぁ我々はむしろそういうステラさんに惹かれてやって来たようなものですから。特に1期生のお二人は」
「ねー!三日月くんと丑倉さん、ステラちゃん大好きアピールすごいもんね!コラボ曲決まった時のSNS、超テンション高くて面白かった!ラップ禁止で三日月くん悶絶してたけど!」
登録者数20万人目前という、Vtuberでもトップ層に位置する月影オボロの褒め言葉と、二日連続で名前を聴くことになった木蘭カスミという人物が話題に出た事に廻叉が動揺しているとステラが混ぜっ返す。業界でも屈指のツッコミ属性であるオボロがステラの上に立つ姿勢を指摘すれば、持ち直した廻叉がフォローを入れる。それに反応して照陽アポロが1期生達のSNSもチェックしている事をアピールし、再び場の流れが雑談へと向かい始めた。
「ともかく、この件に関してRe:BIRTH UNIONは事務所総出で参加する。まだこの話を聞いてない龍真、白羽、キンメにも告知して参加要請を出す。まぁ、恐らく全員参加になるだろう。デビュー予定の3期生は……合格者が決まってから、こちらも参加するかどうかの意思確認をしようと思う。塚原さん、とりあえずライブ枠1名と動画枠6名でお願いします。減る事はあるかもしれませんが、増える事はありませんので」
「ありがとうございます!3期生の方々も、個人的に非常に楽しみにしていますので!」
最終的に、社員の立場である佐伯と塚原が話をまとめ、この話は一段落となった。いきなり大イベントに放り込まれる可能性が高くなったまだ見ぬ3期生に廻叉は心の中でエールとほんの少しの同情を送った。
「さて、それじゃあますますボーカル特訓の重要性が高まった所で昨日の続きのレッスンと行こうか。佐伯さん、この後戻るなら岸川さん呼んできてね?」
「はい、了解。塚原さん、照陽さん、月影さん、出口までお見送りします」
ステラと廻叉がボーカルレッスンの準備を始め、佐伯がエレメンタルの面々を送るために立ち上がったタイミングで、アポロが佐伯へと満面の笑みを浮かべて告げた。
「佐伯さん!ステラちゃん達のレッスン、見学しちゃダメですか!?」
「ダメに決まってるでしょ!!お前さん個人がいくら仲良くてもここ他社さんの事務所とスタジオなんだからな!?」
「ウチも興味あるなぁ。今日の事はリバユニさんの許可が出るまで一切話しませんから、ウチからもお願いします」
「オボロォ!?お前さんもかオボロォ!!」
「つ、塚原さん落ち着いて……ま、まぁお二人とは別件で何度か同じ現場でお仕事させてもらって、その上でその辺りは信頼できる方々だと思っておりますが……まぁ、その、当のステラと廻叉が良いならば、見学くらいは大丈夫かと思います……念のため社長に許可は取りますけども」
本来は良くない事だろう、というのは業界に身を置いて歴の浅い廻叉でも分かる。分かるのだが、アポロが言い出したら聞かないタイプの性格であるのはこの短時間でも理解できたし、恐らく普段は抑え役に回っているオボロまで乗っかってしまった事で、塚原が止められない状況になってしまった。佐伯も悲鳴のような声を上げた塚原を宥めつつも、方々の許可を取る事で認めてしまった方が早いと判断したらしくこちらに視線を向けて来た。そうなると、廻叉はともかくステラが断ると思えない。廻叉がステラを見れば、案の定楽しそうな笑みを浮かべていた。そして、廻叉の肩にポンと手を置き。
「廻くん、君は幸せ者だね。合計チャンネル登録者数50万人になるVtuber3人にボーカルレッスンを見てもらえるんだから」
「……面接やデビュー配信の時が可愛く思えるくらい、緊張が酷いです」
こうして、塚原の胃と声帯に多大なダメージを残しつつもエレメンタル所属の2人が見学する事と相成った。なお、リザードテイル社長の許可は秒で取れたらしい。
※※※
「んー、それじゃあ新幹線の時間もあるしこの辺りにしとこうか。正直、この感じで練習していけば私としては満足の行く作品に仕上げられると思うからね」
「ありがとうございました……すいません、とりあえず水を……」
数時間程のボーカルレッスンが終わり、平然としているステラと疲労困憊と言った様子の廻叉。見学に来ていたアポロ、オボロの2人は労うように拍手を送る。
「執事くん凄いね!歌に感情篭り過ぎてて、途中で本当に泣いてるんじゃないかって思ったよ!」
「それな。たぶん、正辰くんより上手い人はたくさんおると思うねんけど、ここまで感情乗せられるのは滅多におらへんと思う。というか、その点においては明確にステラ以上やない?」
「それは私もそう思うんだよね……昨日までは歌を『上手く歌おう』って意識が強くてね。朗読配信の時みたいな感じで、歌を『演じる』つもりでやってみたらどうか、って終わり掛けにアドバイスしたんだ。で、翌日にはこれだよ……」
チャンネル登録者数で言えば、文字通り桁が違う3人から手放しの絶賛を受けて廻叉は思わず顔をほころばせる。まだ本番の録音が終わった訳ではないが、大きな自信になり得る言葉を貰えたのは望外の喜びと言えた。
「ありがとうございます。リスナーの皆さんにも満足頂ける作品に出来るよう、頑張ります」
「そういえば東京住みとちゃうんや、正辰くん」
「ええ、念のためボカしますが少なくとも新幹線が必要な程度には東京より西に住んでます」
「大きなお世話かも知れへんけど東京に住んだ方がええで?ネットのお蔭で色々地方に住んでても出来るとはいえ、大きいイベントや案件はどうしても東京が一番多いやん?地方住みだから、で案件やらなんやらが正辰くん以外の人に回ってまう可能性、結構あると思うねん。っつーかウチがそれやってんから関西からこっちに出てきたんやけどな」
大きなお世話どころか、これからを真剣に考えた上でのアドバイスだと廻叉は認識した。今日が初対面で、尚且つ同業他社のまだ新人の域を出ていない、更に言えばやや伸び悩んでいるVtuber相手に、だ。喜びや納得以前に、何故、という感情が浮かび上がる。その疑問に答える前に、今度はアポロが口を開く。
「ボクも東京に来るの賛成だな!だって、イベント楽しいよ!それにね、こないだボクたちがステラちゃんと一緒になったイベント、男の人のVtuberさんも居たけど人数が2人しか居なくて寂しそうだったから、執事くんや、三日月くんみたいに男の人がどんどんイベントに出れるようになったら、みんなもっと楽しくなると思う!Vtuberであるボクたちも、それに視聴者さんも!」
「そうだね……配信やイベントだけでなく、こういう直接の打ち合わせが多くできた方が廻くん自身にとってもプラスになる事は多いと思う。引っ越しやこっちでの生活費だって安くないのは重々承知してるけど、それ以上に機会損失の方が将来的には大きなマイナスになり得るかもしれない。無論、地方に住んでいる事を活かした活動だって出来るけど……後は、君次第だね」
活動の楽しさを前面に押し出して勧めてくるアポロ、チャンスを逃すデメリットを軸に選択肢を改めて提示するステラ。どれも納得の出来る話であり、後はステラの言う通り自分次第なのだろう、と廻叉は思う。
元々、地元に住んでいたのはVtuber以前の舞台俳優としての活動の拠点となっていたからで、その活動拠点はもう無い。更に言えば、生活費を稼ぐための仕事も地元ではあったがそちらも失っている。現在はそれなりに溜め込んでいた貯金と、リザードテイルから斡旋された案件で糊口を凌いでいるのが現状だった。俳優として芽の出なかった、芽が出る前に終わってしまった自分が、Vtuberの世界で再び表現を出来ているだけで内心では満足している部分があったのは、事実だ。その上で、今の自分が出来る最高の物を提示できるように努力してきた自負はあったが、それ以上の事を考えた事はなかったかもしれない、と廻叉は自覚した。
「……収益化」
「え?」
「正時廻叉のチャンネルの収益化が通り次第、上京しようかと思います」
何のためにVtuberになったのか、何故自分がRe:BIRTH UNIONに居るのか、何故自分は生まれ変わる事を決意したのか。そして、何故自分は生まれ変わった程度で満足していたのか――
そこまで思い至ってしまった廻叉は、躊躇なく決断し、宣言した。
「お三方とも、ありがとうございます。背中を押してもらえたような気がします。私自身が考えるだけでは、恐らく出なかった結論に至らせてくださったこと、感謝致します」
突然、感情が消えた。アポロとオボロが豹変した廻叉に動揺し、ステラだけがニヤリと口元を笑みの形に歪ませた。
「正時廻叉は――必ず、貴女方の居る場所まで辿り着きます」
無感情な、宣言だった。だが、廻叉の表情を見ればそれが心からの意思である事が見て取れた。現在、チャンネル登録者数は3000人を超えた所の、企業勢でありながらパッとしない新人である廻叉ではあったが、そこに甘んじる自分を、彼は今この瞬間に捨てた。感情を見せず、表情を仮面で隠した男が、明確に野心を見せたのだ。
太陽は凄い凄いと子供の様に笑う。
月は追い付いてみろと言わんばかりに堂々と受けて立つ。
星はそれでこそだと満足げに頷く。
文字通り空に手を伸ばすような無謀な挑戦だが、それで諦めるようならば廻叉はRe:BIRTH UNIONに惹かれる事はなかったのだ。失ったものを取り戻すだけではなく、それ以上を求める。廻叉は、或いは正辰は再び生まれ変わったような気分で東京から地元へと帰って行った。
※※※
境正辰が帰宅して自宅のパソコンの電源を入れ、運営からの新着メールが届いている事を確認する。新幹線に乗っている間に佐伯から「帰ったらメール確認を必ずするように」とメッセージが飛んできていたが、一体なんだったのか、と考える前に題名を見て全てを察した。そこには、こう書かれていた。
【Re:BIRTH UNION3期生オーディション一次面接日程について】
概要はこうだった。現時点で動画・書類選考合格者へのメールの発送まで終了。面接は全て土曜日に行う。合格者の希望時間帯の確認次第、DirecTalkerでの一次面接を実施する。最短で、来週より開始。
なお、現時点で動画・書類選考参加者429名に対し、合格者数は――
12名。
正時廻叉が一つの決意をしたタイミングで、面接編の始まりです。
タイトルとあらすじに名前が出ているのに本文に出ていないヒロインも、もうすぐ皆様の前にお披露目できそうです。
御意見、御感想お待ちしております。