「正時廻叉デビュー1周年&登録者5万人記念凸待ち -リクエスト即興劇-(1)」
久々にシリーズものです。
DirecTalker上に張った凸待ち募集への返信数を見て、正時廻叉は呟いた。
「見通しが……甘かった……!!」
当日の凸希望&大まかなリクエストの募集を掛けた所、あっという間に数十人からの返信が届き、その数に頭を抱える事になっていた。主観的にはRe:BIRTH UNIONの全員、オーバーズから数人、他事務所や個人運営から数人程度だろうという風に考えていたが、実際にはほぼ倍に近い数の申し込みがあった。
記念配信の一週間前までと期限を切ったのはいいが、そこまでに申し込みをした人全員と通話する旨を約束してしまっている為、廻叉は進退窮まる状況に追い込まれていた。冗談半分で言っていた二部制や2Days公演が現実として押し寄せてきている。
「この人数だと一人当たりの通話時間を多少減らさないと間に合わない可能性が高いか……?」
サムネイルは同期である魚住キンメに依頼済みであり、配信レイアウトは雑談配信の物を流用する事は既に決まっているが、後は実際にどう話すかが問題だった。おおよそ五分から十分を想定してはいるが、会話が弾む事もあるし、逆に思ったよりも話が弾まないことも十分考えられる。
「応募者の方がある程度自制して下さったのは本当に助かる……」
応募内容を眺めながら嘆息する廻叉。リクエスト内容に恋人同士であったり、極端にセンシティブな内容が無かった事は廻叉にとっては不幸中の幸いと言えた。ある程度、男性Vtuberと女性Vtuberの交流が許容されているとはいえ、堂々と交際したり恋愛感情を匂わせる事は未だに敬遠されているのが現状である。仮にその手の物が来ていた場合、ある程度和らげた表現にするようにお願いするつもりだったので、その必要がなくなったのは有難い話であった。極めて可燃性の高い案件を抱え込まずに済んだ安堵からか、廻叉は思わずため息を吐く。
それでなくても、正時廻叉こと境正辰は石楠花ユリアこと三摺木弓奈と交際しているのだから、二重・三重の火種になる事はそれこそ火を見るよりも明らかだったのである。まだ、これを表に出して灰にならないだけの知名度と好感度と信頼度は廻叉にもユリアにも無い、と自覚しているだけに、安堵してしまうのも無理のない話であった。
ちなみに、その石楠花ユリアからも凸希望があった。希望するシチュエーションが「まだ秘密でお願いします」だった事から、ここにこそ最大の可燃性地雷が埋まっているのではないかと廻叉の頭を過ったが、そこはユリアに対する信頼から静観する事を決めた。
これが丑倉白羽であったり、瀬羅腐であったり、氷室オニキスであった場合、廻叉は間違いなく「何を企んでいる貴様」と純度100%の疑念を向けていた事は間違いないであろう。
結局、特に業の深いリクエストは約一名の例外を除き、現れる事が無いまま記念配信当日を迎えた。
※※※
【デビュー1周年】正時廻叉百面相チャレンジ凸待ち【登録者5万人記念】
《始まったー!!》
《なぜこんなめでたい配信でこんな苦行に走るのか》
《役者魂やな……》
《いつもの雑談レイアウトで草》
《土曜の真昼間スタートというあたりから、長時間やるという覚悟を感じる》
「時刻は午後一時となりました。Re:BIRTH UNION所属、正時廻叉で御座います。皆様のおかげで、デビューして一周年、更にはチャンネル登録者数五万人という大台に乗せる事が出来ました。本当にありがとうございます」
《おめでとおおおおおおおおお》
《長かったような短かったような》
《なんか感慨深いわ》
《本当に推してて良かった》
「というわけで、記念配信をサボる箱としてお馴染みのRe:BIRTH UNIONでは御座いますが、これだけ重なって何もしないというのも不義理です故に、今回はこのような企画をご用意いたしました。名付けて……名付けた覚えがないのですが、依頼したサムネにこう書いてあったので、この企画名です。『正時廻叉百面相チャレンジ凸待ち』です」
《草》
《おいコラw》
《いや、本当に記念配信しないからなぁ……》
《ユリアは雑談枠を記念配信としてやってるって感じだったな》
《名付けた覚えがないwwwww》
《サムネキンメさんじゃない。いいイラストだ》
《仮面が大量に飾られた部屋でソファに腰かけて、ベネチアンマスク装備の執事が怪しさ満点だったな》
《なんか飾られてるマスクにプロレスで見た事あるのがいくつかあったんだけど》
《ジェイソンマスクは仮面に含めていいのか……?》
「話は尽きませんが、延々と私が話しているとお待たせしているお客様に申し訳が立ちません。早速一人目のお客様です。どうぞ」
「総員傾注!百合はいいぞ!!吾輩がプラトニコフ・ユリガスキー特務少佐である!」
「口上、大分省略されましたね」
「歳のせいかたまに間違えかける事があるのでな……諸君、慄け。吾輩、来月で40である。まあ、そんな事よりも正時殿、デビュー一周年並びに登録者数五万人、心よりお祝い申し上げる」
「ありがとうございます。それ以上に少佐の年齢の方が衝撃でコメント欄が大騒ぎなのですが」
「吾輩がオッサンなのは見れば分かるであろうに」
「それでもですよ。若い業界ですから、無意識的に若い人が多いと思ってしまいますよ」
《少佐殿!!》
《うわあああああ魔窟の主だあああああ!!》
《少佐殿、口上が日に日に雑になっておりますが……!?》
《40だと!?》
《納得できるけどビビるわ!!》
《まさか正蔵おじさんより年上とは……》
《★各務原正蔵@OVERS:ウッソだろ、おい……》
《おるやんけ》
《オッサンキャラの独占市場がついに崩壊したな》
《★各務原正蔵@OVERS:いや、でも同世代どころか年上が頑張ってると思うとモチベーション湧いてくるわ》
《前向きだなぁ》
※
「さて、それでは少佐の演技リクエストをお願い致します」
「うむ。色々考えたのだが、やはり『部下として振舞って貰いたい』というのが一番であったな」
「なるほど……では早速」
「その上で吾輩のライフワークである百合語りを共に」
「踏み切ってジャンプしようとした直後にハードルを上げないで頂けますか?」
《さぁメインイベント!!》
《少佐殿は有能な部下を御所望であったか》
《草》
《欲望に忠実っ!!》
《執事も流石にこれにはツッコミ》
「いや、流石に無理をさせたいとは思わぬ故にだな……」
「では少佐殿。自分は百合に不慣れ故、初心者向けの所から御指導頂きたいであります!」
「っく、ふっ……よ、よろしい。まず、一番分かりやすいのは女性キャラクターのみ登場する四コマ漫画作品等、女子同士の和やかな友情から触れるのが一番であるな!」
「なるほど!勉強になります少佐殿!!」
《無茶振りした自覚はあったんだな、少佐殿》
《!?》
《草》
《草》
《こんな力強くダメな事言ってる執事初めてだわwwww》
《少佐、思わず笑う。即座に自分を取り戻す辺りは流石だが》
《しかし取り戻すのは百合好きの39歳だ》
《だがそれがいい!》
《ええんか?》
《まぁ二人が楽しそうだからええんちゃう?》
※
「うむ、実に実りある語らいであった。正時殿、重ね重ね感謝である」
「はっ、喜んで頂けて幸いであります!」
「それでは、余り長々話しておると次の凸者に迷惑が掛かるのでこの辺りでお暇するとしよう。また、別の機会で語らおうではないか。それでは、失礼する!」
「はっ、お疲れ様です!……という訳で、最初の凸者はプラトニコフ・ユリガスキー特務少佐でした」
《いやぁ……濃かった……》
《知らない作品がいっぱい出てきた》
《Vtuber同士の百合には踏み込まなかった冷静で沈着な判断、流石は少佐殿であります》
《あんなに剥き出しなのに自制心もあるから少佐は強い》
※※※
「どうもー!オーバーズのパンドラ・ミミックでーす!!いやー、執事さん一周年と五万人おめでとー!ほぼ同期の同性が成功してるのを見るとモチベーションに繋がるね、本当に」
「ありがとうございます。正直に言えば、デビューした当初はこうして一緒に配信に出るとは思っていませんでした」
「うん、今だから言えるけど、テストの時まで執事さんの事知らなかったからね」
「あの頃は知名度も足りていませんでしたから」
《お、ドラちゃんやんけ》
《相変わらず男と思えない程の高音ボイス》
《そっか、どちらも1806デビューか》
《デビュー当時の執事はなぁ……実力があるのは分かるけど、伸びる気配が本当にしなかったもんなぁ》
《良くも悪くも数字にこだわりが無さ過ぎたもんな》
「それでも、色んな事をこなしてここまで来れたんだから凄いと思うけどなぁ。実際に舞台に立った、って聞いた時は本当にビックリしたもん。なんていうか、普通にVtuberが貰う案件とは全然別物じゃん」
「あの舞台は本当にたくさんの偶然が重なった結果、私に白羽の矢が立ったようなものですからね」
「いやー、それでもだよ。演技系とか、朗読系の人達から見れば、執事さんの活動の広げ方って理想形だと思うけどなー」
《リアル舞台出演はマジで驚いたな》
《あれは本当に驚いたし、Vtuberの可能性が広がったまである》
《うーん、謙虚》
《知って貰えたのは偶然でも、出演まで持ってったのは間違いなく執事の実力だよ》
「いえいえ、恐縮です。……ところで、同期ですし名前で呼んでもらっても構わないのですが」
「あー、うん……いや、なんか照れちゃって。その理由が、今回のリクエストにも出てるんだけど」
「……『褒めて甘やかして欲しい』、これに間違いはありませんね?」
「は、はい……!」
「非常に申し上げにくいのですが、これ、今回応募してくださった方の中で一番多いリクエストでした。恐らくですが、『こういう設定で会話して欲しい』を『即興ボイス』と解釈されたのかと思うのですが」
「う、それは……その通りです」
「ただ、これは私の説明不足な点でもありましたから。今回は全力で会話の中で褒めて甘やかすとしましょうか」
「お願いしますお兄ちゃ……執事さん」
《そういえば、執事さん呼びだよな。呼びやすいから俺もそう呼んでる》
《ただ、執事系Vtuber自体は他にも居るしな。見た目だけのも居れば、ガチの紅茶の淹れ方講座やってる人も居る》
《照れるって何事だよ》
《草》
《これは草》
《完全にテストの時の御褒美を引きずってんじゃねぇかw》
《おいこら応募者>一番多いリクエスト》
《Vtuber褒められたがり過ぎ問題》
《俺もさっきの少佐とのやつ見るまで勘違いしてたわ》
《ん?》
《ん?》
《お兄ちゃん言うたぞ、この男の娘》
《あざとい》
《可愛い》
《だが男だ》
《クソッ、なんて時代だ》
「今、お兄ちゃんって言いました?」
「あー!いやーボク一人っ子だし!?こないだ褒めて貰った時に、内心こんなお兄ちゃん居たら最高だーとか思ってました!」
「何をそんなに慌てているんですか。こんな素直な弟なら大歓迎ですよ」
「ぴゅあああああ!?」
「中々、声劇の方に参加出来なくて申し訳ない。ただ、いつも聴いてますけど、貴方の徹底して入り込む演技は本当に素敵だと思っています。私も演劇をしているからこそ、貴方の凄さはちゃんと理解しているつもりですよ」
「あ、は、はいい……ありがとうございますぅ……!!」
「今度は是非参加しますから……待ってるよ、パンドラ」
「~~~~~~ッ!!!!」
《速攻で突っ込む執事の目敏さよw》
《大慌てだな、ドラちゃん》
《あ、執事入ったな》
《シームレスに甘やかしお兄ちゃんモードに入るの怖い》
《そして秒で限界化するドラちゃんで草》
《甘やかすというか口説いてないか、これ?》
《あかん、ドラちゃんが本格的に目覚める》
※
「という訳で、甘やかす系リクエストはこんな感じです。いかがでしたか?」
「これで十年戦える、ありがとう」
「そこまでですか」
「いやー、これはヤバいね、廻叉兄ちゃんってもう呼ぶけど、廻叉兄ちゃんに褒めてくれリクエストした人は覚悟した方が良いよ。思った以上にリサーチした上で褒めてくれるからね。それじゃあ、ボクは帰るね!ばいばーい」
「ありがとうございました、オーバーズのパンドラ・ミミックさんでした」
《なんか、晴れ晴れとしてて草》
《もう開き直って弟キャラになってて草》
《これが、結構な数あったって事は、俺らはむしろ凸しに来て限界化して帰るVtuberを見に来たまであるな》
《本来褒め称えられるべき一周年&五万人登録記念で他人を褒めて帰らせる執事の明日はどっちだ》
とりあえず、このような形で落ち着きました。
カットした分は切り抜き短編みたいな形で披露できれば、と考えております。
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