「STELLA is EVIL -07- 輪廻新生」
その日、株式会社リザードテイルの事務所は淀んでいた。ここ数か月間、Vtuber事業部門の社員たちが修羅か羅刹と化していた事は他の部署の社員たちも知ってはいたが、これほどの長期間の修羅場が発生する理由が、彼らにはわからなかった。『STELLA is EVIL』というプロジェクトがいざ始まると、既に完成された動画を順次公開する段階に至っていたはずであるにも関わらず、Vtuber部門の、特に映像編集担当チーム、撮影収録担当チームの忙しさは一種異常な事態と化していた。
最初は緘口令が敷かれていたが、正時廻叉の動画がアップロードされる頃には、なりふり構わなくなった社長とVtuber事業部門の面々が一般動画編集チームに土下座する勢いでヘルプを要請してきた程だった。そして、その内容が明らかになると、驚きが半分、「そりゃこんなド修羅場になるわ」という呆れ気味の納得が半分という状況になった。
第六弾である、石楠花ユリアとの動画がアップロードされてから、一週間以上が経っていた。その間に、Re:BIRTH UNIONの面々はそれぞれに個人配信や、同業他社とのコラボなどは行っていたが最後の動画については誰一人として一言もその内容を漏らさなかった。
三日月龍真はサイファーコラボの中で他のラッパーVtuber達の興味津々な追求から「まぁ待っとけ」の言葉だけで切り抜けていた。ただし、あまりにもワンパターンすぎる切り返しを散々突かれていた。
丑倉白羽は自身のギター練習配信で思わず喋りそうになるたびにギターを掻き鳴らして誤魔化していた。これ以上誤魔化しきれないと判断した彼女は、珍しく中途半端なタイミングで配信を切り上げている。
正時廻叉は電脳銃撃道場主催によるFPSゲーム『ACT HEROES』の大会練習に勤しんでおり、同チームになったホークアイキッド、春日野ユーマが話題に出しはしたが、上手く躱されていた。
魚住キンメはイラスト講座の動画シリーズを作るという名目で、配信頻度を意図的に落としていた。彼女自身が自分の口の軽さをよく分かっているからこその判断だった。
小泉四谷は外部コラボが増えに増えた……というよりも、オーバーズの同期組が積極的に後輩と絡みに行き、その保護者役として何故か彼を連れ出した為、結果として動画に関してコメントする機会を逸していた。
石楠花ユリアはいつも通り、或いはいつも以上にその活動をピアノ演奏へと注いでいた。コラボですらも、ピアノや他の楽器を扱うVtuberとの演奏や音楽談義に費やし、不気味なほどに動画への言及は全くなかった。
※※※
Re:BIRTH UNION公式チャンネルにプレミア公開動画の待機場が作られたのは、第六弾発表からちょうど十日が経った頃だった。日付変更直後に待機場が作成され、公開時刻は当日の午後九時。配信のゴールデンタイムよりは、少し早い時間の公開となる。チャット欄は楽しみに待つリバユニファンや、今回のシリーズから追い始めた他箱のファンや新規リスナー、関係各所や業界内での評価の高さを聞き付けた一見のVtuberファンなど、多種多様な面々が好き好きに語り合う場となっていた。
午後六時、ステラ・フリークスの公式チャンネルに一本の短い、わずか三十秒の動画が投下されるまでは。
『Last Element』と題されたその動画にはBGMも背景も特にない、簡素なものだった。3Dモデルのステラ・フリークスが掌に灯した光をカメラに向けて放つ。それだけの動画だ。スロー再生したファンが、その光が六つに分裂した事に気付いたことで、考察班と呼ばれるリスナー達が一気に活気付いた。SNSのトレンドにRe:BIRTH UNIONが乗ったのは、その瞬間だった。
しかし、そのステラの動画が起爆剤に過ぎなかった事を、Vtuberファンは知る事となる。
時刻は午後八時五十五分。Re:BIRTH UNION所属の六名のチャンネルに、ステラ・フリークス同様の短い動画がアップロードされた。その動画は、何故か最初からコメントが出来ないように設定されていた。
同じようにBGMも背景もない簡素な映像には、目を閉じた状態のそれぞれの2Dモデルが映っていた。そこに、ステラ・フリークスから放たれた光を受けると、眩い光の中で影となったモデルが動き出す。
事前に用意されたSNS上の実況用ハッシュタグとRe:BIRTH UNION公式チャンネルのプレミア公開待機場は、悲鳴のような書き込みによって埋め尽くされた。
★★★
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 07】
【feat. Re:BIRTH UNION】
《きたああああああああああああああああ》
《そういう事だよな、あの動画はそういう事だよな?!》
《待って、まだ心臓が動いてない》
《なんで公開五分前にこういうことするの?》
《この度し難い異常者どもめ(賛美)》
《あああああああ早く早く早く!!!》
無音の宇宙空間に、光が走り、それがステージへと変わる。そこに降り立つのは、黒衣の女。
彼女が宇宙に溶けるような色合いの外套を外すと、ステラ・フリークスが現れる。
一歩一歩、確かめる様にステージの中央へと彼女は歩む。
《ステラ様ああああああああ!!!》
《今北、マジで何が始まるんだ?》
《Re:BIRTH UNIONが始まるんだよ》
《三時間前に見た筈なのに、全く別の者に見える》
《足音が響くだけなのに引き込まれる、引きずり込まれる》
彼女が指から光を放つ。流星の様に宇宙を駆ける光は六つに分かたれ、ステージを取り囲む様に回る。
その動きが止まると、光はディスプレイへと姿を変える。その中にはそれぞれ、影が動き出す。
《リバユニの六人!!》
《やっぱりそうだ……!!》
《きたあああああああああああああああああああ》
《マジかよ》
《うおおおおおおおおおおおおおおお》
《泣きそう》
三日月龍真が具合を確かめるように肩を回した。
丑倉白羽がギターを掻き鳴らすかのように、腕を振り下ろした。
正時廻叉が恭しく一礼を持って視聴者を出迎えた。
魚住キンメの脚が魚から人の脚へと変わり、思い切り飛び跳ねてみせた。
小泉四谷が能面の様な笑みを張り付かせて手招きする様な仕草を見せた。
石楠花ユリアが椅子から立ち上がり、丁寧に一礼して微笑んだ。
この瞬間、Re:BIRTH UNION全員の3Dモデルが初めて公開された。
ステラ・フリークスが、静かに語り出す―――
「驚いたかい?驚いただろう。これで、私の星が一先ずは揃った」
「私達は、また輝く。一度死んだ星が新たに生まれるように」
「Re:BIRTH UNION――再誕の為の同盟。ならば、私達が共に歌う曲の名は、これしかない」
「―――Reincarnation―――」
《うわああああああああああ!!!!!!!!!!!!》
《マジかよ》
《全員動いてる……》
《やっぱりあの前振り動画!!》
《アニメじゃなくて3Dモデルだったのか》
《完全に予想外……》
《マジで変な声出た》
《推しが動いてる……!》
《推しに奥行きが!!》
《タイトルコール、全員の声だ…》
★★★
楽曲が終わり、六つのディスプレイが再び光を放ち、流星へと変わる。
そして、ステラ・フリークスの周囲へと集まる。
「私は星と呼ばれた」
「私は彼らを、彼女らを星にした」
「私の思う、私の宇宙を創る為に」
「私の都合で、星達の運命を変えた私は――間違いなく、邪悪なのだろう」
ステラ・フリークスは静かに笑う。いつの間にか、黒の外套を纏っている。
「だが――私達は止まらない。私たちの旅はまだ始まったばかりなのだから」
そう言い残して、宇宙に溶ける様にステラ・フリークスと星々は消えた。
【STELLA is EVIL】
【BONUS TRACK 07】
【feat. Re:BIRTH UNION】
【Reincarnation】
【...Everlasting】
※※※
「という訳で、長い時間付き合ってくれてありがとう。これにて、『STELLA is EVIL』シリーズは完了だ」
「疲れた……!!」
「いやー終わった……!」
「最後のEverlastingが不穏過ぎません?」
プレミア公開を事務所のミーティングルームで観ていた七人はそれぞれが肩の荷が下りたような表情を浮かべていた。特に、イラストの出来に満足が出来ずギリギリまでリテイクを自主的に重ねていたキンメに至っては魂が抜けたかのような表情で背もたれに全体重を預けていた。
「リンカネ、デモで聴いた時もマスターアップ版聴いた時もカッコイイって思ったけど映像付くとヤバいね」
「ピアノ、練習した甲斐が有りました……配信でうっかりこの曲弾きそうになって慌てて別の曲っぽく見せかけたりしました……」
「ユリアちゃん、それ私もやりかけた」
楽曲はピアノの旋律と激しいギターサウンドを混ぜ合わせた、演奏・歌唱それぞれの難易度が極めて高い楽曲だった。
ステラの歌唱を中心に、龍真のラップパートや廻叉・四谷による台詞パート、白羽・ユリアによる演奏、PVにはキンメによるイラストも使われた。
新規3Dモデルはステラを除き激しく動く事はなく、立ち姿や振り向き姿といったポーズを取るだけのものが大半ではあったが、動画班による決死の編集作業の結果、極めて効果的に映像化されていた。
現時点でのRe:BIRTH UNIONの集大成とも言える楽曲と言えた。
「しかし、最後の方はコメントが大幅に遅延していましたね。仕様上どうしようも無いとは言え、少し残念ではありますが」
「でも最後の方とか、八割悲鳴でしたよ。一瞬だけ、怪文書に違いない長文が流れてましたけど」
「どういう動体視力してんだよ、お前」
コメントは四谷の言及する通り、物凄い速度で流れていた。大半が感情の爆発を示すような叫びだった。どちらかと言えばSNSの方が意味のある言葉が多かった印象だった。尤も、SNSでも制限字数いっぱいまで悲鳴を叫んでいる者も多数居た。
本当の意味での感想や批評は明日以降のお楽しみになるだろう。
「それじゃあ、私たちは食事に行こうか。打ち上げ、お疲れ様会って感じでね」
TryTubeの画面を写していたモニターなどの片付けを始めながら、ステラがそう笑う。Re:BIRTH UNIONの面々は大きな歓声と拍手で応えた。
「ちなみに、社長の奢りね。おや、こんなところに社長のポケットマネーが入った茶封筒が」
ミーティングルームは動画の終盤の様な大歓声に包まれた。
※※※
翌日、Re:BIRTH UNION公式サイトおよび株式会社リザードテイルに下記の文面がアップロードされた。
【Vtuber事業部並びに一部動画作成チームに関するお知らせ】
謹啓
平素はRe:BIRTH UNION並びに株式会社リザードテイルに格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
急な事で大変申し訳ございませんが、本日より二日間、弊社Vtuber運営チーム並びに映像作成チーム数名は有給休暇に入らせていただきます。
なお事業所の営業及び所属タレントの配信活動は行っておりますが、Vtuber事業に関するお問い合わせ、並びに本日以降に御注文頂きました動画の作成は休暇明け以降とさせて頂きます。
理由といたしましては先ごろアップロードされました動画シリーズにおきまして
「ハリキリ過ぎた」
「あとハシャぎすぎた」
「やり過ぎた」
と関わった人員がそれぞれオーバーワークを示唆している事が理由となっております。
略儀では御座いますが、書面にて御報告申し上げます。
今後とも変わらぬご愛顧のほどよろしくお願い致します。
敬具
株式会社リザードテイル 代表取締役社長 一宮羚児(私信:便乗休暇を総務に却下されました)
大変お待たせいたしました。副反応は、大変でした(遠い眼)
以上で、今回のシリーズは完了です。ついに3Dモデルが先行披露となりました。
とはいえ、所謂お披露目配信はまだ先です。
遅れてしまっていた感想返しの方は本日から少しずつ始めさせていただきます。
全て目を通させて頂いております。いつも本当にありがとうございます。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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